第15話 冒険者から始める革命

 人生の終わりのような大負けをした日でも、次の日も変わらずやって来る。あれから、館の賭場を手伝ってくれていた若手の商人たちへ在庫からまとまった数のチョコレートを渡して手切れ金にしてからは、ひたすら夜の時間もチョコレート生産工場になっている。

 しばらくはチョコレートで稼ぐことを当てにしていたため、ここに来てキャンディ基金の運営も危ぶまれている。そのため、ノワさんの商会にアメも卸してチョコレートと一緒に多少の手数料を取られるが、売り捌いてもらって得た資金を回している。

 自身は魔法師ギルドに提供している分でなんとか日銭を稼げているが、贅沢をしようにも程遠い。これからは賭場を開くことが出来なくなったので、適当に使用している館の周囲の家からも追い出されるかもしれない。こうなったのも少しの成功で貯蓄が無いのに時計を買おうと思ったり、そもそも与えられたスキルで調子に乗っていた末路かもしれない。

 それに冷静に考えると、賭場を続けていたら砂漠の国の王子みたいに天文学的に低い確率でも連勝者が現れたかもしれないし、まだ見ぬスキルや能力を持つ者に大負けしていたかもしれない。そうすると、商業ギルドの派閥争いでも実は負ける可能性もあったのかもしれないと思うと、寒くないのに体が震えそうになる。砂漠の国の王子が、金に大して興味が無いから助かったが、相手によっては一括で支払えないことを理由に奴隷にされていたかもしれない。相変わらず自分は成功することしか考えていないから、失敗した時のリスクを考えないから駄目だなと思う。


 これ以上この件を考えたくはないが、ずっとチョコレートを作っているからか、やはり考えてしまう。今回の件で、一体誰が得をしたのだろうか。

 最も利益を得ているのは、砂漠の国の王子だが、彼は大して金に興味がないし満足出来るようなゲームは提供出来なかったが、彼の国は資産が増えることになるとは思う。

 次に、この街の富裕層はゲームをプレイしなくても砂糖菓子が買えるようになったが、一時の愉しみでゲームの再開は遠い未来になったと思う。ただし、高貴な身分の方々から搾り取ろうとした不届きものにはお灸が据えられたと考える。

 最後に、元々大手であったが商業ギルドの幹部の失脚とその伝手で入って来た商人たちは去り、この街の市場のシェアを大きく伸ばした商会がある。その商会は今回の賭場のゲームの結果で、扱う品にチョコレートとアメが増えることになるが、たまたま自身の付き合いのある商会がそこしかなかったから偶然だと思いたい。それとも囲い込みの一環なのか…。

 どの勢力も自身を潰しに来そうな理由があるが、深く考えてはならない。そうだ、いつものマイナス思考では駄目だ、これはいい機会なんだと思おう。この街では色々やらかし過ぎたし、この街は自分には狭過ぎたんだ。いつかと思っていた街を離れる時が目の前になっただけだ。


「そうすると、どうやって他の街に行って、どうやって稼ぐかが問題だな」


 未だに交換魔法のおすすめのラインナップは増えず、残り少なくって来た交換先の駄菓子屋のお菓子の選択肢を選んで商売をするか。

 何よりも、まずはこの街からどうやって離れようか。そもそも危険な旅をしたくないが、分割払いを抱えている身で街を離れられないと思う。一国の王子への負債を踏み倒そうものなら、国際問題レベルになって今度こそ手配書は取り下げられずにお縄につくと思う。

 他の街への移動は支所長のネイスにお願いして何とかなりそうだが、毎回その街にノワさんの商会宛に配達品を取りに来てもらって運んでもらうのは相手の時間と魔力を浪費させるから無理だと思う。

 今から習得できるまで、移動魔法か転送魔法を習うのはどうだろうか。そんな魔力があるのなら、チョコレートだけ生産するべきだが、度重なる交換魔法の行使で魔力の最大値は100を既に超え、500を目指そうという段階だからそれも1つの可能性として考えられる。しかし、何時になったら使えるようになるのか分からず、適性がなければ一生使えないかもしれない。

