放課後クラスの美少女が人知れず机の角でナニかしているのを見てしまった件~難攻不落の美少女の弱みを握ってしまった俺は、口封じのため恋人にさせられました~

水瓶シロン

カタチばかりの恋人編

第01話 美少女がナニかしてた

「おい三神みかみ、次からは余裕持って提出物出せよ」


「善処するかどうか考えてみます。では、失礼しました~」


「ちょ、おい! そこは善処するって言――」


 ――ガラガラ、バタン。

 職員室の扉を閉めて、少年は「ふぅ」と胸を撫で下ろす。担任の教師が何か言いかけていた気もするが、少年はその前に扉を閉めてしまった。決して故意ではない。そう、決して。


 三神咲哉さくや、高校二年生。

 平均的な身長で細身。やや色白で髪と瞳の色は共に焦げ茶。

 これと言って特に代わり映えのしない普通の少年だ。


「さて、だいぶ時間掛かったけど今何時だ?」


 すでに放課後になってしばらく時間が経っている。夏が終わり秋の訪れを感じさせるこの時期は日が沈むのが早くなっており、もう廊下の窓の外に窺える空は薄っすらと茜色に染まりつつあった。


 咲哉はスマホで時刻を確認しようと思って、肩に掛けた学校指定のカバンのファスナーを開く。しかし、いつもスマホを入れている内ポケットにスマホが入っていない。


「やっべ、教室に置き忘れたかも」


 現代を生きる若者にとってスマホは命だ。

 友達からのメッセージには出来るだけ早く返信する。コイツは既読が遅い、と思われないようにしなければならない。

 既読無視や未読なんてもってのほかだ。翌日から昨日まで確かにあった友好関係に亀裂が入る。


 ……とまぁ、これらは元々友好関係の狭い咲哉には無縁の話ではあるが。


 しかし、咲哉にとってもスマホは大切だ。ゲームのログインボーナスを受け取らなければいけないし、デイリーミッションだって今日はまだ消化できていない。好んで読んでいるウェブ小説が更新されるかもしれない。等々、重大な理由がてんこ盛りだ。


 咲哉は駆け足で忘れ物を取りに教室へ向かう――ような性格ではない。


 基本面倒臭がり屋で省エネ派。

 確かに咲哉にとってスマホは大切だが、別に駆け足で行こうが歩いていこうがスマホがひとりでに教室から移動しない以上、わざわざ慌てる必要はない。


 そう判断した咲哉は、のんびりと二階まで階段を上り、自教室である二年一組の教室の前まで来た。


 咲哉の席は窓際最後列。故に教室の後ろ側の扉に手を掛け、今まさにそのスライド式の扉を横に動かそうとした瞬間――――


「んっ……!」


「……?」


 すでに放課後で誰もいないはずの教室の中から、女子と思われる声が漏れて聞こえた。


 しかし、実際咲哉もこうして部活もしていないくせに学校に残っているのだ。別にまだ教室に人が残っていてもそこまで不思議ではない。扉だって普通に開けて、「忘れ物忘れ物~」と周囲に目的をアピールする独り言を呟きながら教室に入って行けばいい。


 なのになぜか、咲哉は扉を開けようとしない。咲哉の本能が、開けてはならぬと警報を鳴らしている。


 咲哉が戸惑って扉に手を掛けたまま佇んでいると、再び教室の中から声が漏れ聞こえる。


「はぅ……んっ、あっ……」


(……ん、ちょっと待て。いや、待て待て待て)


 咲哉は扉に手を掛けたまま、どこか自嘲気味に笑って首を横に振った。


(ったく、俺もやっぱり男ってことか? なんか教室から聞こえてくる声が妙にエロく聞こえるんだよなぁ……)


「っ……! んはぁ……んんっ……!」


(……)


「あぅんっ……あっ、あんっ……んっ!」


(い、いやいやいやいやいや! ななな何やってんのマジでッ!?)


 もはや聞き間違いなどではなかった。紛うことなきをしているときに漏れ出る声だ。


 もちろん咲哉が実際に聞いたことがあるワケではないので、ソースはあくまでスマホの画面の向こう側のものだが、逆にこれまで聞いたことのないような声が人気のない教室から聞こえてくる方がおかしくはないだろうか。


 咲哉は一度喉を鳴らすと、覚悟を決めてそっと教室の扉を数センチ開ける。そして、その隙間から教室の中の様子を覗き見た。


 すると――――


(ん? あれは、水無瀬みなせか……?)


