第02話 弱みを握った者の末路
咲哉が放課後の教室で衝撃的な光景を目の当たりにした日の翌日――――
(スマホ、マジでどこ行った……っ!?)
今日、咲哉は朝から現在の昼休みまで、そのことだけを考えていた。
今朝登校してきた咲哉は、真っ先に昨日回収するどころではなかったスマホを探したが、自分の机の上にも、下のちょっとした収納スペースにも入っていなかった。もちろんロッカーも漁ったが見当たらず。
(ただでさえ昨日のデイリーミッションも消化してなかったのに、このままだと今日のログインボーナスすら受け取れなくなる……!)
無課金勢である咲哉にとって、ログインボーナスやデイリーミッション報酬はとても貴重なものだった。
咲哉は机に両肘をついたまま頭を抱え、必死に思考を巡らせる。
(一体どこに置いた? 俺のことだから決まった場所にしかスマホは置かないはず……でも、心当たりのある場所にはどこにもない)
となると、考えられることは一つだった。
(誰かに盗まれた……?)
でも誰に? という自問に、咲哉は瞬時に回答を得た。昨日の放課後の後継のフラッシュバックと共に。
(まっ、まさか……俺が置き忘れたスマホを取りに戻っていたことが水無瀬にバレたっ!? も、もしそうならマズい。マズすぎる! あの現場を目撃したのが俺だとバレたら、一体何をされるか……)
「――くん」
(い、いやいや落ち着け俺。危機的状況に影響されて、思考がネガティブな方向に引っ張られていってるぞ?)
「――神君?」
(そ、そうだぞ。きっとスマホは心優しい誰かが落とし物として職員室に届けてくれたんだ。丁度今昼休みだし取りに行くか――)
「――三神君っ!」
「あっ、はい!?」
思考を巡らせることに集中していた咲哉の意識が一気に現実に引き戻され、咲哉は慌てたように顔を上げる。すると、顔を上げた目と鼻の先に、不満気に頬を膨らませた詩織の顔があった。
そのとき、咲哉の心臓が一際大きく跳ねたのは、不満気にしていても詩織の顔が可愛らしかったからという理由だけではない。その顔と結びつくようにして、咲哉の脳裏に昨日の放課後の詩織の姿が過ったからだ。
「さっきから何度も声を掛けていたんですが……」
「あ、悪い……ちょっと考え事してて……」
苦笑いを浮かべて気まずそうに視線を逸らす咲哉に対し、詩織は呆れたようにため息を溢すと、至って冷静な口調で言った。
「まぁ、いいです。とにかく、ちょっと来てください」
「え、何で? どこに?」
基本自分から他人に関わろうとはしない詩織が、あろうことか大して目立たない咲哉を指名し連れていこうとするので、教室の生徒らが騒めく。
しかし、そんなことはお構いなしに詩織は咲哉に向かって淡々と言葉を放つ。
「何でも良いでしょうどこだって良いでしょう。私がついて来てと言っているんですから、黙って言うことを聞いてください」
「い、いやいやいや! 用件も聞かずについて行くとか怖すぎだろっ!」
「ほう、聞き捨てなりませんね――」
詩織がグッと昨夜に顔を近付け、そのブラックダイヤモンドのような瞳で咲哉の瞳を――その奥で揺れる動揺の色を覗き込む。
「――別にやましいことがなければ怖くはないでしょう?」
「――ッ!?」
両者の間に沈黙が流れる。
そして、咲哉は冷や汗が背中を伝うのを感じながら、詩織の表情を見て確信した。
(コイツ、やっぱり俺を疑ってるな……。別に口車に乗る必要はないが、断ったら断ったでやましいことがあると自白したも同義だな……)
してやられた、と咲哉は内心で舌打ちしたが、この場での打開策は特にないので、ため息一つ吐いて諦めた。
「……わかったよ」
「初めからそう言えば良いものを……さ、ついて来てください」
(いちいち上から目線だなおい……)
騒めきを通り越し静まり返った生徒達。そんな彼らの視線を集めながら、咲哉は詩織についていく形で教室を出た――――
◇◆◇
「さて――」
ガチャン、と詩織が扉を閉めた。咲哉を逃がさないためか、扉を背中にして立つ。
「――用件は、言わなくてもわかりますね?」
「いやいや、待て! ここは教師が会議とかで使う部屋だろ!? 俺らが勝手に使ったら流石にマズイって……!」
