ホントウの恋人編
第26話 ハロウィン仮装の準備①
「ああは言ったものの、仮装衣装なんて持ってませんよ?」
真歩からハロウィンパーティーの招待を受けた日の放課後、一緒に咲哉のアパートに帰ってきた詩織がそう話を切り出す。咲哉は「そうなんだよなぁ~」と返事をしながら、キッチンに行って電気ケトルで湯を沸かし茶の準備をする。その間に、詩織はリビングソファーに腰を下ろしていた。
「けどまぁ、仮装衣装はネットでも売ってるだろうし、それで良いんじゃないか?」
「私もそう思って今調べたんですが、どれもあまりピンと来ないというか……安っぽいですね」
「ははは、そんなもんだって」
咲哉はそういうが、詩織は受け入れきれない様子でネットで売られている仮装衣装を映したスマホの画面を睨んでいた。
「どうせ仮装するなら、もっと完成度の高いものにしたいですね……」
「おぉ、流石は完璧主義であらせられる。俗な装束では満足できないと」
「当然です。やるからには全力でやる。それが私のスタイルです」
詩織は幼い頃から完璧を強制されてきたがゆえに、人前では完璧な人間を演じる癖がついている。それは本人にとってもストレスとなっていた。しかし、やるからには全力でやるというのは、完璧主義というよりかは詩織自身の性分なのだろうと、咲哉は思った。
(何事にも全力何だよなぁ。俺もちょっとは見習わないと)
基本省エネな行動を心掛ける咲哉は、そんな詩織にどこか眩しいものを見るような目を向けていた。すると、それに気付いた詩織が「ジロジロと何ですか」と半目を向けてきたので、咲哉は肩を竦めながら答える。
「いや、俺の彼女はカッコいいな~と思って」
「なっ、何ですか急に……」
「んで、そうやって照れるところは可愛い」
「~~っ!?」
表情の変化が激しい詩織を見て咲哉は可笑しそうに笑う。そして、電子ケトルで沸かしたお湯を茶葉を入れたガラス製のポットに注いで、自分と詩織用の湯飲みをトレーに乗せてリビングテーブルの上に置く。そして、ソファーに座る詩織の右隣に腰掛けた。
「あ、あんまりからかってると怒りますから……」
詩織は不満げに唇を尖らせてそう言うと、咲哉が入れてくれた茶を「あちち……」と呟きながら飲む。
(いや、本気でそう思ってるんだけどな……)
咲哉は茶を啜る詩織の横顔を見ながらそう思って口許を緩めていた。そして、先程詩織が言っていた仮装衣装をスマホで調べ、売っている衣装の画像を見ていく。
「まぁ、確かに安っぽさは否めんな……値段の割に、どれも……」
「でしょう? これなら仮装ではなく本物のパーティードレスを着て行った方が良さそうです」
パーティードレス? と咲哉は詩織の言葉にツッコミを入れたくなったが、詩織なら本当に持っていそう――というか持っているからこそのこの発言だと思ったので、そこに追及はしないでおく。
「これなら作った方が良さそうだな」
「えっ、作るって衣装をですか!?」
そんなことできるんですか!? と驚き顔を見せる詩織に、咲哉は今スマホ画面に映っている安っぽい仮装衣装を見せながら言う。
「俺裁縫も出来るからさ。でも、一から作るんじゃなくて、こういうのを買って改造していくって形にしようかなと。型紙作ってどうのこうのとかやる時間はないからさ」
「貴方……才能が家事に集約してますね」
取り敢えず衣装をどうするかの話が決まった二人は、まずはネットで衣装を購入することにした。咲哉はヴァンパイア、詩織は赤ずきんの仮装衣装だ。
そして、数日後の土曜日――――
真歩の家で開かれるというハロウィンパーティーを来週の日曜日に控えた咲哉と詩織は、ネット通販で購入した衣装と、あらかじめ手芸用品店で買っていた数種類の布を使って衣装を作るため、詩織の家に集まっていた。初めは咲哉のアパートで作業しようという話になっていたのだが、作業スペースは広い方が良かったので詩織のマンションということになったのだ。
ただ、いざ衣装作りを始めようとなったときに、一つ問題が生まれていた。
「採寸のことすっかり忘れてた……」
咲哉は自宅から持ってきたメジャーを右手に掴んで項垂れていた。もちろん採寸しなくても、元ある衣装に装飾を施す程度なら可能だ。しかし、それだと着用者にしっかりフィットする衣装にはならず、安っぽさが拭えないものになってしまう。
(それじゃあ、詩織は納得しないよなぁ……)
咲哉がチラリと詩織に視線を向けると、詩織は胸の前でキュッと右拳を握って口を噤み、頬を赤らめていた。採寸がどのような方法で行われるのかは理解しているようだ。そして当然、一人では難しいことも。
「えっと、どうする……? 身体にピッタリとは合わないかもしれないけど、採寸しなくても――」
「――それはダメです。折角布も買ったんですから、やれることはやりましょう」
「となると、採寸しないといけないわけだが……」
服の上からでも出来ないことはない。ある程度の誤差は仕方ないとしても、あとから服の厚みを差し引きして数値を出せばいい。しかし、やはり正確性を求めるなら裸とは言わずとも下着……いや、せめて肌着一枚くらいが望ましい。
「……少し待っていてください」
詩織はそう言うと一人自分の部屋に入って扉を閉めた。咲哉は頭上に疑問符を浮かべながら広いリビングで待つ。そして、数分後――――
「お、お待たせしました」
「一体何して――って、おまっ!?」
咲哉は振り返って部屋から出てきた詩織を見る。すると、黒い薄手の肌着とショートパンツだけというなかなか肌色の多い恰好だったために、咲哉は心臓を跳ねさせる。詩織は自分の黒い肌着を少し引っ張ってみせながら言う。
「こ、これくらいの厚みなら、採寸できますよね……」
「まぁ、そうだな」
ゴクリと喉を鳴らす咲哉の方へ、詩織が歩み寄ってくる。咲哉が目のやり場に困って視線を泳がせるので、詩織が頬を赤らめて言った。
「べ、別に普通にしてもらって構いませんよ……恋人なんですから、このくらいのことで恥ずかしがる必要はありません……」
「わ、わかった……」
咲哉は一度深呼吸をして精神を整えると、覚悟を決めて立ち上がる。そして、メジャーを手に言った。
「じゃ、じゃあ採寸するから後ろ向いてくれ……前からやったら、多分俺死ぬ……」
「わ、わかりました」
言われた通り咲哉に背を向けて立った詩織。咲哉は理性という名の欲望の檻の鍵を何重にも掛けてから、「よしっ」と気合を入れてゆっくりとメジャーを持つ手を詩織の身体に回した――――
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