第27話 ハロウィン仮装の準備②

 採寸するべく、咲哉は詩織の背中側からメジャーを持った手をゆっくりと回す。そして、手が詩織の脇の下から身体の前面部に来た瞬間――――


「ちょちょちょちょっと待ってくださいっ! どこから測りますかっ!?」


「あっ、た、確かに言ってから測るべきだよなっ!?」


 詩織は自分の身体を抱きながら顔を赤くする。黒髪の隙間から先まで紅潮した耳が覗いているので、背後に立っている咲哉にも恥ずかしがっているのがわかった。


「え、えっと……バストから……」


「~~っ!?」


「ほ、ほら! 一番やりづらいところを先に片付けておこうって思ってさ!? もうそこさえ終わればあとは普通に出来るし!」


「そ、そうですね……」


 詩織は自分の身体に引き寄せていた腕を下ろす。咲哉は「じゃ、測るぞ」と一言断ってから、再び腕を回す。そして、指数関数的に鼓動が早まっていくのを意識しないように心掛けながら、必死の思いでメジャーを胸の膨らみに回してから背中側まで戻してくる。そして、ふぅと一息吐いてからメモリを見て――――


「八十一……」


「咲哉君っ!」


「あっ、すまんつい口に……!」


 完全に気を抜いてしまい配慮しきれなかった咲哉に、詩織は「もぅ!」と腕を組んで怒る。しかし、咲哉が何度も謝るので、詩織は不満の色は残しつつも許すことにした。


「ま、まぁ、知られて恥ずかしいような体型はしていませんし。別にいいですけど……」


 次はどこですか、と詩織が再び咲哉に背を向けて立って尋ねる。咲哉は今測ったバストサイズをメモに書いてから答える。


「じゃあ、ウエストいこう」


「わかりました」


 あっさり了承する詩織。そして、咲哉もホッとしていた。


(よし、難関は突破した……他はもう恥ずかしがることはないな)


 と、思った矢先、詩織がスッと黒い肌着の裾をアンダーバスト辺りまで持ち上げた。キュッと締まった細く白いウエストが姿を見せる。てっきりこれも肌着の上から測るつもりでいた咲哉は、不意を突かれたように心臓を跳ねさせる。


「は、早くしてください……」


「お、おう……」


 咲哉は邪念を振り払うために頭を二、三度横に振ってから、メジャーをウエストに回して優しく締める。


「ひゃっ……」


「へ、変な声出すなよ……」


「う、うるさいですね! ちょっとヒヤッとしたんですよ!」


 折角邪念を振り払ったのに……と咲哉は心の中で文句を言いながら、メモリを見て「ほっそ」と声を漏らす。すると、詩織が恥ずかしそうにしながらもどこか得意げに言う。


「当然です。体型の維持に努力を怠ってませんから」


「ストイックだなぁ」


 特に他意はなかった。咲哉はまるで何か彫刻などの美術品に向ける好奇心のようなものに心動かされて、そのウエストに指で触れていた。


「んっ、ちょっ……咲哉君っ!?」


「あ、いや……綺麗だなと思って、つい……」


「も、もぅ……別に構いませんが、触るなら触るとそう言ってからにしてください……」


「え、触りたいって言ったら触らせてくれるってことですかね……?」


「そっ、それは……っ! と、時と場合と雰囲気に寄ります……」


(ふ、雰囲気って何ですかっ!?)


 詩織がどういう意図で言ったのかはさておき、健全な男子である咲哉は頭の中で色っぽく艶っぽいピンク色の雰囲気を想像してしまって、顔を赤くする。そして、紆余曲折を経てやっとの思いで詩織の採寸を終えて、メモ用紙にスリーサイズとその他必要な数値が記入されている。咲哉はそれを見ながら深くため息を吐いた。


(はぁ、やっと測り終えた……)


 年頃の男女でやることじゃないなと心の底から思いつつ、採寸が終わったことに安堵していると、詩織が咲哉の手に摘ままれていたメモ用紙を隠すように両手で覆う。


「あ、あんまり見ないでください!」


「いや、見ないと何も作れないって……」


「む、むぅ……」


 詩織はしばらく咲哉の手にあるメモ用紙を隠したままだったが、観念したように手を離す。しかし、机に置かれていた咲哉のメジャーを手に取ると、ビィーっと引っ張って不満げに頬を膨らませる。


「今度は咲哉君の番ですから」


「い、いや……俺のは適当でいいから……」


「ダメです。私が採寸します。さっさと脱いでください」


「ま、待て待て落ち着け。その手をワキワキさせるの止めろ? あと、詰め寄ってくるなぁあああ!」


 このあと咲哉は、上裸に剥かれて詩織に採寸されることとなった。ただ、自分が恥をかいた分今度は咲哉にと思った詩織であったが、あまり男性の肌に免疫がなかったのか、計測しながら顔を真っ赤に染め上げる羽目となった――――



