第17話 一括派とプロデューサー

 朝の冒険者ギルドの喧騒の中、目ぼしい依頼を探す者が多いけれど、一部はお知らせの張り紙に気付いたようで早速眺めている。その反応を見ながら、これだけいる人数のうちの極一部でも分割払いでの金属製の装備を購入してくれるなら幸先は良いだろう。10人は目安として、100人なんか来たら抽選しなければならないから、その時を想像するといやー困ったなと嬉しい悲鳴を上げてしまいそうだ。しかし…


「誰も来ませんね…」


「だから言ったじゃないですか!!誰も買おうとしないって」


 朝から受付近くのカウンターで一緒に見守っていたが、同じように問い合わせの担当をしてくれるはずだった冒険者ギルドの受付嬢に突然裏切られる。それまでは、これは絶対売れますし、ギルドを通した契約者増加で私の査定も上がりますと言っていたのに、売れなさそうと見ると途端に自分は仲間ではないと周囲に聞かせるように大きな声で言い出した。


「売れないんで掲示板から張り紙を剝がしましょう」


「ちょっと待ってくださいラピさん。1週間は張ってくれるって言ってましたよね」


 突然の裏切りを働く彼女は、兎の耳を持つ獣人のラピさんだ。青髪の長さはボブといったらいいのか、少しそばかすが目立つが愛嬌の良さで話しやすいと思っていたのに、すっかり騙されてしまった。

 こうやってギルドの受付に獣人がいることから、港町のビキンはダンジョンもあって冒険者の街だが、体を資本とした冒険者のため人口に占める獣人の数も多く、タタールの街よりは偏見は少ないのかもしれない。冒険者は体を動かすのが得意な獣人が多いのは、同時に冒険者として失敗したのだろう黒い首輪を付けた獣人もやはり多く見かける。

 時折、奴隷らしき人がパーティに加わっている姿も見るがろくな装備を与えられておらず、先頭を歩かせて肉壁の代わりか罠の解除要員かで使役されているのかもしれない。


「ゴルドさんの作る金属製装備か…」「欲しいけどなー」


 張り紙を見ている冒険者たちの印象は悪くなさそうだが、冒険者革命の第一歩が悪かったのか食いつきが悪い。また、間違えてしまったのか。異世界の人たちはリスク意識が高いし、逆に隙あらばこちらを食い物にしてやろうという姿勢が強いから難しい。

 しっかり考えてくれたら悪い条件ではないはずなんだ。分割払いだけど、リボ払いのような金利は取らない。頭金は酒以外のゴルドへの報酬も流石に用意しないといけないからで、それ以外の儲けは購入希望者が多く集まらないと出ない程の出血大サービスなんだが、購入希望者は現れてくれないのか。



「ワシが若手の頃なら、間違いなく買ってるけどな」


「お得だと思ったんですけどね…」


 いつもの冒険者ギルドの酒場の席にて、慰めてくれるゲンガンを見ながら実際はどうなんだろうかと思う。購入者が1人もいないのと、あの食品加工の依頼を出した商人のスズキが関わっているのも良くないのかもしれない。

 そうすると、テスターというか広告塔というか、金属製の装備を実際に使用するモデルを用意したいと考える。ゲンガンに頼んでみるかと考えるが、彼は冒険者の仕事にプライドを持っているし、現在の装備からわざわざスポンサー製の物だからと性能が劣る物で命を賭けて仕事しろというのは馬鹿にしているのかと怒られそうだ。

 ステルスマーケティングは難しそうだし、商人スズキの名が知られていない田舎から出て来たばかりの純朴な青年を捕まえて、広告塔に仕立て上げるか。勇者を作って、そのプロデューサーに収まれば革命の第一歩が成功するのではないか。


「冒険者は宵越しの金は持たねぇ主義だが、先の依頼の分も含めて管理されるのは自由を愛する冒険者の権利を侵害されたと思う奴もいるのかもしれねぇな」


「早く良い装備を手に入れて、早く稼げる仕事を出来る方が得だと思うんですが…」


 商人だと利で説得できそうだが、冒険者は利だけではなくロマンを求めて仕事をして、彼らなりの矜持がそこにはあるのだろう。彼らにとっては得なことでもコツコツとやっていくよりは、ドカンと大きな稼ぎで一気に装備を高級な物に変えたいのだろうな。