 水無瀬詩織しおり。この高校で知らぬ者はいないと言っても過言ではない程に有名な美少女だ。


 涼やかに流れるセミロングの黒髪に、切れ長の黒い瞳。白磁の如く白い肌は瑞々しく透き通っており、作り物のように精緻に整った顔は見るものに息を呑ませるほど美しい。

 背は平均的ではあるものの身体の線は細く、ウエストはキュッと引き締まっている。加えて、大きすぎず小さすぎずその身体に最も相応しい大きさに作られたかのような膨らみが胸にはあった。

 そんな、これでもかというほどに、有象無象の者共では嫉妬すら抱けないほどに整った外見を持つ少女。


 これで勉強も出来て運動も出来るというのだから、神は下界に人を越えた何かを生み出したのではないかと疑いたくなるほどだ。


 しかし、だからこそだった。だからこそ今咲哉の瞳に映った光景が脳天に電撃が迸るくらいに衝撃的なものだったのだ。


 あの、普段の学校生活では来る者拒まず去る者追わずなクールスタイルを取っている彼女が。

 あの、あらゆることから一線を画しているがゆえに、周りから一目置かれている彼女が。

 あの、学年問わず学校問わずフツメンからイケメンまで様々な男子の告白を受けてもなお揺らがなかった難攻不落の彼女が。


 今、誰もいない放課後の教室で、人知れず、自分の机の角に下腹部を押し当てて、頬を赤らめ悶えた声を漏らしていた。


「な、何やって――」


「誰っ!?」


 咲哉は慌てて自分の口を両手で押さえたが、既に遅かった。あまりの衝撃に、思わず口に出してしまったのだ。


 そこまで大きな声ではなかったが、人気がなく静まり返ったこの空間では問題なく聞き取れてしまう声量であった。


 しかし、流石に声のした方向まではあの一瞬で判断することは出来なかったようで、詩織が教室を見渡している。


(やべっ、これはバレたらマズい!)


 咲哉はほとんどパニック状態でその場を後にし、階段を駆け下りた。その慌てた足音は深閑とした廊下や教室に良く響く。


「っ……!?」


 詩織は慌てて教室を飛び出し、足音のした方へ視線を向けるが、既に誰の姿もなかった。


 沈黙が流れる。


 しばらく呆然と佇んで、詩織は下唇を噛みながら教室に戻った。


(マズい、誰かに見られたっ……! 一体誰!? 言い広められる前に口止めしないと……でも誰かわからないですし……)


 自分がこんなことをしていたとバラされたらどうなってしまうのだろうという不安と、口止めしたくても誰に見られたのかわからない以上対策が打てないという焦燥感に駆られ、鼓動がどんどん早くなる。


「一体どうしたら……って、アレは……」


 ふと詩織が視線を向けた先――教室の窓際最後列の机の上にスマホが置かれていた。


 誰かの忘れ物であることは一目瞭然だった。


(でも、スマホ忘れてそのままにしておく? 普通気付いて取りに来るんじゃ……あっ!)


 詩織は一つの結論に辿り着いた。


(仮に自分の行為を覗き見ていた犯人をXと呼称しましょう。Xは教室に自分のスマホを置き忘れて帰った、もしくは何らかの理由でまだ学校に残っていた可能性もあるがそこは重要ではありませんね。

 スマホを置き忘れたことに気が付いたXは教室に取りに戻ってきましたが、そこで私が……シていたところを目撃してしまった。Xはスマホを取りに戻ってきたことなど忘れて、こんな美人な私が人知れずシている姿に釘付け、夢中になった。しかし、私の姿があまりにも刺激が強すぎたため、Xの脳は許容量を超えて悲鳴を上げた……そんなところでしょうか)


 多少――いや、かなり自分に対する自信がありありと反映された推理ではあるが、おおむね真実を見抜けているのは流石の頭脳だった。


「となると、このスマホの持ち主がX……」


 詩織はゆっくりと窓際最後列の席に向かうと、机に置きっぱなしにされたスマホを手に取り、電源ボタンを押して画面を開くが、案の定ロックがされている。


「四桁の暗証番号ロック……流石に一万通りのパターンを試すのは嫌ですね。しかし、まぁこの席の人のスマホで間違いないでしょう」


 詩織はそう呟いて一度大きく息を吸うと、どこか怪しい笑みを浮かべて、その机の縁を細い指先で舐めるようになぞる。


「ですよね、三神咲哉君?」













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