第12話 私の名は…
キャンディコインの悪夢と呼ばれるようになった日から3日後、大手商会がタナカの所持していたアメを手に入れたたため、コインとの交換に応じると街中に報せて事態の収束に乗り出している。そんな、まだ混乱が収まらないタタールの街をある魔法師が訪れる。
その姿は、外套のフードを被って髪の毛が見えず、大人の身長の肩の高さまであるような銀色に輝く金属製の長い杖を手に持ち、杖と同じ素材と思われる銀色の仮面をしていた。仮面の表面には目のある位置に沿った小さい穴がいくつかと、口元に呼吸用と思われる小さな穴が細かく円を描くように開いている。
「はい次、魔法師さんはこの街へ何の用で?」
「私の名は、、、商売で来たのさ」
南門の兵士が、魔法師から渡された商業ギルドの身分証を確認すると、3日前に港町のビキンで登録を行い、街を出た記録が残っている。馬車等で数カ月以上かかる距離のはずだが、移動距離と日数が合わないのと旅をするような荷物を持っていない様子を見て気にかかるも、魔法師に疑問を持っても仕方がないと考えを改める。
「身分証は問題なさそうだが…。今はこの街で話題だったアメはもう売っていないし、自由市も荒れてまともな商人はほとんどいなくってるが、そんな状況で商売しようなんて大丈夫か?」
「心配してくれているようでありがとう。アメとやらはよく知らないが、私は商業ギルドのチュカからの紹介で、そのアメよりも素晴らしい物で商売をしに来たから問題ないよ」
兵士は、魔法師にも関わらず商業ギルドの身分証を提示する相手に対して、表情は見えないが自信満々な姿に魔法が使えるなら食っていけるから大丈夫そうかなと思う。
「街へ入っても?」
「ああ、最後に規則なんで顔を見せてもらえないか?」
最近は元兵士の獣人とアメを売っていたタナカという商人の手配書が回っていて、この街の中では見つからないからもう遠くへ行ったと思うんだがなと話す。
「では、これでどうだ」
魔法師は、長い金属製の杖を脇に抱えるように保持すると、左手でフードをずらして豊かな金色の髪の毛を見せ、右手で銀色の仮面を外す。
「手配書が回っている犬の獣人でもないし、金色の長い髪に青色の瞳で商人の顔の特徴とも違う」
「手配書の人たちは何をしたんだ?」
兵士は、そいつらはアメでこの街の市場を滅茶苦茶にした商人のタナカと、そいつを牢屋から逃がした獣人の兵士だ。捕まり次第、奴隷か死刑だなと話す。
「もう行っていいぞ」
「では良い1日を」
兵士に告げながら魔法師は仮面を嵌めてフードを元の位置に戻す。直前まで周囲に晒していた顔は、手配書の黒髪短髪で黒い瞳の中年とは似ても似つかない、若い青年の顔であった。
兵士も思わず俺も若い頃は…と嫉妬したが、魔法師の青年は目の下に隈がなく、加齢からくるシミやニキビの跡もない、水を弾くような日焼け知らずの磨かれたような肌に、そこそこ整ったパーツが配置されているが若さという魅力だけで人をひきつけそうだ。
中年に差し掛かった兵士は内心敗北を感じているが、俺にも金を出したら相手をしてくれる女が酒場と娼館にはいるんだと自身を慰める。
その後、街に入った魔法師はメイン通りを進み、自由市に近い所まで歩くと立ち止まる。目の前には、以前は愛の夫婦亭という名の宿だった建物があり、赤色だった外観は真っ白に塗りなおされており、リニューアルオープン前の建物へ気にすることなく入っていく。
◇
魔法師の青年がタタールの街を訪れてから2週間後、街中に出回っていたキャンディコインとアメの交換も終わり、一連の事態は落ち着いたように思えたが、一部では影響が残っていた。
以前のキャンディコインが高騰していた時は、街の商人の取り扱う品に偏りがあって物価が高くなっていた。コインの暴落後、資産を失って廃業した商人の代わりに、街の外から商業ギルドの幹部の伝手で商人がやって来た変化もあった。
