第9話 魔法に憧れる無職のおっさん

「正統派の魔法師としては、きちんと一から理論を学んで頂きたいですね」


 受付の女性曰く、師匠から教わることもあるが一般的な魔法師としては、簡単な魔法の行使でも数年以上理論を学校で学び、初めて実践を許される。

 あなたは、包丁を使ったことのない赤子に料理をさせますかと言われ、魔法の危険性を知らなかったことに改めて気づかされる。


「魔法師の理論が重要なのは、火を点ける時に火種をどこから持ってくるかに左右されると思ってください。火打石で点けるか、別の火元からもらって来るか、理論と知識なきまま行使すれば火傷ではすみませんよ」


 スキルや魔力頼りでは火を点けられたという結果だけ満たすことが出来るが、行使を続けるうちに課程に問題があっても気づくことなく、それが原因でやがて結果も出せなくなると説明される。

 今の自身に置き換えると、交換魔法のスキルといったマッチを与えられたが、スキルの使い方を大して知らないまま使用し続けると、マッチが湿気ていたり場合によっては点いた火で指を火傷する、終いにはマッチが折れてしまう可能性もある。扱う魔力の大きさから火種がマッチのような大きさではなく、もっと大きいものになる前に魔力の行使には注意した方がいいなと感じる。

 ただ、手っ取り早く簡単な火種を欲しければ便利な手段と言えると思う。


 説明を聞きながら、宿屋で気軽に飲み水だったり体を拭く水をもらっていたが、量や温度を調整していたのはスキル頼りとは思えず、水に親和性があるといっても蜥蜴人夫婦のすごさに感心を覚える。


「私を師匠にするのなら、タナカさんの頑張り次第ですが、1日に短時間の指導で学び続けていけば立派な魔法師になれますよ」


 安易に結果を求めたいと思っていたところに現実を突きつけられていたが、今度は実現可能な話に聞こえてくる。そこに、報酬として私にも1日1壺アメをくださいね、と付け加えられる。

 女性と1対1の指導はハードルが高いが、若者に囲まれて何年も学校に今更通うのは辛いので悩んでしまう。専門的に学んだ人に師匠になってもらえるのなら、受付の彼女に教わりながら魔法が身に着けられるのは魅力的に思える。

 そう考えていると段々と頭が熱っぽく感じながら、彼女の濡れたような輝きの金色の瞳から視線が外せなくなってきた…。


「そこまで」


「いいところだったのに邪魔しないでくださいよー」


 気が付けば受付前に立っていた支所長のネイスから声を掛けられ、魔法師の師匠と弟子の関係になるのを踏みとどまる。自身に劣等感を抱かせるような外見の女性へ師匠として指導をお願いするのは、普段の自分の考えとは全く異なるのにどうかしていた。

 

「身分証を持っていることから、魔法師ギルドへの加入を感謝するが彼女を師匠とするのは止めた方がよい」


「あ、まってくだ」


 受付の女性が言い終える前に、ネイスが指を立てると気が付いたら以前の書斎のような部屋に移動していた。魔法でお茶を用意しながら、ネイスに説明される。


「彼女は血筋と能力は申し分ないが、若手の魔法師や魔法師志望に実現不可能な課題を与え、その破滅を楽しむ悪癖がある」


「私は、それほど若くはないと思うんですが…」


 彼女から見れば、短命種は私のような死にかけじゃなければ大抵若く見えるのだ、と言われて珍しく若く扱われても複雑な気分だ。


「彼女の家が擁護出来ない程の行いを経て、将来の幹部候補生がこんな街の受付になっているのだ、十分に気を付けたまえ」


「ギルドへの登録が終わって、魔法のことを聞いていたんですが、やっぱり学校に通ったり師匠を見つけた方がいいですよね?」


 その場合に受付の女性以外に師匠の当てとかありますか、と追加で聞くと疲れたような表情でネイスからの返答がある。


「アメの件がなかったら、私も自由な時間があったのだがね…」


 心なしか、胸元まである髭も萎れた様子があり、アメを持ち込んだ元凶が自分のため申し訳なくなる。


「それでも、彼女に限らず心得のない者を狙う輩もいるため、自衛の方法を学ぶ必要はあるがね」


「そうなると、魔法を安全に使えるために、理論と基礎の知識から学ぶと時間がかかりますか?」


「なんと!!これだから正統派は!」


 ネイスが言うには、正統派と理論派のような多数を占める流派や派閥の常套文句らしい。不安を煽って流派や派閥の教えに組み込み、学校で基礎から考えに染めて将来の派閥構成員への勧誘に繋げるとのことだ。


「もちろん、魔法師にとって過程を重視することは必要だが、魔法行使の安定性のために発動体がある。苦手な魔法の行使にしたって、結果だけを求めるなら魔道具かそれが得意な他の魔法師を用意すればすむ」


