第3話 服屋は王都の裏側に

 キィ…と木製の扉を開けると朝日の光が彼女らを迎える。


「いい天気~~…ん━━っはぁっ」

 目一杯伸びをして、すぅはぁと深呼吸をする。それを見てクゥは同じように真似をしてみた。


「んん~~…ふぅ、ふぅ」


「気持ちいい朝だねぃ」


「そうスねぃ~あたしはこう天気がいいと訓練がしたくなります~」


 トレイルはそういいながらも目をつむり、日に向かって暖かな日差しを浴び、みんなと同じく気もちよさそうな表情であった。


 ここが街中ではなく青々とした草原であったならきっと仰向けになって寝ていただろう、そんな気持ちのいい朝だった。


 トレイルは2、3歩先に歩きはじめ、振り返り

「それじゃいきますか!」


 その言葉にキスアは

「おねがいしますねっ」

 と返した。


「はい!まずはここから商店通りを目指しましょうー!」


「いきましょう~!♪」


「…?…?イキマショー!」

「「おー!」」


 こうして三人は商店通りを目指しキスアのアトリエを後にした。


「人がいっぱい…わ…わ…」


 クゥは初めての王都で戸惑っていた。人通りが多く、道行く人々はそれぞれが目的の場所を目指し歩く。


 一人ひとりの動きはそうであっても多くの人間が各々に別の場所へ向かい動いているその様はきっと目まぐるしく映っていたことだろう。


「クゥちゃん大丈夫、わたしが手を繋いでるから離れたりしないからねっ」

 キスアは離れないよう、しっかりとクゥの手を繋ぐ。


「ん…キスア…」

「ん?」

「ありがとう…」

「いいのいいの、わたしがしたくてするんだから」

 優しく微笑んで頭を撫でるとクゥの表情はすこしほぐれたようだ。


 かわいい…!と危うく漏れ出そうな声をなんとか堪えながら、顔は見られぬようにクゥを抱きしめて、日の方を向き目を瞑ることでだらしのない顔になることを防ぐのだった。


「ふたりとも~置いてっちゃいますよー!」


 ハッとトレイルの声で我に返り

「そうだった…!クゥちゃんいこ!ちょっと待ってくださ~い!っトレイルさーん!」


 そして手を繋ぎ二人で駆け出し、トレイルを追いかけるのだった。





「すごい…すごい…っ」

 クゥは目を輝かせ、街の様子を見渡したり、街を往来する人々を眺めて興味深くあちこち歩いては立ち止まる。


 キスアはその様子に自然と笑顔になった。


「ふふ、ここはねっ王都プルプァブロッケン、人が一番集まる大都市なの!別名は魔女の都、だから世界中から魔女が集まって、人々の役に立つためにいろいろしてるんだよ~」


「まじょ…?おうと…?」

「じゃぁお店につく間にそのことについて、教えてあげるね!」

「きになる…!」

「じゃぁまずは王都についてね!」


 こほんっ!と一度咳払いをして姿勢を正し、どこからか取り出した眼鏡をかけ始めたキスア


「キスアさん?今眼鏡どこから…???」

 隣で話を聞いていたトレイルが当然の疑問を口にしたが、キスアはそのツッコミに気付かず話始めた……。


「王都の歴史をちょっとだけ解説だよ!今でこそ魔女の集まる都としてこんなに賑やかなんだけど、実は昔はそうじゃなかったんだって」

「そうなの?こんなに人がいっぱいなのに?」


「そうだよ~!トレイルさんは知ってる?昔にあった大きな出来事!」

「それって…魔女の存在がほとんど無かった時代の…?」


「そっ!私たち魔女のように特殊な魔力をもった人間が現れるようになったのは実はそのとある出来事がきっかけとも言われているの。」


「…!」

 キスアの話に聞き入るクゥは話の所々で目をキラキラとさせ、尾を振り興味のある反応を見せる。


「ふふ、気になってきた~?よーし、すこし長めの話になるけどいけるかなぁ~??」

 前傾姿勢でクゥに顔を近づけ、試すような声色で、ゆっくりと返事を求めるように問いかける。


 そんなキスアは、にま~っと怪しげな笑みを浮かべていた。


「だいじょうぶ、きかせて…!」

 強めの意思を感じさせる、そんな声でクゥは言う。


「じゃ話すね?」

「うん」








 ――――――――――――――――――――――――――――――


 彼女たち、楽しそうだね。


 そうだね、とてもいい世になった。




 王都、プルプァブロッケン…今の名前はこうなんだな…。平和そうでよかった、みんなの思いが報われたと心から思う。


 なんかとてもかわいい名前だよね?

