第8話 魔法師ギルドへの登録

「今日の無事を祝って!!」


 本当に無事だったのかは分からないが、夕食の席でゲンマの持つ木製のジョッキと杯を合わせる。明日は休みとしたが、朝から行動しようと思って酒は飲まないようにしている。今日のガル料理はワインの煮込みで、肉の臭みのなさといつもよりも肉の柔らかさが舌の上でとろけそうだ。


「明日は自由市での商売許可を取らないといけないけれど、ゲンマさんは方法を知ってますか?」


「商業ギルドで取れなくもないだろうが、自由市の出張所で取るのをおすすめしますよ」


 取り扱っている大元で取るのがいいと思っていたのだが、理由を聞いてみる。


「商業ギルドは他の用件でも出入りする人が多いし、アメの件で注目を浴びているから余計な事態になるかもしれませんぜ」


 金の為ならどんなことをしてもおかしくない連中が多いと聞いて、幹部のゲレンスを思い出して相手のホームに行くのはやめた方がいいなと思う。それに、自由市ですむのなら、身の回りの物を揃えてみたいので個人的な買い物もしてみたい。


「自由市ならそのまま自分の買い物もしてみたいんですが、どんな物が売ってますか?」


「色々としか言えませんよ」


 食品は新鮮な物は朝市で取り扱っているため日持ちのする物が多くあり、その他は日用品を扱っているらしい。そういえば、蜥蜴人の夫婦は宿が自由市の近くにあることから、何か知っているだろうとおすすめを聞いてみる。


「店を持たない行商や駆け出しの商人が取引を行っているから、その日によって掘り出し物は違うかな」「私のおすすめは、干物だったり料理用の調味料だわ」


 そのまま、初めてプレゼントしてくれた物はと夫婦の思い出に語りが移行したため、ゲンマとの食事に集中することにする。物件に問題があっても、敷金礼金と引っ越し代がかかることを考えると中々実施できない現代日本の苦しみを思い出す。


「そういえば、今日のタヤスの話に出たギルド手形についてどう思いますか?」


「ワシら獣人は体を使うのは得意だがそっち方面は…。ギルドが介入すると言ってもいいようにされるとしか思えませんぜ」


 ゲンマが言うにはタヤスは未だに商業ギルドに未練があるのかと否定的だ。

 それでも、責任を取るために腕を切られて追放されようが、今までの人生で得た知識や伝手が商業ギルド方面にしかなかったのならそれに頼るしかないとも思ってしまう。

 すっきりしない気分だが、明日も一緒に自由市へ行く約束をして別れた。



 夕食後、風呂に入れない日々が続いて流石に辛くなって、温めの水を別料金で空の壺に入れてもらい、サービスでもらった布を使って清拭をする。その際、宿の裏手にある井戸を使わせてくれるとも言われたが、暑くも寒くもない季節でも井戸水よりも温かい水の方が汚れが落ちると思ったのだ。


「ギルド手形かー」


 体を拭きつつ、従業員のことを考える。タヤスはまだ商業ギルドのことで何となく人物が分かりつつあるが、レックは勤めていた工房や商業ギルドのことをどう思っているのだろうか。終始不満そうな態度しか感じないが、客商売としては良くないけれど境遇や若い年齢を考えると仕方がないのかな。

 若い人にはおっさんから何か言われても、ムカつくだけだろうから接し方に困ってしまう。


「あれ?」


 激安スーパーのパスタ以来、反応がなかったヘルプのおすすめが更新されたのだ。魔法師がらみやギルド手形の時に悩んでいた際には何も更新してくれなかったのだが、なぜ今なのか。


