第10話 魔性の美少女の暗躍①

(昨日は大変だったなぁ……)


 今日は土曜日。

 咲哉は昨日詩織に夕食を作るため家に招いたときにあったことを思い出し、最寄りのスーパーの無人レジで会計をしながらため息を吐く。


 昨日は詩織が泣き止んだあと、ご飯が炊けたのでそのまま夕食となった。泣き姿を見られた詩織は「誰かに言ったら殺しますから」と咲哉に睨みを利かせて、どこかピリついた雰囲気を纏っていたのだ。


(けど、それもご飯食べるまでだったけどな)


 不機嫌オーラ全開だった詩織は、料理を口に入れた瞬間食べることに夢中になっていて、咲哉はそれが何だか可笑しかった。終いには「また作ってください」と言われてしまった。


(ま、喜んでくれてるならまた作っても良いかもな……)


 そんなことを考えながら会計を済ませスーパーを出た咲哉。思わず立ち止まって空を見上げた。


「……マジか」


 雨が降っていた。今朝のニュースで降水確率が五十パーセントだったのは確認していた咲哉だが、コインの裏表ほどの確率なら降らない方に賭けるという意気込みで傘を持たずにスーパーに来たのだ。

 家とスーパーはそう離れていない。雨の勢い的に全身びしょ濡れになることを覚悟すれば、なんてことなく帰宅が可能だ。


「どーしよ……」



◇◆◇



 咲哉がスーパーの出入り口で困っているのと同時刻――――


(はぁ、惜しかったなぁ……あとちょっとだったのにぃ~)


 スーパーの前の通りを傘を差して歩く少女がいた。花野井真歩だ。雨で湿度が高いにもかかわらず、ハーフアップにされた亜麻色の髪は相変わらずフワッとしている。


 そんな真歩はあの日の昼休み――本校舎裏の外階段で咲哉と話したときからずっと同じことを考えていた。


(しおりんが来るのがもう少し遅かったら、三神君落とせてたのになぁ~)


 ふふっ、と口許を綻ばせる真歩。しかし、その表情は恋する乙女のものなどでは決してなかった。純粋な悪戯心。悪いことをしているという自覚を持ちながら、それを楽しんでいるかのような表情。


 可愛くて誰に対しても優しい人気者の美少女である真歩。しかし、その腹の底は黒かった。特に、詩織のことが気に食わなくて仕方がない。

 自分より勉強も運動も出来るうえ美少女。もはや完璧と言っても過言ではないにもかかわらず、それを一切鼻に掛けることもせず、周囲の評価なども気にしないかのようなスタンス。それが、お高くとまっているように見えて仕方がない。


(彼氏奪われたら、しおりんどんな顔するだろうなぁ~)


 そして、真歩は今、詩織の彼氏である咲哉を自分が奪うことで、詩織より自分の方が立場が上であることを証明すると共に、学校でお高くとまっている詩織に一恥かかせてやろうと考えていた。


 そんなとき――――


「……ん? あそこにいるのって……」


 ふとスーパーの方へ視線を向けたとき、出入り口のところで佇んでいる咲哉の姿を見付けた。買い物袋片手に傘を持たず空を見上げていることから、買い物を済ませたはいいものの雨が降って困っているのだと察せられる。


 真歩はいつの間にか足を止めてそちらの方をジッと見ていた。


「……あはっ、あはは。これは、ラッキーだねぇ~」


 見た感じ詩織の姿はない。咲哉を自分に惚れさせるなら今が絶好の機会。このチャンスをみすみす逃す真歩ではなかった。


 そして――――


「三神く~んっ!」


 濡れて帰るか雨が止むまで待つか思案していた咲哉のもとに、真歩が傘を差して駆け寄る。まさか休日にこんなところで会うとは思っていなかった咲哉は、少し驚きながら真歩に視線を向ける。


「え、花野井? お前も買い物か?」


「あはは、違うよぉ~」


 真歩は咲哉の腕を優しく叩く。そして、少し恥じらいが窺えるような笑顔を咲哉に向けた。


「三神君見付けちゃったから、つい……なんちゃって」


「えっ、あ、そう……?」


 咲哉は少し顔を赤くしながら頬を掻く。そんな咲哉に、真歩は不思議そうな表情を浮かべて首を傾げた。


「あれ、三神君もしかして傘持ってないの? それでずっとここに?」


「ああ。降水確率五十パーの賭けに負けたんだ……」


「あはは、三神君面白いね~。でもそっか……傘ないなら入ってく?」


「え? 花野井の傘に?」


 そうだよ、と真歩が頷くので、咲哉は大きく頭を振った。


「いやいや、いいよ別に。家近いし、走って帰るからさ」


「それじゃ三神君がびしょ濡れになっちゃうでしょー! ほらほら、遠慮しないで」


 真歩はそういって咲哉を傘に入れると共に、互いの肩が触れる距離まで近付いた。咲哉は気恥ずかしさから若干距離を取ろうとしたが、真歩が「濡れちゃうよ」と言って開いた距離を詰めてくるので結局密着したままとなった。


(ま、マジでこの距離感何なんだろう……)


 もし今の状況を詩織に見られたら……と考えたら、咲哉は背筋に冷たいものを感じて身を震わせた。そして、特に二人でこれといった会話をすることもなく数分で咲哉の住むアパートまでやって来た。


「へぇ、ここが三神くんちかぁ~。確か一人暮らししてるんだったよね。凄い」


 真歩がアパートを見上げて、興味津々と言わんばかりに栗色の瞳を輝かせる。そんな横顔を盗み見ながら咲哉は、


(一応詩織という彼女を持っている男子として、他の女子を家に上げるのはどうかと思うが……雨の中困ってる俺をここまで送ってくれたし、何のお礼もしないってのはちょっと……)


 という結論に至り、咲哉は一つ咳払いをしてから口を開く。


「あー、折角送ってくれたし、少し上がってく? お茶くらい出すよ」


「えっ、ホント!?」


 やたっ、と真歩が可愛らしい笑みを浮かべて喜ぶ。少し身体を揺すったためか、咲哉の鼻腔を真歩から香ってくる甘く良い匂いが擽る。


(はぁ。昨日彼女を入れた家に今日別の女子を上げるって……俺、世間体最悪じゃね?)


 咲哉は心の中で誰へともなく「お礼するだけだからっ!」と言い訳をしつつ、何とも言えない罪悪感と共に真歩を家に上げたのだった――――

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