 なるほど、冷静に魔法を使えない時に安全装置のような発動体に頼れば失敗がないし、自分自身で魔法を使おうと結果を求めていたが、必ずしも自己完結しなくても良いのか。

 スキルでの魔力行使にしても、発動体があれば安全性が高まると聞いて、発動体はいくらするのだろうか。本当は自分で全て出来るようになりたいが、今すぐは難しいから諦めるしかないかな。


「納得してくれたところで、希望していた水の件は何とかなるが、まずは魔力を感じるところから始めてみようか」


「教えてくれるんですか?」


 師匠とはいかないが、個人で出来る魔法訓練のきっかけを教えてくれるらしい。


「この指先の光を見てくれないかい」


 ネイスが立てた右手の人差し指の指先の数cm上に青白い光の玉が浮かび、気が付くと弾けてしまう。眩しさと驚きに思わず目を閉じてしまう。


「驚かせてすまない。目を開けても大丈夫だ」


 恐る恐る目を開けると、世界が一変して見えた。

 部屋全体と周囲の物、家具から紅茶のカップ、それぞれを包む様々な光の膜が見える。それは、目の前のネイスすら包んでいるのを確認し、自身の体を包む光の膜にも気が付く。


「おお、見えたようだね」


「これは、何ですか?」


 魔法師は魔力を放つものを知覚し、また自身の魔力を認識することで初めて魔法の道に進むことができると伝えられる。また、魔法師同士ならその魔力の流れや高まり、変化を感じ取って行動するため戦いの際は高度な駆け引きがあると聞き、そういえば狐耳魔法師のクノから魔法師が魔力の行使を感じ取っていると聞いたなと思い出す。

 こうやって見ると、感覚的に使っていた魔力が視覚的に認識できるから、精度や訓練の効果は出やすいと考える。


「魔力の膜は相手からの魔法行使への抵抗にもなり、受付としての契約で縛られている彼女はギルドの登録者に過度な攻撃は出来ないため、先程のような魅了ならば防げるだろう」


 どうやら攻撃を受けていたようで、やはり綺麗な女性には気を付けた方が良いな。


「普段から魔力の膜を防御に意識するのは疲れるが、意識しなくとも使えるように訓練した方が良い」


 通りで疲れると思い、気を抜くと数cm程自身の体を覆っていた膜は薄くなり、皮膚の表面にかろうじて確認できる範囲に収まった。

 先程の青白い光は魔力的な衝撃でこちらの体を驚かせ、魔力の認識をさせたと説明され、魔法師ではない者は膜を意識していないためこの範囲に収まるそうだ。


「あとは水の件と同時に魔力の訓練が出来る物がある」


 これだよと、ネイスが珍しく左手の小指を立てるのを見ていると、テーブルの上に見慣れた空の壺があった。これは、ノワさんの売り場から勝手に量産した普段から使っている壺だが、どう使うのだろうか。


「まずはお手本を見せよう。両手で壺を覆うようにし、自身の魔力の膜を意識しながらその膜から魔力を込めるように壺へ移すのだ」


 丁寧に説明を受けながら見ていると、ネイスの赤色の膜から魔力の流れが壺に移り、壺の底から湧き出るように水が出てきた。これはすごい。


「どんなに魔力を込めても、壺から水が溢れないように魔力が制限されるようになっている。魔力と生み出す水の量で、訓練になると思ったのだが良ければ試してみないかい?」


 もう一度ネイスが左手の小指を立てると、壺の中の水は無くなっていた。

 早速、壺を挟むように両手を位置し、先程のお手本を意識しながら魔力を移してみる。今までは感覚的なスキル頼りだったが、目に見える分自身の魔力の膜の動きの拙さに悔しさを覚える。どうにか、壺に魔力が伝わると水滴のような量の水が出た。

 確認すると、ステータス上でも魔力が1減っていた。


「初めてにしては上出来だ。今後の訓練次第で、より生み出す水の量と速さは向上していくよ」


 交換魔法のスキルを使うことで魔力量を増やす訓練になるが、日常的に魔法を使う感覚を養うのはためになると思う。しかし、こんな壺を用意してもらって恐縮する想いと受け取ってしまって大丈夫かと心配になってしまう。


「アメを届ける際に、キミの話題になるとアメを入れていた壺を幹部の1人があっという間に魔道具として作り替えたのだよ。プレゼントでなければ、私が家宝にしたいくらいだ」