「なんで日本の金なんだ…」


 新しくおすすめに追加されたのは、1円から50円までの硬貨だった。

 現在の魔力の最大値が満たしていなかったが、仮に1000以上魔力があったのなら100円硬貨と500円硬貨、1000円紙幣まで交換可能だったのだろうか。

 試しに1円硬貨を交換魔法で魔力から交換してストックに加えるが、消費魔力は1だった。同じように5円硬貨も試すと、魔力5の消費結果となった。交換を重ねて消費魔力は減るだろうが、多量に交換出来るようになってもどう活用したらいいのだろうか。 


 いつか、日本に帰ることが出来ると予想して無職に貯金する機会を与えてくれたのか、いやでも持って帰ることが出来る保証はないしな。この国の両替商で、10円玉が銅貨、50円玉が小銀貨とかで交換可能だったりするのだろうか。

 もしくは、硬貨の素材だけの価値でも現金に交換することが出来るのだろうか。それだと、少量ならともかく持ち込む量が多くなると、全く均一の物が大量にあるのはおかしいと思われてしまうよな。

 出所に困るがいよいよ現金がなくなって困窮したら、とあるダンジョン産のコインですと誤魔化すか、何の効果もないコインだから買いたたかれるかもな。


 悩むことが多いが、日本では収入無しの無職だった自身が、その日暮らしとは言え金を稼いでいる。さらなる儲けも期待できるし、ピンチもチャンスとして頑張るしかない。使用した布を壺に入れて仕舞いつつ、そう思う。



「この書類2枚に署名を頂ければ、許可は終わりです」


 翌日、自由市に行って管理者のチュカに許可をもらいに来たことを告げると、入り口に近い場所に売り場を用意するため、通りの通行を妨げなければ客の列を通りに出すのは構わないと説明される。

 さらに規模が多くなるようであったら店舗を構えるようにとも言われ、最後に用意された書類への記入だけで手続きはあっさりとしたものだった。

 用意された書類の内容をゲンマにも確認してもらうが、自由市での商売の許可を得る代わりにその売り上げの3割を納めることとなる。3割は多いと思うが、何かにつけて税金を取られる日本とどっちがマシなんだろうかと思ってしまう。

 

「この国の文字が書けないんですが…」


 この国の文字を書けないことを伝えて代筆も可能なのか聞くが、外国の商人のことも考えているのか書ける文字でよいと説明される。法的に罰があるかもしれないが、とりあえず通り名になっているしと田中と記入して、変な形の文字だなと言われてお互い様でしょうと心の中で思う。

 記入し終わったら一瞬2枚とも光を発し、これで契約が成立したと言われる。偽名で効果があるのは不明だが、そういった契約書なら予め教えておいて欲しい。


「上位の魔法師ならばともかく、あなた方ならこの契約書で十分ですよ」


 契約書の効力を疑っていると思われたのか、片方の契約書を渡しながら言われる。魔法のかかった契約書は初めてだったものでと誤魔化し、契約書を受け取る。壺に入れて待機空間に仕舞うが、壺以外に収納用の容器だったり袋から取り出すような方法で収納スキルを誤魔化すような物を用意したいと思ってしまう。


「ここいらが扱ってそうですよ」


 昨日に話した通り、自由市での買い物にゲンマも付き合ってくれる。衣類も欲しかったが、まずは爪切りが欲しかったのだ。

 普段、爪の先の白い部分が無くなるまで深爪する派としては、日々の爪が長くなってしまうが気になってしまう。探してた爪切りがあると売り場の商品を見てみると、ニッパーのような形と大きさで、慣れていないと深爪は厳しそうだと感じる。

 値段を聞いてみると軽く1000ブル近くし、何日か分の売り上げがかかることを知ると簡単に手が出せない。こういった物は金属加工の手間だったり、職人が1つ1つ手作りする1点物だから一生使用する物として、値段の高さは仕方がないのかなと思う。今日は諦めるしかないかな。


 結局、洗い替えの衣類と清拭用の布、大きめのズダ袋を購入した。ふんどしなんて子どもの時のお祭りで相撲をした時以来だが、今身につけている下着を洗濯している間は着用するしかない。交換魔法に愛用の爪切りと衣類をおすすめして欲しいと願うが、おすすめには何も反応がない。

