第19話 装備相談と初級者講習

 今日やって来ましたのは、東門にほど近いメインの通りにある武器屋と防具屋が併設されている大きな建物の店屋だ。見習い期間の頃から配達依頼をこなしている時に見かけ、なんとなく大手の店と思って目を付けていた場所だが、冒険者体験の身としてはダンジョンや街の外で長期での活動は行わないから、野営で必要な道具とかは考えていないため、とりあえず冷やかしがてら入ってみようと思う。


「いらっしゃいませ」


 タタールの街で賭場を開く際に用意して、従業員に着せていたような大手の商会の店員が着るようなきっちりしたスーツの店員にお出迎えの挨拶をされ、早くも場違い感を感じてしまう。だが、今更回れ右して引き返すのも気まずい。

 これは、道に迷って適当な駐車場に車を停めたら、店の入り口外まで店員に迎え入れられてなし崩し的に興味が無いのに店内に入ってしまったパターンに近い。幸い店員は積極的に接客をして来ないが、店内の商品のことを何も分かっていない場合はこちら側から質問して詳しく聞きたい時には困ってしまう。

 日本の服屋で商品を選んでいる時に、横であれこれと言われて接客されるのも嫌で決まったら声を掛けると伝えて今か今かと待機されるのも辛いが、あからさまにこいつには買えないだろうと一見の客だと見抜かれているのもかなり辛いものだ。

 店内の展示ケースに入ってある武器を見る限り、見事な意匠に切れ味の鋭そうな武器が並び、その柄にも宝石が嵌っていることから10万ブル以上の金貨レベルの値段がするのは納得してしまいそうだ。もしこの店とは違って値札が無くて値段を聞こうものなら、買えないことをアピールすることになって嫌な汗をかくことになるところだった。

 見る限り軒並み商品が買える値段ではなく、隅の方に置いてある訳アリ品のような武器が突っ込まれている樽を見ても、軒並み1000ブルを超えており、初めての配達の依頼の報酬が30ブルだったからその金額格差に驚く。訳アリ品なら日々の稼ぎからは出せなくはないが、この品の良し悪しも分からない物に気持ちよく出せるかと言われたら、途端に財布の紐が固くなってしまう。


 これは困ったなと思う。店員は挨拶からは話し掛けて来ないが、武器と防具のイロハから知りたいのに困ってしまう。初対面の時から心なしか、自身の首から下げているブロンズランクの冒険者ギルドの身分証を確認した時に、冷たい目だったのでこの客は買えるはずないし、将来的にも客としては見ていないのだろう。

 実際、手が出せる金額ではないし、武器を扱う初心者がその良し悪しも分かっていない人間が買うにはハードルが高そうである。武器と防具の装備の値段を知って、鍛冶屋のゴルドが仕事を選り好みしていても生活に困らない理由を知ってしまった。その時あることに気が付く。

 そうだ、相談しやすい相手にゴルドがいたことを思い出し、最後まで冷たい目で店員から見送られつつ、店を後にする。いつか、ゴルドと手掛ける金属製の安価な装備でこの店を潰してやるだの、大金が入ってもこんな店の商品は買ってやらないだの、訪れそうにない未来での強気な考えを心中に抱きながらその場を後にする。


「おう、また爪切りの件か?」


 ゴルドの鍛冶屋を訪れると、ちょうど時間が空いていたのか対応してくれる。すっかり金属製の装備の話はお互いに過去の物となっているが、爪切りの件は進展があったのだ。ゴルドが面白いと他にも作ってみると食いつく客がいて、ゴルドから商業ギルドへの権利の登録を勧められたのだ。自身が構造を考えたわけでもないし、それで権利を主張して金を取るのもと最初は思っていたが、他の人間に権利を掠め盗られて大金を稼がれるのも癪だったので、最低限の1000個売れても権利者に1ブル、小銅貨で1枚しか入って来ないような超低契約としたら、意外と好評で広まっていっているようだ。権利の利用料を安くすることで生産量が増えて爪切りの機能が向上し、いつか使いやすい安価な爪切りに出会えることを信じたい。

