第6話 昼休憩で魔法師ギルドに顔を出す

「ゲンマさん、彼らにも肉串をお願いします」 


 雇い主だからといって、1人だけ昼食を食べながら打合せするのも気まずいと感じたのだ。そろそろ昨日の酒の影響も抜けてきたし、前向きに考えたい。


「そこまでしていただくのは…」


 タヤスは遠慮しているが、断られる方がつらいと言って食べてもらい、今後のことを話し合っていく。2人には今日のところはやり方を見てもらいつつ、タヤスには接客とレックには客が多い時には列の整理と、場合によっては揉め事の仲裁を期待していることを伝える。

 明日以降は、午前中に入って魔法師ギルドの大口の取引の打ち合わせで昼に売り場を離れることと、2人は客が少ない時間帯から慣れてもらいたいとも話す。

 2人からは特に質問もなく、売り上げ次第だが100ブル前後くらいで、足りない分はアメの現物支給を考えていることも説明する。

 あまり反応してくれない2人を見つつ、新人に仕事の説明をするのは気にならないが、本質的に上司だったり管理職の器ではなかったため、どう接していくべきかは分からない。

 コミュニケーションの一環として、夕食をゲンマと食べているため仕事後の予定を聞くが、2人とも先約があるようで断られる。自分が職場で誘われた時は嫌だったのに同じような方法しか取れず、断られると逆に安心してしまった。



「子どもへの販売は必要でしょうか。私に任せてくれたら商業ギルドに話をつけてより儲けられると思うのですがどうでしょうか?」


 午後の子どもたちへのアメの販売が落ち着くと、タヤスから提案を受ける。購入したこども全員におまけを渡している姿を見て、子どもに甘いという印象を持たれたのか、レックも言葉に出さないが同意する雰囲気がする。


「何だ文句があんのか!!」


 2人を紹介した手前もあってゲンマが怒鳴るが、売り上げが高い方が現金で給料が払われるし、タヤスの考え方には間違いがないと思う。

 ゲンマをなだめつつ、この街での伝手がないから自由市で売り始め、ゆくゆくは自分の店を持ちたいから街に馴染むためにやっているんだと説明する。

 今考えた言い訳であるが、ノワさんのやっていることを道楽だと思ったが、自分のやり方も十分に道楽だと自覚する。奴隷落ち寸前の2人に言うのも申し訳ないが、嫌なら辞めてもらって構わないという考えがよぎったが、自分の経験したパワハラブラックな職場のやり方そのままで自己嫌悪になる。

 結局、タヤスはあっさりと引き下がったが常に狐のように弧を描いた細い目で微笑を浮かべているが、本心はどう思っているのか分からない。レックも常に嫌々やっているという態度を隠さないし、とにかくやりづらいな。

 夕方になって営業を終える時も、2人とも訳アリでここしかないが明日も来てくれるんだろうかと思ってしまう。


「今日はすんませんでした」


 夕食時の宿にて、ゲンマに謝られて事情を説明される。どうやら、横領事件によってタヤスは商業ギルドからの追放と腕を切られ、レックも務めていた工房を追放されて、負債を埋めるために住民権が差し押さえられているらしい。

 タヤスは若いながらも商業ギルドの職員として将来は幹部になると噂され、レックは教会での読み書きは苦手だったが持ち前の手の器用さで職人として期待されていようだ。

 そんなタヤスは自由市の管理人の娘と婚約の話も出ていたようで、とても横領なんかは起こすはずがないが、ゲンマが言うには商業ギルドの派閥争いが原因で、レックもそれに巻き込まれたのではないかと教えてくれる。

 ゲンマは商業ギルドの管理人から2人の面倒を見て欲しいとお願いされていることも教えてくれたが、本当に横領をしたかどうかも分からないし、ゲンマからの情報でしか2人を知らないから何とも言えない。


「お二人はどう思いますか?」


「私たちは何も聞こえてないけど」「事件の真実を知っているのは当人だし、詳しい人から情報を得なければ何も判断できないわ」「自由市の管理人とかが詳しいかもしれない」


 ゲンマから依頼されて何も聞いていないことになっていた蜥蜴人の夫婦は、一応アドバイスをしてくれる。直接話を聞きたいが、タヤスとレックが本当のことを話してくれるか分からないし、真実はどうなのか分からない。

 訳アリと聞いていたが想像以上に訳アリだったが、明日からは不安しかないがやっていくしかない。



 翌日待っていたのは、自由市の入り口から続く行列だった。これまで来ていてくれた客もいたが、圧倒的に新規の人が多い。冒険者も獣人パーティ以外に金属製の防具に身を包んだ、貫禄のある人たちを見かける。