 今は見習い期間の登録者が増える時期ではないらしいし、適当な新人がいないからと奴隷を買って冒険者に仕立て上げて金属製の装備をさせるのは自分のやり方には合っていない。

 そうだ、冒険者とのズレがあるのなら、まずは現場を学んでみよう。食品加工の依頼の件で無知を知ったばかりではないか。その後、予想通り1週間経って張り紙が剝がされる間に、誰も購入相談には来なかった…。




「ラピさん、登録者名なんですけど…」


「あなたはスズキさんですよね?…まぁ、事情があるのなら考えなくもないですけどね」


 砂糖菓子の賄賂で受付嬢が釣れたため、今日から冒険者ギルドへの加入を始めてみる。登録者名は、これまでタナカ、スズキと来たから、サトウにしたいが砂糖菓子を扱っているからややこしいので、サドゥとした。響きが勝手に現地人っぽいと思っているが、一般的な名前かは分からないな。これで冒険者の立場も得た。時は来た。

 あくまで、命のやり取りはしないで汗をかくような仕事はしたくないが、現場を少しも知らない状態だったらいつまでも冒険者との溝があって、勇者候補のプロデュースは不可能だろうと思ったのだ。

 その話をゲンガンに相談したら、ゴールド以上のランクの冒険者の推薦があったら、見習いをパスして推薦者の2つ下のランクから始められると聞いた。それを知って楽が出来ると思ったが、ただでさえゲンガンとつるんでいる怪しい商人という立場で、能力と適性が無いのにコネに頼り切っていたらますます相手にされなくなってしまう。

 冒険者に登録後、ダンジョンに入るにはブロンズランク以上は必要らしいが、見習いからアイアンに関しては街中で行う何でも屋レベルの仕事で大差なく、それなら自身も行えると思ったのだ。ダンジョンも聞いてみたら、1層から3層レベルは主にスライムが出るだけで、下手したら子どもでも倒せるくらいだと聞いて、後学のためにブロンズランクになってダンジョンにも入ってみたくなった。

 すっかり当初思っていた、冒険者で命がけの仕事をしたくないと考えていたことを忘れ、この街の冒険者の雰囲気にあてられたのかファンタジー要素に心躍らせるおっさんがいた。

 その日は登録だけで満足して、張り出されている依頼書を流し見して終わった。まるで、ハローワークに行くだけで一仕事したみたいに満足する日本での無職の姿そのままのであった。



「この依頼をお願いします」


「へー、スズキさん。えーとサドゥさんは討伐系とか街の外に出るのはしないんだ」


「武器も持っていないですし、街の外はまだ早いですよ」


 朝の最も込む時間を避けて人が空いてから冒険者ギルドへ顔を出し、誰にも見向きもされなかった配達系の依頼書を受付嬢のラピに渡す。現在は空いている時間帯だが、彼女よりも他の受付嬢やスキンヘッドのギルド職員の方が人が並んでいる率が高く、何故か彼女と関わる機会が多い。

 自身がもう少し若くて体力と自信に溢れていたら、彼女が言ったように見習いでも出来る街の外の常設の依頼を行ったかもしれない。だが、外では依頼対象ではない自身の実力では手に負えない魔物と出くわすかもしれないため、命を大事に日々を生きていくのだ。


 よし、初仕事だと気持ちを切り替えて街のメイン通りを歩く、子どもでも出来そうなお遣い仕事は人気がないが、命の危険がなく数をこなせば功績が溜まる。それに、RPGだとあちらこちらにやられる配達クエストは単調で嫌だったが、街の地理に不慣れな自身にとっては街のことを詳しくなるし、こなすうちに依頼人が仕事を指名して頼んでくれるかもしれないのでお得だと思う。

