第22話 彼女の誕生日を祝いたい②

 電車を降り、街にある大型ショッピングモールにやって来た咲哉と真歩は、何となしにエスカレーターに乗って上階に向かっていた。


「さて、来たのは良いもののマジで何買おう……」


「えっ、何にも考えてなかったのぉ!?」


 てっきりいくつか案があるものとばかりぃ~、と真歩が苦笑いを浮かべるので、咲哉は咄嗟に言い訳を並べる。


「い、いや考えはしたんだぞ!? けど、まず女子にプレゼントとか買ったことないし、そのうえ詩織が何を欲しがってるのかとか想像つかん……」


 詩織が特別何かにハマっていて物を収集しているとも考えづらい。かと言ってモノに無頓着というワケではないはずだ。これまで何度か咲哉は詩織の私服姿を見ているが、どれもお洒落で見た目に気を遣っているのがわかる。


「となると、服なのかぁ~? いや、でも好みでもない服を渡されても扱いに困るだけだろうし……」


「なら、何かアクセサリーとかはどうかなぁ?」


「アクセサリーは重くないか……?」


「えぇ、そんなことないと思うけどぉ。うぅん、他には……」


 真歩はしばらく思考を巡らせた。咲哉の言う通り、服となると本人の趣味嗜好をきちんと理解した上で選ばないといけない。何なら直接本人と買いに来るのが間違いないだろう。かと言ってアクセサリーは咲哉が乗り気ではない。となると――――


「あっ、これからどんどん寒くなっていくんだし、何か温かくなるものが良いんじゃない?」


「温かくなるもの……マフラー、とか?」


「うん、良いじゃんマフラー!」


「いや、でもまだ秋だしちょっと早くないか?」


「早くないよぉ~。店も季節を先取りして商品出してるだろうし、そうと決まったら早速見に行こうっ!」


 こっちこっち、と真歩がいくつかオススメの洋服店に咲哉を引っ張っていき、咲哉はその中からピンとくるものを探していく。そして、ある店で――――


「おぉ、これ凄く手触りが良いな……」


「あ~、カシミヤだねぇ。それなりに高いけど、ふわふわサラサラで気持ちいんだぁ~」


 咲哉はそのマフラーを手に取ってタグを確認する。


(に、二万三千円……)


 この手のファッション知識が全くない咲哉は、てっきりマフラーなんて数千円で買えるものとばかり思っていたが、その想像を遥か上回って文字通り桁違いの値段がそこに書いてあったので思わず喉を鳴らす。しかし、年に一度の誕生日。一応の彼氏として、咲哉の胸の中で祝ってあげたい気持ちが大きくなっている。


「ま、これにするか」


 そして、咲哉は真歩の意見を聞きながら色を選んでレジへ向かった。そのあと真歩が「私もしおりんに何か買おうかな~」と言い出し、一度咲哉と別行動となったが、再び戻って来たときには片手に紙袋を下げていた。


「はい、これ私からしおりんへの誕生日プレゼント。三神君勝手に開けて見ちゃだめだよぉ~?」


「見ないって。というか、自分で渡せば?」


「いいのいいの。三神君から渡しておいてよ」


「ま、まぁ、それでいいなら……」


「じゃ、私はこれでお先に~。しおりんのいないところで私と二人っきりって言うのもあんまり良くないだろうしねぇ~」


「え、ちょ――」


 咲哉が手を伸ばして引き留めるより先に、真歩は手を振って身を翻したあと、一人でどこかに消えていった。真歩本人はお詫びとしてプレゼント選びに付き合うと言っていたが、やはり咲哉としても今回真歩の存在は助かったので、心の中で一言お礼を言ってから、咲哉もショッピングモールをあとにした――――



◇◆◇



 後日、日曜日。今日は詩織の誕生日である。だというのにもかかわらず、詩織は今日も咲哉の家に来ており、リビングで咲哉のテスト勉強を見ていた。そして、既に午後四時。


(コイツ、完全に自分の誕生日忘れてないか……?)