 買い物後、ゲンマにお礼のアメを渡すと昼食に誘われるが、この後魔法師ギルドに行くため断った。ゲンマも一応付いて行こうか聞いてくれるが、近い場所のため断ると夕食は宿で一緒に食べる約束をして自由市の前で別れた。

 普段なら頼まなくても付いて来てくれそうなのにあっさりと引き下がる様子から、魔法師には思うところがあるのかもしれない。


 今日も昼食を食べずに魔法師ギルドに向かうが、こちらに来てからは意外と朝食をしっかりと食べているから空腹感はそれ程ない。

 むしろ、ブラックな職場を退職して以来、乱れた自律神経で不規則な生活リズムだったので、食事も適当に取っていたため食べたり食べなかったりに慣れている。

 道を歩きながら、学生時代は朝食を食べていたのにいつから食べなくなったのかと考える。思うに、社会人になって少しでも睡眠時間を確保しようとギリギリまで寝て食事時間も削り、起床後に動いていない胃に食べ物を入れるのが辛くなってからだと考える。

 さらには、ブラックな職場での末期の頃は、朝一番に栄養ドリンクを飲んで、ゼリー飲料とエナジードリンクでサプリメント20種類以上を流し込んでいた。そんな生活で寿命を削っている自覚はあり、流石に限界が来て退職を願い出たが、年内の希望を述べたがいつの間にか新しい年度を迎えていてそれでも数か月後にどうにか退職したが、その後は色々と疲れ切って無職生活を続けていた。

 労働や職場の人間関係が嫌で仕方がなかったのに、ここに来てからは働かないと生きていけないから働いているが、本当は働かずに金を稼ぎたい。

 日本での生活のことを思い出していると、あっという間に魔法師ギルドへ着いた。


「ようこそ魔法師ギルドへ」


 昨日と同じように受付の女性は迎え入れてくれ、壺に入った今日の分のアメを取り出しながらカウンターへ近づく。


「今日の分のアメを持って来ました」


「まあ、ありがとうございます」


 先に菓子屋としての仕事を終え、気になっていた魔法師ギルドへの登録について質問してみる。


「魔法師ギルドへの登録を考えているんのですが、ギルドのことも詳しく知らないので教えてくれませんか?」


「既に支所長からタナカさんの登録料は払われているので、説明後そのまま加入されて構いませんよ」


 午前中に、少ない手持ちを減らして買い物した身としてはありがたいが、囲い込まれている気もする。

 受付の女性からの説明では、魔法師ギルドへの登録を行うことで加入者はギルドへの貢献が求められる。その内容は、ギルドから紹介される仕事を行うか、魔法を発展させる研究成果の発表によって満たされるらしい。

 仕事に関しては、スキルの行使のみで魔力を消費する魔法師と呼べないような人でも、それぞれに合ったものを紹介されるらしいので受けやすいと思う。


「研究については、タナカさんのアメなんかは数十年か下手したら寿命が尽きるまでの間、貢献が求められないかもしれませんよ」


 研究成果として認められるか分からないが、その場合は手間が減ってありがたいなと思う。女性に他のギルドへの登録についても質問してみる。


「他のギルドへの所属ですか?そういった人もいますが、あまりおすすめしませんよ」


 いいですか、と受付の女性は指を立てながら説明する。

 彼女曰く、組織から見ると複数所属している者がどちらのギルドへの貢献を優先するか評価しづらいのが1点。

 2点目は、魔法師と錬金術師のギルドに所属しているものがいると一般的に短命種の時間は限られていることから、それぞれの能力を3とします。あなたが魔法師の仕事を依頼する時に、魔法師の研鑽だけ積んだ5の能力を持った者がいたら、どちらに依頼しますかと説明される。


