第11話 魔性の美少女の暗躍②
「おぉ~、男子高校生の一人暮らしっていうから、正直あんまり片付いてないのを想像してたけど、凄く綺麗だねぇ~」
やっぱり彼女持ちは違うのかなぁ? と真歩が少しからかうように笑うので、咲哉は部屋に荷物を置いたあとキッチンでお茶の準備をしながら答える。
「いや、元々俺の家は綺麗なんだが」
「へぇ~。でも、確かに三神君って綺麗好きなイメージあるかもなぁ」
「それは……素直に嬉しいな」
一体どこでそんなイメージが付いたのだろうかと若干不思議に思いつつも、実際咲哉は掃除や片付けを欠かさないので綺麗好きと言える。それが認められたというのは、咲哉としては素直に喜ばしいことであった。
そして、電気ケトルで沸かした湯をポットに入れる。昨日詩織に玄米茶を出したので、少しそれを意識した咲哉は違う種類にしようと、黒豆茶を選択した。
そして、咲哉は真歩をソファーに座るよう促しながらリビングテーブルに黒豆茶を注いだ湯飲みを置く。ちなみに、咲哉は意図せずして、昨日詩織に出した湯飲みとは別のものを出していた。
「ん、どうかしたか花野井?」
「あっ、ううん、何でもないよ。ただ、こっちが三神君の部屋なのかなぁ~って思ってね?」
未だ立ったままでいた真歩が、先程咲哉が学校の荷物を置いて出てきた部屋の扉を見詰めながらそう言う。
「ああ、そうそう。そこが俺の部屋……って言っても、一人暮らしだからどっちにしろ全部俺の空間なんだけどな」
「あはは、そういえばそうだね! でも、そっか~。ここが三神君の部屋なんだ~、ふぅ~ん」
真歩がわざとらしく興味があるアピールをしてくるので、咲哉は半目を向けて言う。
「流石に入れてって言われても無理だからな?」
「ねぇ、三神君。カリギュラ効果って知ってる?」
「えぇっと……確か、禁止されたら余計に興味が掻き立てられて、やってみたくなる心理効果だっけ?」
「そっのとぉーりぃ~!」
「ちょ、おい!」
ガチャッ、と真歩が咲哉の自室の扉を元気良く開け、躊躇うことなく中に入っていく。咲哉は慌てて真歩の後を追って部屋に入る。
すると、既に真歩が部屋の物色――具体的にはベッド下の捜索を開始しており、膝立ちになって身を屈め、ベッド下を覗き込みながら手を突っ込んでいた。
「うぅん……?」
真歩が唸りながら念入りに何かを探すが、見付からない。しかし、なかなか真剣に探しているものだから、完全に自分の今の体勢など気にしていなかった。尻を突き出すようにした状態のまま身体が揺れるため、それにつれてスカートの裾が右へ左へ行き来する。危うくその下に履いているであろう下着が見えそうになるので、咲哉は視線を逃がす。
「勝手に人のベッド下を漁るな……」
「あっはは、お決まりかなぁ~と思ってね?」
立ち上がった真歩が無邪気な笑みを浮かべながらそう答えるので、咲哉はため息一つ挟んで言う。
「今時ベッド下にそういうもん隠してる奴なんていないと思うぞ?」
「ん、そういうもんって何かなぁ~?」
「い、いや、お前とぼけても無駄だぞ!? 今さっきお前が見付けようとしてたものだよ!」
「えぇ、三神君に私の見付けようとしてたものがわかるのかなぁ~?」
どうしても咲哉の口から言わせたいようで、真歩がニヤニヤと悪い笑みを浮かべて咲哉を見詰める。なので、咲哉はここで変に恥ずかしがったら思う壺だと考え、あえて堂々と答えることにした。
「もちろんわかる。エロ本だな」
「わぁ……三神君、女子の前でそれ言っちゃう……?」
「引くなよ! お前が言わせたんだろどう考えても!」
「あっははは! ゴメンゴメン。三神君が面白いから~」
まったく……、と咲哉はため息を溢す。
「でもそっかぁ~、そうだよねぇ。今時ネットで調べれば済むもんね? 三神君もネット派?」
「ノーコメントで」
変な情報を与えると余計にからかわれそうなので、咲哉は出来るだけ真歩の質問に答えないスタンスでいこうと決めた。しかし、そんな咲哉の対応も可笑しかったのか、真歩はクスクスと笑いを溢す。
そして、真歩は咲哉の前まで歩み寄ってくると、咲哉の顔を覗き込むように上体をやや前傾させて可愛らしく言う。
「でも、残念だなぁ。もしそういうの見付けられたら、咲哉君はどういうのが好みとかってわかったのに~」
流石にその発言にはドキッとさせられ、咲哉は顔を赤くしながら「お、お前な……」と文句の一つでも言ってやろうと口を開くが、言葉を発するより先に、真歩が咲哉の胸に手を添えて、どこか酔っているかのような胡乱とした瞳を向けてきた。
そして――――
「三神君って、そういうことに興味ないの……?」
「――ッ!?」
妙に艶っぽい声色。熱を帯びた視線。ほんのり赤く染まった頬。それら全てがどこか煽情的で、否応なく咲哉の鼓動を速めていく。咲哉は思わず一歩後退るが、真歩は逃がさず二歩詰め寄る。
「しおりんとはまだそういうことしてないでしょ? だって、三神君としおりんって、別に好き同士じゃなさそうだもんね?」
「えっ、どういう……」
密着する身体と身体。咲哉は自身の身体前面部に押し付けられる真歩の胸の膨らみの感触や、髪からフワッと香ってくる甘い匂いにどんどん理性が削られていく。そして、そんな咲哉に追い打ちを掛けるように腕を腰に回した真歩が、少し背伸びをして咲哉の耳元で甘く囁く。
「(しおりんとは出来ないコト、私がしてあげるよ……?)」
ビリッ、と咲哉は脳に電撃が走ったような感覚を得る。圧倒的快楽を目の前に出されて、それを手にするかしないかの二択を突き付けられている状態だ。しかし、そこでまだわずかに残っていた咲哉の理性が警笛を鳴らした。
(だ、ダメだ……詩織がいるのに、この先はマズい……ッ!!)
