第11話 コインショック

「大人しくそこで過ごしてろ!!」


 鎧を着た男に押し込まれて鉄格子に囲まれた牢屋らしき場所に入れられている。どうしてこうなったのか…。

 いつも通りの行動をしていたはずだが、気が付けばというか流されるようにこのような状況になってしまっている。

 今日もいつも通りに過ごすと考えていた朝からの記憶を、整理するように思い出していく。



 今日の朝も宿屋内の人の気配を感じながら部屋を出て、朝食を食べにカウンター席に顔を出す。街の外からも多くの人がアメを求めて来て、街中の宿のほとんどが埋まったため、人気のなかったこの宿も宿泊客と食事だけを食べに来る客で賑わっている。

 蜥蜴人夫婦は客が入って日々忙しそうにしており、あれだけ毎日のようにあった夫婦の営みも行う時間と元気の余裕がないのか頻度が減っているようだ。忙しそうな様子からろくに夫婦と会話出来ず、朝食の礼だけ言って宿屋を出る。


 今朝はゲンマが用事が入っているようで、合流せずに自由市へ1人だけで行き、売り場の準備を行う。手伝いと従業員も十分に慣れて余裕が出来ていることから、釣銭とアメの入った壺とキャンディコインを用意し、自分が用事をすませている間は売り場を任せてしまおうと考えていた。

 というのも、商業ギルドへの再三の呼び出しがあり、商売を続けて資金が溜まっているため、そろそろ商業ギルドへの登録と身分証の発行も行ってしまおうと考えていたのだ。その際、呼び出しは自由市の管理人のチュカであったため、商売の打ち合わせと思って安心しきっていた。


 商業ギルドは、自身の行動範囲には入ってなかったが、メイン通りに沿って歩くと街の中央に近い場所にあり、コインの看板を目印に迷うことなく到着出来た。

 中に入ると、いつぞやゲンマに聞いていたような喧騒は見られず、大して並ぶことなく順番が来て受付の職員に用件を伝えると、打ち合わせを行う応接室へ案内された。

 打ち合わせ自体は予想していたような内容で、そろそろ自由市ではなく店舗を構えてはどうだという話から、アメのおかげで街全体の盛り上がりが見られるが商人の取り扱う品に偏りが生まれるようになったこと。キャンディコインの高騰を危険視して規制に乗り出そうと考えている勢力が一部存在しており、取り扱いに注意した方が良いと助言を受ける。

 キャンディコインについては、相談したかったこともあり事情を説明する。自身の売り場は当初からアメの値段を据え置きにし、購入優先権のつもりでコインを導入したが思ってもいない使われ方をし、過熱している高騰と商売の盛り上がりに困っていることを伝える。個人では介入出来る段階ではなく、規制をしてもらえるならありがたいとも考え、そのことも打ち合わせをしようとしているとふいに部屋に乗り込んでくる人々がいた。


「自由市で商売を行っているタナカに告げる。お前には、街の住人から不当に財を奪い、また市場の物価をいたずらに乱し、この街の経済を滅茶苦茶にした経済活動阻害罪に問われている。」


「えっ…」


 藪から棒に何を言われたのか理解できないでいる。すると、羊皮紙を広げて読み上げた、目の前の鎧を着た男に詰所まで来てもらおうと言われる。街中でこれまでも見かけていた統一感のある装備で警ら活動をしている様子から、兵士だと思っていたがまさかこのような関わり方をするとは思っていなかった。


「私はこんなこと知らないぞ!!」


「私が訴えたのだよ」


 声を荒げるチュカに対して、以前に売り場に顔を出した商業ギルドの幹部のゲレンスが話し掛ける。ゲレンスに先程の打ち合わせでしていたような内容で、自身はキャンディコインの高騰に関わっていないし、その過熱ぶりに困っていたと説明する。


「知らないようだが先程キャンディコインの値段は暴落し、コインとアメの交換を求めて暴動が起きて収集が付かない状態になっている。キャンディコインに投資していた商人は破産した者も出ており、コインの発行者でアメを売っている当事者のキミに責任を負わせるのは間違っていることかな?」


