第18話 ランクアップ×2

「今日も早いですね…」


「まぁね」


 冒険者登録から1カ月は経っていないが、早朝から依頼をこなす日々が続いている。流石にこうも連日だと、依頼の取り扱いと達成の受理をしてくれる受付嬢のラピも、心なしか不気味な者を見るようで引き気味である。当初は、担当している冒険者の依頼達成度合いが受付嬢の査定にも関わってくるからと応援してくれていたが、1日に配達を10件以上は必ず達成し、指名依頼ならば夕方になるまで全てこなそうとする姿勢は一般的な冒険者では見られない姿らしい。

 それにしても、いつの間にラピが担当の受付嬢になっていたのだろうか、金属製の装備の時だって最初は別の受付嬢に相談したはずなのに、気が付けば申し込み先の担当窓口に納まっていたのだ。

 

 他の冒険者からの評価も、商人がもの好きで冒険者見習いになったと思ったら、やはり奴はおかしい人間だったと言われているようだ。普通の依頼よりも指名依頼の方が功績点が溜まるのか、一般の冒険者よりも達成数が多いからかあっという間に見習いを卒業してアイアンランクの冒険者となっている。

 そのランクアップ速度は歴代最速らしい。一般的な冒険者見習いなら数カ月はお手伝いレベルの仕事をこなさないといけないらしく、よく考えずに田舎から出て来た人間は貯金が持たなかったり途中で心が折れたりで、貧民窟での生活だったり夜盗のように犯罪にまで手を染めて堕ちてしまうようだ。

 そうではない考えをしっかり持っている冒険者なら、地元から一番近い冒険者ギルドで仕事を行って功績点の積み上げと資金を貯めるか、付き合いのある先輩冒険者に推薦してもらえるような実力なりを身につけるらしい。いきなり大きな街のギルドに来たって稼げるはずはないし、ランクをブロンズまで上げないとダンジョンには入れない。

 そのダンジョンにしたって、安全を取るならパーティでの冒険が鉄則だが、パーティの人数割りならば報酬がうまくなく、一定以上の層に行けるまでは稼ぎが少な過ぎてとてもやっていけない。

 こうして、冒険者ギルドで過ごすうちに、ある程度の冒険者たちの常識を知るようになったが、勇者候補として確保しようとした田舎から出て来た全く何も知らないような人材は年に数名いるかどうからしい。しっかりと入念な準備をしてこの街のダンジョンを目指してくる人が多く、冒険者ギルドの見習い用の仕事もこの街生まれの若者が登録して駆け出しになって行うためのもののようだ。よっぽど考えなしの馬鹿は高確率で不幸になってしまうから、分割払いで救ってあげたいと考えているが今のところ見かけたことがない。


「よし、今日も頑張るぞ」


 結局、自身にはブラックな職場の社畜時代の根性が染みついているのか、まるで命を燃やすかのように馬車馬のように働いてしまっている。根が面倒くさがりだから、スイッチが切れるとサボりまくって動かなくなるのだろうが、今のところは天気が悪い日以外は全日無休でやっている。

 こうRPGのレベル上げをひたすら行うと言えばいいのか、虚無を感じるような周回要素も現実だと多少の報酬をもらえて功績点でランクアップにつながるため、やりがいを少しは感じてしまっている。

 周囲から見ると、ろくに休憩や休日を取らずに毎日遅くまで働く姿はおかしいのだろう。こちらとしては、昼食なんか食ったら横腹が痛くなるだろうと思うし、指名依頼者には雨の日を休むと我儘な休日設定をしているつもりなのだ。それでも、気が付けば当初の目的を忘れて冒険者稼業に全力で取り組んでしまっている。


「おう、来たな。今日も頼むぜ」


「おはようございます。今日もご依頼ありがとうございます」


 初日からお世話になっている小麦粉を扱う店の店員に挨拶を交わしつつ、早速仕事に取り掛かる。指名依頼ならば一度行った所が多いため、場所が分かれば荷物と一緒に配送表も転送し、署名をもらう時間を惜しんで現地に走る。最初は歩きだったのが、いつからか早歩きになり、今では走っている。こんなに運動しているのは学生時代に運動部で部活をしていた以来だと思うが、不思議と筋肉痛や関節を痛めることもなく毎日行えている。


「また、今日も世界を縮めてしまった…」


 街の土地勘を養うために始めた冒険者ギルドの配達の仕事から、いつの間にかタイムアタックに勤しんでおり、馬車等の通行に気を付けつつ日々充実して仕事をこなしている。

 そうした日々の荷物を転送することで思ったのだが、目視なら魔物の体内に合金を転送して攻撃が出来るのではないかと考えたけれど、それはやはり難しいかもしれない。交換魔法はスキルに分類されるが、魔力を使った魔法でもあるため、魔物にも魔力の膜があるだろうから、その抵抗体の干渉を無視して直接体内に転送するのは自身のような魔法師のレベルだと出来ないだろうと考える。

