第17話 幼馴染の燃ゆる純情①

 とある日の休み時間。校舎裏の駐輪場近くでその出来事は起こっていた――――


「く、来栖さんっ! ぼ、ボクとつつつ付き合ってくださいっ!!」


 黒縁の眼鏡をかけた黒髪の生徒が、おどおどしながらもそれを拳をギュッと握り込むことで押し止め、頭を下げる。そして、そんな少年の前に立つのは、栗色のミディアムヘアーと榛色の大きな瞳が特徴的な少女――実だ。


 実はうぅん、と困ったように眉を下げてから、曖昧な笑みを浮かべて言った。


「えっと……気持ちは嬉しいんだけどね。ゴメン!」


 実は童顔ながらも整った顔立ちをしていたり、起伏のある女性的な身体つきをしていたりと魅力的な少女だ。ただ、才色兼備で他を圧倒するような詩織や、天使のような笑顔を振りまく真歩といったような高嶺の花ではない。しかし、だからこそワンチャンあるかもと夢を抱く男子生徒に、こうして時々告白されるのだ。故に、割と断り慣れている。いつもなら今の一言でこの状況はお終い――のはずだった。


「ど、どうして……? どうして駄目なのっ!?」


「えっ?」


 黒縁眼鏡の男子が、肩を震わせて実に詰め寄る。実は驚きながら一歩後退るが、その男子がどんどん迫ってくるのでやがて校舎の壁に追いやられてしまった。


「く、来栖さんって、べ、別に誰とも付き合ってないよね……? じゃ、じゃあさ、試しに付き合ってみるくらい良いじゃん。付き合ってみたら、案外僕たち相性良かったりするかもだし……」


「ま、待って待って? 一旦落ち着こう? ね、取り敢えずちょっと離れてから――きゃっ!?」


 戸惑いの色を見せながらも、実は出来るだけ刺激しないように優しく宥めようと試みたが、失敗。男子生徒が実を逃がすまいと片手を壁につき、かなり至近距離まで身体を寄せる。


「ちょ、や、やめて欲しいかな……」


「っ……」


 実が怯えた表情を見せる。腕を胸の前で抱き、視線を背ける。しかし、どうしてかその仕草一つ一つが嗜虐心をそそる。純心で穢れを知らない少女が嫌がる姿。それが何か、逆に汚してみたいというドロッとした欲望を引っ張り出した。


「だ、誰も見てないし……」


「い、いや……いやぁ……!」


 普段は大人しいだろうその男子生徒の鼻息が荒くし、実を見下ろす。視線を舐め回すように実の頭、顔、そして皆より一回り大きいい胸へと滑らせ、壁についていない方の手を恐る恐る持ち上げて、実の胸の膨らみへと伸ばしていき――――


「はいは~い、そこまでな」


「――ッ!?」


 気怠くどこか面倒臭そうな口調で声が掛かり、男子生徒は慌てて声のした方に振り向く。すると、そこには焦げ茶色の髪と瞳を持つ少年――咲哉が立っていた。男子生徒は咲哉の首元から垂れる赤色のネクタイを見て、一学年上の高校二年生であることを察してたじろぐ。


「実、こっち」


「う、うん……!」


 咲哉が手招きすると、今にも泣き出しそうにしていた実が安堵したような表情を見せて駆け寄ってくる。咲哉は一言「怖かったな」と宥めて、実を自分の背に立たせる。そして、男子生徒に向かって口を開く。


「えっと、俺とコイツは幼馴染で……まぁ、実は俺の妹みたいな存在だ。そんな実を好きになってくれるのは嬉しいし、告白するのも自由だ」


 だが――と咲哉は半音下がった硬い声色で、少しの睨みを利かせながら言う。


「今お前が実にしようとしていたことは見過ごせない。許可なく実に触れるな。次同じようなことをしてるとわかったら、俺は絶対にお前を許さないからな」


 どこか殺気染みたものすら感じさせる雰囲気を纏っている咲哉。男子生徒はそんな咲哉の気迫に耐えかねて、一歩、また一歩と後退ったあとに脱兎の如き勢いで逃げ去っていった。その男子生徒の姿が見えなくなってから、咲哉が呟く。


「ま、これだけ言っておけばもう大丈夫だろ」


「さく……先輩……」


「いや、わざわざ呼びにくい方で言い直さなくていいよ! 幼馴染なんだから普通に名前で呼べよな」


 いつもならここで実が謎の先輩予備に対するこだわりを熱弁してくるところだが、今のこともあってかそんな元気はない様子。咲哉は安心させるように顔を綻ばせながら、実の頭にポンと手を置いた。


「また何かあったら俺に言え? 絶対助けるから」


「……あ、ありがと」


 実は咲哉に顔を見せないように俯いた。なぜなら、その顔は今真っ赤に染まり上がっていたからだ。


(なんで……何でこんなに優しくするの!? 折角諦めようとしてたのに、こんなことされたら好きになるに決まってるじゃんっ! ばかぁ……!)


 実は恥ずかしさで悶えそうになるのを必死に身体を強張らせて耐えるが、それが咲哉にはまだ脅えが残っているように見えて、傍に寄り添い続ける。


(昔もよくコイツが泣いたときはこうやって慰めてたなぁ……)


 終いには、そんな思い出を懐かしんでしまう咲哉だった。


 そして、そんな一部始終を校舎二階の廊下の窓から見下ろす人影があった。真歩だ。呆れたような表情を浮かべつつも、どこか楽しげだった。


「あちゃ~、すれ違ってるねぇ。三神君って鈍いところあるからなぁ~」


 誰にでも分け隔てなく接し、高いコミュニケーション能力と人間観察力を持つ真歩には一目瞭然だった。窓越しなうえ高低差もあるせいで声は聞こえない。そのため咲哉と実がどういう関係性なのかは定かでないが、咲哉は実を保護対象として、実は咲哉を異性として好ましく思っているのは見抜けてしまった。


「あはっ。こんな面白そうなこと、放っておけないよねぇ~」


「ん、真歩ちゃんどうしたの? 何が面白いって?」


 廊下の窓から景色を見ていた真歩のもとに、二人組の女子がやって来て声を掛けてきた。真歩はそちらに振り返って、無垢な笑顔を作る。


「ううん、何でもないよぉ~。それより、私に何かあった?」


 真歩は自然に話題を逸らし、万が一にでも自分の見ていた景色を二人に見られないようにする。すると、もう一人の女子が「そうそう、今話してたんだけどね――」と口を開き、放課後真歩を遊びに誘う。いつもなら友人の誘いを断ったりしない真歩だが、今日の放課後の予定は既に自分の中で決まってしまっていた。真歩は「あぁ、ゴメン!」と顔の前で両手を合わせて、片目を閉じる。


「今日はちょっと用事あるんだ~。また誘ってね?」


「あ、そうなんだ! じゃ、また今度遊ぼうね!」

「またね~、真歩ちゃん」


 女子二人は再び廊下を歩いていく。真歩は再びチラリと窓の外の景色に視線を向け、実の姿を捉えて心の中で呟く。


(……放課後に会おうね)

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