第7話 魔法師ギルドと販売の課題

「席へどうぞ」


 魔法師ギルドの支所長のネイスと名乗る人物に椅子をすすめられ、皮張りの椅子に背中を預けるのを避けて浅く座る。

 初対面から圧倒されているが、魔法師ギルドの幹部よりは街単位のギルドの管理者の方が気が楽だと思う。


「まずはお茶をどうぞ」


 すすめられるのを断ることもできず、猫舌なのになと口にするが淹れたばかりとは思えないほど、紅茶の温度は舌が火傷しない適温になっていた。


「これはおいしいですね」


 産地をはじめとした紅茶を嗜む知識はないが、普段は麦茶かジュースしか飲まない自身にもおいしいと感じられた。砂糖は特に入っていないが、ほのかな甘みと飲み込んだ後に感じる清涼感が何度も味わいたいと思ってしまう。


「国外から取り寄せたお気に入りの茶葉なんでね」


「それは貴重な品を…」


 高そうですねといった子どものような感想は言えるはずなく、感謝を述べるように誤魔化す。こちらから用件に入った方がいいのか、会話下手な所が出て来て困る。


「さて、タナカさんに私どもが相談したかったのは、定期的にアメを提供していただけるかどうかを確認したかったが如何かな?」


「はあ」


 おかわりの紅茶を飲んでいたところに、単刀直入に用件を述べてきた。思わず、しっかりとした返事が出来なかったが、在庫と値段の交渉は行いたい。


「実は私も昨日ギルド長と幹部の人に会って、硬貨を渡されてアメを依頼されただけなんです。それで、詳しく調整をしたいと考えていました」


 机の上に今日の分ですと告げて壺に入ったアメと金貨と思われる硬貨も並べ、相手の出方を伺う。


「東の支部長から支払いをすませたと聞いていたが、聖金貨ですな」


 小金貨か金貨と思っていたものはどうやら一般に流通していない、聖金貨と呼ばれるものだったらしい。


「これはコインの産出するダンジョンの深層でしか手に入らず、過去には貨幣として使われたことがあったが今では取り扱いが難しいですな」


「私は辺境の国出身なので、この聖金貨について詳しく教えて頂けませんか?」


 ネイス曰く、現在では莫大な金額のやり取りを聖金貨では行っておらず、産出量と流通量が少ないことからとてつもない功績を上げた者に褒賞として授けられ、名誉的な価値が強いと説明される。

 この国においては、所持することが名誉な聖金貨を換金しようとする者がいたら上流階級での風聞は悪くなってしまうし、そもそも硬貨としての換金が取り扱われていないと聞いてどうしようかと思う。


「ギルド長や幹部であったらダンジョンの深層に行ったこともあるだろうし、あの方たちの中では未だに聖金貨が硬貨として扱われているのだろうね」


「知らなかったので、聖金貨を換金したりギルドに資産として預けようとしていましたよ…」


 硬貨としては扱えないが、貴重な財産としては手数料が高くなるがギルドに預けられると聞くと、持ち出しばかり増える硬貨と知ると途端に手放したくなる。


「私も急にお偉方が動くから割りを食っていてね、聖金貨を出すくらいだからあるだけ買うと思うのでどれくらい売ってくれるかね?」


 目の前の老人も振り回されているのか、苦労が伝わってくる。値段と卸す量については、極端ではない常識的であったら相手に任せてしまおうかと考える。


「アメを自由市で売ってますが、大人は1個10ブルで1日5個までにしています。大口の取引は魔法師ギルドとしか今のところ考えていませんが、逆にネイスさんは壺1個のアメにいくら払ってくれますか?」


 商業ギルドの幹部の方もアメの仕入れに興味を持っていますが、どうですかとさらに付け加える。


「10万ブル以上、金貨何枚でもお望みなだけ支払おう」


「本当ですか!!」


 思わず食いついてしまう。

 お偉方が聖金貨まで持ち出す程の価値を見出しているので、いくらでも予算は出るだろうねと伝えられ、気持ちが揺らぐ。

 駄菓子屋で取り扱っているようなアメ玉で稼ぐなんてと思っていたが、1日の売り上げが1000ブル、銀貨1枚にも満たない状態で軽く100倍以上の値段を提示されると決意が揺らぐ。