 そう考えると、タタールの街の商会の担当者や、この街の依頼人たちにはくれぐれも転送先の空間には気を付けるようにと伝えていたが、送った物と魔力の膜を持つ人間が重なり合うことはないだろうなと気が付いてしまう。石の中ならぬ物の中にいることはないのである。


「このままいけば、ブロンズにも最速でランクアップしちゃいますよ!!」


「まぁ、無理のないように頑張りますよ」


 既に周囲からは無茶苦茶な無理をやっているだろうと、一瞬目の前のラピの目が遠くを見るような眼差しになったが、朝の対応とは違って最速のランクアップを担当している冒険者が続けて記録を出すのは自身の査定につながるのだろう、すぐに気を取り直して笑顔で見送ってくれている。

 実際に、先程のやり取りの無理のないようにとは本心から来る言葉で、たまたま熱中して行っていた配達業務が結果的に実績につながっただけで、これで最速のランクアップ目的に日々の仕事を行っていくのは精神的に辛い。ノルマと期限とかはもう意識したくないのだ。

 社会人になって好きなことを仕事にしたはずなのに、気が付けば嫌いになっていたという人がいるが、最初から嫌な仕事をしている人がいることも知っていて欲しい。嫌な仕事を行って、ノルマと期限内に終わらそうとするために勤務終わりの時間外や休日に職場に来てタダ働きで書類仕事をしなければならない、そんな人たちもいるのだ。好きな仕事を最初に始められただけ幸せだろうと思う。




「「今日の仕事の成功に!!」」


 冒険者ギルドの仕事終わりに酒場のひと時を過ごすが、目の前のゲンガンを見てこの人は本当に働いているのだろうかと考える。毎日ギルドの酒場で見かけない日は無いし、普通の高ランクの冒険者ならば泊りがけで街を離れるような仕事だったり、ダンジョンの深い階層を目指して何日も潜っているはずだ。

 パーティじゃなくてソロならそういった仕事が難しいかもしれないが、タタールの街のそっくりさんのゲンマのように中年特有の腹が出ているから、もしかしたら過去の栄光に縋っているおじさんなのかもしれない。能力はあってゴールドランクまで行ったがパーティが解散し、これ以上のランクアップも見込めずに日々の仕事は日銭を稼いだり現状のランクを維持するような仕事だけを行い、ギルドの酒場で見かけた冒険者志望や若手に自身の若い時の経験を話す。

 もしかしたら、ソロでも参加出来る大きな仕事を待っているか、次のパーティへの参加を待っているかもしれないが、相手の状況を勝手に想像して悲しくなってしまう。若い頃は、酒に酔った上司が同じような自慢話ばかりして嫌な気持ちになっていたが、彼らには現在と未来に良い可能性がなく、光り輝いていた過去の良い思い出しか、楽しく語る話題がないのかもしれないと自身も年齢を重ねて来て気が付いてしまったのだ。

 ただし、過去も現在も未来も輝くものが無かった日本にいた頃の自分はどうしたら良かったのだろう。考えても仕方がないことことを忘れ、現在を楽しもうと思う。ゲンガンの事情はどうあれ、色々と相談に乗ってくれているし、見習い期間を終えてアイアンランクになった時はランクアップのお祝いをしてくれた気の良い獣人だ。



「おめでとうございます!!これで明日から、サドゥさんはブロンズランクにランクアップとなりました。またもや最速でのランクアップですよ」


「ありがとうございます」


「ただ、これで配達の依頼での功績点が溜まらなくなってしまいますね…」


 結局、アイアンからブロンズまでのランクアップもさらに1カ月経たない期間で達成してしまった。途中からは指名依頼を出す側も、街中で噂になっている配達専門の冒険者が1日にどこまで依頼をこなせるのかと試すように増えていった。

 そんな理由でも、今まで指名依頼をしてくれていた依頼者の人たちには明日の仕事が最後だとしても、お礼を言って回ろうと思う。仕事を認めてくれて、多少依頼を出すのに料金がかかろうとも功績につながると指名依頼をしてくれたのだ、彼らには感謝しかない。

 おかげ様で2期連続で最速のランクアップを達成してしまい、配達専門の冒険者として舐められている様子もあったが、狂ったように働く姿から周りの冒険者からは恐れられるようにもなってしまった。通り名も不死者の配達人やゴーレムの配達人と言われ、不名誉な内容ばかり広まっていくが勇者や英雄と呼ばれるのとどっちが良いのだろうかな。

