第28話 ハロウィンパーティー!①
「咲哉君、着く前に一つ罰ゲームを決めておきましょう」
「ば、罰ゲーム?」
漆黒の天蓋に無造作にばら撒かれたような星の明かりの下で、腕を組みながらハロウィンパーティー会場である真歩の家に向かっている途中、詩織が咲哉にそう切り出す。咲哉が頭の上に疑問符を浮かべると、詩織が開いている左手の人差し指を立てた。
「会場で咲哉君が一人女の子に目移りするごとに、私は一つ咲哉君に何でも要求できる権利を得ます」
「め、目移りって……その判断基準は?」
「私の独断と偏見です」
「理不尽っ!?」
咲哉が驚きの声を上げると、詩織は「当然です」と澄ました顔で答える。
「彼氏の手綱を握るのも彼女の務めですからね」
「なら、公平にその罰ゲームは詩織にも適応されるからな?」
えっ? と詩織が目を丸くするので、咲哉はニヤッと悪戯を思い付いた子供のような笑みを浮かべる。
「お前が一人他の男子に目移りすれば、俺は一つお前に何でも言うことを聞かせられるってことだ」
「ふっ、誰に言ってるんですか? 難攻不落という私の二つ名をお忘れですか?」
そう言って詩織が足を止め、僅かに頬を赤らめた顔を咲哉に向けると、気恥ずかしさが拭えないままの笑顔を向ける。そして――――
「私を落とせるのはここにいる貴方だけですよ」
「っ……!?」
ドキッ、と自分の心臓が大きく跳ねたのを咲哉は自覚する。普段詩織が学校では見せることのないこの笑顔を自分だけが知っているんだなと思うと、この気持ちが独占欲や優越感から来るものだとわかっていても嬉しく思わずにはいられなかった。咲哉はにやけそうになるのを我慢するために口を手で覆う。
「あれ、どうしたんですか? もしかして照れちゃってます?」
詩織が悪戯っぽい笑みを浮かべながら顔を覗き込んでくるので、咲哉は「うっさい」と話を切り上げて詩織を引っ張るように足を進めた。
◇◆◇
「いや、いやいやいや……パーティー開ける家だからそこそこ大きな家とは想像していたが……」
これは想像以上だ、と咲哉は感嘆と驚愕、そして戦慄の音を漏らしながら、到着した真歩の家を囲う石壁と門の前で立ち尽くす。隣で詩織も「立派な家ですね」と感想を言っていたが、どこか淡白で平然としていた。
(まぁ、詩織のマンションもかなり立派だし、それを一人暮らし用に借りられるっていう実家も……)
咲哉はそこまで思ってから思考を中断した。詩織にとって実家について詮索されるのはあまり嬉しくないだろうと思ったからだ。
咲哉と詩織が門の前で立ち止まっていると、その奥に広がる広い庭の方から小走りな足音がどんどん近付いてきて、内側から門が開く。そこから姿を現したのは、仮装した真歩だった。
「ハッピーハロウィ~ン! 三神君にしおりん、ささ入ってぇ~!」
「おぉ……」
そう言ってにこやかな笑顔を作って出迎える真歩は悪魔衣装。亜麻色の髪の毛先を赤く染め、頭には角付きのカチューシャ。服は黒を基調としたドレスで、スカートは末広がりの膝上丈。いくら黒いタイツを履いているとはいえ、秋の深まったこの季節の夜にその格好は少し寒そうだったが、本人の気性の明るさが熱でも発しているのか、寒そうな素振りは窺えない。
ともかく、真歩の衣装はある程度の金額を使って買ったのだろう。安っぽさはほとんどなく、真歩も違和感なく着こなしていた。一言で言えば非常に蠱惑的で可愛らしかった。自然と咲哉の視線も向くわけで…………
「……はい、罰ゲームポイント一点」
「えっ!?」
真歩に促されるまま、門を潜って既に一部のクラスメイトやその他真歩の友人が集っている大きな庭に向かう途中、咲哉の左隣からそんな言葉がやや拗ねたような声色で呟かれた。
「い、いや詩織!? 俺は別に目移りなんか……」
「ふん、咲哉君の浮気者」
「えぇ……」
咲哉としては単純に、ただ客観的に見て真歩の仮装は完成度が高くて素敵だなと思っただけで、別に見惚れていたり目移りしていたわけではないのだが、罰ゲームポイントは詩織の独断と偏見により加算されていくため、咲哉に文句をいう権利は与えられていなかった。
(り、理不尽だ……)
そう心の中で呟く咲哉だが、自分の左腕に組まれた詩織の腕が解かれる気配はない。それどころか、ここに来るまでの道中より若干強く腕組みされている気すらした。そして、詩織の表情を窺ってみると、他の人もいるためかパッと見はいつも通りの飄々とした顔だが、咲哉の目にはしっかりとその表情に嫉妬や不満の色が滲んでいるのが映った。
咲哉は空いている右手で自分の顔を覆い、「くっ……!」と悶えるように俯く。
(けどっ、こういうところが可愛すぎる……っ!!)
と、詩織の魅力を目の当たりにして悶えていただけなのだが、その様子が詩織には苦しんでいるように見えて申し訳なさそうに眉をハの字にして慌てたように咲哉の顔を覗き込む。
「さ、咲哉君!? ご、ごめんなさい私が目移りしてるなんて言ったから……!」
「ん? ああ、いや。違うくて……」
咲哉は少し自分の顔が熱くなっているのを感じながら、詩織に照れ笑いを見せる。
「詩織もその……俺に嫉妬とかしてくれるんだなって思ったら、可愛すぎて……」
「なっ……ば、馬鹿なんですかっ!?」
私の心配を返してください……と詩織が呆れたように大きくため息を吐くので、咲哉は「ごめんごめん」と曖昧な笑みを浮かべながら謝るのだった。
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