「これは困りますよ。今日の所はいいですが明日以降は絶対に許可を取ってもらいたい!」


 いいですねと念を押してくるのは、この自由市の管理者のチュカと名乗る男性だ。少し小太りな体型に寂しくなった頭頂部が見え、挨拶を返しながら自身の将来の姿も他人事ではないなと思う。何とか許可を取る約束をして許してもらう。

 自由市の入り口から定位置の奥の隅まで続く行列を見て、こんなに街の人がいたのに驚きながらも、他の売り場と自由市全体に迷惑をかけるから許可を得るのは仕方がないと思う。

 しかし、毎日これが続くようであったら自由市での小規模な取引に該当しないだろうし、早晩店を構えるように自由市から追い出されてしまうのではないかと考える。


 考え事をしながら、売り場の準備に向かう。途中で挨拶を交わすノワさんに、店舗や許可証のことで相談にのるわよと言われ、機会があれば是非と言いつつ借りを作るのは怖いなと思ってしまう。


「お待ちしてました」


 昨日おつかいを頼んだ魔法師のクノが話しかけてくる。どうやらこの騒ぎは、魔法師ギルドがアメの効果を保証し、各支部長とギルド長まで求める品ということで、冒険者を中心に求める人が殺到したようである。

 冒険者を生業としていない人も増えているようで、一気に安価な菓子の情報も街中に広まったのだと思う。クノも迷惑をかけたと恐縮しているが、宣伝をお願いしたのはこちらだから気にしないで欲しいと伝える。


「客が少ない時に慣れてもらおうとしたけど、今からお願いします」


 来てくれた従業員の2人に告げつつ、タヤスには支払いと釣銭の受け渡し業務、レックは列がこれだけ長いので整理は諦めて商品の受け渡しを主に行ってもらう。ゲンマと自分は全体を見ながら、客をさばいていく。


「菓子屋が収納スキル持ちは勿体ない」「俺らはシルバー級のパーティだから入らねぇか」


 荒事は苦手なんでと断りつつ、次の客を呼び込む。


「うちの商会から売り出したらもっと利益が出るぞ」「情報量を払うから、仕入れ先を教えてくれねぇか」「この街No3の商会への繋ぎができるから、俺たちと商売をしないか?」


 自由市で商売している人たちも並んでいたようで、怪しい話も持ちかけられるが懇意にしている商会があるのでと断る。毎日この人数分のアメを売ることができるが、収納スキルの容量を疑われたり仕入れを行っている素振りがないのに気づかれると、交換魔法のスキルにたどり着く人も出て来るかもしれない。

 ギルドで身分証を作ったら、住む家を用意したり店舗での商売も考えていたが、どうにか良い方法がないと定住が出来ないかもしれない。街の外は危険なのに、旅をする必要性も検討しないといけないのは大変だ。

 次の客を呼び込む。


「本当に魔力の自然回復を促すのか?」「どうやって作っている?」


 フィールドワークはしてなさそうな魔法師の恰好をした人や白衣を着た人たちも買いに来ており、効果は魔法師ギルドが証明してくれているのと製法はとある錬金術師しか分かりませんと伝える。しつこく錬金術師の名前を聞かれ、辺境の人で分からないと思いますが、キャンディ様と言いますと適当なことを教える。

 キャンディか知らないな、聞いたことないなと言いつつ、キャンディの作りしアメかと頷いている。後ろでお待ちの人がいるのでと伝え、次の客を呼び込む。


「獣人に売る分とガキに売る分も金を出すから売れってんだよ!!」


 個数制限の説明書きを見せて、再度お願いしても納得しない客はゲンマが睨みを利かせてくれた。その後、購入してもらったが今度騒ぐようだったら購入禁止にすると伝える。


「これだけ買いに来る人たちが多いと、私たちは遠慮した方がいいですよね」


 騒ぎを聞いていた獣人の客に言われるが、初日から買ってくれたお客様は大事にしたいと伝えて、今後も買いに来て欲しいとお願いする。ゲンマと後で相談しようと思うが、子どもに売ったアメを奪ったりする人間も出てきそうだし、対策と周知が必要だと考える。

 次の客を呼び込もうとすると、その人は順番を取っていただけなのか別の人間と交代する。


「やあはじめましてタナカさん、商業ギルドのゲレンスと申します」


 自分から商業ギルドの幹部と名乗るゲレンスは、細身の体型に身長は高く、地毛なのか昔の音楽の作曲家のように見える髪形をしていた。タヤスを知っているのかチラチラと視線を向けているが、タヤスは下を向いて目線を合わせていない。

