第36話 修羅……場……?

 とある日の休み時間。咲哉は特にこれと言って理由もないが教室の窓から外の景色を呆然と眺めていた。十一月も中旬に差し掛かり、窓の外に窺える街路樹や遠くに見える山が綺麗に色付いている。丁度、紅葉の見頃といった時期だ。


「どうしたんですか、咲哉君。たそがれてますね」


 咲哉の隣までやってきた詩織がそう尋ねる。すると、咲哉は一度詩織に振り返ったあと、再び窓の外に視線を移して答える。


「あぁ、いや……紅葉してるなぁ~と思って……」


「そう言えばそうですね。今朝ニュースでも見頃だと言っていました」


 詩織も咲哉と同じように窓の外の景色へと視線を向ける。すると、そんな二人のもとへ真歩が駆け寄ってきた。そして――――


「じゃ、今度の休日見に行かな~い?」


 咲哉の机の前にしゃがみ込んで机に肘をつき、覗き込むようにそう言ってくる。すると、詩織が腕を組んで真歩に半目を向ける。


「どうして貴女に誘われないといけないんですか。行くとしても咲哉君と二人で行きますよ」


「んえぇ~、いいじゃ~ん! 二人はいつでも行けるんだからさぁ。ときには友達同士で遊ぼうよぉ~」


「友達? 誰と誰がでしょうか」


「酷いよぉ~! うわぁああん、三神くぅ~ん。しおりんがこんなこと言ってくるぅ~」


 真歩がわざとらしく嘘泣きをしながら立ち上がって、咲哉の左隣に行くと、そのまま腕を回して咲哉にしがみついた。


「ちょ、花野井っ!?」


 突然のことに咲哉はビックリすると共に、背面に感じる真歩の身体の柔らかさに居たたまれない気分になる。そして同時に、不可抗力であるにもかかわらず、まるで自分が悪いことをしているような気分になりながら、ゆっくりと詩織の方へ視線を向けると――――


「し、詩織……これは、俺悪くないよね……?」


「さぁ、どうでしょうね~?」


 詩織は笑みを浮かべていたが、その目は笑っていなかった。咲哉は、詩織の背後に大荒れの吹雪が唸っている様子を幻視した。


「というか、いつまでくっついてるんですかっ! 彼女である私の目の前で良い度胸ですね!?」


 遂にしびれを切らした詩織が、真歩を咲哉から引っ張り剥がす。そして、咲哉を背に庇うように立ち、真歩に鋭い視線を向けた。しかし、真歩は「いやぁ~ん」とおどけた様子で愉快そうに笑っていた。


「咲哉君もこんな女に鼻の下を伸ばさないでください」


「の、伸ばしてないって!」


 どうだか……、と詩織が咲哉にジト目を向け、咲哉はスッと苦笑いを浮かべながら顔を逸らした。


「でも、良くない~? みんなで紅葉狩り、楽しそうじゃない?」


 態度はともかく、真歩は咲哉や詩織と紅葉を見に行きたいのは本当なようだ。詩織も「うぅん……」と腕組しながら悩んでいる。


「んまぁ、俺としてはお前らが仲良くしてくれるなら別に良いんだが……」


 そんな咲哉の言葉に、真歩がパァと顔を明るくして、ニコニコ笑いながら詩織に抱き付いて言った。


「もちろんだよぉ~。私としおりんは親友だもんねぇ~?」


「はい? 親友どころか友達になった覚えすらないんですが」


「ちょっとしおりん! 私だって傷付くんだからねぇ~!?」


 紆余曲折あって、一応今度の日曜日に紅葉狩りに行くことになった。咲哉も詩織もてっきり三人で行くのかと思っていたが、どうやら真歩がもう一人誘いたい人がいるらしく、その人を含めた四人で行く予定となった。しかし、咲哉は詩織と真歩の二人を見比べて、終始不安でしかなかった。


(コイツら、遊びに行った先でも絶対喧嘩するだろ……)



◇◆◇



 約束の日は、あっという間に訪れた――――


 紅葉狩りには電車に乗って少し遠くの公園に行くことになっており、咲哉と詩織は既に集合場所である駅までやって来ていた。そして、真歩と真歩が連れてくるという誰かを待つこと数分。パタパタと駆け寄ってくる足音が聞こえたので、咲哉が視線を向けると…………


「花野井遅刻だぞ……って、えっ。お前が誘うって言ってたの実のことだったのか!?」


「あっはは~、そうだよ? 驚いたぁ~?」


「いや、まぁ……驚いたって言うか……」


 気まずい――というのが、咲哉の本音だった。しかし、それは実も同じらしく、真歩の後ろについてきていた実は曖昧な笑みを浮かべながら視線を彷徨わせていた。咲哉と実の間に微妙な沈黙が流れているのを見て、詩織が真歩に何か言いたそうに半目を向けていたが、真歩はニコニコと笑うばかり。そして、真歩は黙り込んでしまっている実の背をグイグイと押しやって、咲哉の前に立たせる。


「ほらほら、みのりん。言いたいことあるんでしょ~?」


「あ、あうぅ……」


 咲哉が首を傾げて頭上にハテナマークを浮かべている前で、実が顔を赤らめてモジモジとする。しかし、ギュッと拳を握ってから頭を勢いよく振ったあと、咲哉に真っ直ぐ目を向ける。


「さ、咲哉っ!」


「は、はい!」


「私の気持ちは変わらないよ。フラれても、咲哉が振り向いてくれなくても私は咲哉が好き。好きでい続ける」


 だから! と実は咲哉からその隣に立つ詩織へ視線を移すと、ビシッと人差し指を向ける。


「水無瀬先輩っ! もしちょっとでも咲哉の気持ちが先輩からズレたりしたら、私、その隙を絶対見逃しませんから!」


 宣戦布告とも取れるその宣言を受けて、詩織はフッとニヒルな笑みを浮かべると、片手を腰にあててやや上から見下ろすように視線を向ける。


「ええ、構いませんよ? ただ、咲哉君の気持ちが私から揺らぐなんてことはあり得ませんが」


「むむむぅ……」


「ふふっ……」


 眉を吊り上げて詩織を睨む実と、余裕の笑みで実を見下ろす詩織。その二者の間で不可視の電撃が迸っていた。そんな状況に戸惑う咲哉に、そっと近付いてきた真歩がケラケラと笑いながら言う。


「なぁんか、修羅場ってるねぇ~」


「おまっ……他人事みたいに……」


「他人事じゃないよ」


 咲哉が不満げな視線を真歩に向けると、真歩は僅かに頬を赤くして微笑むと、そっと顔を近付けて耳打ちする。


「(隙あらば私も狙っちゃうからね?)」


「……は?」


 どういう意味だ、と咲哉が尋ねるより先に真歩が離れて行ってしまったので、咲哉は結局真歩の真意を探ることは出来なかった。


(よくわからんが……頼むから、仲良くしてくれ……)

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