第14話 束の間の平穏と分割払い確定

 朝にしては遅く、昼にしては早い午前中、タタールの街の自由市に程近い、周囲から目立つ白い館。その右隣の家から、外に出る。フードを目深に被り、魔法師の恰好はしておらず、金属製の杖と仮面は身に着けていない。

 昨日はこの家で過ごしたが、普段から適当に寝泊まりする家を変えている。ノワさんかこの街か王都本部のギルド長の力か知らないが、白い館周囲の建物を買い上げて地下を掘って行き来可能とするのは驚いた。使わせてもらっている家は、風呂はないが宿暮らしから仮卒業出来たのはありがたい。

 それでも、素顔で暮らしづらい街で住民権を取ってまで暮らしたくはないと思っているし、王都は別としてどこか永住の地を探して別の街にも行ってみたい。何故か白い館でのゲームを続けさせてくれており、囲い込まれている気もするが心はどこまでも自由だ。


 あれから、王都商業ギルド本部所属のタヤスはこの街を去ったようで、王都に戻ったのかまた別のギルド本部の仕事を行っているのかは分からない。この街の商業ギルドの派閥争いは終わったため、毎日のように行っていた館でのゲームは数日に1度、夜の部のみのペースで開催している。

 というのも、ゲレンスとそのお仲間たちを一網打尽に出来たため目的は達成し、あとは自身の金儲けと高貴な身分の方々の娯楽を満たすために開いているが、毎日労働に疲れたのとやんごとなき方々がのめり込み過ぎて借金をさせても問題があるからだ。

 チュカも本来の業務というよりは、空いたポストのギルド幹部についてめでたく出世した。自由市は管理者を置く必要がある程活気は戻っておらず、幹部連中の失敗を知った街の外の商人たちは我先にと逃げていった。今は、ノワさんの商会が物流の大部分を担っており、いずれ商人たちが増えていけば、徐々に手を引いて行くのだろう。

 そんなことを考えながらも、メイン通りを進みながら魔法師ギルドへ向かっていく。毎日魔法師ギルドへのアメとチョコレートの配達は欠かさず行っているのだ。


「あらタナカさん。いえ、ごめんなさいスズキさん、いつもご苦労様です」


「えーと、スズキさんこんにちは」


 魔法師ギルドに顔を出すと、珍しく狐耳魔法師のクノがいた。受付の女性はクノに聞かせるためにわざとタナカの名前を出したようで、大して悪びれた様子もなく、聞いてしまったクノも苦笑いしている。2人ともギルドの外で言いふらさないだろうし、からかわれる分は我慢する。

 今現在は、素顔を晒す時用の魔力を使った変装をしておらず、魔法師にとっては相手の魔力の膜の質で特徴を捉えるのは容易く、非魔法師の一部の人間にしか通用しないようだと改めて実感する。

 初めて変装をギルドで相談した際も、魔力を纏って色や質感を変えるのは興味深いが、難易度と消費魔力の割りには効果が薄いと言われた。その際、受付の女性に至っては無駄な努力をしますねという感想だった。

 相手の好む、または苦手とする物が用意出来ない時に、五感で感じる要素を似せる代替魔法に分類する物があるらしいが、自身の適正にあった魔法を磨く方が最短最速で魔法師の道を進むことができるため無駄な努力らしい。彼女の派閥にとっては、魔力の膜の色を自身の特性と得意魔法に染めていくのが最善で、無属性の無色透明の膜にその都度魔法の方向性で色付けするのは非効率的に過ぎるようだ。

 おまけに、獣人の姿を幻覚で見せる魔道具については、わざわざ他種族のそれも獣人なんかに化けたいだなんて信じられません、と彼女らしい他種族を見下した感想だった。


「やあ、いつもの配達に来たんですけど、クノさんがいるのは珍しいですね」


「パーティの活動でお金が溜まったので遂に拠点を移すことになって、その前に挨拶に来ました」


 自身が自由市で商売をしている頃から、彼女は冒険者として精力的に活動して資金を貯めて、パーティの目標であるダンジョンがある街に拠点を移すらしい。ダンジョンと聞くと入るつもりはないが、わくわくして来るな。冒険者が集まって、その冒険者を対象とした商売目的でより多くの人が集まっているだろうし、この街から移動する時があればダンジョンのある街も選択肢に入れたい。

