第16話 高飛びと分割払いの布教

 依頼で集めた人たちにその日の給金を支払いつつ、思う。やり方を間違えたんじゃないだろうか。ペラペラのカツに串を通す作業は、単純労働で1人あたりのノルマも少なく、かなり丁寧に時間をかけても1~2時間程で終わる量だから楽な仕事のはずだった。

 しかし、一般的な冒険者には見向きもされていないし、一応冒険者の身分証は所持しているらしい人たちが来ているのでどうしたものか。評判が広まったらターゲットとしている層の冒険者も増えるかもしれないし、続けてみるか。もし、ビキン中の貧困層が集まってきたら人数制限を設けようと思うが、他に方法も考えていないからこのまま続けてみるしかない。


 翌日、昨日の5人から10人に増えたけれど、これから冒険者として装備を整えようと言うよりは日銭を稼ぎに来ましたという貧困層の人たちだけ集まってしまっている。1日や2日かで判断してしまうのは間違っているかもしれないが、やはりやり方が悪いのかもしれないし、何か間違っているのかもしれない。自身で答えが出せないので、詳しいことを知ってそうな人のいる冒険者ギルドの酒場に行ってみよう。

 今日も酒場のテーブルで飲んでいたゲンガンに相談すると、「冒険者は田舎から夢を抱いて街に来た奴らがする仕事だから、にいさんの仕事は退屈に思えるのかもしれない」と言われる。

 たしかにペラペラのカツに串を通す作業は、物語に出て来るような若者が憧れるような仕事内容ではないが、駆け出しが行うような薬草の採取と荷物運び、街の掃除といった何でも屋がするような仕事内容と大して変わらないのではないかと伝える。


「そういった仕事が嫌で地元の集落や故郷の村を出て来た奴も多いんですよ。それに、この街にはダンジョンがあるのも大きいですぜ」


 彼らは若さから来る万能感かもしれないが、自分は何でも出来る、これから成功してやると夢と希望と自信に溢れた若者には、安全で単調な仕事は冒険者のする仕事だと思われていないらしい。おまけにギルドや商会の仕事ではなく、個人の依頼する仕事だから冒険者ギルドの査定上で有利に働くものでもないようだ。

 というのも、冒険者は登録直後の見習い期間を終えるとアイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、アダマンタイト、オリハルコンと依頼を達成して評価を積み上げて等級を上げていくのを目標としているらしい。上位2つは長命種の長年活躍している者くらいしかおらず、もはや伝説として謡われるレベルなため、短命種だとプラチナが最高ランクでこのギルドでも数える程となっているようだ。


「ワシなんかでも20年近くやってればこれくらいにはなれますぜ」


 そう言ってゲンガンが首からネックレスのように下げている、冒険者ギルドの身分証を見せてくれるが、そこには輝く金色の装飾とゴールドランクの文字が表示されていた。ベテランだと思っていたが、しっかりと能力もあるのだと感心する。


「それに、若い奴らは命を賭けねぇ安全な仕事で稼いでるようなのは腰抜けと思ってるのかもしれねぇな」


「そうなんですね…」


 小遣い稼ぎのような仕事でも、繰り返せば装備購入の足しになると思っていたのだが、それに善意からやっているのに胡散臭い余所者が始めたことだから、勝手に悪徳商人の違法労働に思っているのかもしれない。それでも、派遣業者が非正規雇用の労働者を食い物にするのとは違うんだと信じてやっていくことにする。


「一応冒険者向けだから、スラム中の貧民が来なかっただけ良かったかもな」


「多すぎれば人数制限は設けようと思ってはいたんですが…」


 貧困層も救われるべき人たちなんだろうが、自身の伸ばせる手の長さには限りがあるし、まずは自分のの生活をなんとかしたい。そんなことを考えながら、酒場で注文したガルの肉を食べるが、ここで出しているというか街で流通しているのはほとんだが迷宮産の魔物の肉らしい。天然物と養殖物の違いと同じ扱いにしていいのか分からないが、自然界のガルと迷宮産のガルの違いが分かる繊細な舌を持っていないため言われるまで気にもしていなかった。


「これはこれでイケる奴もいるかもしれねぇな」


 ゲンガンが食べているのは、酒場の新商品となったカツの串だ。早くも冒険者たちの間では、ペラペラ揚げ肉の串と呼ばれているようだ。そこいらの使い回しのとは違って、きれいな油で揚げているのは評判になっていて、酒飲みにはつまみとしてイケると一部では評判になっているようだ。

 ボリュームは少ないが、値段的には最安値のガルの肉よりも安さを更新したのだから、駆け出しの冒険者の懐の助けになるかもしれない。


 ゲンガンとの相談後、翌日の食品加工の場には20人が来たけど、相変わらず一般的な冒険者ではなかった。これ以上増えたら木の串を頼む分で赤字になってしまうし、在庫を抱え過ぎてカツの串を売る先にも困ってしまうなと思っていたら、それ以上人数は増えることなく1カ月が経過すると突然誰も現れなくなった…。


「スズキさんですね?商業ギルドの徴税担当の者ですが…」


「えっ…」


 今日は誰も来ないけどどうしたんだろう、と思っていると食品加工で借りている冒険者ギルドの研修室に代わりに現れたのは、商業ギルドの徴税担当者であった。一応、魔法師ギルドへ卸している分は別として、冒険者ギルドでの依頼を通して酒場に卸すカツで稼いだ金額は商売としての税を払っているはずだが…。


「そちらではなくて、あなたが雇っていた冒険者が稼いだ分の税が支払われておりませんので」


「それは私が支払う責任があるのですか?」


 徴税担当曰く、必ずしもそうではないが、基本的には雇った労働者が信用ならない場合は、労働者には税を抜いた給料を支払って雇用者がまとめて税を商業ギルドに納めるらしい。

 今回の場合は、労働者を信じて納めるべき税込みで賃金を支払っていたが、雇っていた人たちが一切納めずに逃げたため責任者の所に来たらしい。余分に金がかかって元が取れないかもしれない可能性があるが、逃げた人間の手配書を回すことも勧められる。だが、彼らもそれを織り込み済みで現在の身分を捨てるつもりで逃げたから、捕まる可能性はかなり低いようだ。


「冒険者ギルドに責任を求めるのは難しいですか?」


「今回の場合は、食品加工という毎回の依頼は達成されていたわけなので、冒険者ギルドが依頼者と冒険者との間の個人的なトラブルには介入はしませんね。ギルドとしては、依頼の仲介の場を設けたのであとは依頼者が信頼できる冒険者を選定して、依頼の達成を任せるだけです」


「そうなんですね…」


「あまりに酷い冒険者にはギルドから罰則があったりするのですが、今回の彼らは…」


 それに依頼で毎回集まっていた冒険者も、ギルドに登録しているが身分証を持っているだけの言わば冒険者としての活動を行っていないような者たちなので、余計にギルドは責任を取りたがらないと思うと伝えられる。


「あなたが冒険者ギルドに登録していて冒険者として依頼をしていたら、冒険者同士のトラブルには介入の余地があるので、また違ったかもしれませんね…」


 うーん、それぞれのギルド毎の領分があるから大変にややこしいと思う。今回も、自身が商業ギルドの商人としての立場で依頼を出したが、依頼内容的に商売として商業ギルドが徴税に乗り出すし、こんなことなら冒険者ギルドにも登録しておいた方が良かったのかな…。



「結局スズキのにいさんは払ったんですかい?」


「勉強代だと思って払いましたね」


「そんなの商業ギルドの奴が確実に徴税したいだけで、冒険者ギルドに要求するように言やいいんだよ。それに、逃げた奴らも手配書回せばいいじゃねーか」


 この世界は舐められたら終わりだとゲンガンに言われて、それも一理あると思ってしまうが、自身の不明瞭な点を貧困層の住人に利用されたのだからある意味では勉強にはなった。

 それに、彼らも一応は冒険者と言われる立場だったし、夢を抱いて都会に出て来て夢破れて貧しい立場になり、今回の件を利用して生まれ故郷にでも帰ったのかもしれない。冒険者を支援するという目的は遠回りにでも達成しているし、情けは人の為ならずでいつかこの結果が巡ってくるかもしれない。

 そもそも、彼らを雇う責任のある立場のはずだったが、彼らのことを何も知らなかったし知ろうともしなかった。履歴書を読んでないし、採用面接もしていない、紹介状も持っていない後ろ暗い人間だから飛んでしまってもおかしくない。

 結果的に、これからは串を刺さないペラペラ肉を冒険者ギルドの酒場に卸していこう。木の串でかかっていた費用もなくなるし、その点では自身の取り分が増えるから得することになるが、冒険者から始める革命の第一歩は失敗してしまった。


 最初の第一歩は失敗してしまい、商業ギルドの徴税担当にまとまった税金を支払うと懐が一気に寂しくなってしまった。現在は、駆け出しの冒険者が泊る雑魚寝の安宿に泊まっている。個室なら落ち着ける環境だから自宅で着ていたスウェットに着替えるが、他人の目があるから一般的な服と足元だけはサンダルにしている。

 タタールの街ではサンダルも目立っていたので、魔法師スズキの恰好になってからは革のブーツだったが、四六時中履いていると蒸れるのと水虫になりそうでビキンに移ってからはサンダルだけ履いているのだ。

 さて、次の冒険者を支援してパトロンになる方法は何かないだろうか。おまけに自分が儲けられる方法も探していかないといけない。現在、アメとチョコレートのほとんどは差し押さえられて部分的に魔法師ギルドへ卸す分で稼げているだけだ。この街の冒険者ギルドへ卸すカツも消費されている量から、売り上げは知れている。選択肢の残り少なくなっている駄菓子屋で扱っているような菓子を新たに売り出すか、それとも土壇場でおすすめが新たに更新されるのを期待せずに待つか。

 そうだ、他にも自分は在庫をたくさん持っていたのだ。



「感触から銅だと思うが他にも混ざってるな」


「へー、そうなんですね」


「お前知らねーで持ち込んでんのか」


 やって来ましたのは、ゲンガンに教えてもらったギルドからほど近い場所にある鍛冶屋だ。ゴルドと名乗る髭面ハゲ頭の低身長ながら筋骨隆々の鍛冶師は、鉄と槌の氏族の血を引いているらしい。普段ならゴールドランク以上しか客にしないらしいが、ゲンガンの紹介で面白い仕事ならばと話を聞いてくれたのだ。

 ここに持ち込んでいたのは、自身の待機空間にストックだけが溜まっていた日本円硬貨だ。以前はキャンディコインとチョコチップに使用していたが、今では使用するあてもなく在庫だけが余っていたのを何かに活かせないかと思ったのだ。


「混ざり物だけど金属としての純度は高いのか…」


 鍛冶屋に見てもらうまで、何かの合金だろうと思っていたが、気にしていなかった。適当に杖と仮面や皿代わりに使用していたが、もっと材質を気にするべきだったな。

 次なる冒険者の支援として考えたのは、安く金属製の装備が手に入る方法があるがあなたはどうしますか、作戦でいこうと思う。迷宮から取れる魔物産だったりファンタージ素材の金属には負けるが、皮装備からの卒業先にはいいんじゃないかと考えたのだ。

 某国民的なRPGでも木や石の装備から卒業するなら、次は銅製が無難だ。あとはどれくらいの料金設定と、冒険者が支払えない場合に分割払いのシステムをどうするか、さらにはゴルドが装備を作ってくれるかも確認しないといけない。


「今更俺に初級者用の装備を作れだぁ。…そうだな、お前が美味い酒を用意してくれるのなら考えてやらぁ」


「酒ですか…」


 金を積めと言われても困ったが、酒なんてエールとワインくらいしか市場に出回っているのを知らないし、どうしたものか…。


「あれ?」


「どうした酒の宛はあるのか?」


「どうにか、なりそうです」


 これまで助けて欲しい時に何の反応も無かった交換魔法のおすすめが更新されたのだ。それは、酒に溺れていた時に激安スーパーで買っていた物だ。思い出すのは、最初に就職したブラックな職場でストレス解消で酒に逃げ、初めは強い缶チューハイを好んでいたが、次第に酔えればいいとコストパフォーマンス重視になった。そうしてたどり着いたのは、1.8ℓの紙パックの甲類焼酎だ。

 よりコストパフォーマンスがいい物があったが、流石にアルコール依存症一直線だと4ℓのペットボトルの物は購入しなかったが、あの頃は週7飲酒しないと眠れなかったものだ。これでは駄目だと環境を変えるために転職して酒を断ったが、さらにブラックな職場にたどり着いたのはどうしようもない。

 それにしても、風味もない酔えれば良い度数25%の割って飲むしか使い道がない物がここで選択肢として出るとは、消費魔力も80で最初の時のアメと比べても多いなと思ってしまう。壺に入れて用意するが、匂いで分かるから水のストックとは間違えないだろうと思う。


「これ、何ですが…」


「何だよ、酒を持ってんじゃねーか。それにしても、澄んだ酒だな」


 かなりきつい酒だと思うので気を付けてくださいと伝えるが、酒好きなのか話を聞かずに壺を持ちあげて飲み始める。


「くー。こいつは水のような口当たりなのに、かなりきついな」


「かなりきついんで、水か他の何かで割って飲んでください」


 俺は鉄と槌の氏族の血を引くんだそのままで問題ねぇ、と返されるが急性のアルコール中毒にならないか心配になってしまう。本人の自己申告を信じるしかないが、かなりのハイペースで飲んでいるため、無類の酒好きではあるようだな。


「これならいいぜ。毎回これを用意してくれるなら、作ってやってもいい」


 どうやら、美味さよりもアルコール度数の甲類焼酎でも引き受けてくれそうだ。機嫌が良さそうな様子に、ついでに自身が欲していた爪切りも構造を伝えて作ってもらう了承を得たのは嬉しい。今までは、おっかなびっくりで小刀を使用してどうにか切っていたのだ。

 その後、ビキンの冒険者ギルドにあるお知らせが掲示板に張られることになった。




『お知らせ:冒険者の皆さんに金属製の装備が格安で手に入るチャンスをお知らせします。製作者がゴルド氏の金属製の装備が、頭金を皮装備と同じ値段を用意すればあとは月々の低額の支払いか、毎回の依頼達成の報酬からの天引きでいますぐ手に入るまたとない大チャンス。希望者は冒険者ギルドの受付か、商人のスズキまで申し出てください』


 よし、冒険者たちにも分割払いをしてもらおう。

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