 徐々に広まっているおかげか、金持ち用の爪切りを作れとうるさく言われているとゴルドは教えてくれるが、今日来訪した別の理由を伝える。


「実は、ブロンズランクになって装備を整えたいんですが…」


「金が足りなくて困っていると…」


「実は考えはありまして…」


 ゴルドに日本円の硬貨を流用した金属製の装備を自分用に使えないか、相談しに来たのだ。これはもしかしたら、セルフプロデュースの一環になるかもしれないが、あくまでダンジョン体験用で、本来ならば未来の勇者に与える物なのだ。


「お前がか?」


「あはは…」


 連日の配達依頼で多少体を絞ったが、総金属の防具なんか着たら動けないだろうし、細腕で金属製の武器なんかは満足に振れないかもしれない。向こうにも伝わっているのか、現実的な提案をしてくれる。


「防具は皮の物に一部を金属で補強するかだが、ダンジョンの浅い層ならば皮だけでも良いかもしれねぇな」


「それなら自分でも試してみたいので、一部を補強する物がいいです」


「問題は武器だな…」


 嫌な店で見ていた時も思ったが、刃物なんかはろくに自炊をして来なかったから、包丁すら使い方が怪しいと思う。片刃か両刃の武器の刃を立てて対象に向かって振るえるかと言われたら、正直に難しいとしか言えない。


「武器なんかは刃物が向いてないなら、メイスや棍棒なり槌なり打撃武器あるがどうする?」


「……長めの槍とロングソードと同じ長さの棒をお願いします」


 色々悩んだが、リーチがある武器は安心感が違うし、槍ならば尖っている箇所で刺すのならば剣や斧よりも使いやすいと思う。狭い場所では取り回しが悪いかもしれないがその時は棒を使おうと考えている。

 それは、武器に悩んだ時に考えたのだが、自身の魔力由来の合金製の武器ならば待機空間に仕舞えるため、持ち運びには困らないはずだ。それに、交換魔法の魔力行使を磨いたら、槍の金属を突然伸ばして攻撃したりも出来るのではないかと考えたのだ。映画と漫画やアニメで、金属を伸ばして攻撃するシーンなんかは見たことがあるからイメージには問題がないし、子どもの頃なら憧れたような攻撃を実現出来るなんて感慨深いと思ってしまう。


「棒の中身は空洞にしろだと?強度が低くなるぞ」


「重すぎると私の力では振り回せないと思いまして」


 鍛冶屋のプライドを刺激したようで、合金の強度と耐久性からも空洞はあり得ないだろうと説明される。自身のイメージでは振りやすい長さと、空洞なのは金属製だと金属バットが頭の中に浮かんだせいだが、これからは夜に素振りも練習した方がいいなと考える。

 それに、無駄に魔力を消費してしまうが、自身で合金の形を整えることも出来なくはないので、量産にして使い捨て用のサブのサブ武器としてストックするのも悪くないと思ってしまう。結局、オーソドックスな槍と棒に注文は落ち着いて、材料の合金と壺に入った甲種焼酎を手付として置いて鍛冶屋を去る。

 その日の夕方、宿屋の裏の広場で早速作ってみた合金製のバットを振って素振りを繰り返してみるがこれは疲れるな。剣道の面だったり、ゴルフのスイングだったり、野球の打撃フォームみたいにあらゆる場面を想定してイメージトレーニングを行うが、争いを想定した行動なんて本当に久しぶりだと気が付く。

 思い返せば、学校の体育の授業の武道の選択授業で、剣道だったり柔道を行ったのが最後ではないかと思う。今になって、しっかりとした対人の格闘術なり、護身術を習っていたら異世界での冒険者に役立てたと思うが、自身が高位の冒険者を目指しているのではないことも思い出す。