 楽ができるのと最短で金持ちになれるが、それでも一気に大金を得てしまうと駄目になってしまう気がする。この世界でも働かずに引きこもってしまうに違いない。


「壺1個のアメ、1000ブルで構いません。その代わりにお願いがあります」


「私で叶えることが出来ることならいくらでも構わないよ」


 実はと今日の自由市で商業ギルドの幹部のゲレンスに取引を持ち掛けられたこと、魔法師ギルドとの取引を優先するために断ったため、後ろ盾になって欲しいと伝える。


「そんなことなら金貨を何百枚払ったとしても、後ろ盾になるがね」


「安く売っている物で金貨をもらうのは気が引けます。今、壺1個銀貨1枚に決めました」


 ネイスはそう言ってくれるが、今度は揺らぐことなく断れた。在庫と今後の仕入れ量から、1日壺1個分までにしてもらいたいと伝え了承される。

 アメ購入の予算を高く請求して、差額分を懐に入れてもいいんじゃないですかと伝えると、少し憤慨した様子が見られる。


「私は実践派だ!王都の権力争いが好きな老人たちと違って、金と権力ではなくただ魔法の行使によってこそ生活と人生を豊かにしたいと思っている」


 目の前の老人のスイッチを押したようで、不満が出て来る。

 

「そもそも王都から見てこの街は南南東に位置しているため、今回の件の管轄も南支部のはずだ!!だが、東支部の支部長が先導しているため、派閥争いが好きな者たちに付け入る隙が出て来る」


 本来、ダンジョン等の要所を守るべき幹部に、気軽にこの支所へ取りに来ると言われた時の私の気持ちは分かるかねと言われ、それは大変ですねとしか返答できない。


「幸い、私にも移動魔法や転送魔法に適性があったためアメの件は何とかなりそうだが、最初に話を聞いた時は残り少ない寿命が縮んだよ」


 ふうと息を吐きながら、ネイスは紅茶を飲む。

 何となく、権力争いを避けて中央から離れているが、自分の持ち込んだアメで絶賛巻き込まれて大変なことになっていそうな感じがする。

 気まずくなって話題を変えたくて、実践派について質問してみる。


「実践派については、魔法の発展よりはその行使による利を重視する流派が中心だ」


 ネイスが言うには、私なんかは杖よりも、武器を振った方が早いと考えているし、たとえ最高効率だとしても杖1本に頼るのは心もとないと考えている。

 そもそもの魔法師ギルドの成り立ちは、魔法師の黎明期に魔法師ギルド長がかかわって出来た組織が始まりだ。その後、支部長となる幹部連中も集まったが、彼らは他の魔法師には興味がないが、魔法の深淵へのアプローチにだけ価値を見出している。

 彼らという悠久の時を生きる者の考えとしては、我ら短命種の数の多さに目を付け、魔法師の数を増やして試行回数を増やすことでより研究がすすめられると考えた。

 そうして、魔法の深淵に近づく目的にギルドを立ち上げられたが、短命種の人間たちはギルドの生み出す富と権力をいかに分配するかに着目し、ギルドに入る前に抱いていた魔法の頂への気持ちを忘れた老人たちが日夜争いをしている。長い時の中で流派があれば派閥もでき、短命種の寿命を克服するために人道に反した方法を取る者も出て来る。

 そういったことが嫌で、大して魔法師の需要もない街にギルドの支所が出来ると聞いて管理者として名乗り出たんだがね、と憂いを感じる目でネイスは言う。


「私は水を出す生活魔法を身に着けたいと考えていたので、深淵へのアプローチだとか権力よりは魔法に利を求める実践派ですかね」


 明日、魔法師ギルドにアメを届ける時に、生活魔法について受付の人に聞こうと考えていることを伝える。商業ギルドは何だかきな臭いし、最初は商人になるつもりだったが魔法師ギルドで身分証を作ることも候補として考えている。

 思っていた以上に話し込み、そろそろお暇を告げる。


「大丈夫だと思うが、よかったら自由市まで送ることも可能だが?」


 まだ急な移動には慣れていないし、ただでさえ目立っているのに突然自由市に現れるのもさらなる注目を集めそうで避けたい。魔法師ギルドの受付前への移動をお願いする。


「では、またの機会に」


 ネイスが右手の人差し指を立てると、気が付いたら受付前だった。受付の女性にまた明日アメを届けに来ることを伝え、売り場に客を待たせているだろうから早めに歩いて自由市に戻る。



