第29話 ハロウィンパーティー②

「さぁ~て、みんなぁ~! 盛り上がってるかぁ~~!?」


「「「いえぇぇえええええいっ!!」」」


 綺麗に剪定された芝生が広がる大きな庭に集う、およそ二十人程の同級生の視線の先で、悪魔衣装を身に纏った真歩がグラスに何か深紅の液体を貯えて呼び掛ける。それに呼応するように各々仮装した同級生達が声を返す。


「な、何だこのノリ……コイツら全員パリピなのか……?」


 周囲の雰囲気に気圧されると共に呆れ半分になっている咲哉。その隣では詩織もこれでもかというほどの困惑顔を浮かべていた。


(ってか、花野井が片手に持ってるのって何かのジュースだよな? ブドウジュースとかそういう感じの……ワインとかじゃないよな? 酔ってないよな?)


 普段から比較的テンションは高い真歩であるが、ここまで声を張って目一杯楽しんでいる姿は見たことがなかったので、咲哉は思わず酔っ払っているのかと疑ってしまった。


「飲み物とお菓子は行き届いてるかぁ~~!?」


 再び真歩が呼び掛ける。同級生はそれに呼応する。


「「「おぉおおおおお~!!」」」


「ご近所迷惑になってないかぁ~!?」


「「「うぉぉおおおおおおおおおおおっ!!」」」


「よぉうしっ!」


 どこが良しなんだよ、とこのとき咲哉と詩織の心境は見事にシンクロしていた。しかし、そんな二人の心の中のツッコミなど知ったことかと、真歩は右手に持ったグラスを高々と掲げて叫んだ。


「じゃ、宴の開始だよぉ~! トリック・オア・トリートぉ~~!!」


「「「トリック・オア・トリートぉおおお!!」」」


 同級生らも共にグラスを掲げ、皆で一斉に飲む。咲哉と詩織も声は出さなかったが、たまにはこんなノリがあっても良いかと思って、互いに軽くグラスを打ち付けてからジュースを喉に流し込んだ。


 皆好き好きに集まったり談笑に耽ったり、中にはお菓子に夢中になって黙々と咀嚼することに専念する者がいたり……そんな様子を広い視野で、どこか他人事のように眺めていた咲哉。すると、隣に立っていた詩織が首を傾げる。


「どうかしましたか、咲哉君?」


「いや、こう眺めてると……」


 咲哉が苦笑いを浮かべながら、無言で詩織も見てみろという風に顎をしゃくったので、詩織は咲哉と同じ方向へ視線を向ける。すると、庭に出された丸テーブルや長テーブルの上にお菓子や飲み物が積まれていて、そこからゾンビやら警官やら何かの姫やら……色んな仮装をした人達が各々好きなモノを取っていって、仲良く話していた。


「カオスだな」


「ふふっ、確かに」


 ハロウィンだからまだオバケ関連で固めておけば良いものの、仮装……いや、コスプレなら何でも良いとばかりに世界観に一貫性のない集まりになっているため、もうぐちゃぐちゃのパーティーになっている。


(まぁ、そう考えたら詩織も赤ずきんで別にオバケじゃないが……ま、可愛いから良し)


 咲哉はチラリと隣に立つ詩織を盗み見て、一人納得する。ただ、やはり咲哉の方が一回り背が高いので、肩や鎖骨が露出した衣装を着ている詩織を見下ろすと、二つの胸の膨らみが生み出す狭間を覗いてしまうような形になって、咲哉は居たたまれない気持ちになる。


「……咲哉君、目がやらしいです……」


「あっ……」


 どうやら女性が自分に向けられる視線に敏感だというのはあながち間違っていないらしく、詩織は僅かに腕を持ち上げて胸の辺りに持ってくる。しかし、本人はそれが逆効果とわかっていないのか、腕で胸の膨らみが少し持ち上げられる形となってしまい、咲哉の目線からは谷間が一層強調されただけに見えてしまう。咲哉はスッと気まずそうに視線を他へ逃がしながら答える。