「そんな…。信じられないです」


「証人も用意している」


 ゲレンスの入って来たまえという声で、室内に新たに2人の人物が現れる。見知った従業員のタヤスとレックだ。今は、営業中のはずではないのか。

 タヤスはいつもと同じ表情で、開いているか分からない目が弧を描いた微笑を浮かべてこちらを見ているが、切られていたはずの右腕が服の袖を通っている。レックは罪悪感があるのか、逆立つような赤髪も普段よりは勢いがなく下を向いて目線が合わない。


「彼らが裁判で証言をしてくれるため、楽しみに待っておくように」


 寝耳に水でどうすることも出来ず、羊皮紙を広げた男が先導して両脇をもう2人の鎧を着た兵士に抱えられるようにして詰所へ連行された。

 

 

 牢屋に入れられる前に取り調べを受ける。事情を説明して無実を訴えるが、ゲレンスの仲間なのか目の前の兵士たちは全く取り合おうとしない。


「魔法師ギルドの支所長を呼んでください。私の後ろ盾は魔法師ギルドだから、支所長が黙っちゃいないですよ」


 後ろ盾と期待した魔法師ギルドに頼る、まさに虎の威を借る狐だが、兵士たちは全く気にしていない。


「魔法師ギルドはアメを必要としているだけで、必要な量が手に入るのならアンタから買わなくてもいいんじゃねーか?」


 黒い首輪をこれ見よがしに見せながら説明される。相手はこちらのアメの仕入れ先か、アメを用意出来る自身の身柄を確保しようとしているのかもしれない。

 そうして何の訴えも認められないまま、1回目の尋問を終えて牢屋に入れられた今の状況までを整理したが、今後どうなるのだろうか。有罪が確定しそうな状況で、2回目以降の尋問があるか分からないし、素直に認めても奴隷用と思われる首輪が用意されているし、未来は確定しているのかもしれない。

 そう考え出すと、悪い予想は止まらない。2回目以降は尋問ではなく拷問かもしれないし、もしくは次に牢から出るのはいきなり裁判の場かもしれない。無職も詰んでいる状況だったが、自分の人生は異世界での第二部で完結を迎えるのかもな…。

 気分が滅入ってくるが、牢屋の環境も薄暗く湿気ていて、排泄用の桶と寝場所に申し訳程度の藁が置かれている。寒々しい雰囲気に、臀部も冷えてくるような気がする。日本にいた頃は、職務質問くらいでしか警察にお世話になっていなかったが、まさか尋問を受けて牢屋で過ごす経験をすることになろうとは思いもしなかった。これから裁判も待っているし、人生の下り坂はどこまでも続いているのだなと思う。


 考えていても打開策は生まれず、無為に時間が過ぎていく。現在の時間は分からないが、見張りの兵士から食事として渡された物を食べる。それは、具の存在が確認できない冷えたスープと乾パンのような硬さの古いパンであった。パンをスープに浸してどうにかふやかして食べようとするが、この状況からか味がする気がしない。

 日本では冷や飯を食べる状況にはなれたつもりだったが、こちらの温かい食事にすかっり慣れて落差を感じているのかもしれない。

 どうにか腹には詰め込んで少し落ち着いてきたが、証人候補として現れた2人のことを考える。タヤスもレックも自分を売るようなことをしたから、今日は朝から別行動だったゲンマも怪しく思う。キャンディコインの高騰がいつまでも続くとは思っていなかったが、自身が対応できない商業ギルドに行っている間にタイミング良く起こるのだろうか。


 色々と疑って考えてしまうが真実は分からないし、疑っても仕方がない。どうにかこの牢屋から逃げ出す方法はないのか。

 観察すると、鉄格子は錆びて古くなっているが壊せそうにない。窓もあるが、天井近くにあって鉄格子もはめられている。2人1組の兵士が巡回と、牢屋に入っている人間が騒ぎごとを起こさないか見張っている。

 特に持ち物は持っていなかったが、収納スキルと口外している待機空間の物を取り上げられるようなことはなかった。奴隷にした後にいくらでも提供させることができるからか、アメか壺かコインしか入っていないと思われているのか。