「タナカのにいさん、随分と早いですね」


 自由市の売り場に戻ると3人はくつろいでおり、魔法師ギルドの位置が分からず戻ってきましたかとゲンマに言われる。結構な時間を魔法師ギルドで過ごしてと思っていたのだが、午後からの客を待たせている様子もないし、狐につままれた気持ちになる。


「にいさんが出て行ってそんな時間は経ってませんよ」


 同意するように頷くタヤスとレックを見つつ、それなりの時間を魔法師ギルドで会話して、紅茶も何杯もおかわりしたと告げるが、不思議だな。

 ゲンマの口ぶりでは明日の休みを知らせる木片を用意してから、今昼食を食べ終えたところらしい。時間が経っていると思って戻ってくると、魔法師ギルドへの行き返りしか時間が経っていないような、変な感じだ。

 過ごした時間の自覚があるまま地上に戻るが、実は時間が経ってませんでしたと言われたようで、逆竜宮城の浦島太郎状態で不思議体験をしてしまった気分だ。


「インチキな野郎もいやがるが、中には本物の化け物がいやがるんですよ」


 ネイスなりの魔法師の力のデモンストレーションだったのかもしれないが、超常の体験を味わって意識が飛びそうになる。ゲンマがガルの肉串を買って来ると言ってくれるが、食欲もあるはずなく紅茶を飲んで食欲がないと断る。



「アメのおっちゃん明日休みなの?」「えー」「明日も食べたいのに」


 午後の部が始まり、アメを買いに来た子どもたちに明日休むことを詫びつつ、おまけのアメを渡していく。色々と悩まされることが多いため、天真爛漫な子どもたちの姿を見ると癒される。

 昨日から引き続き、従業員の2人はいい顔をしていないが、自分が子どもの相手をしている間に大人の客の接客を任せているし、そう思っても仕方がないか。

 街中の子どもたちが来たら大変だったが、午前中までの客足の勢いはない。富裕層の子どもだったりは自由市で買い物はしなさそうだし、獣人以外の大人も様子見の段階では怪しい菓子屋に子どもを買い物に来させないんだろうか。

 これ以上、客が増えるようであったら、従業員も増やさないと子どもにおまけを渡す余裕もなさそうだ。


「ここが噂の菓子屋か」「ギルドで聞いて来たんだよな」


 午後は午前よりも客が少ないと油断していたら、夕方が近づくと一気に大勢の冒険者が列をなしている。

 どうやら二日酔いで宿で寝ていて後からアメのことを知った人たち、朝が弱くて早起きをしない人たち、早朝に張り出される仕事を優先してギルドからの仕事帰りで来た人たちみたいだ。

 もう夕方が近いため、列の最後尾にレックに立ってもらって今並んでいる客までとする。壺の中のアメもとっくに無くなっていたが、今日何度目かの補充を行いつつも明後日以降の営業をどうするか考える。

 今は、大人1人あたり5個の個数制限だが、全体の販売量も決めないと在庫に限りがあると言っているのに流通量がおかしくなってしまうな。ただ、子どもたちや最初に贔屓にしてくれた人たちには優先的に売りたいし、その日買えなかった人も翌日は出来るだけ購入出来るようにしたい。


「ギルド手形みたいなものを導入すればよいのではありませんか?」


 今日の営業を終えて、売り場を片付ける前にみんなに現状のアメの在庫に限りがあることを共有しつつ、購入の優先的な権利を与えたいことを相談すると、タヤスから提案を受ける。

 ギルド手形とは、ギルドが仲介して両者の売買契約を形にするもので、契約の不履行があった際はギルドが介入するらしい。自身はただの雇われ労働者だったため契約や法律的なことは詳しくないし、ましてやこの世界の制度はよくわかっていないから判断に困る。この場合の契約は商売に関することだから、商業ギルドとかかわるということなのだろうか。


「ありがとうございます、参考にしてみます」


 タヤスには礼を言うが、あくまでも自由市での商売だし、大げさな契約を持ち出したくないなと思う。何か引換券みたいな物でも用意できないか検討してみたい。


 自由市の入り口で従業員の2人と別れつつ、ゲンマに入り口近くに明日はアメの売り場は休みという木片を設置してもらうように頼み、今日の営業を終える。

 明日は魔法師ギルドにアメを届ける以外は、自由市で許可を得るのもあるが、身の回りの物を用意したいと思う。

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