第19話 恋への憧れ

「あ、あのっ……!」


「ん、どうかしたぁ~?」


 注文していたモンブランとココアが届いたので、それを二人で食べていた途中、口に含んでいたモンブランをゴクリと飲み込み、ココアで喉に流した実が前のめり気味に真歩に言う。


「その、花野井先輩ってやっぱりモテるじゃないですか」


「あっはは、どうだろ~」


 謙遜しないでください、と実が首を横に振る。実際、真歩自身も自分が学校でモテていることは知っている。というか、モテるように振舞っているのだから当然ではある。


「私、やっぱり諦めてくないんです……! 咲哉に彼女が出来ました。それも、飛び切り美人の。でも、彼女持ちの人を好きになったらいけないなんてことはないと思いますし、むしろ咲哉のことを好きな気持ちは水無瀬先輩に負けてないです!」


「ちょ、し、静かにぃ~! 気持ちはわかったからさ!?」


 ただでさえ甘いものを食べているのに、実の純心甘々な気持ちなど聞かされたら胃もたれしてしまいそうだった。おまけに、この時間帯客足はあまりないとはいえ、まったく客がいないわけではない。こんな話を聞かれたら顔から火が吹き出るなんてものではなかった。真歩は一旦実を落ち着かせる。


「はぁ……それで、どうするつもりなのかなぁ?」


「だ、だからっ、モテモテのモテである花野井先輩に、男を振り向かせる術を教えて欲しくてっ!」


「お、男を振り向かせる術ねぇ……」


 真歩はうぅん、と唸って首を捻った。実際真歩の中にはその答えがあるし、自分自身がそれを実行しているから現在学校で知らぬ者はいないといわれる程の位置についているのだ。しかし、あくまでそれは不特定多数の――誰にモテたいといったターゲットを決めず、万人に好まれるよう振舞っている方法であって、今の実りが欲しているような自分の意中の人を振り向かせる術ではない。もし、意中の人――それも既に彼女を持っている男子の意識を自分に持ってこさせるなら…………


「やっぱり、直接アプローチを掛けるのが一番かなぁ~」


「直接、アプローチ?」


「そ。シンプルに本人に好きって伝えるか、そうでなくとも相手に『自分のこと好きだろ!?』って思わせるとか。まぁ、手っ取り早くいくなら――」


 大きな声で言えることではないので、真歩がテーブルに身を乗り出す。実もそれを察して真歩との距離を詰める。すると、真歩が若干潜めた声で言った。


「寝取っちゃう、とか」


「~~ッ!?」


 ボンッ、と本当にそんな効果音が聞こえそうな勢いで実の顔が一瞬にして真っ赤に染まった。そして、口をパクパクさせるだけで何も言葉が出てこない様子。真歩はそんな実の様子を見て少し可笑しく思え、クスッと笑みを溢す。


「ちょ、ちょっと、私には難しそう……ですね……」


 実が熱くなった自身の顔を手で扇ぎながらそう言うと、真歩は肩を竦める。


「まぁ、手っ取り早く済ませるなら極論そういう手もあるってだけのことだから、そんなに気にしなくてもいいよぉ。あはは」


「う、うぅ……」


 再び残りのモンブランを口に運び始めた真歩を見て、実はどこか女としての格の違いを見せ付けられた気分になった。


(流石は花野井先輩……大人だなぁ……)


 このあと二人で少し他愛のない話をしたあと、連絡先を交換し、解散となった。そして、既に日が落ちて建物や街灯の明かりが街を照らし出している中、真歩は実のことを考えながら歩いていた。


(何て言うか、恋に本気って感じの子だったなぁ~)


 横断歩道の信号機が点滅し、赤に変わる。真歩は立ち止まって少し口許を綻ばせた。


(ちょっと、羨ましいって思っちゃった……)