 そうだ、1つある方法を思いついたので試してみたい。



「私は消費魔力分を負担してくれるなら構わないがね」


 翌日、いつものように魔法師ギルドへアポイントメントなしで突撃し、支所長のネイスが行う配達に便乗させてもらった。


「では、私は受付に渡してくるよ」


 気が付いたら配達先の魔法師ギルドへ移動し、ネイスが受付の女性に今日の分のアメとチョコレートを渡している間に、テストを試す。それは…


「よし、出来たと思う」


 交換魔法の待機空間を使っている時にある気づきがあったのだ。交換魔法で魔力と物を交換する時は魔力を消費するが、ストックした物を待機空間に出し入れするのに魔力は消費していなかった。

 そして、獣人の子ども相手に手品もどきをしていた時は、アメを手の中への出し入れや口の中に出現させることが出来ていた。最初にアメを手のひらに出した時のように、望む場所に出す方法を使えば、もしかしたら距離も空間も超越出来るのではないかと考えたのだ。


「終わったかね?」


「はい、あとは結果を確認するだけです」


 ネイスは受付に渡し終わったようで、受付の方を見ると濃い緑髪の若い女性が、子どものような振る舞いで右腕を高く上げて大きく音が鳴るような勢いで振って見送ってくれている。彼女も若干耳が長く横に突き出た容姿だが、タタールの街の受付とは大違いだと感じる。


「では、戻ろうか」


 ネイスが右手の人差し指を立てるいつもの動作を行うと、気が付けばタタールの街の魔法師ギルドの受付前であった。


「どうやら成功したようだね」


「おふぁえりなさいませ」


 本番同様にアメとチョコレートの入った壺と皿ごとカウンターに遠隔から出してみたが、しっかりと出迎えた受付の女性がつまみ食いしていたようだ。咀嚼しながら右頬も丸く膨らんでいるしで、容器から少しづつ減っているのでアメとチョコレートを同時に味わっている様子だ。


「一応、卸す先が決まった商品なんですが…」


「食べてくれとばかりにここに出すのが悪いんですよ」


 彼女は注意されて金色の目を大きく開いてから、心外ですとばかりに発言する。

 よくある光景なのかネイスも肩をすくめてやれやれといった感じだが、この様子では魔法師ギルドの幹部連中への配達物にも手を出してそうだ。それでも、彼女が健在なのは能力の高さか血筋の良さがなせるものなのか、怖いもの知らずだなと思う。


「それにしても、スキルの応用で配達を行うとは興味深いな」


「たまたま密林の黒猫様にコツを教わったら、上手くいきましたね」


 2人は移動魔法や転送魔法を使用せずに、収納スキルの応用で届けたことに感心しているが、新しい能力に目覚める予定がないし頼れる手段がないなら何とかするしかない。

 これはおっさんの武器だ、新しい物を受け入れず、新しい知識と技術を容易に習得できなおっさんは、今あるもので勝負するしかないんだよ。悪知恵というか工夫をするしかない。魔力の変装も対象を魔力で覆って行使するのは、自身の交換魔法で作った壺にスキルで作っていない物を入れたら、待機空間に仕舞うことが出来た気付きから得たものだ。

 あまり思い出したくないが、ブラックな職場時代の会議や研修で培ったのは他にもある、他に出た意見と言い回しを変えてあたかも別の意見に聞こえるようにしたり。金と人は増やさないけど現場の努力で何とかしろという会議でも、いかにも新しい論点を示して解決できない問題から矛先をずらすか工夫してきた。

 それにしても、何で上の人間は意味のない実績作りのような会議と研修を好むのだろうか。下々の労働者は、本気で改善する気の無い・答えの無い問題をテーマに、勤務終わりの時間外や休みでも参加させられ、1時間しか超過勤務が付かないのに最低数時間以上も行われる地獄の時間だった…。