その結果、以前よりは物が増えて物価が落ち着いたが、外からの商品ということもあって、かつての自由市での値段よりは割高となっており、街の住人の経済的負担は今も続いている。
そんな状況の中で、商業ギルドの職員や登録している商人の間にある噂話が広まっていた。それは、商業ギルドのギルド長と職員のチュカが関わっている賭場があるらしいという話だ。
そして、その賭場では見たこともない砂糖菓子がゲームの景品として賭けられており、勝利すれば元手の何倍もの価値の砂糖菓子を手に入れられる可能性がある夢のような内容だ。
ただし、賭場への招待は会員に紹介された者だけで、1ゲーム最低銀貨1枚からの高レートとなっている。一般人はとても参加できないが、この街を騒がしていたアメにも勝るとも劣らない菓子に魅了された高貴な身分の方々が、その立場を隠しながらもこぞって参加しているらしい。
ある日、商業ギルドの職員の男は白い建物の前に立っていた。少し前から広まっていた噂話は知っていたが、ギルド長とチュカが関わっているのならば、幹部のゲレンスの派閥に与している自身には関係ないと思っていた。
しかし、同派閥の職員から中立の立場の職員を介して賭場に参加する方法を聞き、物は試しと今日指定されて時間にやって来たのだ。
建物の豪華さに、チュカは一連の騒ぎの責任を負わされて自由市の管理者を降ろされたが上手くやっているようだなと思う。よし、と気合を入れて扉を潜ると、受付と思われるカウンターに見知った人物を確認する。
「お前はタ「お静かに」…いやすまない」
相手は口元に指を立ててこちらを注意してくる。そうだ、ここは建物の外の身分を持ち出さない、詮索しない場であったことを思い出す。例え手配書が出回っているような人間が目の前にいたとしても、気にしてはならない。
相手の男は、目元を申し訳程度に隠した羽飾りのついたマスクを着けているが、会ったことがある人間ならば気づかないわけではないが、この場は外の身分を持ち出すだけ野暮となる。
「ここは外のしがらみを忘れて、皆様がこの館でのひと時を楽しむ場となっております。良ければ紹介状を確認させてください」
その言葉に、懐からかつてはキャンディコインとして扱われていたコインを取り出して見せる。穴の開いたコインと5と刻印された数字を、見本と照らし合わせて確認される。
「問題ありません。では、この館の注意事項を説明します」
目の前の男が説明を述べていく。
はじめに、紹介なき者は参加する資格がないが、会員になるには何回も通って条件を満たす必要がある。
2つ目は、紹介を受けた者が次回以降も参加したい場合、係の者に申し出て紹介状となるコインを1ゲームの最低金額と同じ1000ブルを支払う。その際、コインの数字と色によって次回の参加可能時間が異なっている。客同士の出入りが重ならないように、会員はまた別の入り口と出口がある。
3つ目は、客同士は身分を隠しているため、外での名前を決して呼んではならない。名札の数字か適当な名を名乗り合うか、姿を誤魔化すために館側でマスクや獣人のような耳と尻尾を周囲に幻覚で見せる指輪を用意している。
4つ目は、ゲームの内容は黒と白の玉のどちらかを当てるゲームで、イカサマのない完全二択のゲームなっており、参加者がゲームの器具を扱うが気になったら好きなだけ器具を検めることが可能だ。
5つ目は、ゲームに使用するチップは身分証内の資産か現金と交換出来るが、この館の外に持ち出すことは禁止となっている。交換したチップはゲームでのみ増やすことが可能で、チップの交換先は砂糖菓子のみとなっている。
「注意事項は以上になりますが、ご質問はありますか?」
「砂糖菓子は本当にあるのか」