 一応魔法師ギルドの登録者であるが、魔力を制限するような魔法師向けのような警戒をされていないし、闘う者ではない貧弱な体からか手枷もされていない。   

 頼みの綱の交換魔法のスキルではバレずに何かを出来そうにないし、おすすめは反応してくれない。ゲレンスと兵士の間で話がついてそうだが、アメと壺や日本円は賄賂になるだろうか、いやならない。

 そう考えると、実際に警戒をされた対応をされていなくとも何もできないから兵士たちの見る目はあると思う。

 

 その後、兵士が交代しているのを見て、夜番になるのかと思う。時折、余計なことをして兵士に棒で鉄格子越しに突かれる同業者を見ながら過ごすが、時間が経過すると周囲の大きないびきを聞きながら眠れない夜に藁越しでも固い床に寝転んでいる。

 その時、ふいに兵士の1人が自身の牢屋の前に立ち止まるが、こちらは騒いでいないが寝ていないので注意されるのだろうか。


「タナカのにいさん、ワシです。助けに来ましたよ」


「!!」


 兜を深く被っていたが、ゲンマだったようで驚きの声を上げそうになるのを必死に抑える。もう1人の兵士も兜を上げて見せると、アメの売り場を手伝ってくれていた見知った獣人であった。


「これを着てくだせぇ」


 牢屋の鍵を開けた後に、声を潜めながらゲンマが用意した物を渡してくる。鎧をはじめとして見覚えのある兵士の装備一式だ。


「さっ、逃げましょうや」


 音を立てないように装備を身に着け、静かに牢屋を後にする。詰所にいる他の夜番も現在は仮眠中で、無事に逃げることが出来た。兵士の姿をしたまま、ゲンマについて移動すると案内されたのは、すっかり元のように客のいなくなった愛の夫婦亭だった。


「大変だったわね」


 何故かいるノワさんも交えつつ現在の状況は疑問しかない。


「騒動に巻き込んでしまうのは申し訳ないのですが…」


 特に蜥蜴人夫婦は関係ないのに、迷惑をかけてしまうと思って気にしてしまう。


「この宿屋はもう買い手が決まったのよ」

「最近はアメのおかげで流行っていたけど、本当に私たちのやりたいことなのか悩んでいてね」


 流行らないことを悩んでいたが、いざ客がひっきりなしに利用すると夫婦の時間を満足に取れなくなり、コインの暴落と共に消えた客をきっかけに原点の冒険者に戻ることを決意したようだ。


「その買い手が私ね」


 ノワさんが猫の肉球を見せるように手を上げて教えてくれる。今までの時間を取り戻そうとする夫婦を気にしないで、ゲンマから説明を続けてくれる。


「元々の兵士の夜番は、詰所の兵士長の汚職に付き合わされるのが嫌になって辞めて街を離れるつもりだったんで、そこで事情を説明して牢屋からの逃亡と合わせて急遽前倒しにしてもらったんですよ。金と馬車も用意したんで、あいつらも手配が回る前に逃げれますよ」


「ゲンマさんが来てくれて本当に助かりましたよ」


 地獄で仏のようで、しょぼくれた獣人のおっさんの姿が吊り橋効果からか輝いて見え、疑ってしまったことを心の中で詫びる。

 どうやらゲンマも商業ギルドの怪しい動きは掴んでいたが、相手に先手を取られたことで後手に回ってしまったようだ。


「私が見ていた自由市の様子はね…」


 続いてノワさんからの説明では、今朝からはアメを求める列がいつもより少なく、普段ならキャンディコインの取引が活発なのに様子がおかしい。そう思っていたらある商人が大量のキャンディコインを売り場に持ち込んで、アメとの交換を申し込んだ。すると次々に続く商人が現れ、到底今日の売り場に用意してあるアメでは足りない状況になる。

 それを見ていた周囲は、キャンディコインがアメの交換先の保証として信用ならないと感じ、一気にコインを売ろうとしたりアメに交換しようとして大混乱になり、コインの価値は大暴落と暴動に発展したようだ。

 アメの在庫を持っている自分と混乱を収められそうなゲンマがいないタイミングで発生し、何とか兵士が騒動を落ち着けるがいつの間にか従業員の2人と最初に交換を申し出た商人はその場から消えていたらしい。