「よし、今日も使うか」


 冒険者として配達の仕事を続けていく上で、どうしても汗をかいてしまうのが気になり、風呂に入れなくとも風呂よりは安価にその問題を解決する方法を見つけたのだ。

 それは、ダンジョンのとある魔物から手に入る泡の実という植物を水に入れると泡立つ液が出て、体を洗ったり食器や衣類を洗うのにも重宝されているのだ。ダンジョンのある街では安価だが日持ちがしない物なので、ダンジョンの無いタタールの街なんかでは高級品で今まで目にする機会が無かった品だ。これはどうしても継続的に使用したい商品だったので、日々の出費が増えた原因でもあり未だに個室の宿に泊まっていないのも報酬の安い配達仕事に精を出していたからだけではないのである。



 1週間後、ゴルドに作成してもらった皮に一部合金で防御力を上げた防具を身につけ、普段使いの合金のバットを手に持ち冒険者ギルドを訪れる。どうやら、待ちに待った初級者講習が今日開かれる予定で、午前中は基本中の基本の冒険者としての知識を学べ、午後からは主にこの街のダンジョンについての情報を教えてくれるようだ。

 現在は時期外れだが、初級者の冒険者が多い時は実地で依頼を行う場面を演習で体験し、魔物との戦いや野営を行うことが経験できるらしいが、本日の物は講義形式だけらしい。本とかでも勉強したかったが、低ランクの冒険者はギルドの資料には触れることさえ許されず、貴重な本を破損しようものなら弁償に小金貨はかかるらしいと聞いて、例え本でなくとも知識や情報を得られる機会はありがたいと思う


 今日の講師は元ゴールドランクのゼーエフと名乗る、顔面傷だらけのスキンヘッドで歴戦の冒険者と感じさせる人物だ。出会う人出会う人、ハゲかスキンヘッドの男の率が高いが、異世界の男たちは男性ホルモンの分泌が多い生活をしているからなのかと考えてしまう。

 そんなことを考えつつ、最初の講義はこの街周辺の地理と街の外で主に採れる薬草の説明からだった。他の街に行くことは今の所考えていないが、港からの貿易船で仮初めの故郷に設定していた東の島国へ行けるようで、国外逃亡しなければならない時には密入国も選択肢として考えたい。ただし、その場合は数カ月間海の上でとても耐えられないと思ってしまう。

 薬草に関しては、正直採取の仕事をしようと考えていなかったし、錬金術師として薬の調合も将来的に考えていない。そんな自分からしては、同じような草同士の見分けは付かず、根の違いやら時期によって葉の形が違うと言われても、目の前にお手本があっても間違えてしまうと思う。とりあえず薬草からの知識は、初級の傷薬と魔力回復薬でも食事代くらいはかかるようで、命のためとは言えケチろうとする冒険者が出てもおかしくないと思ってしまう。

 その他、野外では魔物と獣を狩った場合は、きちんと処理をしないと他の魔物と獣を呼び寄せると教えられるが、野営は考えていないので参考程度に聞いておく。興味深いのは、ダンジョンは血の匂いで魔物が寄って来る可能性があるが、狩った獲物を放置していても数日程でダンジョンに吸収されるのか消えてしまうそうだ。ダンジョンが吸収するのは魔物だけに限らないが、こういった機能からもダンジョンが生きていると思われているらしい。



 昼食を挟んだ休憩後、午後からの講義に参加しようと講習室に入ると、各テーブルの島に座っている人数が増えており、この街のダンジョンの情報を求めた街の外から来た新参の冒険者が多いのだと思う。


「あれ、スズキさんですよね?」


「ああ、クノさん。久しぶりですね」


 驚いたことにタタールの街を去ると聞いていた冒険者のクノと、久しぶりに再会したのだが彼女らも港町ビキンに来ているのには驚いた。同じようにタタールの街で別れた、愛の夫婦亭を経営していたノルルとヌルルの蜥蜴人夫婦とも冒険者ギルドで登録してからこの街で再会したのだ。彼らは、ダンジョンに潜ったり街の外への護衛任務といった長期の依頼をこなしているため、ゆっくりと話をする機会がなかったが、偶然でも知人が集まってくるのは不思議だと感じてしまう。