試してますかと目の前の男は、カウンターの上に銀色の皿を置く。その皿には先程渡したコインを模した物が小さな山となってのっているが、今まで見たことがない物で手が伸びない。
「では、私が食べてみせましょうか。…うん、やはりこのチョコレートはいつ食べても美味しいですね」
目の前の相手が口に入れて咀嚼して飲み込み、浮かべている笑みがより深くなるのを見て、ようやく自身も1つとって味わってみる。
「あまい…」
5の数字が刻印されて穴の開いたコインを模した、茶色のチョコレートとやらは砂糖菓子の名前通りに甘かった。以前に舐めたことのあるアメとはまた違った甘さに、なるほど高貴な方々も夢中になって通うはずだと思ってしまう。
「こちらはお試し品ですが、ゲームの景品で用意してあるチョコレートは他にも違った味の物を用意してあるのでご期待ください」
ちなみに、ゲームで使用するチップは持ち出し禁止だが、景品のチョコレートは許可されていると聞き、これは高く売れると俄然やる気が出て来る。
とりあえず、賭場に入ってみようと15番の名札を胸元に付けて目元を隠すマスクを装着する。
「チップの入手は中の魔法師に申しつけください」
ではお楽しみください、と受付の男に見送られて館の奥の扉に入っていく。
「きた!!黒だー」「しろしろしろしろを出せ」「やった勝った」「くそ!!外した」「どけ!!次は私が回す」
扉を開けて中に1歩入ると、そこは天井の広いホールとなっていた。距離を置いてテーブルが5つあって、開かれている賭場は3つなっている。それぞれの席に5人程の人数が座って、ゲームの結果に老若男女問わず大きな声を上げて一喜一憂している。
部屋を見渡すと隅に魔法師らしき人物が机を置いて座っており、ゲームの細かいルールが分からないため、チップを入手する際に聞いてみたい。
「初めまして15番さん。チップへの交換かい?」
「やあ初めまして、魔法師さん。チップも欲しいが、ゲームのルールが分からなくてね。詳しく教えてくれないか?」
こちらの求めに了承すると、目の前の銀色の長い杖を持った、同じ素材だろう仮面をつけた魔法師は説明してくれる。
それは、各テーブルにルーレットと呼ばれる矢の的に形が近いが丸くなく、角張った金属製の箱の器具が置かれており、その箱の中に黒の玉50個と白の玉50個が合わせて100個入っている。
従業員が各テーブル毎に進行役として1名いるが、チップの賭けと支払いのみに関わり、ルーレットを回すのはテーブルの客の代表の1名となっている。その代表者の決め方は、テーブル毎に自由となっており、交代制か希望した者か好きにして良いことになっているようだ。
「それだと、代表者が賭場の関係者ならいくらでも調整できるんじゃないか?」
「結果が出る前なら、進行役に締め切られるまでは賭けを降りるのも賭ける色を変更するのも自由だよ」
だから代表者と同じ色に変更することも可能だと言われ、それでも怪しく思ってしまう。
「ゲームの結果が出る度に玉を器具に戻し、常に同数の玉から1個だけを取り出す完全二択のゲームになっているし、気になるなら好きなだけ器具を調べても構わないよ」
魔法師に自信満々に言われ、遠目にテーブルを見るが確かにゲーム毎に玉を中に戻しており、その器具も玉は外に出ないが客側の面が網目になっており中の玉の様子が確認出来るようになっている。
「とりあえず、銀貨5枚分をチップに変えてくれ」
「どうぞこちらに」
どうやら、テーブルのそれぞれの客で色が被らないようにチップが渡されているようだが、これは…
「キャンディコインじゃないか」
黒色のキャンディコインは見たことがないが、この街を騒がしていた物が机の上に5枚置かれる。
「アメとの交換で回収した後に、使い道が無かったコインを再利用してるだけですよ。だからここでは、チョコレートと交換できる賭場のチップ、チョコチップと呼んでください」