 それにしても、冒険者は大変だと思う。以前に金属加工を職人のレックに依頼した経験から、原材料を別としても金属製の装備の費用の高さも想像できるし、それ以外の高級な装備品も命に代えられないだろうが、ローンなしで新車やマイホームを購入するみたいなものだと思う。そんな装備が1回の冒険で失われたり、場合によっては装備どころか命を落とすのだから、ハイリターンと言ってもハイリスクだから憧れるだけにしたい。

 そんなことを考えていると、新たなギルドへの来訪者たちが現れた。


「あ、チョコのおっちゃんいた」「チョコくれ」「探したよー」


 自由市の売り場でアメを買ってくれていた獣人の子どもたちだ。獣人の鼻には変装では誤魔化せず、アメのおっちゃんと言われないだけましだと思う。声を掛けられたら今はスズキと名乗るが、館でのゲームに参加した人たちには魔法師の姿がばれているし、基本的には仮面と杖の恰好で出歩きたくはない。変装も魔力の消費から顔を見せる必要がある時のみにしている。

 何よりも、無職になってからは散髪を電動バリカンを買ってセルフで行って節約していたのに、変装とは言えハリウッド映画に出て来る王子様みたいな毛量は落ち着かないし、今更外見を整えようとするのも合わない。

 外見を気にすると言えば、ブラックな職場時代は、30過ぎから白髪が増えて来て最初は抜いていたが、気にするのが嫌になって髪の毛を染め出したが、鼻毛にも白い毛が混じり出すと老いを感じてしまっていた。これでいよいよ下の毛まで発見する日が来たら、いっそう老いを感じて老け込みそうだ。

  

「チョコの話は家と外ではするなよー」


「「「「はーい」」」」


 子どもの約束なんてあてにできないが、獣人の家では公然の秘密となっているのだろう。正体に気付いた子どもたちにはアメではなく、秘密を守るのならチョコを売ってやろうと持ちかけたのだ。

 館のゲームの参加者には文句を言われそうだが、その場合はチョコチップの交換はチョコレートで、子どもに売っているのは試供品の方のチョコだと誤魔化すつもりだ。楽しみに待っている子どもから1ブルの小銅貨1枚を受け取って、試供品の硬貨を模したチョコを2枚ずつ渡していく。

 子どもにはやっぱり癒されるなーと思っていると、私にも寄越せといったサインか、受付の女性が点滅するライトのように両目に魔力の兆候を示して細かく魅了攻撃をしかける動作を見せる。


「気を付けて帰れよー」


 決して受付の女性の脅しに屈した訳ではなく、配達物を渡したかったのもあって子どもたちを返していく。少年少女共に街の綺麗なお姉さんを見て、憧れたり照れた様子があったが、騙されてはならない。特に少年たちは初恋と失恋を奪われることになるだろうが、もし魔法師の適性があった時には絶望と破滅へ誘われてしまうだろう。


「やっとですか、待たせ過ぎですよ」


 当然だろうという様子で、配達品以外に用意したチョコレートを摘まむ受付の女性を見つつ、私もいいんですかと遠慮がちに尋ねるクノの礼儀正しさに心が洗われる。


「おや、来ていたのかね」


 いつものように、魔法師ギルドの支所長のネイスが唐突に現れる。思い起こせば、港町ビキンへの移動と魔力での変装の習熟で彼には助けられた。特に、移動魔法は都市間の移動は制限されているが、魔法師ギルドの幹部の要件で許可されているアメの配達に便乗させてもらったのだ。

