第18話 幼馴染の燃ゆる純情②

 放課後のチャイムが校内外に響き渡る。部活に向かう生徒や委員会がある生徒、そして帰宅する生徒と様々に人の流れが生まれる。そして、その中に――――


「コホン、咲哉君」


 いつも通り一緒に下校しようと共に下駄箱に立っていた咲哉と詩織。咲哉が自身の靴を取り出し、内履きと履き替えているときに、どこかわざとらしく咳払いをしてから詩織が話を切り出す。


「今日はその……これから特に用事とかあったりしますか?」


「ん? 別にないけど」


「そ、そうですか。実はですね、今日は何と言うか……咲哉君の料理を食べてあげても良い気分なんですよ」


 なぜかふんぞり返って腕を組んだ詩織がそんなことを言うので、咲哉は無言でジト目を向ける。そんな様子を見て、詩織は「あ、いや、そうじゃなくて……」と僅かに頬を赤く染め、自身の人差し指同士を絡め合わせながら上目遣いで言い直す。


「その……夕食を作って欲しい、です……」


「はぁ、最初からそう言ったらどうなんだ?」


「だ、だって! まるで私が咲哉君にすがってるみたいじゃないですか!」


「いや実際その通りだから。な、基本何でも完璧にできるけど料理はからっきしな詩織さん?」


「うぅん……」


 いつも詩織にマウントを取られてばかりなので、こういうときにやり返しておくのが咲哉のスタイルだ。そして、もう充分詩織の反応は楽しめたので、咲哉は軽く笑いながら歩き出す。


「ま、良いぞ。自分の作った料理を誰かに美味しいって言ってもらえるのは素直に嬉しいしな」


「あ、貴方こそ最初からそう言えばいいんですっ」


 詩織は不満げに頬を膨らませながら、先に歩き出していた咲哉の隣に小走りで追いついていった。そして、そんな二人が帰る様子を少し離れたところから眺めていた少女がいた。実だ。


(……最近、咲哉と帰ってないなぁ……)


 幼馴染より彼女を優先するのはおかしなことではない。むしろ、彼女をほったらかしにして幼馴染に構っている方が良くないだろう。しかし、そうとはわかっていても、実は二人が並んで帰る姿を見て唇を噛む。そして、咲哉と並ぶ詩織の後姿を見詰めながら思う。


(そこは、私の場所だったんだけどな)


 そんなことを考えながら、しばらく二人の姿を遠巻きに眺めていると、突然背中側から声が掛かった。


「ね、三神君のこと好きなのっ?」


「ふぇっ!?」


 いきなり声を掛けられたことにももちろん驚きはしたが、それ以上に誰にも話したことのない自分の胸の内の気持ちを言い当てられ、実は間の抜けた声を漏らして勢いよく振り向く。すると、そこには色素の薄い亜麻色の髪をハーフアップにし、愛嬌のある栗色の瞳を持った少女――真歩が立っていた。真歩のことをこの学校で知らぬ者はいない。直接面識はなくとも、当然実も真歩のことは知っているし、見掛けたこともあった。


「え、えぇっと……花野井先輩、ですよね?」


「私のこと知ってくれてるのぉ? 嬉しいなぁ~」


 戸惑いの様子を隠せない実に、真歩はにこやかな笑みを浮かべる。そして――――


「ねぇ、このあと暇ならちょっと付き合ってよ」



◇◆◇



 実はいまいち状況が掴めないまま真歩に連れられて歩くこと数分。学校から一番近くにあるファミレスにやって来ていた。店員に「空いているお席へどうぞ」と促されたので、二人は窓際のソファー席にテーブルを挟んで向かい合う形で腰を下ろした。そして、実が真歩と自分用にメニュー表を渡す。


「ねぇねぇ、みのりんは何にする~?」


「え、えぇっと……どれにしようかなぁ……」


 ここに来る途中で簡単に自己紹介を済ませていたが、早速あだ名で呼ばれたことに実は少々戸惑いながらも、これが真歩の距離感なのだろうと驚愕すると共に感嘆する。しかし、一度メニューのデザートのページに視線を落とせば、甘いものに目がない実は真歩に委縮していた自分などすっかり忘れて瞳を輝かせる。