今二人がいるこの場所は、本校舎一階――職員室がある階にいくつかある小会議室の内の一部屋だ。長机を二つくっ付け、そこに向かい合うように四つの椅子が置かれている。部屋の前にはホワイトボードが一つ。会議室なだけあって、廊下側に窓がないので中を見られる心配はない。
慌てる咲哉に、詩織が肩を竦め平然とした顔で答えた。
「問題ありません。外の標識を使用中にしてあるので、誰かが入ってくることはないでしょう。私達が使っているなんて誰も思いませんよ」
「そ、そういう問題じゃない気が……」
「そんなことより、です」
その話はもういいと話題を終わらせた詩織が、スッと目を細めて咲哉を睨む。
「昨日の放課後、何か見ませんでしたか?」
「え、えぇっと、昨日の放課後……な、何かあったっけ?」
咲哉が顔を強張らせて視線を彷徨わせる。詩織の視線が一層冷たさと鋭さを帯びた。
「では、聞き方を変えましょう。貴方は放課後、忘れ物を取りに教室に戻ってきましたよね?」
詩織がスカートのポケットからスマホを取り出した。
「あっ、俺のスマホ……へ、へぇ、水無瀬が預かっててくれたのか。いやぁ、助かったよ~」
咲哉が手を伸ばしてスマホを受け取ろうとするが、詩織はそれをひょいっと背中に隠した。
「あ、あの返して欲しいんだけど……?」
「……」
すまし顔を決め込む詩織に、咲哉はこめかみをピクつかせた。
(こ、コイツ……俺が昨日見てしまったことを認めないとスマホ返さないつもりだな……)
咲哉はしばらく悩んだ末に、諦めたようにため息を吐く。そして、恥ずかしさを紛らわせるかのようにコホンと一つ咳払いすると、たどたどしい口調で尋ねた。
「な、何て言うか、その……昨日は、な、何であんなことをしてたんだ……?」
「っ……!? や、やっぱりXは貴方だったんですね!」
「え、えっくす……?」
それは何のことか知らん、と咲哉は眉を寄せるが、詩織はまるで自分が余裕だとアピールするかのように開き直って、口早にどんどん言葉を並べ立てていく。
「ま、まぁ何でと言われても私としてはナニしてましたが何か? っていう感じですし、だ、第一このくらいのこと誰だってするでしょうっ。男子だって好きな子のリコーダーに口付けてみたり階段の下からスカートを覗いたりすれ違いざまにちょっとお尻を触ってみたりっ! そ、その延長のようなものですよっ!」
「わかったから、一旦落ち着け! ってか、今時小学生の男子でさえそんなことせんわ!」
「わ、私は落ち着いてますがっ? えぇ、落ち着いてますとも」
詩織は体裁を立て直すように咳払いを挟み、若干赤面しながら腕を組む。
「そ、それで? あのことを誰かに話したりは?」
「話せるわけないだろっ!?」
「ふぅん、そうですか。自分だけの秘密にしておきたかったんですね。いやらしい」
「何を言ってるんだお前」
咲哉は詩織に半目を向けるが、詩織は「まぁ、良いです」とやはりどこか上から目線な態度を崩さず続ける。
「では、私から言いたいことは一つだけです。絶対に私のしていたことは誰にも言わないこと」
ビシッと詩織が人差し指を向けてくるので、咲哉はやや身体を仰け反らせる。
「わ、わかってるって……」
「まぁ、信用できませんが」
「は?」
自分から言っておいて何なんだと思う咲哉だが、そんな咲哉の前で、詩織は少しの間何かを考えるように顎に手を当てる。そして、何を思い付いたのかじんわり頬を赤く染めたかと思うと、改めて咲哉に視線を向けた。
「こ、交換条件です」
「いや、別にそんなのなくても誰にも言わないって……」
「だからそれでは私が信用できないと言っているじゃないですか。貴方は今、この私の弱みを握っているんですよ? 言ってしまえば、私に何でも要求できる立場にあるわけです。何でもですよ何でも。あんなことからこんなことまでそれはもう情欲のままに私を蹂躙――」
「――するかッ! わ、わかったから、それならさっさと条件とやらを言ってくれ……」
せっかちですね、と一言ぼやいてから、詩織の曇り一つない宝石のように美しい黒い瞳が咲哉を見詰める。
そして――――
「貴方が私の秘密を言わないでいてくれる代わりに、私が貴方の彼女になってあげます」
「……は? はぁぁあああああああああああッ!?!?」
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