 そんなことを考えながら、冒険者ギルドのある街の中央からメイン通りを依頼者のいる南の方に進んでいく。この街はダンジョンを中心に作られており、冒険者ギルドとダンジョンを中心に、東西南北にメイン通りが伸びている。それぞれの方角に門があるが、東門を出た所には貿易港と漁業が盛んな港がある。

 強固な作りの街は外敵への対処の他に、過去にはダンジョンから魔物が溢れることがあって、深い層から強力な魔物が出て来て酷い被害があったことから、いざという時は四方の門を閉じて魔物を逃がさないようにして持久戦を行う目的もあるようだ。


「これを西門近くのパン屋まで運んでくれ」


「パン屋は看板がありますかね?」


「看板は出ているし、西門にはパン屋が1つしかねぇから誰かに聞けばすぐに分かるぞ」


 小麦粉を取り扱っている大きな店屋に到着すると、運ぶ小麦粉の袋を3つ指定される。この大きさと重さでは一度に運ぶのは無理だし、1袋ずつでも片道でギブアップして2日後以降に筋肉痛で動けなくなりそうだな。

 だが、何も考えずに配達の依頼を中心に行おうと思っていたのではない、日々スキルの使い方の工夫を考えて少しでも楽をしようと思っているのだ。取り出すのは、壺ではなく希望者がいなくて余っている合金を箱状にした物だ。

 今まで所持品を壺に入れて待機空間に仕舞っていたが、より大きな物を運べるように考えてこの方法なら収納スキルと公言しているので丁度良いと思ったのだ。合金の箱も物の大きさに合わせて作り直せば対応可能だし、初めての場所と相手が受け入れ態勢が整っていないので歩く必要はあるが重い物を抱えて運ぶ労力はいらないため、配達の革命を起こせるかもしれない。


「おう、兄ちゃん収納スキル持ちかよ。大体いつも俺の所の依頼をギルドに出しているからまた受けてくれよ」


「ブロンズランクになるまでは受けさせてください」


 収納スキルは便利だよなと感心している男性店員に別れを告げ、パン屋を目指して歩く。我ながら便利な方法を思いついたと思う。今回は不慣れな場所での配達で、配送表にパン屋の署名をもらってギルドに持ち帰ってようやく依頼完了となるが、見知った場所間で配送表いらずならば、タタールの街に差し置されられている商品を送るように一瞬に配達完了となるのだ。

 どれだけの物をやり取り出来るか分からないが、ここの新鮮な魚をタタールの街に送って稼ぐことも可能ではないかと、ふと考える。ただし、世間には移動魔法や転送魔法の使い手の魔法師がいるため、そのシェアを奪うようなことをするのもどう影響があるか分からないため、よっぽど金に困ったら次の儲ける方法として検討してみたい。


「最初は手ぶらだと思ったけど、品はしっかりと確認できたから署名するよ」


「ありがとうございます」


 早くも大して疲れずに依頼を完了してしまった。もしかしたら自分には冒険者としての才能があるのかもしれない、と調子に乗りながら冒険者ギルドへ戻って行く。依頼達成後、支払いを受け取るが30ブルで銅貨3枚だった。現在利用している冒険者用の雑魚寝素泊まり宿が、1泊100ブルかかることからもう3回くらいは同じ仕事をしないと泊る場所に困るんだな。

 それも、食事代を別にしてのことだから、駆け出しの冒険者が日々の暮らしを営むのは大変だなと思う。100ブルもタタールの街の熊殺し亭の半額の安さで、本当に屋根と床があるだけの設備の宿屋だから、切り詰めるのもしんどいな。

 さらに、仕事内容自体も配達は子どもでも出来ると思ったが、子どもの体格と力ならあの小麦粉の袋を複数人で1つ運べるかどうかだから、下手したら半日仕事になると思う。それで銅貨3枚を分けるのは、成人したての若者にはきついなと感じる。


「あれ、まだ依頼をこなすんですか?」


「まだ時間と余裕があってね」


 ラピは随分早く、見る限り汗もかかずに初仕事を終えたのを不審に思っていたが、初日に登録だけして満足して帰った人間が続けて依頼を行おうとするのも不思議に思ったようだ。