「じゃあ、この季節限定の栗たっぷりモンブランと、飲み物はココアにします!」


「いいねいいねぇ~。じゃ、私も同じのにしよーっと」


 そう言って真歩がベルで店員を呼び出して注文を済ませると、「じゃ、早速本題だけど……」と興味津々と言ったような笑みを浮かべて実に尋ねた。


「みのりんって、三神君のこと好きなの?」


「んっ――ゴホッゴホッ!?」


 水を口に含んでいた実は思わずむせてしまう。そして、落ち着くまで少しの時間を置いてから、赤らんだ顔を真歩に向ける。


「な、何で急にそんなこと聞くんですかっ?」


「あっはは~。さっき学校の玄関で三神君のことをジッと見詰めてたから、もしかしたらそうなのかなぁ~ってね? ほら、私三神君と同じクラスで友達だし、気になるじゃん?」


「えっ、花野井先輩って咲――三神先輩とお友達なんですか!?」


「うん、そうだよぉ。一回だけだけど、家にもお邪魔したことあるんだから~」


 ふふん、と得意げに胸を張る真歩を呆然と見詰めて、実は心の中で咲哉に文句を言っていた。


(もう、咲哉ってば水無瀬先輩というとびきり美人な彼女がいながら、花野井先輩とまで関わってるなんて……! 節操なし! 変態! ハーレム王っ!!)


「で、で? どうなの?」


「え、えぇ……」


 真歩が逃がすまいと返答を催促してくるので、実は視線をあちこちに行ったり来たりさせるが、本能的に真歩に誤魔化しは効かないと察して、諦めたように白状する。


「まぁ……はい、好きです……」


「あはは、やっぱりねぇ~」


 うぅ……、と実は両手で真っ赤になった顔を覆って隠すが、真歩はさらに興味を示してくる。


「で、何で好きになったのぉ?」


「い、言わなきゃダメですか……?」


「だって気になるもぉん」


 実は不満げな視線で訴え掛けるが、真歩はニコニコと笑顔を湛えているばかりで逃がしてはくれない。実はため息一つ吐いてから話し始める。


「実は三神先輩とは、家も近くて幼馴染なんです……」


「えぇ!? 幼馴染だったの? え、それなのに三神君のこと名字呼びなうえに先輩って付けてるの?」


「あ、それは……ホントは咲哉って呼び捨てだったんですけど、まぁ、先輩って呼び方に変えたのも好きになったのと関係があって……」


「ほほう?」


「さ、最初は私も咲哉のことはただの幼馴染で、というか一個上の兄……みたいな感じに思ってて。物心ついたときには既に一緒に遊んでいましたし、ずっと一緒にいるから本当に血の繋がらない家族みたいで。でも、私が中二くらいのときだったと思います。私の友達が咲哉のこと優しくてカッコいいから好きって言い始めて……そのときに何か、素直にその友達の恋を応援できない自分がいることに気付いて、何でだろうって考えてたら……」


「自分が三神君に恋してるって知ったんだね?」


 真歩の言葉に、実は恥ずかしそうに首を縦に振った。


「一度自分の気持ちに気付いちゃったら、もうこれまでみたいに咲哉のこと見れなくて……だから、幼馴染で咲哉の妹分っていう立場から、一人の女の子として咲哉の恋人になるのも悪くないんじゃないかって思い始めるようになって。だから、高校に入ってからは咲哉に自分のことをこれまで通りじゃなくて一人の女の子として見て欲しかったから、呼び方も変えて……」


「なるほど……」


 真歩は静かに天井を見上げて、目蓋を閉じた。


(……もしかしたら、しおりんと絡めさせたら面白いことになるかなぁと思って話をしてみたワケだけど……)


 真歩はチラリと片目を開けて目の前の実の様子を窺う。すると、実は初めて自分の気持ちを人に話したようで「恥ずかしいぃぃ……」と呻き声を漏らしながら、両手で顔を覆っていた。


(この子があまりにも純粋すぎて、なんか罪悪感感じちゃうんだけどぉ……)


 真歩はどうしたものかと悩みだした。注文したモンブランとココアが運ばれてくるまで、二人の呻き声が絶えなかった。

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