 真歩は小さい頃から負けず嫌いだった。しかし、悔しいという感情を表に出して人に知られるのも、何かに負けた気がして嫌だった。だから、皆の前ではいつも余裕な態度を心掛けた。別に勝負ごとになんて興味はないと、アピールするように。けど、皆に見えないところで努力を重ねた。自分より人気者がいるのは許せない。自分が一番可愛くありたい。一番モテたい。勉強も運動も、負けたくない。


 そして、高校に入って、詩織と出逢った。


 容姿は他と一線を画して整っており、勉強も運動も完璧にできる。故に当然モテる。入学してから一週間足らずで五人に告白されたという噂すらあった。しかし、本人は全くそれを気にしていないように――自分の評価なんてどうでもいい、いや、誰よりも優れていることが当たり前であるかのように飄々としている。


 それが、真歩の闘争心を駆り立てた。


 しかし、いくら勉強しても各テストでの学年順位はいつも詩織が一位で自分が二位。スポーツテストも共にAバッチではあるが、内容は詩織の方が出来が良い。自分が皆に好かれるキャラを作り上げることによって勝ち得た周りから頼りにされる立ち位置も、詩織は己が実力だけでそこに立っている。


 届かない。遠すぎる存在。


 だから真歩は、何か一つでも詩織に勝る部分はないかと考えたときに、モテ具合だという結論に至った。詩織は美人でモテるが、その他に関心がないかのような態度が近寄りがたい雰囲気を生み出している。その点真歩は、誰にでも分け隔てなく接して常にオープンなスタイル。自然と真歩の方が男子を惹き付けていた。


 しかし、そんな詩織に彼氏が出来た。


 たった唯一勝っていると確信できた部分で、詩織に先を越された。恋愛などに関心はないと思っていたのに、自分より先に彼氏を作られた。では、真歩も彼氏を作ればいい。引く手数多で選択肢は無数にある。しかし、共に彼氏持ちになったところで同じ立場になるだけ。勝敗はつかない。だから、真歩は思い付いた。


 詩織の彼氏を自分が奪えば、それは詩織に勝ったということにならないだろうか、と。


(良いところまでいったんだけどなぁ~。三神君もなかなかに手強い)


 青に変わった信号機。真歩は再び足を踏み出し、横断歩道を渡っていく。


(三神君は別に本気でしおりんに惚れてるわけじゃない。ただ、美人な彼女がいるということに喜びを感じているだけ……)


 簡単だと思った。しおりんに気がないなら、なおさら真歩は自分に惚れさせられると思った。しかし、なぜか咲哉は頑なに真歩を受け入れようとしない。詩織のことはさして好きでもないはずなのに、なぜか詩織を思って真歩を拒む。何か、二人が恋人でなければならない理由があるのだろうとは察しが付く。


(でもなぁ、流石にそれが何なのかはわからないしなぁ~)


 そこで、咲哉のことを好きそうな実を詩織にでもぶつけさせれば面白くなると考えて、真歩は実に接触したわけだが。


(当のみのりんは、利用するのに罪悪感を感じちゃうほど、本気で三神君に恋してるんだよなぁ……)


 人が人のことを好きになる。その思いを、真歩は何度も見てきた。それは、自分が告白された回数とイコールで。しかし、その気持ちを自分が抱いたことはない。なぜなら、真歩の目的はモテること――それは、承認欲求を満たしたいからだ。


 けど、どうしてか純真な実の素直な気持ちをああやって聞いてしまうと――――


「何か、私も本気で恋……してみたくなっちゃうなぁ……」


 実の熱に当てられたな、と真歩は自嘲気味に笑う。でも、自分の気持ちに悩む実の姿を見て、本気でそう思ったのだ。


 恋してしまったら、悩みが出来て不安になって、もどかしくて焦燥感に駆られるのだろう。しかし、それらを含めた上で、恋に本気になるというのは楽しいことなんじゃないかと、真歩は思った。


「ま、相手がいないんだけどなねぇ~。あはは……」


 まだ、スタートラインにすら立っていないことに気付き、真歩は何だか可笑しくなって一人クスクスと笑みを湛えた――――

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