第32話 事後……?
閉められたカーテンの隙間から日の光が差し込んできて、詩織の部屋の中を照らしている。また、窓越しに車やバイクが通り過ぎる音が入ってきて、既に人の動きが活発になっている時間であることを伝える。
「ん、うぅん……?」
ギシィ、とベッドが軋む音がした。ベッドに横たわっていた詩織はゆっくりと目蓋を持ち上げて、眩しい朝日に目を細める。
「あれ、私……いつの間にベッドに? それに着替えてないし……」
まだ覚め切らない意識のまま緩慢に上体を起こして目を擦り、自分の姿を見下ろすと、昨日真歩の家で開催されたハロウィンパーティーに着ていった赤ずきんの仮装衣装を身に付けたままだった。
(うぅん……よく思い出せない。咲哉君と家に帰ってきて、罰ゲームをして……そこから……)
断片的にチラチラ静止画のような記憶が脳裏を過るが、どれもこれも覚えているのもではなく実感がわかない。そして、思い出せないものを無理に思い出そうとしても意味がないと割り切った詩織は、ベッドの上に置いてある時計を見て、まだ登校するまで時間に余裕があることを確認する。
「着替えてないってことはお風呂もまだだから、さっさと入って……」
それから朝食にパン食べて――と、詩織が今からの行動予定を立てながらベッドを降りようとする。しかし、ピタリと身体を静止させた。同時にあらゆる思考も停止し、頭の中が真っ白になる。ただただ、目の前の事実に戸惑うばかり。なんと、詩織の部屋の床に咲哉が寝息を立てて倒れていたのだ。詩織と同様に仮装衣装を身に付けたままであることから、昨晩からこの場所にいたことになる。
「えっ、な、何で咲哉君が私の部屋に……!? 思い出せない……思い出せないけどもしかしてコレって――」
ヤッちゃったッ!? と、とてもではないが声には出せないものの、心の中でそう叫ぶ詩織。無意識の内に両足を閉じてから下腹部を手で押さえ、顔を真っ赤にしていた。既に眠気なんてものは遥か彼方へ飛び去っていた。
「さ、咲哉君起きてくださいっ!」
詩織が慌てて咲哉の横に膝立ちになって、身体を激しく揺する。すると、咲哉は寝苦しそうに顔を歪めて低い唸り声を漏らしたあと、薄っすらと目を開いた。そして、寝起きで不鮮明な意識のまま口を開く。
「んぁ……? 天使……?」
「何寝ぼけてるんですか、それどころじゃないんですって咲哉君っ! 起きてくださいよ!」
再び詩織が大きく咲哉の身体を揺らすと、咲哉は目を擦ってから何度か瞬きを繰り返し、再び詩織の方へ視線を向ける。
「……ん、詩織? 何でここに……って、ここ詩織の部屋?」
上体を起こした咲哉が寝癖の立った頭を手で掻きながら辺りを見渡して、何か思い出したように「やべっ」と声を漏らす。
「あのあと俺、帰らずに寝ちゃったのか……」
「あ、あのあとって何ですか、咲哉君っ!? 私昨晩の記憶がないんですけど……もしかして私達、何かヤッちゃいましたか……?」
詩織が恐る恐るそう尋ねると、咲哉は気まずそうに顔を逸らして答える。
「ま、まぁ……やっちゃたと言えばやっちゃったな。凄く大変だった……」
「大変だった、って……そ、そうですか……ヤッちゃったんですね。で、でも記憶がないのはどうしてでしょうか……」
「ああ、それは詩織が完全に酔っぱらってたからな。ってか、酔ってなかったらあんなことしてなかっただろうし……」
「よ、酔ってた……? えっ、私お酒を!? って、いや、ちょっと待ってください。そんなことより咲哉君、酔ってなかったらシてなかっただろうって、どういう意味ですか? まさか、私を酔わせて勢い任せに……とかじゃないですよね?」
「いや、確かに勢いは激しかったけど……って、あれ? なんか話噛みあってなくないか? 詩織、お前何の話してる?」
「な、何の話って……そ、そんな恥ずかしいこと私から言わせるんですかっ!?」
詩織は顔を紅潮させて自分の身体を腕で抱く。しかし、咲哉が頷くので詩織はしばらく悩んだのち、言うことにした。
「さ、昨晩……私と咲哉君が、し……シちゃったのかっていう話ですよ……っ!!」
「だから何を――って、あ。詩織お前まさかセック――モゴッ!?」
「――言うなぁぁあああっ!! わざわざ口に出して言わなくてもわかるでしょうっ!?」
詩織が慌てて咲哉の口を手で押さえつけて言葉を遮る。しかし、咲哉はそんな詩織の手を取ってぷはっ、と息継ぎをすると、こちらも慌てた様子で首を横に振る。
「詩織勘違い! めっちゃ盛大な勘違いしてるから!」
「か、勘違い……?」
「その……詩織の言ってたことは、決してやってない」
「え? じゃ、じゃあ咲哉君はさっきから何の話を……?」
「そりゃもちろん昨晩の事件――もうこの場で名付ける。『ウィスキーボンボン事件』のことだ!」
一体何のことだと頭上に疑問符を浮かべて小首を傾げる詩織に、咲哉は「言いたいことが山ほどあるから、恥ずかしさで死なないように覚悟しておけ」と前置きをしてから事情と文句を話した。
酒の入ったチョコレートだと知らずに食べた詩織が酔っ払い、その勢いで咲哉に散々甘えてベタベタしてきて、終いには過度な誘惑も行ったこと。そして、咲哉はそんな詩織が寝るまで理性を死守するのに全力を尽くす羽目になったこと。
咲哉は事細かに語った。酔っぱらった詩織がどんな風に迫ってきて甘えてきたのか。そして、それに耐えなければならなかった自分の心境も欠かさず。お陰で詩織は顔だけに留まらず耳や首まで真っ赤にし、瞳に涙を浮かべて恥ずかしがる羽目となったのだが、こればかりは咲哉も昨晩の苦労を知ってほしかったし、少しくらいは仕返ししたい気持ちもあり、仕方がないと自分に言い聞かせた。
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