 にこやかな表情と態度だが、身分の高い人は当たり前なんだろうけど人に順番を取らさせたり、自分から役職をアピールする人とは仲良くなれそうにない。勝手にいつもの引け目を感じて関わりたくないと思うが、途端に胡散臭い奴だと思ってしまう。


「これが魔法師ギルドに卸しているというアメですか。私どもの商業ギルドにも優先的に売っていただきたい」


 こちらの名乗りを待たずに一方的に話してくるのも、昨日の魔法師ギルドの幹部たちを思い出して嫌になってくる。どうにか、魔法師ギルドと先に優先的に取引をしているのと、客が多いので在庫が厳しいことを伝える。


「いい返事をお待ちしております」


 最後までこちらの都合を考えずに、ゲレンスは去っていった。いつの間にか近くにいたノワさんに、私もあの人苦手だから何かあったら言ってねと話され、どちらも苦手とは言えず何かあったらお願いしますと伝える。

 随分と列が減ってきたため、最後尾にレックに立ってもらい新規で並ぼうとする人たちには昼休憩を取るため、午後からにお願いする。



 午前の部を終え、ゲンマと従業員2人には昼休憩を取ってもらう。ゲンマには売り上げの壺から銅貨をいくらか渡して2人の昼食も用意してもらうように伝えた。

 ついでに、ゲンマには明日は自由市の許可を得るため、お休みにすると木片で掲示できるようにお願いした。従業員と客には申し訳ないが、色々とやることが多すぎて連日の営業が難しいと判断したのだ。

 魔法師ギルドでの話が長くなるかもしれないが、その場合は申し訳ないが自分が帰ってくるまで客に待ってもらうように伝えて自由市の広場を出る。


 魔法師ギルドはメイン通りにあり、杖の看板は一度目にしたことがあるため間違えないはずだ。心配するゲンマに残ってもらい、流石に壺に入ったアメと硬貨は待機空間に仕舞って出発した。

 魔法師ギルドの前に到着すると周囲の建物に比べても抜きんでて大きく、3階建てのビルのような高さの木をくり抜いて出来たようで印象的だ。火事の時や火の魔法でよく燃えそうだが、魔法的な防火対応がなされているんだろうと勝手に思う。


 入り口の扉に取っ手はなく、どう開けようかと思っていると自動で開いた。建物に入ると、宿屋で見たランプやロウソクとは異なった光源で、木漏れ日の光を受けているように心地よい明るさだ。


「ようこそ魔法師ギルドへ」


 声をかけてくれた職員らしき人は、若い女性であった。

 支部長よりは短いが、それでも普通の人よりは横に突き出た耳が長く、オレンジ色の長髪を後ろでまとめている。直前まで書類仕事をしていたのか、羽ペンを手に持っていた様子で、手を離しても羽ペンは浮かんで空間に保持されていた。

 支部長程ではないが、整った容姿に劣等感を刺激される前に用事をすませたい。 


「支所長を呼びますね」


 アメの件で来たタナカですと名乗ると、この魔法師ギルドの管理者を呼んでくれるらしい。彼女は、手元にあった銀色のベルのような物を持って振るが、音は鳴っていない。魔法的道具の効果か、魔法師ではない人間には聞こえない音が出ているのだろうか、ファンタジー映画の世界のようで年甲斐もなく少しワクワクとしてくる。


「はじめまして」


 待つ間、受付の人に魔法師ギルドのことを聞きたいことがあったが、気が付いたら背後に人が立っていた。


「驚かせてすまない、支所長のネイスだ」


 こちらが名乗る前に、では行こうかと目の前の人物が右手の人差し指を立てると気が付いたら景色が変わっていた。ギルドの受付前だった光景が、書斎のような雰囲気もありながら、テーブルもあって人と話すスペースも用意されている部屋になっていた。


「また驚かせてしまったかな。まずはお茶でも淹れよう」


 再度人差し指を立てると部屋にあったティーセットが独りでに動き出し、間もなく紅茶の香りがしてくる。促されてテーブルの皮張りの椅子に座り、ようやく驚きを消化して相手を観察する余裕が出て来る。

 ネイスと名乗る支所長は帽子こそ魔法師が被っている物だが、杖は手に持たずに耳飾りや全ての指に複数個つけた指輪が目立っている。口元の周囲と顎髭は白く豊かで胸元まで伸びており、顔の皺の深さからも老人だと思うが姿勢の良さから老いた印象はない。スーツとかが似合うんだろうなと思うが、首から下は冒険者が身に着けるような皮で補強された装備で、帽子がなければ魔法師とは思えなかった。

 昨日は移動する魔法を羨ましく思っていたが、こうも早く体験するとは思わなかった。すっかりと相手のペースに飲まれて会話のを始めるのであった。

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