 本当は働きたくないけれど、冒険者ギルドのランクを上げるのにどれくらい依頼を達成すればいいのか分からないし、今日は労働を行うモードなのでやる気があるうちに出来るだけこなしたいと思う。それならば早朝から勤勉に働けと思われそうだが、散々日本では長いこと時間に追われていたので朝食をしっかりと食べてゆっくりと余裕を持った生活をしたいと考えているのだ。

 それに、天気や自身の体調、その日の気分で仕事をしない日があるかもしれないから、今のうちにこなしておきたい。


「じゃあ、この依頼をお願いします」


「それでは、こちらの場所で依頼の詳細を確認してください」


 受付嬢のラピから依頼人の場所を聞いて、次の依頼に向かう。今度の依頼は、金属を扱っている店に移動して依頼の品を鍛冶屋まで運ぶようだ。鍛冶屋はゴルドとは別の人で、ゴルドであっても結局配送表への署名が必要なため、街の南側まで届けに歩くこととなった。

 その後、2件目の依頼を達成してからもさらに2件の依頼を完了した。このペースで毎日働いたら、配達の依頼が無くなって駆け出しの仕事を奪うなと苦情が来たり、運び屋のサドゥとかいった通り名で呼ばれてしまうかもなと勝手な妄想を繰り広げてしまうくらいには自身の仕事振りに満足していた。

 それに、行く先々で名前と顔と収納スキル持ちという情報を広めていったのだ、指名での依頼がくるのもそのうちかもしれないな。


「「今日の仕事の成功に!!」」


 今日もゲンガンとギルドの酒場で食事を共にしている。今日は結構な距離を歩いて、途中からは流石に汗をかいたため普段よりもここの食事の濃い味付けが美味く感じる。今日の依頼達成では毎日雑魚寝している宿屋の宿泊費と酒場の食事代くらいは稼いだが、続けていくうちに個室の宿屋を目指いしたいと思う。

 それにしても、ゲンガンは大抵1人でいるし、本人曰くゴールドの自分向けの依頼がないと言っているが、冒険者らしい姿を見たことが無い。面倒見が良さそうだと思うが、パーティを組まずにソロで仕事をしているのだろうか。こういった冒険者の身ならば、過去を詮索するのは嫌うだろうから聞けないが、少し気になってしまう。


「あいつが…」「そうらしいぜ…」


 普段よりも酒場で他の冒険者から注目を浴びているが、怪しい悪徳商人のスズキではなく、新規に登録した見習いのもの好きが実は収納スキル持ちだったという話だ。有望なスキル持ちだが、ゴールドランクのゲンガンと仲良くしているため、同じゴールドかプラチナランクしか無理な勧誘はされないだろうから安心だ。


「あのカツの…」「あいつが装備の…」「酒も…」


 未だに金属製装備の分割払いの件が根強く話が広まっているが、彼らは分割払いに深い恨みでもあるのだろうか。一部では酒場に持ち込んだカツの人として認識され、同時に新しい酒として甲類焼酎も卸し始めたことで新たな噂も広まっている。

 それは、あの鍛冶屋のゴルドが気に入って毎日欲しがる酒があるが、大して美味くないが強い酒だという話だ。酒好きの間には評判が広まり、割って飲むのを推奨しているが、冒険者の間では罰ゲームだったり度胸試しでストレートで飲まれてることもあるようだ。

 急性のアルコール中毒で死人が出ても怖いので、あくまでも割って飲むのを強く推奨している。ペースを考えずに飲み過ぎると二日酔いがひどいため、チェイサーを挟んだりアルコールを飲んだ分だけ水を飲むようにしたり、寝る前にトイレを済ませてアルコールを排出することをしっかりと伝えてもらうように頼んでいる。

 それでも、彼らの姿を見ている酒を飲まないとやってられない日はあるし、過去の酒に溺れていた自分もいたためあまり強くは言えないなと思う。

 冒険者たちよ、酒は飲んでも飲まれるな。

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