第12話 突然の初デート

(一応言われた通り来たものの……一体何なんだ?)


 咲哉は今、詩織の住むマンションのエントランスに立っていた。目の前には任意の部屋番号を押して呼び出すタイプのインターホン。咲哉の脳裏に、先日電話越しに伝えられた詩織の言葉が過る。


『明日十二時に私の家まで来てください。一応、私の恋人としての自覚を持った格好でよろしくお願いします――』


(詩織の恋人としての自覚を持った格好……)


 咲哉は自分の姿を見下ろす。白色のプルパーカーに黒いスキニー、上から灰色のアウターを羽織った格好。ファッション知識に疎い咲哉がネットで調べて出てきた、自分に出来る限りのコーデだ。


(別に変では、ないよな?)


 ネットで調べて出てきた画像は、きっとどこかのファッションデザイナーが見繕ったものだ――と、咲哉は顔も名も知らぬファッションデザイナーのセンスを信じて、インターホンへと指を伸ばす。すると、


「インターホンを押すのにどれだけ時間が掛かってるんですか」


「し、詩織!?」


 まだインターホンも押していないのに自動ドアが開いたことに驚きながら視線を向けると、半目で咲哉を見詰める詩織の姿があった。詩織は呆れた表情のまま、咲哉の頭の先から足の先まで視線を動かした。そして、肩を竦めて言う。


「ま、必要最低限の格好は出来ていますね。取り敢えず安心です」


 その言葉を聞いて、咲哉は一安心だと、ホッと胸を撫で下ろす。そして、改めて詩織に視線を向けた。一言で言うなら、とても素晴らしくお洒落で可愛い。


 袖にボリューム感のある空色のフワッとしたニットに、フレアシルエットのロングスカート。足元はヒールのあるブーツ。そして、首から下げられたペンダントがキラリと胸元で光っていた。


「……何ですか?」


 少しの間咲哉は詩織に見惚れて言葉を失っていたのだが、それがボーっとしているように見えた詩織は、訝し気な視線を咲哉に向ける。咲哉はハッと我に返って視線を逃がしながら言う。


「あぁ、いや……休日に詩織と会うことないからさ、何か私服って新鮮だなと思って……」


「まぁ、そうですね」


「さ、流石は詩織って感じだな。もちろん普段の制服姿も良いが、まさか休日までこんなにお洒落とは……」


 その言葉に一瞬ピクッと眉を動かした詩織は、若干頬を赤らめながら足を踏み出す。そして、咲哉の横を通り過ぎながらボソッと呟く。


「……別に、休日だからって普段からこんな格好はしませんけど」


「え、どういう――」


 咲哉が振り返った視線の先で、詩織は一人さっさとマンションを出て行っている。咲哉はそんな詩織の後姿を眺めながら、一体どういうことだと自問しようとした瞬間にその解を得て、一気に顔に熱が溜まるのを感じた。そして、その場で崩れ落ちそうにりながらもインターホンに手をついて支えにし、何とか持ちこたえる。


(って、そ、それはズルい……! 何だこの可愛い生き物ぉ――ッ!?)


 咲哉がそんな風に心の中で絶叫していると、先に行こうとしていた詩織が足を止め、まだ若干赤みの残る表情のまま振り返って口を開いた。


「ほら、そんなところで止まってないで、さっさと行きますよ」


「お、おう……! って、そういえば何で俺呼び出されたんだ?」


 咲哉はややよろめきながらも、小走りで詩織の隣に追いつきそう尋ねると、詩織は聞かなければわからないのかとあからさまに呆れた表情を見せて答える。


「休日に恋人同士でこの状況……デート以外の何なんですか?」


「あ、あぁ、デートか。デート……えっ、デート!?」


「な、何ですかうるさいですね。そんなに驚くことでもないでしょう。嫌なら帰りますが」


「い、嫌じゃないです嬉しいです! 喜んで謹んでお供させていただきます!」


 咲哉はその場で何度も頭を下げる。詩織はふんと鼻を鳴らしつつも、その口元は僅かに緩んでいた――――



◇◆◇



 咲哉と詩織は電車に乗って街の方までやって来ていた。そして、目に付いたイタリアンレストランで咲哉はジェノベーゼのパスタを、詩織はゴルゴンゾーラチーズのピザを食べ、昼食を済ませてから移動してきた場所は――――


「おぉ、水族館か。何気にあんまり来たことないんだよなぁ」


「私もです。どうせならこういう機会に行ってみようと思いまして」


 良かったですか? と詩織が入場券購入の列に並びながら首を傾げてくるので、咲哉は「もちろん」と答える。そして、しばらく待ってから入場券を購入し、二人で中へ。薄暗い空間の中、様々な色の照明で照らされた水槽が映えている。


 入り口近くにあり、真っ先に来場者を迎えるのは、岩や植物で彩られ小さな魚が泳ぎ回る水槽だった。咲哉はグッと顔を近付け、「おぉ……」と感嘆の息を溢す。


「実はこういうのやってみたいんだよなぁ~」


「少しわかる気がします。そこまで大きな水槽でなくていいので、まるで家の中に小さな海がある……みたいな」


 二人は並んでその水槽を覗き込んだ。緑が映える水中を、ネオンテトラが時に緩慢に、時に素早く自由に泳ぐ。数匹で一緒に泳いでいるかと思えば呆気なくバラバラになってしまったり、逆に途中から一緒に泳ぎ始めたり。


「咲哉君、こっちにはクラゲがいますよ」


「ん? って、デカ!?」


 いつの間にかクラゲが展示された縦長の水槽の前に移動していた詩織に呼ばれてそこに向かった咲哉は、想像していたクラゲより大きかったので思わず身を引いてしまう。


 若干紫がかった照明に照らされた水槽には、朱色の傘からよろよろと長いひだをぶら下げたクラゲが十匹弱漂っていた。そんな様を顎に手を当てて半目で眺めていた詩織が、


「……綺麗ですが、ちょっと気持ち悪いですね」


 そんな感想を呟くので、咲哉は苦笑いを浮かべる。


「あはは……同じこと思ってたわ。キモさと綺麗さって両立するんだなと今思い知った」


 このあとも二人で水槽の中を泳ぐ魚の如く、水族館という大きな空間の中を気の向くままに漂った。そして、咲哉はとある水槽の前でピタリと立ち止まり、一旦周囲を確認する。人はそれなりにいるが、誰も咲哉の方を見ていない。よし、と勇気を出してから水槽の隣で両手を頭上に高く持ち上げる。詩織が「どうしたんですか?」と不思議そうな表情で首を傾げる先で――――


「チンアナゴ~」


「……はい?」


「いや、この水槽を見たらやらずにはいられなかった……」


 決して話題アニメは見逃さない咲哉は、某有名アニオリ作品のとあるシーンを忠実に再現した。もちろん高校生にもなってこんなことをしているため恥ずかしさは感じるものの、実際そのアニメのキャラクターも年齢的に同年代であるし、それ以上に達成感があるので満足だった。しかし、詩織がその水槽の説明書きにチラリと視線を向けて言う。


「咲哉君」


「ん?」


「これはニシキアナゴです」


「……マジ?」


「マジです」


 咲哉はスゥーっと静かに天井を見上げた。


(恥ずかしぃぃいいいいいッ!!)


 隣でクスッと詩織が笑った気がしたが、とてもそれを確認できるような心理状況ではない咲哉だった――――

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