第21話 彼女の誕生日を祝いたい①
「テストまであと三日……初めの頃に比べると正答率もかなり高くなってきましたね……」
金曜日の放課後、いつも通り咲哉の家のリビングで中間テスト勉強をしていた咲哉と詩織。詩織は咲哉のノートの丸の数を見て、感心すると共に咲哉のやる気の理由を知っている身としては呆れ半分混ざっていた。
「そりゃまぁ、学年順位二十位が掛かってるからなっ!」
「……いやらしい」
「いやっ、詩織の方から言ってきたんだが!?」
「そ、それはそうですけど……き、キスなんかのためにここまで頑張られると恥ずかしいというか……」
「いやいや、お前にとってはキスなんかなのかもしれんが、俺にとっては価値のあるものなんだよっ!」
人差し指をピンと立ててそう熱弁する咲哉に、詩織は「大袈裟な……」とため息を吐きつつも、いつも気怠そうにしているくせに自分の唇のためにここまで本気になる咲哉に、妙に胸がざわついた。しかし、それを咲哉に悟られるのは癪なので、詩織はコホンと喉を鳴らして気持ちを切り替える。
「それで、明日は土曜日ですが何時からテスト勉強始めますか?」
「あー、それなんだけど……」
咲哉は少し言いずらそうに曖昧な笑みを浮かべながら頬を掻く。
「明日はちょっと用事があって、勉強お休みしても良いか……?」
「へぇ~、サボるんですか?」
「ち、違うって。ちょっと用事がありましてですね……」
詩織はしばらく咲哉を半目で見詰めるが、「ま、別に良いですけど」と肩を竦めて微笑む。
「頑張りすぎても良くないですしね。休みも大切です」
「た、助かる……」
咲哉はホッと安堵の息を漏らして胸を撫で下ろす。そして再びペンを取ってノートに向き合いながら思う。
(よ、よし……これで明日買いに行けるな……)
咲哉はチラリと詩織の様子を窺う。今は自分の勉強をしているのか、有名な参考書の問題をスラスラと解いている最中だった。
(コイツ、明後日が自分の誕生日だって気付いてんのか……?)
◇◆◇
後日、土曜日――――
咲哉は明日に控える詩織の誕生日のプレゼントを探すべく、街に行くため電車に乗っていた。平日の通勤ラッシュに比べると圧倒的に人は少ないものの、それでも休日で人の行き交いが多い時間帯。電車もそれなりに混雑していた。
(さて、誕プレと言っても何を買えばいいのやら……って、ん?)
咲哉が悩みながら何かヒントでもないかと電車内を見渡していると――――
「ねぇ、君今日一人? どこ行くの?」
「高校生だよね? どこ?」
「うぅん……」
いつもはハーフアップにされている亜麻色の髪がポニーテールに束ねられているので一瞬誰かわからなかった咲哉であるが、よく見るとその少女が真歩であることに気付く。そして、真歩は同級生か少し上くらいの男二人に話し掛けられていて困ったような笑みを浮かべていた。
「連れいないならさぁ、俺らと一緒にどっか行かない?」
「い、いやぁ~、えっと……」
(流石に見てられないな……)
咲哉はため息混じりに席を立つと、乗客の間を「すみません」と断って通り抜けていきながら真野の傍までやってくる。そして、真歩と男二人の間に割って入って、真歩を背に庇うようにして立つ。
「すみません、俺の連れなんで」
「え、あぁー」
「やべっ、彼氏持ちか……」
二人は気まずそうな様子で離れていった。すると、背中から真歩の声が掛かる。
「あはは、ありがとう三神君~」
「いや別に。モテるっていうのも大変だな……」
咲哉は振り返って、座席に座る真歩の前につり革を持って立つ。すると、真歩が不思議そうな表情を浮かべて首を傾げた。
「それにしても、何で私を助けてくれたの?」
「え? 何でって……」
咲哉が返答に戸惑っていると、真歩が曖昧な笑みを浮かべる。
「ほら、私何度も三神君困らせちゃったしさぁ~?」
「まぁ、確かに……。でも、それとこれとは関係ないって言うか……知り合いが困ってるのを見て見ぬ振りするのは出来ないから」
「……そ、そっか」
「花野井……?」
真歩が少しの間を置いてから歯切れ悪そうに返事をするので、咲哉は変なこと言ったかなと少し不安になりながら視線を向けると、真歩がハッと我に返ったように手と頭を振る。
「えっ、あ……ううん。何でもないよぉ~、あはは」
「そうか?」
「うん、ほんとほんと」
なら良いんだけど、と咲哉はそれ以上の追求を止めた。真歩はバレないようにホッと息を吐いて気持ちを落ち着かせながら思う。