 いつまでも過去を振り返っても仕方がないが、これでこの街を離れてもなんとかなりそうだ。また、変なことに巻き込まれても嫌だから、商会の担当者には魔法で毎日品を届けることと場所を確認し、ゲンマだけにはこの街を離れることを伝えようと思う。



 翌日、昨夜は別れを惜しんでくれたゲンマに心を動かされるところがあったのか、久しぶりに痛飲してしまった。頭痛と吐き気を堪えながら、タタールの街からこの街の魔法師ギルドまで送ってくれたネイスに明日からは、昨日の実験でやったようにタタールの街の受付カウンターに品を出すことを伝え、しばらくはこの街で生活することを初めて伝える。


「なるほど、明日からのビキンへの配達はお願いしても?」


「それは断ります」


 今日から生活の場を移すのは港町ビキンであるが、魔法師ギルドの翠髪の支部長とは関わりたくないと考えている。いつの間にか、幹部連中からは一方的に評価が上がっているらしい。

 どうやら、幹部連中はチョコレートが食事代わりになって獣人になる変装道具も面白いと評価してくれているようだが、即身仏のような骨と皮のギルド長が飲食が必要だったり、獣人の耳と尻尾が生えている姿は想像できないな。

 ネイスには卸す品の代金支払いの受け取りを、ビキンの受付で出来るようにだけお願いして、別れる。


 魔法師ギルドから外に出て、街並みを眺めながら歩く。以前に、スズキの名で商業ギルドで登録と身分証の発行を行ったが、他はネイスに連れられた移動先の魔法師ギルドと魔力での変装が形になるまで引きこもっていた宿しか、この街で知っている場所はない。

 港町ビキンはその名の通り、漁業も盛んなようで潮風を感じて懐かしい気分になってくる。実家も港が近い所だったので、日常的に魚が食卓に上がっていたのを思い出す。ただ、日常的にまな板の上で魚が捌かれる血と特有の生臭さに、一部の焼き魚を別として子どもの頃は魚が苦手だった。寿司と刺身も成人して以降に味覚が変化してから食べられるようになったが、子どもの頃の食べられる寿司ネタは玉子・イカ・タコ・エビ・アナゴぐらいだった。

 魚か、成人してからは食べられるようになっただけで、別に好き好んで食べるようなものではなかった。30半ばから脂の多い肉が、胃がもたれて受け付けなくなってきていたが、もっと年齢を重ねると魚中心になっていくのだろうか。

 取り留めのないことを考えながら、石畳やレンガで舗装された道を歩く。ダンジョンで取れるような素材が多いのか、町全体が魔物の襲撃を想定したようなしっかりとした作りで出来ているようだ。まずは、商業ギルドで知りたいことを質問をしようか。


「それでしたら、一定の賃金と同時に売り上げに応じた税を納める必要がありますね」


「なるほど、分かりました」


 身分証を発行して以来の商業ギルドへの訪問だが、担当者の人間は質問に答えてくれる。どうやら、冒険者ギルドを通して依頼という形で人を集めて商売を行うのは、一定の規模を超えると商会の商売と同様に扱われ、商業ギルドから税の徴収を受けるらしい。単純に依頼内容も、討伐や採集依頼ではないのも関係するようだな。

 賭場で大負けして革命を起こすと誓った日、商業ギルドで依頼して人を集めることも考えたのだが、まずはリスクの多い冒険者の立場から改革を起こしたいと思ったのだ。成功を掴むのは一部の人間だけだが、もし装備を整えられる冒険者が増えていったら、成功者が増えるのではないか。そして、そんな層を増やしてパトロンの立場に収まれば、富裕層への対抗勢力となるはずだ。そう、これが革命への第一歩だ。


 大いなる野望を抱いて続いて訪れたのは、剣と盾の看板が目印となる冒険者ギルドであった。結局タタールの街では利用する機会がなかったため、冒険者になるつもりが無くても高揚したような気分で扉を潜る。