「――で、ここの円の接線と弦の作り出す角度は、ここの弧に対する円周角と等しいので――」


(もしかして、詩織にとって誕生日ってあんまり特別な感覚なかったのかな。確かに前聞いた話的に、自分の誕生日を祝ってもらえるような家族じゃないし……)


「――と、計算すればこの角βは二十四度……って、こら! 私の話聞いてますか!?」


「――あっ、すまん聞いてなかった……」


 詩織が大きなため息を吐くので、咲哉は「悪い……」と頭を下げる。すると、詩織は意外にも怒ることはせず、むしろどこか寂しそうな表情を浮かべる。


「今日はどうしたんですか? 明日からテストだというのにあまり集中できていませんが……も、もしかして二十位以内諦めたんですか……?」


「え? あぁ、いやそれはないんだけど……」


 咲哉は少し気恥ずかしそうに頭を掻きながら尋ねる。


「その、今日が何の日か知ってます?」


「今日、ですか? えっと……私の誕生日ということくらいしか思い当たりませんが……」


「いやそれだよっ!?」


 咲哉は額を手で押さえる。どうやら咲哉の後半の予想の方が当たっていたらしく、詩織は自分の誕生日を覚えてはいるがそこに特別感を抱いていないのだ。


「一旦テスト勉強は中断だ」


「え、ちょ、どうしたんですか?」


 咲哉が「よっこらせ」と若者には似合わない言葉を口にしながら立ち上がると、一旦自室に行ってからリビングに戻ってくる。その手には、紙とリボンでラッピングされた小包があり、咲哉はそれを不思議そうな表情を浮かべる詩織に手渡す。


「えっと、これは……?」


「いや、今日お前の誕生日なんだから、普通に誕プレだよ」


「えっ、私咲哉君に誕生日言いましたっけ?」


「いや、メッセージアプリに誕生日登録してるだろ? それ見てさ」


 なるほど、と納得した詩織は手渡された小包に視線を落とす。


「まさか、咲哉君がプレゼントをくれるなんて思ってませんでした……開けてみても?」


 咲哉が「もちろん」とリビングソファーに腰を下ろして頷くと、詩織も咲哉の隣に座ってから手を動かし始める。リボンを解き、丁寧に包みを剥がしていく。すると、中からは昨日咲哉が選んだマフラーが姿を現す。ワインレッドとでも表現すべき落ち着いた色合いの赤だ。


「マフラー……それもこの手触り、カシミヤですね? た、高かったんじゃないですか?」


「そ、そうでもないぞ……?」


 二万三千円というのは咲哉にとっては余裕で『高い』という部類に入るが、ここはやはり少し格好をつけるために、これくらい大したことない風を装っておく。しかし、割と表情に出やすい咲哉は、完全に視線が斜め上に向いており、それを見た詩織がクスッと笑いを溢す。


「な、何だよ……」


「いえ別に? 私の誕生日プレゼントだというのに物を買ったんですか?」


「え、いや……そういう意味ではなくて――」


「――ふふっ、わかってますよ」


 詩織はそうやって少し咲哉をからかってから、マフラーを首に巻いてみる。カシミヤ特有の優しい質感が首周りを包み込む。そして、セミロングの黒髪がマフラーの厚みでふわりと持ち上がる。


「どうですか、似合ってます?」


「あ、ああ……凄く……」


 咲哉は思わず見入ってしまった。黒髪にワインレッドのマフラーという色の取り合わせもさることながら、それ以上に自分の送ったマフラーを巻いて微笑む詩織の姿に見惚れるなという方が無理な話だった。そして、咲哉の喉から零れ出た素直な言葉に、詩織はカァと顔と耳を赤くする。


「ば、ばかっ……そんな目を向けないでください……!」


「え、あ、あぁ……すまん」


 完全に詩織の姿に見入っていた咲哉はふっと現実に引き戻されたように目をパチクリさせて、気まずそうに後ろ首を撫でる。詩織は赤くなった顔をマフラーを持ち上げて口許まで隠す。そして、マフラーに声を籠らせながら呟く。


「でも、ありがとうございます……」


「え?」


「私、家族に誕生日を祝われるなんてことはなくて……いつの間にか自分自身でも誕生日に特別な感覚を抱かなくなってしまっていて……」


 詩織がマフラーで口許を隠したまま、咲哉に上目を向けた。


「でも、こうして貴方が祝ってくれて……嬉しいです」


「……っ!?」


 ドッと咲哉の心臓がこれまでにないくらいに大きく跳ねた。ギュッと胸が締め付けられているようで苦しい。変な汗が滲んでくる。そして、その見た目でなく、詩織という一人の少女にこう思わずにはいられなかった。


(か、可愛い…………)

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