第21話 ダンジョンエクササイズからのほろ苦い勝利
「目標を中心に据えて突く」「目標を中心に据えて突く」「目標を中心に据えて突く」
あれから、ダンジョンの1層内を駆け回ってスライムが湧いて出るのを確認次第、槍で突いて倒して回っている。配達で鍛えた足を活かして、スライムキラーとなって襲い掛かっているが、包装に使用される緩衝材の気泡を潰すように無心で作業が出来てしまうため没頭してしまう。
それに、あれだけ配達で走っていたのに変化のなかった体力の数値がスライムを倒すと増えており、魔物から得られる何かがステータスの向上につながっているのかもしれない。倒して回っていると次第に上昇スピードも落ちて来るが、何十体とスライムを倒すと105まで体力の数値が増加している。体力の数値の上昇でどんなメリットがあるのか分からないが、運動機能の向上と健康のためにエクササイズ目的でダンジョンに籠るのは間違っているだろうか。
「こんなの毎日やっていたら、また不死人のスライム殺しやらゴーレムのスライム殺しとか言われるぜ」
飽きれた様子で眺めるゲンガンに、もうすっかりスライム討伐が趣味になってしまっていそうだが、午前中の短い時間だけの約束でさらに2日付き合ってもらう約束をする。
その後、昼になる前にスライム討伐作業を終え、常設依頼にあるスライム討伐の報酬をもらう。身分証に討伐した魔物が記録され、その日時と数が分かるようになっており、ダンジョン産か過去の魔法師産か分からないが相変わらずの身分証のオーパーツぶりに驚く。
一仕事した気持ちではあるが時間的にも配達程は体を動かしていなかったため、夕方まで素振りを行う。夕食は予めゲンガンには時間が合わないことを伝えてあり、汗を流して魔法師ギルドへ向かう。
「いらっしゃいませー」
タタールの街の魔法師ギルドとは違い、ビキンの街の魔法師ギルドの濃い緑髪の受付は満面の笑みで迎えてくれる。ここの魔法師ギルドには、タタールの魔法師ギルド支所長のネイスとしか来たことがなかったため、単独で訪れるのは新鮮な気持ちになる。
「お待たせしました」
受付の女性と世間話をする間もなく、呼び出しを受けていた相手の狐耳魔法師のクノが現れる。クノもダンジョン帰りだが、汗を流したのだろうミントのような泡の実特有の香りが漂って来る。
「そんなに待ってませんよ。場所は変えないんですか?」
「パーティのメンバーに聞かれなかったらそれでいいので、ここでお話しましょう!!」
受付の女性がいる前で話をするのは、こちらが気になるのだけどと思ったけど、相手の勢いに押し切られてしまう。心なしか受付の女性も満面の笑みのまま、カウンターから身を乗り出しそうな前傾姿勢で耳を傾けている。
「スズキさん!!」
「はい」
ここは魔法師ギルドだから素直に返答するが、冒険者としてはサドゥですとふざけてからかおうものなら厳しく𠮟られそうな剣幕だ。
「あなたはうちのパーティのアレックスさんを騙して金を取ろうとしてませんか?それに、会話中もアレックスさんのことだけを獲物を狙うような目で見てたし、もしかして体目当てとかもあるんですか!!」
お前がちらちらとアレックスを見てたの分かってたんだぞとはっきりと言われ、とりあえず自身は悪意はなく営業目的であることを伝え、証拠の紙を見せる。
「何…ですか、この紙…」
『求む勇者!!今まさに混沌の世を迎え、魔物の軍勢が現れし時が来た。その闇を打ち払いし装備は、鍛冶師ゴルドと商人スズキから与えられん。世界を救うために集えビキンの勇者たちよ!!!!』
「何ですかこれ?」
内容を良く読んでも意味が分からないのだろう、クノにさらに質問される。田舎から来た純朴な青年を狙う時用に、掲示板に張るお知らせの紙として用意していたのだが、今まで使う機会がなかったのだ。
クノにはアレックスがこの街に来る前から、勇者を探していたことを伝え、分割払いで金属製の装備を売ろうとしたら誰も来てくれなくて、そこでアレックスに無料で装備を渡すから勇者として宣伝して欲しいと思ってさ、と決して騙すようなことは考えていないと説明する。