「コインの高騰に純粋に巻き込まれた商人もいたでしょうけど、こんなにタイミング良く起きてその後はすぐに街の外から来ていた商人たちが去っていくのも怪しく思ったのよ。自由市は大混乱で大変だったのよ…」

 

 こちらからの情報として、尋問で用意されていた黒の首輪のことも説明しながら、商業ギルドでの打ち合わせからの状況を共有していく。


「あいつら汚ねぇ真似しやがって!!ワシがケジメをつけさせますんで」


 ゲンマが窮状から従業員として紹介したので責任を感じている様子があるが、ケジメは必要なくそれほど気にしていないことを伝える。


「仮に裏切る理由が商業ギルドに戻れることだったら、私が彼らの立場でも裏切っていたかもしれませんよ」


 タヤスは腕が治っていたようだし、そこまで条件を積まれたらこちらの労働条件は大して良くなったから当然なのかもしれないと思う。それに、ケジメが命を取ることなら、知っている人が死んでしまうのは気になってしまう。

 自身には善性がないが、少しでも関りのある人が自分の行いで命を落としてしまうのはその後の生活に支障が出ると思う。それは、人生のふとした時に思い出してしまうと、罪悪感から幸福な日々を送ることが出来ないと思う、完全な自己保身から来る理由だ。


「それで、どうするつもりかしら?」


「ワシかばぁさんの伝手で身を隠すか、街を離れるのが一番だと思いますが…」


 詰所の他の夜番が脱走に気付くだろうから、どんなに長くとも朝までの時間の猶予がないと聞く。


「キャンディコインについては最低限の責任を取りたいと思っています」


「どうやって?」


 牢屋の中で時間だけあって色々考えたが、逃げるのも手だがアメとキャンディコインを持ち込んだのは自身だし、行いにある程度の責任は取らないといけないと思うとノワさんに述べる。


「破産したような商人は自己責任ですが、キャンディコインを所持している人たちのアメの交換には応じたいと思っています。そのためにノワさん、協力してください」


「私に協力を求める理由と見返りはあるかしら?」


 手間賃として余分に渡すアメを自由にしても構わないことを伝えつつ、理由を挙げていく。

 はじめに、大手の商会の創業者婦人の立場が早期の混乱の収拾が図れること。2つ目に、あなたの好むようなやり方ではないから、商業ギルドの幹部のゲレンスとは仲間ではないこと。最後に、この獣人の地位の低い街であなた以上の立場の人にあったことがなく、商会の創業者婦人になるには商売に有用な能力を持っていると思ったのだ。その能力は…


「あなたも収納スキルを持っていますよね」


「あらあら」


 久しぶりに目の前の白い猫の獣人から静かな圧を感じるが、初対面から不思議に思っていたのだ。売り場に布が敷かれてとその上に壺が並べてあって、どこに布が余っていたのか、売り場の準備と片づけを気付かないうちにすませるが手ぶらな様子は何故なのか。今も昔も獣人の立場が低いことを考えると、それを覆せる能力に思い当たったのだ。


「在庫をあなたに預かってもらい、商会の店先と自由市の売り場でコインとアメの交換を受け付けてもらえれば早期に終わると思います」


「でもあなたの状況は解決しないわよね?」


 今までの自分だったら逃げているか、黒い首輪を付けようが付けていなかろうが言われるままに従順になっていただろう。日本では、新卒で内定切りにあっても泣き寝入りしたし、その後のブラックな職場でも人生の日陰を歩んで来たし、自分よりも力が強い者には常に屈してきた。

 それでも、日本から離れて命しか失うものがない無職であるなら、やり返していいのだったら何倍返しかリベンジしてやるという気持ちはある。


「またせたかな。今日は商業ギルドからアメを届けられるし、自由市での騒ぎを聞いていたから何かあったのだと思っていたが、大変だったようだね」


 ゲンマと一緒に助けてくれた獣人が知らせてくれて来たのだろう、この街の魔法師ギルドの支所長がいつものように唐突に現れる。


「ネイスさん、私を東の港町ビキンまで連れて行ってください」

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