(あ、危ない危ない……なんか変にドキッとしちゃったよぉ……)
この間実の恋の話を聞いてから妙にその手のことに敏感になってしまっているな、と真歩自身もわかってはいる。平常心平常心……と真歩が調子を整えようとしているところに、
「そういえば、花野井って髪結んだりするんだな。一瞬誰だかわからなかったんだよ」
「あ、あ~、普段はハーフアップにしてるからね」
そこまで言って、真歩はいつも通りに少し咲哉をからかってみようと口角を吊り上げる。
「で、どうどう~? ポニテも似合うかなぁ?」
「ああ、似合ってると思うぞ。それに、普段見ないから新鮮で良いな」
「……っ!?」
てっきり咲哉は恥ずかしがって返答に困るかと思っていた真歩だが、意外にも素直に感想を言ってくるので不意を突かれる形となってしまった。いつもならこれくらいのことで何とも思ったりしないが、やはり変に意識してしまい、妙に鼓動が早まってしまう。
今の状態のままこの話を続けるのは不味いと判断した真歩は咄嗟に話題を切り替える。
「そういえば、三神君は何の用事なのかなぁ?」
「あぁ、えっと……明日が詩織の誕生日なんだよね……」
「へぇ、きちんと誕生日とか覚えてるんだ~」
「そりゃまぁ、一応彼氏だしな」
「あはは、でも別に好きだから付き合ってるわけじゃないでしょ?」
「……」
咲哉はピクリと眉を動かすにとどめ、真歩を警戒して黙り込む。すると、真歩が楽しそうに笑う。
「あはは、別に何か探ろうってわけじゃないから安心してよぉ。ただ、私の観察力はそういうのも見抜いちゃうんだよねぇ~ってだけ。何か理由があるんだろうけど、そこには触れないでおくよ~」
「……意外、だな」
「ん?」
「いや、今までのお前ならこういうときにどんどん懐に入り込んできたり、何か企んでたりしてただろ?」
「あっはは、人聞き悪いなぁ、もう~」
咲哉がジト目を向けてくるので、真歩は「ごめんごめん~」と平謝りする。
「けどまぁ、もう良いかな~。三神君、なかなかなびいてくれないし? もうかなりしおりんに毒されてるんだね」
「毒されてるって……」
「三神君ならいけると思ったんだけどなぁ~」
「……ってか、花野井って詩織のこと嫌いなのか?」
「ん、何で?」
「いや……正直に言うと、花野井って俺のこと好きなんじゃないかって思ってたんだ。ほら、実際かなり危ない誘い方までしてきたし。でも、バドミントンのときに、もしかして俺にちょっかい出してきてたのは詩織への嫌がらせになるからなんじゃないかって……」
そう、咲哉はあの体育の授業のときに感じていたのだ。真歩が詩織に向ける対抗心のようなものを。そして、真歩が咲哉に近付いてきた時期が、咲哉と詩織が付き合い出した時期と被っていることから、もしかしたら好きだから咲哉に迫ってきたのではなく、詩織への嫌がらせとして近付いてきたのではないかと思うようになっていた。
「ふぅん、意外とよく見てるんだねぇ~」
真歩がニヤニヤと笑みを浮かべる。
「それは、正解ってことで良いんだよな?」
「あはは、だったらどうする? ちょっと残念?」
「まぁ、もしかしたら好かれてるんじゃないかってなんだけど勘違いしてたことに恥ずかしくなるだけだ……」
「いやぁ、三神君を利用するような感じになって申し訳ないなぁとは思ってるんだよぉ? だから……」
スッと真歩が立ち上がって、咲哉の耳元で囁く。
「(お詫びに、私にシて欲しいことがあったら何でも言って良いよ?)」
「ったく、そういうところだって! 要所要所に変なアクセント付けて囁くな……」
「あっはは、ごめんってぇ~。三神君を元気付けてあげようと思ってねぇ?」
咲哉に押し退けられる形で再び席に腰を下ろした真歩が楽しげに笑う。
「でも、お詫びしたいのは本当だから……そうだなぁ~」
真歩はしばらく顎に手を当てて首を傾げる。いかにも考え事をしてますよといったポーズで思考を巡らせること数秒、真歩がポンと両手を叩いて言った。
「よしっ、このあと一緒にしおりんの誕プレ探しに行ってあげるよぉ~! やっぱり女の子のアドバイスがあった方が良いだろうしねっ!」
そんなわけで咲哉と真歩は、このあと二人で一緒に、同じ駅で降りることになったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます