第33話 幼馴染の覚悟①
十一月上旬。秋も後半に差し掛かり、木々の葉の色もほとんどが色付き終えた頃。紅葉の色がそのまま滲みだしたかのように、空が茜色に染まる時間帯。とある二人の女子高生が並んで帰り道を歩いていた。
「私、もう我慢できないかもしれないです……」
そう話を切り出したのは、栗色のミディアムヘアーと榛色の大きな瞳が特徴の少女――実だ。隣を歩く一学年上の先輩である真歩に、現在絶賛恋のお悩み相談中である。モテはするものの、別に恋愛経験が豊富なわけではない真歩は、若干戸惑いの色を表情に滲ませながらも、こうも実に頼りにされていると、拒絶することも出来ない。
「咲哉に水無瀬先輩っていう彼女がいるのはわかってる……でも私、この気持ちを咲哉に知ってほしい!」
「告白するってことかなぁ~?」
真歩の確認に、実がコクリと首を縦に振る。それを見た真歩は、「うぅん……」と少し考えるように唸り、帰り道の途中に見付けた小さな公園に視線を止める。
「取り敢えず、ちょっと座らない?」
「あっ、はい!」
二人は公園に入って行き、手近なベンチに腰掛ける。そして、真歩はどうしたものかと茜色に染まった空を見上げた。
(今までならまだこの子にもチャンスはあったかもしれない。だって、三神君もしおりんも相手のこと好きってワケじゃなさそうだったしねぇ。でも、最近は全然違う。互いに互いのことを本気で思ってる感じ……一体何があったんだか……)
真歩が一人黙って考え込んでいると、隣に座っていた実が不思議そうな表情を浮かべて首を傾げた。
「花野井先輩?」
「ん? あぁ、ごめんごめん。ちょっと考え事しちゃってたよぉ」
真歩はそう実に笑いかけたあと、視線を遠くの空へと向けながら話す。
「実は私ね、何度か三神君にアプローチを掛けたことがあってね?」
「えっ、花野井先輩が咲哉に……? もしかして、花野井先輩……」
咲哉のことが好きなんですか? と実が言葉を続けるより先に、真歩が首を横に振った。そして、自嘲気味な笑みを浮かべて言う。
「しおりんへの嫌がらせのため、だよ」
「嫌がらせ……?」
「今はもうそこまで気にしてないんだけどね? ほら、しおりんって学校の誰もが知る才色兼備の女の子で、難攻不落なんていう二つ名までついてるでしょ~? 勉強も運動も完璧に出来て、みんなに好かれて頼りにされて……それなのに、いつも人形みたいな澄まし顔でいる。私負けず嫌いだからさぁ~、そんなしおりんが気に食わなかったんだよねぇ。あはは」
「な、なんか意外です……」
実が少し畏まったように身体に力を籠らせて、目線だけを真歩に向けて口を開いた。
「私から見た花野井先輩は……いえ、ほとんどの人がそう思っていると思いますが、男女分け隔てなく誰にでも優しく接する天使のような、聖女のような人間なんだっていう認識です。だから、その……花野井先輩が、水無瀬先輩へ嫌がらせしていたと言われても、あまり実感がないというか……」
「あはは、私は天使でも聖女でもないよ~。むしろその逆かなぁ~。私はいつも人に好かれるように、頼りにされるように、気に入られるように考えて振舞ってる。行動は全て打算のもとに起こっていて、人に優しく接するのだって、そうしたら周囲からの評価が上がるから」
「じゃ、じゃあ、こうして私の相談に乗ってくれてるのも……?」
「最初はそうだったかなぁ。というか、みのりんに近付いたのだって酷い理由だよぉ~? みのりんが三神君のこと好きなんだなっていうのは一目見てわかったから、その気持ちを利用してしおりんに嫌がらせしようって思ってたんだから」
嫌いになったでしょ? と真歩が苦笑いを浮かべながら実に尋ねる。すると、実は一呼吸の間を置いてから、「いえ」とハッキリ答えて真歩の顔を真っ直ぐに見つめる。
「嫌いになんてなりませんよ! むしろちょっと花野井先輩を身近に感じることが出来るようになって、親しみやすくなりました」
「え、な、何でぇ……?」
