第24話 テスト結果とご褒美②

「咲哉君、ちょっといいですか」


「ん?」


 咲哉は視線を手元のスマホから隣に座る詩織へと。向ける。詩織の頬が僅かに朱に染まっていた。詩織は「んんっ」と喉を鳴らしてから、制服のプリーツスカートを整える。


「失礼します」


「えっ、ちょ……!?」


 詩織は咲哉の頭に手を伸ばし、自分の太股の上に横倒しにする。戸惑う咲哉は気恥ずかしそうに頬を赤くして「どういう状況……?」と尋ねる。


「そんなに驚かなくても、初めてではないでしょう……膝枕……」


「いやまぁ、そうなんだけど……」


 確かに咲哉と詩織が付き合い始めた初日、詩織の家で一騒動あって気絶させられた咲哉は、目覚めたら詩織に膝枕されているという状況だった――ということもあった。


「まぁ、ご褒美です。咲哉君が頑張っていたことはよくわかっていますので」


「……でも、二十位以内には入れなかった」


 拗ねたような表情を浮かべる咲哉を見た詩織はフッと表情を柔らかくする。そして、男子にしては柔らかい咲哉の焦げ茶色の髪の毛に手櫛を掛けるようにして頭を撫でる。


「だからと言って、努力がなかったことになるわけではないですから。頑張った分のご褒美があっても良いでしょう?」


 そう言ってはにかんだ詩織が、自分の太腿の上に置かれた咲哉の顔に自分の顔をそっと近付ける。垂れる詩織の黒髪がカーテンのように咲哉を囲う。詩織は戸惑う咲哉に構わず、長めの前髪を手で持ち上げ、現れた咲哉の額に優しく唇を押し当てた。


「しっ、詩織……っ!?」


 咲哉はビクッと身体を強張らせる。そんな緊張は触れ合った箇所を通して詩織にも伝わる。咲哉は口をパクパクさせており、顔を持ち上げた詩織も耳を赤くして、自分の唇を指でなぞっていた。


「お、思ったより恥ずかしい……」


「する前に気付けよっ!?」


「そ、それより寛大な私からの特別な褒美なんですからね!? か、感謝くらい言ったらどうなんですか……!」


 ムッ、と頬を膨らませた詩織が、今キスした咲哉の額を人差し指でツンツンと突く。咲哉は赤くなった顔をこれ以上詩織に見せないために、寝返りを打って頭の向きを詩織の身体と反対側へ向ける。


「あ、ありがとうございます……」


 細々とした声でお礼を言われた詩織は、何だか恥ずかしがっている咲哉の姿が少し可愛らしく思えて、クスッと笑みを溢す。そして、このあとしばらく互いにむず痒い気持ちが落ち着くまでこの体勢を維持していたのだった――――



◇◆◇



 どうせならということで、咲哉は詩織の分の夕食も作り、一緒に空腹を満たした。夕食を食べ終えた頃には既に日が沈んで久しくなっており、外は暗く住宅街の街灯と各家庭から漏れ出る照明の光だけが夜道を照らしている。


「子供じゃないんですから別に送ってもらわなくても……って、この話テスト勉強していたときの帰りにもしましたね」


「俺の返答もそのときと変わらないからな。夜道を一人で帰せるわけないだろ? もちろん子ども扱いしてるわけじゃないが、詩織はほら……変質者に狙われそうだし……」


 詩織を家まで送り届けている途中、話の流れで咲哉は隣を歩く詩織の姿を見る。暗がりでも充分容姿が整っていることがわかる。


「まったく、咲哉君が過保護で困ります……」


 そんな言葉とは裏腹に、詩織はどこか嬉しそうに口許を緩めていた。そして、からかうような視線を咲哉に向けて首を傾ける。


「咲哉君は、私が誰か他の人に攫われたら嫌ですか?」


「え、何その質問……」


「いいから答えてください」


 頬を膨らませ眉を顰めることで不満を訴え掛けてくる詩織。咲哉はこそばゆい感覚に頭を掻きながら答える。


「まぁ、そりゃ嫌だろ……」


「どうして?」


「な、何なんだよさっきから……」


 そんな会話をしているうちに、詩織の住むマンションの前まで来てしまっていた。咲哉のアパートから詩織のマンションまではそう遠くないとはいえ、決して近所というわけでもない。それでも体感的にすぐ着いたように感じられたのは、互いに相手と過ごす時間が楽しく思えているからだろう。楽しい時間ほど、一瞬で過ぎ去っていくものだ。


「「……」」


 マンションに着いたというのに、詩織はエントランスに向かおうとしない。そして、咲哉も詩織に早くマンションに入るように言ったりもしない。沈黙の中で二人が向かい合っていた。


「……私は嫌ですよ? 咲哉君が他の人に攫われたり、取られたりするのは」


 先に沈黙を破ったのは詩織だった。一体詩織がどんな心境でそんなことを口にしたのか、咲哉には理解出来なかった。しかし、頭でわからなくとも、心が揺さぶられるような感覚を得た。詩織はそれだけ言って満足したように「では、おやすみなさい」と身を翻し、マンションのエントランスへと足を踏み出していく。


「っ、詩織!」


「――っ!?」


 気付けば咲哉は詩織の手を握って引き留めていた。自分でもなぜそんなことをしたのかはわかっていない。今日家で詩織にキスされて妙なスイッチが入っているせいなのかもしれない。しかし、咲哉は今の自分の行動の理由がどこに由来するかなんて考えるより先に、振り向いた詩織に言っていた。


「も、もう一回キス……したいって言ったら、怒るか……?」


 夜空のように美しい詩織の瞳が、大きく見開かれた――――

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