「短命種の力は数なんですから、適材適所で特性に合った能力を磨くのがおすすめです」


 なるほど彼女の説明は理にかなっている。

 組織の観点からは、魔法の効果のある道具を売買する時に、魔法師ギルドと商業ギルドのどちらが主導権を握るかという争いで、複数所属者はあてにならない。能力面においても、よほどの才能がない限りは器用貧乏を自ら主張しているものだろうなと納得する。

 それでも、複数ギルドへの所属は身分証と資産を分散させてリスク回避のメリットがあるため、魅力的に思える。既に名乗っている名前も偽名だし、登録も別の名前で出来ないだろうか。

 ただし、この街ではアメを売るタナカとしての名前が広く知られてきたため、他の街での登録になるだろうが聞いてみたい。


「登録名を別の名前ですか?可能ですよ」


 名前にこだわらない方法で個人を認識してギルドへの登録をしており、異界の者と契約する際には、名前が重要になってくるため、通り名や略称か最初から名前を伏せる人もいますねと説明され、そういえばこの受付の人も名乗らないなと気が付いた。


「誤解してそうですけど、私の場合は単に他の種族に名前を呼ばれたくないだけですよ。ギルド長や各支部長なんかは名前を伏せていませんし、矮小な魔法師だけそういったことを気にしてるんですよ。」


 どう見ても目の前の女性は、10代後半から大学に通ってそうな年齢にしか見えないが、見た目以上の経験と能力を持っているのだろうと考える。

 そう思うと途端に彼女の金色の瞳と目を合わせ難く、目線をそらしながら登録を申し出る。


「では、魔力の確認をするため、こちらの玉に手を置いて下さい」


 カウンターの上に置かれた台座に載った水晶玉に手をのせると、ガラスのように透き通っていた色が青を経て、黄色になる。


「お~。登録は可能ですね」


「色によって不合格とかがあるんですか?」


 この道具では主に人間の魔力を測ることができ、色によって魔力の大体の量が分かるらしい。青だと少なすぎて、魔力の枯渇に体が耐えきれず、後遺症が出ることがあるらしい。


「先天的に魔力を使うスキルを得ている人はあまりないですが、そうでない人は魔力の枯渇でひどい痛みやその後の魔力行使に問題が出るんですよ」


 魔力量は後天的に変化するが増やす段階で大変なため、積極的にはすすめていないが登録を希望する場合は断っていないのを聞いて、こういったところも自己責任が強いなと感じる。

 下手したら死ぬ人もいると聞いて、交換魔法のスキル持ちで良かったと思うが、同時に魔力の枯渇を頻繁に行わないでよかったとも思う。魔力の枯渇で何も影響を感じたことがないが、今後ますます魔力を使い切ることを避けたいと思う。


「はい、出来ましたよ」


 話しているうちに登録ができたのか、水晶玉の上にテレホンカードくらいの大きさの金属製の板が浮いていた。それぞれのギルドでの条件を満たすと作動する道具で、過去の魔法師が作ったともダンジョンが作ったとも言われている物らしい。


《南支部タタール支所魔法師ギルド所属》


 記載されている情報がこれしかないが、タタールはこの街の名前だとしたら、他の情報はないんだろうか。


「指を身分証に触れながら編集するんですよ」


 触れながら念じることで、情報の追加だったりどこまで表示するかといったことが出来るらしい。


「報酬の振り込みであったり、身分証への現金の入金はギルドの受付にお任せください。強力な契約魔法の縛りを結んでいるため、横領の心配はなく安心ですよ」


 ただし、ギルドの守りは固くとも身分証の守りを抜く裏の魔法師もいますので、身分証の取り扱いには十分気を付けてくださいと念を押される。

 なるほどなと説明を受けながら身分証に指を触れていたが、名前の追加等は後にしようと思う。

 ギルドへの登録以外に聞きたかったこと、魔法を覚えることが出来るのか知りたい。どうやったら魔法を覚えることが出来るのだろうか。

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