 最初に君が名付けたのは王都ブロッケン、だったのに。


 いいのさ、名前なんて皆の気持ちが良い方向に行くように、そのためにつけるものなんだから。



 君は本当に…人が良すぎるよ…シアン。


 そんなことはないよ、親友の君を守れなかった僕にはその言葉は似合わない。


 でも君が、僕と彼女を再び合わせてくれたんだ。本当に君はすごいよ。

 僕は君を誇りに思う、だって、邪神を倒したんだから。君ほどすごい人を僕は知らないし、

 絶対に、この後にも先にも君以上の人は現れないと思う。


 倒せたのは、僕だけの力じゃない…彼女達の力あっての結果さ。

 それに、もう僕らの時代じゃない、魔女の時代だからね。


 そうだね、もう僕らの時代にいた精霊はほとんど居ないし、代わりに妖精たちが自由に世界を楽しむんだ。

 あの子も生まれ変わって、きっとどこかで…妖精として自由に生きてくれればいいな。


 …「またあの子に会えるかな」とは言わないんだね。


 もう僕は人じゃないからね…もし会えても妖精になったとしたなら僕は見えないよ。



 …………すまない。


 君が謝ることないよ、これは僕も望んだことだよ?むしろ感謝してるんだから。

 あの子を救う一助になれたんだから。


 ありがとうリーン…君が親友で良かった。


 僕もシアンが親友で良かったよ。


 ――――――――――――――――――――――――――――――



「ここが王都と呼ばれるより昔、この地は人々が暮らすには安全とは言えなかった。

 それは、今この世界にいる魔獣よりも脅威だった魔族が魔族領域外にも現れて、人に危害を加えていたから。」


「まぞく…。」


「でも今は協力関係を結んでますよね?」

「そうだね!だからこの話は、協力関係を築くよりも前の出来事。人魔共同邪神討伐が起きる前の話。この時は

 魔女がほとんど居なかったんだって!」


「わ、わからない…」


「ごめんねっ説明が下手だったかな……えと、昔に起きた出来事っていうのが二つあってね、人と魔族が争っていた人魔戦争と、

 人と魔族が協力して、邪神っていう厄災に立ち向かった。ってことなの」


「わかった!!」


「よかった…。それで、その出来事が終わったあと。不思議なことに、どういうわけなのか…特殊な力を持った魔女が現れるようになった

 ということなの!いろんな人がそれについて研究しているんだけれど…」


「はえぇ…未だに魔女の力がどこからきたのかわからないってことなんですねぇ…不思議っスねぇ」


「そうなの!これもまた世界の謎なの!私こういうの好きでいろいろ本を集めてていろんな人の説を見てたんだけど、

 どれもこれだ!って言えるものがないの…」


「おもしろかった!」


「楽しんでくれてよかった!!」

 キスアは眼鏡を外すとそれは衣装のアクセサリに変質したのだった。


「あっ服の装飾だったんですね…!?気付かなかった…」


「えぇえ!?気付かなかったんですか…!?」


「気付かないですよ!普通!!」


「そうかなぁ…」

「何で納得いってないんですか…普通アクセサリーを眼鏡にできませんから…」


「あっそっか」


 そんな雑学小話をしながら歩いているうちに気が付くと道の分岐路へたどり着く。


「服屋さんは…」

「こっちです!」


 トレイルが指さすのは分岐路のちょうど真ん中であった。


「え…?でもここは壁…」

「まぁま、安心してください、この壁は…ほっ」


 トレイルは壁に飛び込むと姿が吸い込まれてしまった。

 その光景にキスアは驚かなかったが、クゥは驚き目をまんまるくしていた。


「なんで…?なんで??」

「なるほどぉ…隠ぺいの魔法だぁ…でもなんでだろう?」


 そんな疑問を浮かべていたのも束の間、すかさず「驚いたのも無理ないスけど~、

 早く来てほしっスよ~っここ色んな人にバレたら困るんスから~」


 トレイルがヒョコっと顔だけを出しそう言うと「う、うんちょっと驚いただけ、

 あとでいろいろ聞かせてね!」キスアはそういうとクゥと手を繋いで歩き始める。



 壁に吸い込まれ出た場所は街の通りとは雰囲気の違う作りだった。

 通りは全て、街とは違いレンガではなく、一面が薄くオーロラの光を放つ氷のようにつるつるとした不思議な材質でできていた。


 先ほどまで朝方の景色であったのにも関わらず、まるで夜になったかのように暗く濃い藍色の空と、星々の煌めきが三人の姿に影を落としていた。

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