咲哉はギリッと歯を強く噛み締め、自分の理性に鞭を打ちながら真歩の両肩を掴む。あとはこのまま引き剥がせば良いだけ――――
「……我慢は良くないよ?」
「ちっ……!」
バサッ……と静まり返った部屋に、布団が翻る音が霧散する。真歩がベッドに仰向けに倒れ込み、咲哉がその上に両手をついて覆い被さる形。咲哉の荒い息の音が不規則に響く。そして、そんな咲哉に微笑みかけて、真歩がその横顔に手を添える。
「いいよ、三神君……」
真歩の甘い言葉を受けて、咲哉の中で渦巻く葛藤が激しく煮える。消耗した理性では抗いようのない誘惑が目の前にはある。
(やめろ……やめろやめろやめろッ! これ以上は取り返しがつかないぞ!)
そんな咲哉の想いとは裏腹に、身体は本能に従って目の前の真歩を求める。そして、同時に真歩はほくそ笑んだ。
(ごめんねぇ、しおりん。三神君は私が貰っちゃうね~)
徐々に咲哉の顔が真歩の顔に近付いていき、互いの吐息すら感じられる距離までになる。真歩が目を閉じる。咲哉は喉を鳴らす。そして――――
ヴーヴーヴー…………
勉強机の上に置いてあった咲哉のスマホがバイブレーションする。お陰で真歩のペースに飲まれていた咲哉の意識が引き戻される。咲哉は咄嗟に真歩の上から離れると、振動するスマホを取って画面を見る。
「……詩織」
咲哉は通話ボタンをタップし、電話を繋ぐ。もしここで切ってしまえば、再び真歩の雰囲気に取り込まれてしまうと思ったからだ。
「ど、どうしたんだ詩織?」
『まったく……スリーコール以内に出れないんですか。折角私が掛けてあげてると言うのに』
「……ははっ、あはは!」
通話越しにでも詩織の相変わらず上から目線な言葉を聞けて、咲哉は思わず笑いが込み上げてきた。突然笑い出して不可解に思った詩織は『何ですか急に……』と困惑していたが、咲哉はどこかホッとした心持ちで答える。
「あ、いや悪い。なんか声聞けて安心して」
『は、はぁ!? ば、馬鹿なんですかっ!?』
上ずった詩織の叫び声が飛んできて、咲哉は一度スマホを耳から離す。
「えっと、それで何か用があったのか?」
『あ、そうでした。貴方が変なこと言うから危うくこのまま切ってしまうところでしたよ、まったく……。まぁ、それはともかく、明日暇ですよね?』
「暇であることを確信した上での質問だということがひしひしと伝わってくるな」
『貴方に何か予定があるとは思えませんからね。まぁ、もし予定があるのだとしても、私より優先順位の高いことなんてないでしょう? って、そんなことはどうでもいいんです! 貴方と話しているとどんどん話題が脱線していきます……』
確かに、と咲哉はスマホを耳に付けながら苦笑いを浮かべる。
『明日十二時に私の家まで来てください。一応、私の恋人としての自覚を持った格好でよろしくお願いします。では』
「え、ちょ――」
一体どういうことだと尋ねる前に、スマホの画面に通話終了と映し出される。咲哉はため息を吐くとスマホを机の上に置き、ベッドに腰掛けて視線を向けてきていた真歩に振り返る。
「花野井。やっぱり、こういうのはダメだ……」
「……そっか。残念」
曖昧な笑みを浮かべて肩を竦めた真歩が立ち上がる。そして、リビングに置きっぱなしにしていた自分の学校のカバンを取ると、咲哉に一度振り返って言った。
「一応、彼女いるもんね。三神君は」
「……」
意味深に一つの単語を強調してそう言い残した真歩は、咲哉の家をあとにした。
背の低いリビングテーブルの上では、まだ冷え切っていない黒豆茶が微かに湯気を灯していた――――
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