 他にも魔法の訓練のことや発動体の購入も相談したかったが、日々の忙しさに出来ていなかった。魔法師用の恰好の金属製の杖は、50円硬貨をまとめて形を変えただけの張りぼてなコスプレ用品だから見かけだけなのだ。

 それにしても、時間を決めて会う約束をしてみたいとも思う。この街でも、一定の地位にいる人は時計を持っているようだが、異世界では防水・電波・ソーラーならぬ、魔力式の時計があるのだろうか。

 このまま、商売が上手くいけば、発動体も欲しいが成金よろしく成功の証として時計を買っちゃおうか、ゆくゆくは持ち家も買っちゃおうと調子に乗った考えをしてしまう。

 魔法師ギルドからの帰り道は、そう言えば爪切りも欲しかったのだと思い出す。切った爪が中に入る構造でなくてもいいし、削る部分がついていなくてもいいから、職人のレックに素材は持ち込みで知り合い価格で作ってくれないだろうか。




 その日の白い館の賭場はいつもと雰囲気が違っていた。参加しているメンバーはよく見る顔ぶれだったが、1人飛び入りの新規のお客様がいたのだ。

 夜の部が開始する直前にその客は現れ、チョコチップを1枚だけ交換を申し入れた。


「あの方は…」


 客の中には外の身分が分かるのだろう、少しざわつく。その青年の姿は、砂漠の地方で着るような民族衣装と思われる、白を基調としたゆったりとした布に所々金糸で刺繍が刺されたこの街で初めて見るような服装だった。顔の肌は褐色で、変装用のマスクとターバンのような帽子の隙間から覗く銀髪が特徴的であった。

 彼は席に着くと、最初のゲームには参加せず、ルールの把握と観察から始めるようだった。よく分からないが、背中から漂う気配なのか雰囲気がある人だなと思う。


「まずいですよ!!」


 受付を担当してくれていた若手商人がこちらに耳打ちしてくるが、どうやら彼は砂漠の国の王族であるらしい。王と妾の間に出来た継承権のない子どもらしいが、一部の界隈で噂になっているようだ。それは、砂漠の国の王子は博打の王らしい。

 実際に、彼の不敗神話を目の当たりにした人間と潰した賭場の数を挙げたらキリがなく、もはや生ける伝説と言っても過言ではないらしい。そう聞くと、彼の実力はよく分からないが、若手商人たちのやったような最低限の利益を確定させて増やす以外にこのゲームの攻略方法があるのだろうか。

 そう考えると、王族の財力に物を言わせて負ける度に倍額を賭ける方法が取れそうだが、もしかしたらイカサマする方法だったり、気付いていない抜け道があるのだろうか。どこまでもチョコレートしか失わない胴元の余裕で眺めていると、彼もチップを賭け始めたようだ。


「まさか…」


 最初の賭けに買って1枚のチップが2枚となって手元に戻り、彼はそのまま立て続けにゲームに参加して連勝を続けた。最初は、不敗神話にあやかろうと他の客も彼の賭けた色にのっていたが、途中からは彼と館側のどちらが勝つのかを楽しみにし始めてゲームへの参加を見送っている。


「私が変わろう」


 他の客が参加せず博打の王がルーレットを回すのを断ったタイミングで、進行役を務めていた若手の商人と交代する。他人の資産のチョコレートとはいえ、勝ちの度に2の乗数で増えるチップの分が500を超えるとなると、酷い汗と消耗した様子で限界に思え、これ以上の進行役とましてやルーレットを回すのは不可能と思える。


「では、彼に代わって進行役と代表希望者がいないため、ゲームの度にルーレットを回させて頂きます」


 ルーレットという名の福引箱を魔力で探るが、玉の数と形に細工された様子がなく、進行役を務めていた従業員の消耗の度合いからも通じ合ってイカサマをしているとは思えない。