「紛らわしいです!!」
パーティメンバーを悪の手から守ろうと立ち上がったが勘違いに気付き、クノは真っ赤な表情になっている。受付の女性はその姿を見て、わはははと隠そうともしないで大きく口を開けて豪快に笑っている。その瞬間…
「戻った」
「お帰りなさいませ」
受付の女性が先程の姿が嘘のように整った礼で、ギルドに戻って来た幹部へ挨拶を述べている。受付の変わり身に驚く暇もなく、自身の感覚器官が塗りつぶされるような支配力を感じ、頭からつま先までの体中の毛穴が全て開いたかと錯覚してしまう。
突然現れる翠髪の魔法師、一瞬にして空間がその魔力の膜で支配される様子はダンジョンで感じた物と遜色ない。今までは知らなくて何とも思っていなかったが、なまじ魔法師としての1歩を踏み出したためか、生物としての格の違いを思い知らされる。
「チョコレートをもらう。ネイスはもうすぐしたら忙しくなる。だから前もって欲しい」
魔法師ギルド東支部の支部長の翠髪の魔法師は、一方的にこちらに告げ、ネイスからの配達があるのではないかという疑問に感じたことへの返答も済ませてしまう。購入代金代わりだろう、以前と同じ聖金貨1枚を受付のカウンターに置くと、こちらが用意した皿にのったチョコレートを受け取り、去り際に一言述べる。
「正解。良く分かっている」
何に対して言ったのか分からないが、現れた時と同様に移動魔法でこの場を去ったのだろう、支部長の姿はいつの間にか消えていた。ギルド内にいた3人そろって、大きく長く息を吐くが、先程までの話題をする元気はお互いになくなっている。
「次からは魔法師ギルド以外でお話しましょう」
「えー、そんなー」
受付の女性の反対の声を無視しつつ、クノからの提案に心から頷いておく。幹部連中に気を遣うクノの気持ちが分かるようになったし、あの雰囲気に中てられると委縮してしまうので避けたいと思ってしまう。
絶対にまた来てくださいよー、と大きく両手を左右に振る受付の女性に見送られ、クノとは魔法師ギルドの前で別れて宿まで戻る。自身より強いだろう女性だとしても、若い女性を宿まで送る考えもあったが、何を以ってセクシャルハラスメントと受け取られるか分からないご時世だと、相手から求められない限りは行動に移さないのがベストだと考える。
翌日、前日と同じ時間帯にダンジョンの2層にやって来た。階段を下りて目にした景色も、1層と大して変わりないがこちらの方がスライムが多く生息しているらしい。
相変わらずスライムが食べられそうな物が見当たらない景色に疑問を持つが、あるスライムを専門とした研究家の研究によると、自然界のスライムだと何かを溶かして栄養を得ないと死んでしまうらしいが、ダンジョン内だとダンジョンから供給される魔力で生きているのか飲食は必要ないらしい。
なるほどと感心するが、どこの世界でもマイナーな分野でも専門とする人がいるのだなと感心してしまう。また、ここよりも深い層で出て来る上位種のスライムは酸を吐いたり、毒ガスを吐いたりの多彩な攻撃をしかけて来たり、見た目も変化するが中にはスキルを所持しているものも現れるらしい。
人間がスキルを神から与えられたとすると、同じように魔物たちも生物として神からスキルを与えられているのはおかしくないが、こちらが交換魔法のスキル持ちで一方的に優位に立とうとしても世の中は甘くないのだと思い知らされる。
「パターンが分かった」
昨日と同じように、目標のスライムを狙いの中心に据えて槍を突く作業を繰り返す。1層よりは少し機敏な様子のスライムでも、昨日の経験が活きているのか、それとも少し上昇した体力の数値が反映されたのか苦労することなく、スライムを倒せている。
「お、何かがあるような」
「どれどれ、これが魔石だぜ」
核を突き刺して破壊した後のスライムの体内に、光って見える物があったのだ。これがゲンガンから説明された魔石か、と小指の爪くらいの大きさの紫色の石を手のひらの上で転がす。