「しょうがないだろ……俺も男だ……」


「それは理解できますが、女の子はそういう視線に気付くんですよ」


「残念だったな。女子が気付いてる十倍くらいは見てるからな。男は」


 咲哉はなぜか得意気な笑みを浮かべて腕を組む。詩織はそんな咲哉に一瞬「うっわ……」とドン引きしたような表情を見せるが、すぐに目蓋を半分まで下ろして僅かに頬を赤くし、気恥ずかしさから口を尖らせながら言う。


「ま、まぁ……好きな人に見られる分には構いませんけどね……かえって全く見られないと、興味がないんじゃないかって不安になりますし……」


「へぇ、お前でもそんなこと思うんだな……てっきり『私に興味がないなんてあり得ません。人が私に興味を持つのは当然で必然です』みたいなスタイルかと思ってたんだが」


「な、何だか馬鹿にされてる気がしますが、まぁ否定はしません。私は客観的に自分の容姿が優れている……いえ、他を圧倒していると理解してますし」


「他を圧倒って……まぁ、その通りではあるんだが……」


「ですが、その……」


 詩織が恥ずかしそうに口をモゴモゴさせながら咲哉をチラチラと見る。


「す、好きな人に対しては別と言うか……絶対私のことに興味があるはずって頭では思っていても、もしかしたら私の過信なんじゃないかって不安になります……」


「詩織……」


 両手の間でグラスを挟んでクルクルと回しながら顔を赤くする詩織の頭に、気付けば咲哉は手をポンと乗せていた。


「さ、咲哉君……っ!?」


「不安にならなくて良いぞ。俺は詩織の全てに興味津々だし、詩織のことが大好きだから」


「ヒューヒュー! お熱いねぇ~?」


「「花野井」さんっ!?」


 突然背後から声が掛かり、咲哉は咄嗟に詩織の頭の上から手を退かし、詩織はコホンと咳払いをしてからすぐに平静を取り戻す。


「どうかなぁ、パーティー楽しんでる~? あっ、君達はパーティーがなくても二人でいれば何だって楽しめるもんねぇ~」


「何か用ですか、花野井さん」


 詩織が目を細めて警戒の色を現しながら、咲哉を背に隠すようにして真歩の前に立つ。もちろん自分が警戒されていることは百も承知な真歩は、わざとらしく不満げに頬を膨らませて言う。


「ちょっとちょっとぉ~、私が主催者でここも私の家なんですけどぉ~? 参加者に声掛けるのも自由でしょ~?」


「至極当然の意見ですね。なら聞き方を変えます。なぜそんなあざとい衣装で咲哉君の前に来たんですか?」


「あはっ、あざといかなぁ~?」


「元々あざといという概念が服を着て歩いているような貴女が、その上から新たにそんなあざとい衣装を纏っていたら、必然的にあざといでしょう」


 そんなことないよぉ~、と愉快に笑う真歩が、詩織の横から後ろに立つ咲哉に小首を傾げて尋ねる。


「ね、三神君。あざとくないよねぇ~?」


「いや、その仕草が既にあざといけどな」


「てへっ」


 真歩がチロッと舌を出してウィンクしてくるので、咲哉は素直に可愛いなと思いつつ見ていたら、急に冷風が吹いてきたと思ってそちらへ視線を向けてみると、詩織が一切のハイライトがない氷のような瞳を向けてきていた。


「詩織っ、俺は別に見惚れてなんか――」


「――罰ゲームポイント、一点追加です」


 改めて説明するが、咲哉が他の女子に目移りしていたかどうかを判断するのは詩織の独断と偏見。詩織がルールである。この決定に、咲哉は一切の異を唱えることも許されていないのだった。


「咲哉君、帰ったら楽しみですね……罰ゲーム」


「そ、そっすね……」


「ふふふふふ」


「あ、アハハハハ……」


 そんな二人のやり取りを見ていた真歩は、自分の衣装と詩織の衣装を交互に見てから曖昧な笑みを浮かべて呟いた。


「しおりんの方が悪魔衣装にピッタリっぽいなぁ」

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