 周囲を見回すと、賭場を開いていた館と周囲の建物全てを含めてもまだ広い室内に、酒場も併設されているがその1日のギルドの利用人数を想像して大きな街に来たなと実感する。

 どうも、昼過ぎに来たためか、めぼしい依頼を受けたりダンジョンに潜っている冒険者が多く、いるのは今日はオフな冒険者か昼間から飲むような自堕落な者たちのようだ。情報収集がてら話を聞いてみたいと思う。近くのテーブルに座っている、背中を向けた冒険者に声を掛けてみよう。


「あのー」


「なんだ?」


「ゲン…、いや失礼しました」


「なんじゃい。ワシを愛称で呼ぶから、覚えてねぇけど以前飲んだことがあるのか?」


 いや、知り合いに似ていたものでと内心の驚きを隠す。目の前の人物は耳の位置と前歯が下の2本が無いといった違い以外は、昨日別れの飲み会をしたゲンマそっくりだったのだ。


「そんなに似ているのなら会ってみてぇな」


 ワハハと豪快に笑う相手に、ドッペルゲンガーか生き別れの双子か、過去に悪と正義の心が分かれたのか、それとも1人の人間が魔道具で半分に切られて分裂したのかと世界の不思議に驚く。


「ワシはゲンガンというが、それで名前も似てるのは運命を感じちまうなぁ」


 スズキと名乗りながら、服装と装備からベテランの冒険者と思い、酒と食事を奢って情報収集と相談を行う。


「くぅぅぅ。今日のことしか考えられない奴が世の中には多いのに、アンタは大した奴だ。ワシにも協力させてくだせぇ」


 スズキのにいさんと呼ばれ、なんだか既視感を感じるやり取りをしながら、ゲンガンから冒険者のことやギルドのこと、この街の詳しい情報を聞いていく。食べ慣れたはずのガルの肉料理でも、冒険者ギルドの食事は汗をかく者たちに向けに少し塩辛く濃い味付けだった。



 2日後の朝、ゲンガンに相談したり伝手を頼って、ようやく今日から依頼を出してみる。


『依頼:未経験者可能、スキル不要。食品を加工する仕事で人手を募集しています。1日の目標量を達成すればそれで終了、1人税込み100ブル支払います。集合時間は昼過ぎで、作業場所は冒険者ギルドの講習室で行います』


 依頼を張り出して、今日から頑張るぞと思ったが、集まったのは冒険者には見えない人たちだった。瘦せこけた体に、汚れているような衣服でスラムとかに住んでそうな貧困層の人たちに見えるし、誰も鎧や武器を装備していない。

 それに10人は集まればいいなと考えていたが、5人しかいない…。それでもと気を取り直して、評判が集まればこれから増えていくはずだし、まずは今日の第一歩から始めていくぞ。

 よし、と気合を入れてまずは、手を洗う用の水を壺に用意し、この街の職人見習いに作ってもらった木の串も準備する。そして一番重要な商品もそれぞれの分担量を机の上に置いていく。


「皆さん、お集まりいただき感謝します。これから仕事の説明をしたいと思います。

皆さんにはまず、食品を扱うので手を洗ってもらい、それぞれの机の上に用意したカツに木の串を通し頂きます。与えられた量を達成できれば今日の仕事はお終いで、1人に税込み100ブル小銀貨1枚を支払います」


 机の上には1人あたり100枚程の駄菓子屋で売ってあるカツと名が付いているが、とても薄いものだった。そう言えば原材料を調べたことがなくて知らないが、今見ると豚や牛の肉ではないだろうなと思う。

 ペラペラのカツに串を通す、刺身の上にタンポポをのせるような単純作業で売るためには必要ないと思われるが、何とか仕事を作りたいと思ったのだ。はっきりと言って、木の串の加工代を考えると儲けはゼロに近い。完成した串を通したカツは、話を通してある冒険者ギルドの酒場で売られる予定だ。

 質問も反応も集まった人たちからはなく、とりあえず開始してもらうが大丈夫なのだろうか。

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