◇◆◇



 およそ一週間が経過した。日曜日、ハロウィン。咲哉と詩織は真歩の家で開かれるというハロウィンパーティーに参加すべく、詩織の家で仮装衣装に着替えていた。


「よし、こんなもんかな……」


 咲哉は詩織のマンションの洗面所で、鏡に映った自分の姿を見ながらそう呟く。数千数百円で買った、よくある感じのヴァンパイアの仮装。それを、手芸用品店で買った布と自分の持つ裁縫スキルを合わせて安っぽさを消した衣装となっている。


 白いシャツにベロア生地で作ったワインレッドのベスト。首から胸元に掛けてスカーフが下ろされており、ズボンは黒いスラックス。そして、外側が黒で内側が赤い大きなマントを羽織るといった、王道の吸血鬼衣装だ。牙も付けようかと思ったが、口の中に違和感しかなかったので諦めた。


「詩織、着替えられたか~?」


 洗面所からリビングまで戻ってきた咲哉が、未だ閉じられた詩織の部屋に入るための扉越しに声を掛ける。すると、中からガラガラドスンッ! と色んなものが転げ落ちたかのような音が聞こえてきたので、咲哉は心配になり、「入るぞ……?」と言って恐る恐る扉を開けて顔をのぞかせた。すると――――


「いてて……」


 どこかに積んでいたと思われる大小厚み様々な本や小物が散乱している部屋の中心に、足を滑らせて転び、尻餅をついている詩織の姿があった。華奢な両肩が露出した白くボリューム感のあるブラウスと、深い赤色一色の膝丈程のスカート。咲哉の改造で裏地に黒いレースがあしらわれており、スカートの下から覗くように見えている。ウエストにはレザー風なコルセットが付けられており、ボリューム感のあるフワッとした衣装をその一ヶ所で引き絞っていた。


 ただ、転んでいる体勢が体勢なだけに、可愛らしいはずの衣装が妙に色っぽく映ってしまう。スカートは捲れ上がり、詩織の白くしなやかな脚を太腿辺りまで外気に晒し、露出した両肩や鎖骨のラインが妙に煽情的。


「だ、大丈夫か?」


 咲哉は変な気を起こさないためにも邪念を振り払って、尻餅をつく詩織に手を差し出す。


「ありがとうございます……」


 詩織は差し出された咲哉の手を取って立ち上がった。そして、よれたスカートを手で払って整え、改めて咲哉と向かい合う。すると、詩織が咲哉の衣装のスカーフに手を触れて、微笑みながら言った。


「なかなか似合ってますね、咲哉君。棺桶の中で寝てなくていいんですか?」


「生憎今宵は宴があるからな。おちおち寝てもいられんのだ……ってか、そう言う詩織も凄く似合ってるぞ。悪い狼に食われないよう注意しろよ」


 そう言うと、詩織は口許を手で隠してクスクスと笑う。


「咲哉君も、私が悪い狼に食べられないようにしっかりと守ってくださいね。まぁ――」


 詩織がツンと咲哉の胸を人差し指で突き、妖艶な笑みを浮かべながら言った。


「今さっき私の転んだ姿を見て、狼になりかけていた人がここにいますけど」


「べ、別に狼になりかけてはないぞ!?」


 ちょっとエロいなと思っただけで……と、咲哉は自分だけにわかるように心の中で補足しておく。


「ふふっ、本当でしょうか」


「ホントだって! ほ、ほら早く行かないと遅れるぞ。って、俺がせっかく作ったフード付きケープ忘れるなよ?」


「わかってますよ」


 詩織はベッドの上に置いてあった咲哉お手製の赤いフード付きケープを、衣装の上から肩に掛ける。元々この衣装には、赤ずきんの名の由来たる赤いフードがきちんと付いてはいたのだが、それが手の施しようがないほど安っぽかったため、咲哉が一から自作することになったのだ。


「あぁ……今更だが、ハロウィンの夜だからってこの格好で外を出歩くのは恥ずかしいな……」


「変に恥ずかしがってる方が余計恥ずかしくなりますよ。堂々としていればいいんです」


 そう言って詩織が咲哉の左腕に自分の腕を組ませてきた。


「し、詩織!?」


「これからパーティーなんですよ? 男性がエスコートしなくてどうするつもりですか」


「そ、そういうもんなのか……」


「そういうもんなんです」


 詩織がからかい混じりの笑顔を浮かべていたのは咲哉にもわかったが、こうして腕を組むのに悪い気はしないので、咲哉はこのままでいることにした。そして、二人並んでマンションを出て、事前に伝えられていた真歩の家まで歩いて向かうのだった――――

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