第15話 難攻不落の美少女と魔性の美少女②

 キュッ、キュキュッ、と体育館のいたるところでシューズのグリップが利いた音と、バシュッと小気味良くキレのある打撃音が鳴り響いている。そう、現在は体育の授業の最中。咲哉が所属する二年一組は、バドミントンを行っていた。


 初めは体育の先生の指示通りグループを作り、その中でメニューをこなしていたが、ほとんどのグループが一通りメニューを終えたため、グループ内またはその垣根を越えて中の良い者同士で気ままにラリーやゲームをしている。


 咲哉も友好関係は狭いが友達がいないわけではない。自分のグループのメニューが終わったため、誰かと簡単にゲームでもしようかと辺りを見渡していると――――


「――だーれだ」


 突然背後から手を回されて視界を奪われた咲哉。背中に何か柔らかい膨らみが当たっている感触と共に、汗をかいているとは思えないほど仄かに甘く良い香りが鼻腔をくすぐってきて、ドキリと心臓が跳ねる。咲哉は驚きながらも、その聞き覚えのある声――というか今朝も聞いたばかりの声の主の名を呼ぶ。


「ちょ、花野井突然何だよ……!?」


「あっはは~、正解!」


 正体を見破られてもなお楽しそうに笑った真歩が、咲哉の顔から手を離す。咲哉は視界を取り戻したところで呆れた表情を浮かべて振り返った。


「あのなぁ……お前のソレ、彼女持ちの男子に接する距離感じゃないから」


「何か前にも似たようなこと言ってたね~。でもほら、私距離感とか気にしないからさ~」


「間違いなく気にした方が良いぞ」


「ん、何で?」


 真歩はそう尋ねながら、咲哉にグッと顔を近付けた。そして、一度舌なめずりをして唇を湿らせると、人をからかう小悪魔のような笑みを浮かべて言う。


「三神君が起こしそうになるから~?」


「い、いや……」


 咲哉の脳裏に一昨日の光景――理性を刈り取られて、本能のままに、欲望のままに真歩をベッドに押し倒してしまった自分の姿が過る。咲哉は気まずい表情を浮かべて真歩から視線を逸らした。


「そこまでです」


「あいたっ」


 いつの間にか真歩の後ろに立っていた詩織が、呆れた視線を向けながら真歩の頭頂部にバドミントンラケットをコツンと当てる。真歩は可愛らしい反応を見せながら咄嗟に頭を押さえて振り返る。


「もぉ~う! しおりん、痛いよ~!」


「貴女がしつこいからです。むやみに咲哉君に近付くの止めてもらっていいですか」


 詩織が半目を向ける先で、真歩が「えぇ……」とわざとらしくドン引きして見せて、自分の両肩を腕で抱きながら言う。


「しおりん、それは重いよぉ……」


「貴女が軽いので仕方ないでしょう」


 すん、と顔を澄ませた詩織は、真歩の横を通り過ぎて咲哉の腕を掴む。そして、「私とゲームでもしましょう」と言いながら、半ば強制的に咲哉をこの場から遠ざけようとする。しかし、それをみすみす見逃す真歩ではなかった。


「えぇ~、ちょっと待ってよしおりん。先に私が三神君に予約入れてたんだよ~?」


 割り込み禁止ぃ~、と頬を膨らませながらブーイングを投げ掛ける真歩に、咲哉は内心で「そうだっけ?」と首を傾げる。その言葉を聞いた詩織が足を止める。そして、咲哉に視線を向けて尋ねた。


「咲哉君は私と花野井さん……どちらとやりたいですか?」


「えぇっと……」


「もちろん私だよねっ、三神君?」


 真歩が詩織とは反対方向から咲哉の腕を取って自分の腕を絡める。そして、ぱっと見で詩織より勝っている部分――すなわち女性的なたわわな実りを軽く当てる。


「ちょ、花野井……!」


 制服ならまだしも、今は体操服だ。圧倒的に生地が薄くおまけにストレッチ素材なものだから、その柔らかな感触はほぼダイレクトに咲哉の左腕に伝わる。一昨日のあの状況と違って変な気は起こさないものの、咲哉も一人の健全な男子。この状況で平静を貫けるわけもなく、戸惑いと共に恥ずかしさから顔を紅潮させる。


「……咲哉君っ」


「あいっ、ててて……!」


 もちろん真歩が咲哉に自分の胸を当てて誘惑していることに気付いている詩織。しかし、それより咲哉が真歩に少しでもドキッとさせられてしまっていることが気に食わず、咲哉の足を自分の体重を乗せて踏む。


 そして、そんなただならぬ状況に、自然と他の生徒の視線を集める。学校で知らぬ者はいない二人――頭脳明晰で容姿端麗といった才色兼備な難攻不落の美少女と、誰にでも分け隔てなく優しく接する天使のような美少女。そんな二人が、一人の男子をまるで取り合うかのようにしているのだから、注目されるのは必然であった。


「で、咲哉君。どっちとやるんですか?」


「三神君は私とりたいよね~?」


「おい花野井、なぜ妙なところにイントネーションを付けた……」


 咲哉がジト目で睨むが、真歩はニコニコ顔のまま首を傾げて知らんぷり。そして、両者から選択を迫られた末――――


「……ふ、二人がゲームして、勝った方……ってのはどう、でしょうか……?」


 もちろん咲哉としては詩織を選びたかった。しかし、この二人のプレッシャーに板挟みにされて切迫した状況でどちらかを選ぶ勇気は持ち合わせていない。もしここで素直に詩織を選び、周囲の生徒の視線がある中で真歩を省いてしまったりしたなら、仕返しにこの先どんな悪戯を仕掛けられるかわかったものではない。そういう懸念を考量するなら、この選択が最適解とも言えなくはなかった。


 咲哉の答えに、詩織と真歩が無言のまま互いに顔を見合わせる。そして――――


「まぁ、良いでしょう」


「うんっ、それでいいよ~」


 詩織は澄まし顔で、真歩はにこやかな笑みを浮かべて見合った。表向きどちらも平然としているように見えるが、両者に挟まれている咲哉にはわかる。二人ともから殺気に似た覇気をガンガンぶつけ合っている。


「実は私バドミントン割と得意なんだよねぇ~。しおりんには悪いけど、三神君と打てるのは私になりそうかなぁ~」


「ふっ、相手を見てものを言った方が良いですよ。な程度で私に勝てると本気で思ってるなら、抱き締めたくなるほど哀れですよ?」


「あっはは~」


「フフフ……」


 咲哉はそっと二人の間からフェードアウト。そして、事の発端ではあるので責任を取って審判くらいはしようと思ってコートのネットの横に立つ。そして、人知れずコン、とネットの支柱に額をぶつけた。


(頼むから仲良くしてくれ…………)


 ひしひしと、そう願った――――

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