第23話 テスト結果とご褒美①

「あっ、そういえばもう一つあったんだった」


「何がですか?」


 誕生日プレゼントとして詩織にマフラーを渡してから、しばらくまたテスト勉強に専念していた詩織と咲哉。午後七時を回った辺りでお腹が空いてきたので、咲哉が作った夕食を食べたあと、こっそり買っていたケーキをデザートとして食べている最中、何か思い出した咲哉が自室から紙袋を取ってくる。


「これ、花野井からの誕生日プレゼント――」


「――ちょっと待ってください。何でそこで花野井さんの名前が出てくるんですか?」


 詩織の眉間に僅かにしわが寄る。咲哉は咄嗟に弁明を口にした。


「あっ、いや誤解しないで欲しいんだけど、お前の誕プレを買いに行く途中でたまたま花野井にあって、お前が誕生日だって事情を話したら手伝ってくれる流れになって……ああ、でも! 花野井にアドバイスは貰ったけど、そのマフラーを選んだのは俺だからなっ!?」


「……ふふっ、そんなに必死にならなくても、別に何かを疑ってるわけではありませんよ」


 事情はわかりました、と頷いた詩織に、咲哉は真歩から預かっていた紙袋を渡す。真歩に中を開けて見るなと念押しされているので、咲哉はその中身を知らない。


「なぜ花野井さんが私にプレゼントを……一体何でしょうか」


 気になる咲哉の視線の先で、詩織が紙袋を開けて中から物を取り出した。そして、その正体を理解した瞬間、咲哉思わず「ブッ――!?」と吹き出し、詩織は一瞬で顔を真っ赤にした。詩織の手が持つその布は、上下セットの下着だった。複雑な刺繍とレースがあしらわれており妙に煽情的なそれは、高校生が身に付けるにはまだ早いような……なかなか気合の入った一品だった。


 二人して固まっていると、詩織の膝から紙袋が床に落ちる。すると、中から一枚のカードが滑り出てきて、そこには手書きで――――


“いざというときに役立ててねっ!! By花野井”


 もちろんそのカードの文面の意味がわからない咲哉と詩織ではない。二人してカードに視線を注いだあと、ゆっくりと顔を持ち上げて互いに互いを見る。そして、詩織がキッと視線を鋭くさせて、自分の身体を腕で抱きながら言う。


「さ、咲哉君はこの中身を知ってて……ッ!?」


「んなわけないだろっ!? 絶対に開けるなって言われてて……こ、こういうことだったのか……!」


 咲哉はプルプルと肩を震わせて拳を握り込む。そして、聞こえるはずもないとわかっていながらも叫ばずにはいられなかった。


「は、花野井ぃぃいいいいいッ!!」


 このあと、二人の間に超絶気まずい空気が生まれるのは、もはや避けようのないことだった――――



◇◆◇



 詩織の誕生日から一週間。ついに二学期中間テスト期間が終了した。咲哉は詩織に勉強を見てもらったおかげで、これまでにはない手応えを感じていた。いつも通り一緒に登校してきた咲哉と詩織は、今日学年順位が張り出されるはずだと、校舎二階に上がったら真っ先に廊下の掲示板前までやって来た。既に登校してきていた生徒がちらほら見受けられ、張り出された二学期中間考査成績上位五十名の紙に視線を向けている。


「……お前の名前は見付けやすいな」


「まぁ、一番上に書いてますからね」


 やはり一位の欄には『水無瀬詩織』の名前があった。もはや見慣れた光景だ。次に咲哉は二十位以内に自分の名前があることを願いながら、一位から下に下に視線を移動させていく。そして、咲哉は一瞬ギュッと拳を握り込んだあと、力が抜けたように拳を解いた。


「咲哉君……」


 詩織が横から視線を向けてくる。咲哉は自嘲気味な笑みを浮かべた。


「二十三位……目標達成ならず、だな……」


「……」


 これまでテスト勉強に力を入れず、ただ自分の出来る範囲で何となしにテストに臨んでいた咲哉。しかし、今回は違う。不純な動機かもしれないが、学年順位二十位以内を目指して必死に勉強した。


(ま、現実そう甘くはない……ってことだな)


 この紙に名前を連ねている大半の生徒が、今までもコツコツと努力を重ねてきているはずだ。この成績にはそれだけの厚みがある。それを、たった一週間程度勉強したくらいで上位二十位に入ろうとした考えが甘かった――咲哉はひしひしとそう感じた。


「あはは、悪いな詩織。折角勉強見てくれたのに……」


「咲哉君、二十三位でも充分じゃないですか。これまでここに名前を乗せたことのない人がこの順位にまで登ってきたんですよ?」


「……でも、俺が欲しかったのは二十位以内だから……」


「咲哉君……」


 このあと時間は飛ぶように過ぎていった。省エネを意識してか、いつも気怠そうな雰囲気を纏っている咲哉だが、今日は朝礼から終礼まで常に心ここに在らずといった面持ちで、授業中の先生の話も右耳から左耳といった感じだ。それは、家に帰ってもそうだった。


(凄く落ち込んでますね……)


 そんな咲哉を放っておけず、一緒に咲哉の家までやってきた詩織は、リビングソファーに座って面白くなさそうにスマホを操作している咲哉の隣に腰掛けていた。そして、横目で咲哉の様子を盗み見ながら、この一週間の出来事を思い返す。


 二十位以内に入れたらキスをする――咲哉も一人の男子だ。そういえばある程度のやる気を引き出せるとは詩織も思っていたが、初めは本当にする気なんてなかったし、何なら二十位以内に入れるなんて想像すらしていなかった。しかし、実際こうして惜しいところまで結果を出していた。それは咲哉の努力が実った結果であり、詩織もいつも隣でその頑張りを見続けてきた。


(まったく、何でキスなんかのためにそこまで頑張って、ここまで落ち込んでるんですか……)


 詩織は短くため息を吐いた。


(ま、努力分のご褒美があっても良いでしょう)

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