第16話 激闘、美少女!!
「えぇっと、五ポイント先取くらいで良いか?」
コートの端に立って審判をすることにした咲哉が、それぞれコートに入った詩織と真歩にそう尋ねる。
「ええ、問題ありません」
「いいよぉ~」
詩織は首を縦に振って、真歩は笑顔とピースを作って了解の意思を示す。そして、シャトルを持っていた詩織が先にサーブの体勢に入る。ネットを隔てて両者が一瞬視線をぶつけ合い――――
シュパッ!
詩織がフォアハンドからの見事なロングサーブを放つ。シャトルは高い放物線軌道を描き、相手コートぎりぎりの位置を目掛けて飛んでいく。しかし、既にコートの端まで下がっていた真歩が、問題なくシャトルをラケットに捉え、ロビングで返す。
シュパァン――シュパァン――シュパァン――シュパァン、としばらく互いに綺麗なフォームでロビングを打ち合いながら、隙を窺う。そして、先に動いたのは真歩だった。これまでの流れ通り頭上のやや斜め前辺りでシャトルをロビングで打ち返すと思いきや、ラケットを振り抜かずに軽く当てるにとどめる。バドミントン部顔負けのドロップショットだ。
しかし――――
「そろそろだと思ってましたよ――」
不意をつくショットかに思われたが、詩織は予想通りとばかりにコートの前の方に移動してきており、落ちてくるシャトルを擦り上げるようにしてリターン。ヘアピンだ。よろめくように持ち上がったシャトルは、ネット擦れ擦れを越えて、真歩側のコートに落ちた。
「あはは、やるねぇ~。不意を突いたつもりだったんだけどなぁ~」
コートに落ちたシャトルをラケットで巧みに拾い上げながら、真歩が楽しそうに笑う。詩織はサッと黒髪を手で払いながら毅然と答える。
「性格の悪い貴女のことです。こういうことをしてくると思ってましたから」
「えぇ~、私性格悪くないよぉ~?」
可愛らしく小首を傾げながらそう否定する真歩だが、見るものが見たらその浮かべられた笑顔の裏に暗いものがあることがわかるだろう。
そして、今度は真歩がサーブ。バックハンドからのピンサーブ。ネットぎりぎりを、シャトルがコートと平行な軌道を描いて素早く飛ぶ。実に攻撃的なサーブだ。詩織はそれをドライブで返し、今度は反対方向にコートと平行にシャトルが飛ぶ。そして、それを真歩もドライブで返す。
先程のロビングのラリーよりも圧倒的に速いテンポでシャトルを打つ音が小気味よく響く。同じドライブでも、互いに相手を左右に揺さぶったりしながら、相手の嫌なところへ嫌なところへとシャトルを打ち込んでいく。そして、詩織の放ったドライブを真歩が返そうとしたとき、失敗してラケットのフレームに当たってしまいリターンミス。再び詩織に点数が入り、これで二対〇。
「あちゃ~、ミスっちゃったか~」
今度はそちらがサーブだという風に、真歩が自分コートに落ちたシャトルをラケットですくいつつ、手で触れることなくネットの下からシャトルを詩織に放る。詩織はそれを余裕な態度を崩さず、ラケットにふわりと受け取った。この些細なシャトルの受け渡しだけでも、二人の技量が窺える。
「もう良いでしょう。貴女の動きが良いのは認めますが、私には届きません」
「ちょっとちょっと~、二点先に取ったからって勝った気になるのはまだ早いんじゃないかな~?」
「……そうですか」
では実力で黙らせるだけです、と言わんばかりの雰囲気を纏った詩織が、バックハンドに構える。そして、ショートサーブを打ち出した。これを大きく跳ね上げて返すと、詩織にスマッシュを決められるとわかっているため、真歩はコンパクトにリターンする。そこから、しばらく二人のネット際での競り合いのようなラリーが始まった。
そして、途中、真歩が詩織にだけ聞こえるくらいの声量で喋り始めた。
「しおりんってさ、何で好きでもない三神君を自分の傍に置きたがるのぉ?」
「……ゲームに集中した方が良いんじゃないですか?」
詩織が聞く耳を持とうとしないが、真歩は続ける。
「あ~あ、三神君かわいそ~。しおりんがいなかったら、一昨日私と気兼ねなくイイコト出来たのに」
「……」
ネットを行き来するシャトル。真歩の口から放たれ続ける言葉。そう、真歩は探していたのだ。詩織の動揺を誘える、心に刺さる言葉を。そして――――
「しおりんが三神君を縛ってるんだよ」
「……ッ!?」
一瞬だった。ほんの僅か一瞬、詩織は動揺を見せた。しかし、このネット際の繊細なラリーにおいては、充分過ぎるほどの動揺だった。ラケットのコントロールを誤り、シャトルを打ち上げてしまう詩織。真歩はそれを待っていたという風に角度の利いたスマッシュを打ち込む。シャトルは詩織側のコート後方を叩いた。