 次のランクアップも最速でお願いしますよ、という受付嬢のラピの言葉を聞き流しながら明日の最後の配達仕事へ備えようと思う。もし、自身が移動魔法が使えていたら、天職として配達人を商業ギルドの仕事として続けいてたかもしれないな。



「そうか、今日が最後なのは残念だな」


「これからはブロンズランクの依頼を中心に行っていこうと考えています」


 今日の最後に仕事で訪れた小麦を扱っている店の店員とこれまでのお礼と次の予定を話す。お前さんに頼り切りだったからこれからどうするかな、とぼやいている店員に配達をしていて気が付いたことを話す。


「この街には人足や物を運ぶ専門の人たちもいますが、料金と仕事内容が一定じゃないと思うから使い難いと思うんですよ」


「それで何か良い方法があるのか?」


 街中には力仕事を行う上半身裸の筋骨隆々の男たち、人や物を運ぶ馬車とダチョウのような鳥だったり、二足歩行の爬虫類みたいな恐竜のような生き物に乗っている人もいる。そんな手段を使うのは、緊急時を除いては割高でギルドに荷物運びのような依頼を出す彼らには、日常的な荷物を運ぶ手段としては向いていない。そのため、同じような悩みを抱える店と商人が集まって金を出し合い、街中にある乗り合い馬車のように荷物だけを運ぶ巡回馬車を仕立ててはどうかと思ったのだ。


「なるほどな。冒険者ギルドからは駆け出し用に依頼を求められていたが、思った以上に配達の依頼を受けてくれる若いのも少ねぇし、兄さんのランクアップを機会に他の奴らとも相談してみるぜ」


「…素人考えなので、余り参考にしないでください」


 俺は良いと思うぞと真剣な顔で返され、しまった儲けの種を見逃したかもしれないと今更ながら後悔してしまう。仮に小規模の商会として立ち上げて行うにしろ、配達の依頼を経験した際に街中の荷運びを希望する商店は多く、個人で行っている人たちには申し訳ないが仕事になりそうだと思っていたのだ。

 もし実現するとなると、商業ギルドに登録しているであろう個人で荷物を運ぶ仕事をしている人たちの稼ぎを奪うことになるが、彼らは緊急時の速度を求める時や近隣の街など外へ向けた配達で需要はあるのではないかと考える。



「ランクアップを祝って!!」


 今日も冒険者ギルドの酒場で、対面の席に座るゲンガンはランクアップを祝ってくれている。当初のダンジョンに入れるランクを目指すのは達成出来たが、配達専門で功績点を稼いだので一般的な冒険者としての知識や心得が備わっていない。街の外の仕事はしようと思わないが、ダンジョンに入る前にその辺をスライム相手とはいえ、少しでも何とかしたいと思う。


「それならギルドの初級者講習を受けてみるのもいいですぜ」


「そうなんですね」


 ゲンガンに相談すると、適切なアドバイスをくれる。そう言えば、食品加工の依頼でギルドの講習室を借りていたが、初級者向けだったりの講習をやっているからその名の部屋があるのだろうと、今更ながら気が付く。


「街の外にいきなり出て、薬草と分からずに毒草を持って帰ってくる奴もいますし、今まで農具しか握ってこなかった奴もいるんで必要なことですよ」


「それは受けてみようと思います」


 一応担当の受付嬢のラピからも講習のことを知らされなかったし、もっと早く教えてくれよと思ったが、最初に講習を受けても街の外には出ずに配達ばかりを行っていただろうから良かったのかもしれない。時間が経過して講習の内容を忘れてしまうよりは、必要な時に必要なタイミングで情報に触れられるのだから、それで良いと思おう。



「えっ!!まだ受けたことなかったんですか?」


「ラピさんが冒険者登録の受付をしてくれましたよね?新人だった頃にそんな話を聞きませんでしたよ」


「それは…。今の時期いるか分かりませんが、希望者がそれなりに集まったら講習が開かれるので、それまでは毎日ギルドには顔を出してください」


 冒険者ギルドに登録した新人に必要な情報を伝えていなかったことに気が付いたのだろう、受付嬢のラピは気まずさに目を逸らしながら初級者向けの講習について教えてくれる。そんなに頻繁に行われないのだったら、時間の余裕がある今のうちに装備を整えたいと思う。

 自身の服装を見てみると、配達の依頼を行う時に走るようになってからは嫌々ながら革靴を履くようにしたが、上半身と下半身はよくある古着の布の服で防御能力は皆無に近い。冒険者らしい武器も防具も持っていないし、どんな武器が自身に向いているかも分からないから専門家に相談する必要がある。

 そうだ、武器屋と防具屋に行ってドカンと買っちゃいますか。

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