この館のセンスは分からないが、賭場に入ったらその賭場のルールに従うまでだ。受け取った5枚のチップを持って、適当なテーブルの席に座る。
「隣いいですか?」
「どうぞどうぞ」
隣の席の男は片目を隠す仮面をつけ、指輪の効果からか獣人のように動物の耳が頭に見える。だが、近くで見ると、頭の髪の毛の薄さと少し出た腹部の特徴から間違いない、こいつはギルド職員のチュカだ。
チュカの目の前にはチップの小山が出来ており、その数字が10の刻印であることから勝っているようだ。進行役から次のゲームに参加しますかと聞かれるが、様子を見たいため首を振って今回は見送る。
進行役の従業員もチュカと同じように仮面を付けて耳と尻尾が見えるが、身分を隠しているのだろう、外での姿を予想するだけ無駄だと思う。
「各自、賭けはお決まりでしょうか…。それでは、このゲームの賭けを締め切らせて頂きます。代表者の方、お願いします」
進行役の宣言と共に賭けが締め切られ、テーブルに着いた他の客たちは机に設置された白と黒の枠にそれぞれのチップを置いた結果を待つ。既に代表者は決まっていたようで、進行役に促された客が立ち上がり、ルーレットと呼ばれる箱から突き出た棒を持って回す。
がらがらがらと箱の中で回転する玉同士がこすれ合う音が聞こえるのが続き、箱が何回転した後に次の瞬間に銀色の受け皿に黒の玉が出た。
「負けたー」「当たったわ」「外れたか…」
「では、ゲームの結果を受けてチップの回収と払い戻しを行います」
進行役は敗者のチップを回収し、勝者には賭けたチップの倍が返却されている。ゲームを見る限り、単純な白と黒を当てるだけだし、冴えないチュカですら勝っているから儲けるチャンスかもしれない。やるぞ…
「もうチップが無くってしまった…。一度チップを入手しないと…」
自分の目の前には、最初5枚あったチップが減ったり増えたりしながら、20枚を越えているが、チュカはあれだけあったチップを全て失って魔法師の元に行って交換を申し出ている。
「さ、これからは負けを取り戻しますよ」
そう言いながら、いきなりチュカは50と刻印されたチップを賭け出す。愚かな振る舞いを見ながら、こうはなりたくないと思う。
◇
「いやー、今日も何とか勝てて終われましたよ」
隣の席のチュカが浮かべる隠しきれない勝利の笑みに、くそっあの時に勝っているうちに勝負を終えていたらと悔しさで歯ぎしりをしてしまいそうなのを必死に堪える。途中、負けが込んで追加でチップを入手したが失ってしまい、流石に負けの金額が許容範囲を超えたため、今日の所は引き上げることにする。
「チップの交換での持ち帰りは、銀の皿でお願いします。いやー、チョコレートはアメのように美味で魔力も自然回復するし、食べてよし売ってよしの素晴らしい品ですよ」
チュカの目の前に用意された銀の皿の上には、お試しの物とは異なる正四角形の台座のような形をした1口大のチョコレートが盛られている。魔法師から受け取る姿を見ながら、次こそは私が勝って優越感に浸ってやると思う。
その後、チュカは菓子が積まれた皿を片手に持ったまま、自身が入って来たのは異なる扉から出ていく。この賭場に関わっているのだろうし、会員になっているのだろう。もう一度くそっ、と心中で思うが自身は入って来た扉から出ていく。
「おや、おかえりですか?」
「次回の、紹介状を知り合い分も含めて2枚欲しい」
時間の希望を聞いてくる受付に銀貨を2枚渡す。受付の男は、私の不機嫌な様子から賭けの勝敗は分かっていたようで、チョコレートを食べた時のように笑みを深くしていた。くそっ、次こそは勝ってやる。
「またのご利用をお待ちしております」
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