「黒に全てのチップを」


「他にゲームへ参加するお客様はいませんか?…それでは、このゲームの賭けを締め切らせて頂きます。代表者は進行役が務めるので、このままルーレットを回します」


 がらがらがらとルーレットを回しつつ、相手の魔力の膜の様子を観察するが微動だにしていない。最初は、相手が魔法師で魔法を使ったイカサマをしているかと思ったが、ルーレットと玉も自身の魔力だから干渉されていないと断言できる。それならば、ギャンブルで有利になるようなスキルを発動しているかと思えば、その様子はない。幸運だとか未来予測のスキルにしても、多少なりとも使用されるだろう魔力消費が窺えない。


「勝った分を合計した全てのチップを白へ」


 イカサマもスキルも使っていないとなると、彼は実力で勝っているのだろうか。こちらが操作をしていないため、現在の11連勝はとても低い確率だが不可能ではない。それとも天運と呼ばれるようなギャンブルに愛されているとでも言うのだろうか。


 その後も、打開策が見えないまま、彼の連勝は続いてチップは1000を超えたため、端数以外は100の刻印をされたチョコチップコイン10枚へ変更する。流石にもう許してくれないだろうか、既に自身の姿は先程の進行役のように全身汗まみれで仮面を外したら憔悴しきっている表情が見えるだろう。


「どうでしょう、そろそろ私どものチョコレートの在庫が厳しいので、ゲームをお終いにしませんか?」


「何を勘違いしているか知らんが、博打は相手が破滅するまで続ける勝負だろう。当然続行だ」


「おお、そうですな」「これは良い日に参加できた」「楽しみだわ」「客は降りることが出来ても、主催者側は降りてもよいルールはありませんでしたな」


 くそ、金持ちのギャラリーどもめ。完全に見世物として楽しんでいる。世の中の贅沢と欲を満たして味わい尽くして来た人間にとって、他人の破滅こそ最も甘い菓子だろうな。どうする、この状況を潜りに抜けるのはこちらがイカサマをするしかないのか、いやしかし数々の修羅場を潜り抜けて来た相手には通じないかもしれない。何より、相手には器具を検める権利があり、5個ずつの玉しか穴を通らないという負い目もある。

 さらに、彼は1度負けても手に入るはずだったチョコレートの権利を失うだけで、実質の損はチップ1枚を最初に交換した銀貨1枚でしかない。もし、イカサマをしたことに疑問を持ってこちらのやり方が気に入らなければ、未届け人を気取っている他の参加者も彼の賭ける色に相乗りし続け、日を改めても毎回それを行われるだけでこちらの破滅は待っている。

 それでも、イカサマをするしかないのか、どうする、どうする、どうする…。


「ぐ…、ぐぐ…、ぐぅ…」




 久しぶりに目の前が歪んで見える現象を味わい、結果どうにもなりませんでした。流石に21連勝して100万を超えたら許してくれたが、1048576のチップでフィニッシュです。自身の想像を超える能力を持った者には凡人の浅知恵なんか通用しないし、正攻法で踏みつぶされるだけだ。

 支払い分のチップの交換をするには、チョコレートの交換魔法行使のみに集中して、消費魔力も極限まで減らしたら何とか半年以内に分割払いで支払えそうだが、チョコレート工場よろしく量産しても全て差し押さえられているのはやる気が出ないというか、生活出来ないので数年単位での分割をお願いして了承をもらった。

 彼に相談すると、金やチョコレートには興味が無さそうで、消費しきれないそうだから分割払い分のチョコレートをノワさんの商会に卸して、売り上げを彼の国に送ることとなった。その総支払い分は、最低1個銀貨1枚以上と見積もっても、この世界の貨幣価値に換算すると小国の国家予算に匹敵するかもしれない。

 それにしても、金に興味無さそうであるが、ギャンブルの空気が好きなのか勝って当然だから負けを味わいたいのか、金持ち連中の趣味は分からないがうちの賭場を滅茶苦茶にしてくれてお先真っ暗だよ。

 この街では大っぴらにアメを扱えないし、主力のチョコレートも差し押さえられたし、それにしても金持ち連中は許せん。こうなったら革命だ、革命を起こしてやる。

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