「南の街にもダンジョンがあるんですが、護衛任務の旅をしながら一度海を見てみたいという話になったんです」


「なるほどね」


 内陸の街で生まれて、一度も海を見ないで一生を終える人がいると聞くと、見る機会があるのなら一度は行ってみたい気持ちも分かるな。旅の中で新たな出会いと別れが会ったのか、自由市でアメを買いに来てくれた時からはパーティのメンバーも変わって見える。

 そのパーティメンバーは、魔法師のクノに身軽そうな革装備のヒョウ柄の体毛が見える獣人、前者よりは重鎧の兎顔の獣人、そして魔法師の服装よりは統一されたデザインの服を着て杖を持った女性。そして、パーティの中で1人だけ男性と思われる人物だ。

 普段だったら、ハーレムパーティにイケメンがいると嫉妬と自己嫌悪の対象だったが、彼こそが待ち望んでいた人物に違いないと思う。


「初めましてですよね、アレックスと言います。よろしくお願いします」


「こちらこそ、サドゥと言います。よろしくお願いします」


 挨拶の先手を取られたが、それすらも喜ばしく感じて握手を交わす。燃えるような紅の髪に、日に焼けた肌に少し垂れ目な水色の瞳、甘さを感じさせつつも精悍さも感じさせる整った容姿、個人的には自分と同じように皮装備に金属製の補強を入れている所もポイントが高い。彼だ、彼こそがプロデュースする勇者として相応しい。


「アレックスさん、うちの商品に金属製の装備があるんだけど、今度見ていきませんか?」


「何勝手に勧誘してるんですか!!おまけにいつの間にか改名していますし」


 狐耳魔法師のクノに初対面の相手に無礼ですと注意され、午後の講義も始まることだからと、講義終わりにギルドの酒場で食事をする約束をしてその場を離れる。午後からの講習の講義も午前中と同じ、ゼーエフであった。


「冒険者が最初に苦労する魔物が何か、誰か分かる者はいるか?」


「ガルだと思います」


「ガルは街の外でも群れを作って脅威だが、ダンジョンに限ってはそうではない。その答えはゴブリンだ」


 みんな一斉に驚きの声を上げる。どうやら四足歩行の狼がより狂暴になったようなガルよりも、子どものような体格で腕力も人間に劣るゴブリンに苦労するとは思っていなかったようだ。


「奴らには知恵があり、ガルのように群れを作るが閉鎖的なダンジョンではそれがより厄介に機能するのだ。時にこちらより人数を少なく見せて挟み撃ちをしかけたり、罠と毒や飛び道具も使いこなし、他の魔物との戦闘中といったタイミングでも仕掛けてくるのだ」


 ゼーエフは続けて、ダンジョンの初級層にいるガルにたどり着く前に、スライムとの難度の落差で初級の冒険者が最も命を落としやすいと説明される。ゴブリンは種類ごとに分類も変わるし、魔物の手配書が出るような名前付きだと冒険者を殺して奪った装備を持っていたり、魔法を使うような突然変異も生まれる可能性を教えられ、世界の広さを知って驚く。

 こうした話を聞くと、今まで配達の依頼達成だけで調子に乗っていたが、やはり冒険者体験はスライムのみで済ませ、冒険者からは転職しようと思う。追加で説明されるパーティの立ち回りとダンジョンのお役立ち情報も途端に自身には関係ないと思ってしまい、左から右に耳から入った情報が抜けて行ってしまう。


「最後に、まずは安全を第一に余裕を持ってダンジョンに潜るのと、いざとなったら仲間を捨ててでも生き残るという強い意思がなければお前らはすぐに死んでしまうだろう。中級者向けの講習に参加出来る人間がこの中から出て来るか分からんが、また会える日を楽しみに待っている」


 講習の締めの挨拶をしているゼーエフを見ながら、その一切の期待をしていない眼差しからこの講習室に集まった、5パーティ程の30人弱の人間が誰も生き残らないと確信を持って語られているように思えた。

 やっぱり適性がない自覚があるし、冒険者として死にたくないと思ってしまう。

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