ゲンガンからはソロ以外はさっさとスライムを卒業して、ゴブリン狙いに移っていくから価値の無い魔石でもスライムの物は捨て置かれるから珍しいと言われる。そうして、スライムなんかの魔石でも純粋に喜ぶ姿に注意も受ける。
「さらに先の層だと上位種のスライムじゃなくとも、攻撃を避けたり飛び跳ねてきたりするんで、ここのスライムの動きだけで分かったつもりになるのは危険だぜ」
一方的に簡単に倒せるスライムに慣れてしまって、調子に乗ってゴブリンの餌食になる冒険者と同じ姿に見えるのだろう。ゲンガンから水を差されるが、形に残る物で成果を得る喜びはやはり良いものだと思ってしまう。
「…珍しいな」
ゲンガンが懐から取り出した懐中時計で時間を確認し、そろそろ今日も終わりにしようかと言う時に、スライム以外の魔物を目にしたのだ。そいつは、暗い緑色の体に子どものような低い身長で、毛のない頭にブルドックのような厳めしい顔をしている。違いは口元から反り出ているような牙だろうか。
「危なくなったら助けてやるから、兄さんがやってみるか?」
まだお互いに距離があって戦闘になるか分からないが、ゲンガンから提案を受ける。2層で珍しくゴブリンを1匹見かけたが、群れから追放されたのか、たまたま迷い込んだのか、それともゴブリンの知恵でこれも罠なのか分からない。だが、安全を取った状況で戦えるのはまたと無い機会と思い、頷いて返事をする。
「それじゃあ、やってみな」
2対1でもゲンガンは無手だし、武器持ちの自身は弱そうと判断されたのか、敵対意思を感じる。そうして、ゲンガンが少し後ろに下がったのが合図になったのか、こちらを標的にゴブリンが小走りで近づいて来る。スライムの動きに目が慣れていたためか、想像以上に早く感じてしまう。
「気を付けろ!!」
ゲンガンからの注意を呼び掛ける言葉に、何にと言う前に目の前のゴブリンが隠し持っていただろう物を投げてくる。
「あぶ」
ないと続けて発生する余裕もなく、投石だろう攻撃を右側に慌てて避ける。たまたま相手の狙いと、こちらの横に避ける動きが嚙み合って当たらなかったが、肝が冷える。
「油断すんな!!」
ゲンガンの大声で、投石を躱しただけで安心していた心を落ち着けようとするが、緊張事態からか急に視野が狭くなるような感覚に陥ってしまう。もう、気が付いたら相手は目の前に立っている。
ゴブリンは槍のリーチを警戒しているのだろう、片手に持った棍棒を振り上げつつ威嚇するような猿に似た高い声を上げている。こちらも槍の先を向けて一定の距離を保ちつつ、後手に回ってしまっていることを自覚し、委縮している気持ちを奮い立たせようとする。
「うっ」
そうして長いように感じたにらみ合いの均衡が崩れるのは一瞬だった。ゴブリンが足元の砂を蹴り上げ、反応できずにもろに顔に浴びてしまった自分は目を閉じ、槍を適当に振ってしまう。虚しく空振りする槍にどこかせせら笑うような声を上げて近づく、ゴブリンに反応できずにいるが、何か手はないのか、ゲンガンは助けてくれないのか。
「ぐっ、…舐めんな!!」
想像していたよりも強い棍棒の衝撃に痛みを感じるが、素振りで練習していたように棒を待機空間から出して手に持ち、ゴブリンがいるであろう位置を振り抜く。
…やったのか。
「よくやったぜ」
手に持つ金属の棒と何かがぶつかる感触はあったが、すぐ近くにいたゲンガンからの言葉でようやく実感が湧いてくる。咄嗟に総合金制の鎧を待機空間から着こむように出したが、直接棍棒を受けていたら骨折していたかもしれないし、頭に受けていたら死んでいたかもしないと思う。鎧を待機空間に戻して水の入った壺を取り出して顔を洗う。
「色々言いたいことはあるが、まずは止めからだな」
地面に転がっているゴブリンに近づくゲンマの方を見るがゴブリンの損傷具合から、我武者羅に狙いを付けずに振った攻撃が、一番振り慣れていた野球の打撃フォームでたまたま相手の頭部にヒットしたようだ。そのまま見ていると、ゲンガンがゴブリンの首に足を振り下ろして踏みつけ、首の骨を折って息の根を止めていた。