そこから流れは完全に真歩のものになった。続けて一点返し、二対二の同点に。そして更に真歩が一点を追加し、今丁度詩織がラケットでシャトルを捉えられずに空振りしたことで、二対四。真歩がリーチを掛けた。
咲哉は突然詩織が調子を崩したことに違和感を覚えていた。
(ラリーのときに、何か喋ってたよな……)
最初詩織が二点を取った時点で、咲哉は詩織の力量の方が真歩の実力より勝っていると確信していた。それが、急に流れを真歩に持っていかれた。ネット際のラリーで失点してからだ。
(……余計なお世話かもしれないが)
咲哉は今まさにサーブの体勢に入ろうとしていた詩織を手で制し、一旦ゲームを止める。そして、周りで観戦していた生徒――主に女子生徒に向けて少し張った声で尋ねる。
「すまん、誰かヘアゴム持ってないか?」
すると、生徒らが騒めく中で、一人の女子が「あ、私一つ余分に持ってるよ」と腕に付けていたヘアゴムを咲哉に渡してくる。咲哉はその女子に一言感謝を伝えてから、それを持って詩織のもとまで行く。
「……何ですか」
詩織は不機嫌そうに咲哉を見詰め、低く唸った。
「どうしたんだ、お前らしくもない。途中からフルボッコにされてるぞ」
「余計なお世話です」
「はぁ……まぁ、良いけど。はいコレ」
咲哉は女子から借りたヘアゴムを詩織に差し出す。詩織はそれを怪訝に睨む。
「髪、動くのに邪魔だろうと思って。それから、どうせ花野井に俺のことで何か言われたんだろ? そんなの気にするな。言いたいことは割とハッキリ言うタイプの俺が、特に詩織に何も言ってないってことは、別に不満に思ってることはないってことだ」
「咲哉、君……?」
「このあと俺とも打ってくれよな」
咲哉は詩織の手にヘアゴムを握らせてから、ネットの端まで戻る。詩織はそんな咲哉の背中を見詰めたあと、僅かに口許を綻ばせてから一度ラケットをコートに置いた。そして、受け取ったヘアゴムで髪を一つ束ねにし、ポニーテールを作る。健康的なうなじが外気に晒される。詩織は二、三回頭を振ってポニーテールが解けないかを確認してから「よし」と言ってラケットを拾った。
「なになに? 三神君に励ましてもらったのかな~?」
「まぁ、そんなところです」
詩織はそう答えながら咲哉に視線を送る。咲哉は少し恥ずかしくなって顔を逸らし、「んんっ!」と喉を鳴らした。
「いきますよ、花野井さん」
「いつでもどうぞ~」
「そして、宣言します。もう貴女がポイントを取ることはありません――」
そんな詩織の宣言が現実となったのは、ほんの二、三分後だった。完全に調子を取り戻した詩織は緩急のを利かせたショットで真歩を翻弄し、隙が生まれた瞬間に鋭利なスマッシュを叩き込んだ。
五対四。結果だけ見れば接戦に思も見えるが、真歩では調子を戻した詩織を相手にするには力不足だったというのが真実だ。
「いやぁ~、負けちゃったなぁ~」
五点先取マッチが終わったあと、真歩は清々しい笑顔を浮かべて言った。
「でも、ちょっと意外だったかなぁ。しおりんって、何でも淡々と完璧にこなすまるでお人形さんみたいなイメージあったけど、今回はかなり必死だったね~?」
笑顔を崩さずとも、悔しいものは悔しいのだろう。せめてもの攻撃だというように、真歩が詩織に一見可愛らしくもその実は挑発するような笑みを浮かべてそう言う。その言葉を受けて、詩織は「当然です」と答える。サッとヘアゴムを外しポニーテールを解くと、宙に艶やかな黒髪が流れる。湿った髪から細かな汗の雫が散り、体育館の照明を浴びてキラッと輝いた。
「彼氏の前で良いところを見せようと努力するのは、そんなにおかしなことですか?」
「ちょ、詩織……っ!」
終いには咲哉に微笑みを向ける詩織。咲哉は不意を突かれたように心臓を跳ね上げさせ、顔にどんどん熱が溜まっていくのを感じる。
「み、三神てめぇ……!」
「羨ましすぎるぞごらぁあああ!!」
「何で三神なんだよぉ~~!?」
「死ねッ! マジで死んで俺に水無瀬さんを譲れッ!」
「へへへ……夜道には気を付けるんだな。へへへ……」
そんな男子生徒達の恨み辛みの言葉の嵐と、女子生徒らの「きゃぁぁあああッ!!」といった黄色い歓声が体育館中に響いた。
そして、このあと当初の予定通りゲームを制した詩織とバドミントンをすることになった咲哉であるが、やたらシャトルを身体に喰らい、文字通りズタボロになったのだった――――
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