「だって、花野井さんがやってること、別に普通のことですもん。皆に好かれたいから優しく接する。その人が気に食わないからちょっかいを出してみる。程度の大小はあるにせよ、そんなのみんなやってますよっ! だから、花野井先輩でも普通のことしてるんだって思うと、ちょっと嬉しかったです」
実はそう言って真歩に微笑みかける。真歩はそんな実をしばらくポカンと見詰めてから、思わず「ぷっ……」と吹き出してしまった。
「えっ、花野井先輩!?」
「ううん、ごめん。何でもないよぉ」
真歩は可笑しさからか、それともこんな自分を受け入れてくれた嬉しさからか、目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら思った。
(この子、ホントに頭おかしいなぁ。純粋すぎて、優しすぎて……何か放っておけない感じ)
真歩は呼吸と精神を整えるように「ふぅ~」と静かに息を吐くと、楽しげに笑って真歩に感謝した。
「ありがとうね、みのりん。何か私の方が相談に乗ってもらってるみたいになっちゃったよぉ~」
「ああ、いえいえ! とんでもないです!」
私が花野井先輩の相談相手だなんて恐れ多い! と実がブンブンと両手と頭を激しく横に振る。
「さて、私の相談にも乗ってくれたことだし、私もみのりんのことちゃんと考えてあげなきゃだよね~」
「花野井先輩……」
真歩はうーんと両腕を頭上に高く持ち上げてから伸びをする。そして、気持ちを切り替え終えてから口を開いた。
「結論から言うね?」
「あ、はい!」
「みのりんが三神君に告白しても、フラれるだけだと思う」
「……はい」
「それは別にみのりんに魅力がないからじゃないよぉ? 三神君としおりんの関係がもう完成しちゃってるから。さっき私が何度か三神君にアプローチを掛けたことがあるって言ったでしょ? 個人的には結構頑張って、あとちょっとのところまでは行ったつもりだったんだけど……それでも、三神君はしおりんを選んだ。三神君の気持ちをそう簡単に変えることが出来ないのは、私がもう試してわかってる」
真歩はベンチから腰を上げてから、ゆっくりと実の正面に立つ。そして、両手を後ろで組んで尋ねた。
「でも、みのりんも薄々わかってるんでしょ? 三神君とはどうやったって付き合えないって」
そんな問いに、実は視線を伏せて自分の足元を見詰める。同時に、頭の中に咲哉と過ごしてきた――幼馴染であり、妹分として共に作ってきた思い出が横切っていく。
(告白しちゃったら……もう元の関係には戻れないよね。私の気持ちを知っちゃったら、咲哉も私のことを妹みたいな存在って思えなくなっちゃうよね。でも――)
――たとえ今の関係が壊れるのだとしても、自分の胸の内にあるこの気持ちを知ってほしい。
真歩は伏せた視線を上げて、正面に立つ真歩の顔に向ける。
「はい、わかってます。フラれる覚悟も……出来てます」
「良いの? 告白するってことは、今の妹のような幼馴染っていう立場を失うってことだよ?」
「本当は、良くないです。出来ることなら咲哉の幼馴染のまま、妹のままで、この気持ちを伝えたい。今の関係と恋愛関係を両立出来たらどれだけ良いかって思っちゃいます……でも、それは出来ないから。もしフラれるんだとしても、これからは咲哉に、自分のことが好きな一人の女の子として見てもらいたいから……!」
覚悟は出来ている――そんな真剣な表情を向けてくる実を見て、真歩は一度目蓋を閉じた。そして、僅かに口許を綻ばせる。
(ホントに凄いよ、みのりんは。どこまでも恋に本気なんだね……)
すでに真歩の中で実の恋の行方――その結果は見えていた。しかし、それは実自身もわかっていること。理解した上で告白するというのなら、真歩に止める理由はなかった。
「よしっ、わかったよぉ~!」
真歩は目を開いて、パン、と両手を叩き合わせる。そして、実に勇気を与えるように笑いかけた。
「みのりん、行ってこ~い! それで――」
真歩が実の頭の上にポンと優しく手を乗せる。
「終わったら、ちゃんと慰めてあげるから」
「……は、はいっ!」
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