「ここまでやっても、まだ他に魔物がいるかもしれねぇから気は抜けねぇ」
命を賭けて戦い合った相手のあっけない最期に、何とも言えなくなるが今までの緊張を体が思い出したのか、途端に自覚が湧いてくる。ゴブリンの頭部と棒の接触の衝撃だけではない手の震えに、心臓が鼓膜の近くで鳴っているかのような激しい鼓動、思い出したように呼吸を始める息苦しさ。
全てを実感する頃には、まるで雨に濡れたかのように汗が噴き出し、脇汗やら関係なしに濡れた自身の体の不快感を認識する。
「…時間もそうだし、一度戻るか?」
ありがたい先輩冒険者のレクチャーを受け入れる余裕もなく、今日のダンジョン体験を終える提案に、返事を返す気力もなく無言で頷く。
「悪かったって、今日は奢るからよ」
「助けると言ってましたよね?」
「死にそうになったら助けるつもりだったぞ」
一応近くにいたので助けてはくれようとしたのだろうと思うが、この人は致命傷を負わない限りはそれも経験として助けるつもりはなかたったのかもしれない。
それに兄さんの適性を知りたかったしなと言われ、見たまま槍使いでしょうと返すが、パーティでの役割だよと返答される。パーティを組むつもりが無いし、初級者講習のパーティ向けの情報は聞き流してたので良く分からない顔をしていると、本当に何も知らねぇなと言われて説明される。
「冒険者はソロでダンジョンに挑むなんざ、上位2ランクでもそんな化け物は少ねぇ。基本は3人以上、役割を重視するなら5~6人が基本なんだよ」
冒険者の特性を発揮するために役割が重要だという、役割理論はなるほど一理あるなと思う。昨日話したクノの所属するパーティで言えば、大楯を持っていないが防御力の高い鎧を着た敵の攻撃を引き受ける壁役の兎顔の獣人、パーティの目と耳と鼻となる斥候役の軽装鎧の獣人、攻撃役と状況に応じて一時的な壁役をする片手剣と盾を持った勇者、回復役の魔法師のブル教信者、最後に回復以外を行う狐耳魔法師はそれぞれの特性でパーティ毎に役割が違うらしい。
それは、攻撃魔法が得意なら攻撃役に、パーティの戦闘を有利にする魔法を使用したり、逆に敵の行動を阻害する魔法が得意だったりで、その時々に臨機応変に役割が変わることもあるらしい。
「それで、自分でも攻撃役では無さそうな自覚がありますが…」
「追い込まれた時に発揮する行動が、そいつの一番の適性だと思ってよ。敵の攻撃を受けたからと壁役とは言えねぇし、反撃の攻撃が当たったのもたまたまだ。強いて言ったらスキルを使って工夫したから、魔法師の一種かもな」
その魔法師の一種に近接戦闘をさせたんですかという言葉を飲み込み、特化させたりパーティを組むつもりはないが冒険者としての適性を自覚できたのは何かの役に立つだろうと考える。
それにしても、ゴブリンとの戦闘は思い出すだけで体が震えてきそうな気がする。悪意のある相手には慣れていたつもりだったが、明確な殺意を持つ相手と命のやり取りをする経験は想像以上にストレスを感じるものだった。
タタールの街で最後に飲んで以来、酒を摂取していなかったが今日は飲まないとやってられない。ブラックな職場時代の経験で、不規則勤務で眠れない状態で勤務を終えた後にストレスから解放されて三大欲求の欲が止めどなく湧いていたが、冒険者たちが日々酒場で騒ぐのも緊張からの解放なのだろうと気が付いた。
「それで、約束していた明日はどうするよ?」
「明日も、お願いします」
ただし、絶対に1層でお願いしますと伝える。ダンジョン体験のための冒険者だったが、未だ自身は冒険者を辞めていないから先輩冒険者との約束は守りたい。今日は明日のことを忘れて飲むが、明日二日酔いなら迎え酒するし、ダンジョンで吐くならスライムに掃除してもらうからそれでいい。
今日は生きていることに感謝したい。
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