 余計に気が引ける情報を教えてくれたが、水に関しては悩み事が解決できるのでもらってしまおうと思う。

 礼を言って受け取って持ち運びに悩むが、水を生み出す壺は他人の魔法の干渉があったはずなのに、交換魔法の待機空間に仕舞うことができた。


 それにしても、短時間の訓練だったが大人になって仕事以外の分野で何かを学んだり、訓練するのなんて久しぶりな気がする。

 日本にいた頃は、働きながら学校に行ったり、資格を取ることができる人はすごいなと思っていた。自身のブラックな職場時代は、仕事後に何かをする気力もなく出来合いの物を買って来て食べて寝るだけの生活で、休みの日も昼まで寝て何とか次の休みまで乗り切るための買い物と洗濯等をすませる次の仕事までの準備期間に過ぎなかった。

 そういった生活では、日々勉強して自身の能力と知識を高め続ける人にはなれそうにないと考え、今から学校に通ったりするのは若者の吸収力でも時間がかかるのにと尻込みし、純粋に努力できなくなったおっさんには無理だと最初から諦めてしまっていた。



「では戻ろうか」


 気が付くと受付前に戻っている。訓練の礼を言おうとすると、受付の女性の目の輝きの光に気が付き、咄嗟に魔力の膜での防御を意識する。


「もー。せっかく楽しくお話していたのに。それに数カ月かかる手順も省略しているじゃないですか、安易な近道はどうかと思いますよ」


 とりあえず1回防ぐと諦めてくれたのか、自身の魔力の膜を待機状態に戻す。目以外は全く魔力の兆候が見られなかった受付の女性は、ネイスに文句を言いつつ、攻撃を行って防がれたことは気にしていないようだ。


「大事なギルド加入者に失礼が続くようでは、貴方も国外に流されと思うがね」


「流石に国外に回されるような無能と同じ扱いは、私も避けたいです。反省しまーす」


 受付の女性は、悪びれる様子もなく笑顔のまま佇んでいる。

 気を取り直して、改めて訓練の礼をネイスに伝えると、今日は余裕があったことを伝えられる。


「昨日まではあちらこちらに移動していたが、一部の老人連中がアメの確保や配分に口を出そうとして、失脚と左遷や存在自体が消えてしまったらしい。その余波で、今日は少し時間が空いたのだよ」


 普段は短命種の権力争いを気にしないが、幹部連中自ら動いているものを邪魔された場合のことを考える知恵がなかったらしい、と説明される。

 アメの影響で人生が狂ってしまった人たちのことを聞いて、素直に訓練が出来たと喜べないが、知らない人たちの末路だからか幾分か冷静に処理できている。


「たかが菓子で魔力の自然回復するのが、そんな大事になるんですか?」


「その自然回復が魔力回復薬とは違ったのだよ」


 ネイス曰く、不味くて腹にたまって緊急時以外は口にしたくないような薬に比べ、味は菓子の通りに甘く何個食べても腹に溜まらないのでアメの方が優れているようだ。


「そこに来て、回復量にも違いがあったのだよ」


 魔力回復薬は即効性があるが回復する数値は一定量だが、アメは個人の魔力量に比例して自然回復する割合が多くなる。説明を聞きながら、10の数値と10%の違いかなと考える。

 幹部連中は早々に試して実感したのだろう、その莫大な魔力の最大値から回復薬なんて見向きもしないが、割合で回復するのならより魔力の使用で研鑽が捗るというものだろう。

 説明を受けながら、魔力回復薬の話になった時に、ネイスが腹部を抑えるような仕草をしているのが気になった。あちらこちらに移動していると聞いたが、アメの影響で魔力回復薬を使用する事態になってそうで、申し訳なくなってくる。

 袖の下というか、魔力回復薬の代替になる物を渡したくなる。


「実は、新作の味のアメがあるのですが…」


 2人にこれからもお世話になるのでお近づきの印にどうぞとカウンターに紫色のぶどう味のアメ玉が入った壺を置く、受付の女性がカウンターから乗り出して抱きしめるように確保するのを尻目に、ネイスが返答する。


「新作となると我々は1個ずつかな…」


 新作を渡してもいいと思ったのは、今まで在庫についての扱いに悩んでいたが、今日の経験を通して魔法師の世界は何でもありだなと思い、適当な言い訳を思いつくに至ったのだ。

 その在庫を誤魔化す方法として、密林の黒猫と名乗る凄腕の魔法師が自身の収納スキル内に商品を届けてくれると嘘をつく。魔法師は嘘だが、それぞれの企業に日本でお世話になっていたのは確かだし、少しは信憑性があるだろうと思う。

 この、魔法師すごいで在庫の問題が解決しそうだが、商業ギルドや一般の商人の食いつき方からも、公表する在庫には制限があった方がいいなと思う。あまりないとは思うが、客層の異なる貴族向けの菓子を取り扱っている店から嫌がらせを受けるかもしれないしなとも考える。


「相手の収納スキルの空間に干渉するとは、考えても見なかったな…」


 興味深いと、ネイスと受付の女性は考え込んでおり、適当なことを真剣に捉えられても困り、気まずくなって挨拶を告げて魔法師ギルドから去るのであった。

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