第03話 難攻不落の美少女と恋人に

 キーンコーンカーンコーン……と、終礼を告げるチャイムの音が鳴ると、教壇に立っていた担任の教師が「じゃ、気を付けて帰れよ~」と生徒に行って教室を出ていく。


 そのあといつもなら――――


「やっと終わったぁ~」

「今日宿題多くねぇ?」

「それなぁ」

「帰りどっか寄っていかねぇ?」

「お、良いね~」


 ――などと、皆口々に他愛のない話をしながら各々教室を出ていくのだが、今日は違った。


 席を立つ者は誰もおらず、教室が静まり返っている。妙に気まずい静寂の中、生徒達が揃って視線を向ける先に入る人物は詩織だった。


 詩織は自分に注がれている視線など気にする素振りも見せず、いつも通り教科書類をカバンに仕舞うと、静まり返った教室に椅子を引く音を響かせる。そして、いつもなら席を立ったら黙々と教室を後にするはずが、なぜかそうせずに廊下とは反対方向の窓際最後列の方へと歩いていく。


 一体どこに行くんだ、と詩織が動くにしたがって視線を追わす生徒達。内心では何となくその行き先を察しつつも、目を離さずにはいられない。


 そして――――


「さ、帰りますよ三神君」


「あ、あぁ……」


 咲哉は恐る恐る席を立ち上がると、教室内の生徒達の視線を背に、詩織と並んで教室を後にした。


 二人が出て行った瞬間、どっとざわつく教室内。「何で水無瀬が三神と一緒に!?」「やっぱ昼休みに二人でどっか行ったことが関係してんのかな!?」「アイツらどんな関係!?」「水無瀬さんが誰かと一緒に帰ってるとこなんて見たことないよ!?」等々……二人の話題で持ち切りだった。


 そして、そんな話題沸騰中の二人はと言えば――――


「まったく、口止めの交換条件とは言えこの私と付き合えるんですから感謝してください」


「いや、別に俺付き合いたいなんて言ってないんだが……」


「何ですか? 私では不満だと?」


 校門を出て歩道を並んで歩いていた二人。咲哉の言葉が聞き捨てならなかったようで詩織が立ち止まると、咲哉は「いやいやそういうワケじゃ」と手を横に振る。


(そりゃ、こんな美人が彼女だなんて不満はないけどさ……)


 ムスッとした顔を浮かべる詩織に、咲哉は後ろ首を撫でながら言う。


「ただ……恋人関係って、互いに好意があって初めて成り立つものだろ? でも俺達は違う。俺はお前のことよく知らないし、お前だって俺の口封じのため仕方なく彼女になっただけ」


「他所は他所、うちはうちです」


「それに何度も言うようだけど、別にこんなことしてくれなくたって俺は秘密をバラしたりしないって」


「それを信じる根拠は?」


「な、ない。信じてくれとしか言いようがない。けど、それを言うなら恋人関係になったからと言って俺が秘密をバラさない理由にはならんだろ」


「いえ、充分な理由でしょう」


「……その心は?」


「貴方は私と付き合えて幸せです。秘密をバラしてこの幸せを手放したりしないでしょう?」


「い、いや待て。何で俺がお前と付き合えて幸せであることをお前が断言してるんだよ」


 咲哉の言葉に、詩織はあからさまに「何言ってんだコイツ」とでも言いたげな表情を浮かべた。そして、呆れたように大きくため息を吐くと、どこか得意げな笑みを浮かべて胸を張った。


「だって、私と付き合えて幸せじゃないワケがありませんから」


「はぁ?」


「だってそうでしょう? こんなにも容姿端麗で頭脳明晰。まさに才色兼備という言葉が服を着て歩いているような私ですよ? そんな彼女が出来て幸せじゃない男がどこにいますか」


「物凄い自信だな」


「客観的事実ですから」


 そう言って肩を竦めた詩織が再び歩き出すので、咲哉もそれについていきながら、チラチラと詩織の横顔を盗み見る。


(まぁ、確かに凄い美人ではあるが……)


 詩織の言葉は決して自惚れなどではない。実際に咲哉の目から見ても詩織は文句の付け所がない程美人だし、実際色んな人から告白されている。別にそれを鼻に掛けているのではなく、詩織はただ素直に自分が人より優れた容姿を持っていることを事実として認識しているのだ。


(そりゃ、俺だって男だし水無瀬と付き合えるなら最高だけど、それはあくまで互いに好意を持った状態でなきゃいけないわけで……こんな形で恋人関係って言ってもなぁ)


「何ですかさっきからジロジロと。いやらしい」


「いや、まぁ……確かに言うだけあって美人だよなと思って」


「今更ですか」


 咲哉は誉め言葉を言ったつもりだったが、詩織の反応が素っ気なかったので、言った自分が馬鹿みたいに思えてくる。そんな咲哉の隣では、詩織が微かに頬を赤らめていたのだが、咲哉の知るところではなかった。


「ところで、一体俺達はどこへ向かってるんだ? 俺の家こっちじゃないんだけど」


「私の家です」


「え、何で?」


「何でも何も、単に帰って来ただけですが。貴方は私と一緒に下校できたんですからありがたく思ってください」


 別にありがたくないが……と咲哉は思ったが、別にこのあと用事があるわけでもなかったので、大人しく詩織についていく。そして、二人でしばらく歩いていると突然詩織が立ち止まるので、咲哉が振り返った。


「ん、どうした?」


「家ここですよ」


「な、なるほど……結構立派なマンションだな……」


「まぁ、お金はあるので」


 咲哉の視線の先には、二十階まであるかどうかといった感じのなかなか立派な造りのマンションだった。エントランスへと続く道には手入れが行き届いた植物が生えていたり、壁を伝うように水が流れたりしていた。


「んじゃ、俺はこれで……」


「上がっていかないんですか? 折角ここまで来たのに」


「え、でも……」


「はぁ、これじゃあ私が貴方を連れ回しただけみたいじゃないですか」


(いや、実際その通りなんだけど)


「口止めのためとはいえ恋人なんです。それっぽいことの一つや二つはしますので、ついてきてください」


「は、はぁ……」


 咲哉はよくわからないままに、詩織に連れられてマンションへと入って行った。エレベーターで十二階まで上がり、長い廊下を歩いて一二〇三号室の扉の前に立つ。詩織がカバンから鍵を取り出して扉を開ける。


「さ、どうぞ」


「ええっと……お邪魔します」


「誰もいないので畏まらなくても構いません」


「誰もいないって、え!? お前この立派なマンションに一人暮らしなのか!?」


「そうですが」


 それがどうかしましたか、といった表情で首を傾げてくるので、咲哉はマンションの下で詩織が「お金はあるので」と言っていたことを思い出しながら苦笑いを浮かべた。


(ぜ、贅沢過ぎんだろ……)


 咲哉は詩織に促されるまま、広いリビングを経由して詩織の部屋までやって来た。


「どうぞ、ベッドにでも掛けていてください」


「あ、あぁ」


 咲哉は妙な緊張感を覚えながらゆっくりとベッドに浅く腰掛ける。上質なマットレス特有の質感が尻に伝わる。加えて、部屋には詩織のものだと思われる甘く良い匂いが充満しており、意識すれば意識するほど咲哉の鼓動を速めていった。


 そんな咲哉の気持ちなど露知らず、勉強机の横にカバンを掛けた詩織が咲哉の隣に腰を下ろした。


 そして――――


「では、早速恋人らしいこと、始めましょうか」


「……え?」


 詩織が取った突然の行動に、咲哉は頭の中が真っ白になった――――

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