第2話 友達って楽しいね
姿が似ていないとはいえ、自分の分身ともいえる小さな女の子の錬成に成功するキスア。彼女のことを見ているとなんだか妹か娘と接しているように感じてしまう。
少女に朝食代わりの果実を用意すると、彼女の服や食料を買い足さなければ…そう思いながら、昨日の剣を受け取りに来るという約束を破るわけにもいかず…。
訓練所のダズを待ちながら目の前に座るこの子と会話をしながら時間を潰すことにした。
「わたしは…キスア、あなたの言うイリスじゃないから…あなたのことを何て呼べばいいのかわからないの…、だから教えてほしいな。あなたのこと」
彼女と同じ目線になるようキスアは屈み、頭を撫でながらやさしく声をかけた。
「キスア…。イリスじゃないの…?………。」
俯き…悲しそうに、弱弱しく呟いた。まるで時間が止まってしまったかのように静寂が部屋を包む。
簡単に壊れてしまいそうな小さい少女、今にも消えてしまいそうな儚い花にキスアは見えた。そんな彼女に優しくもう一度声をかける。
「あなたのことが判れば、そのイリスさんのことも調べられるから…教えてほしいな。」
「クゥ…。」
か細い声で呟くように自らの名前を口にした少女は顔を上げてキスアを見つめた。
「クゥ…ちゃん。ありがとう、やっとあなたの名前が聞けた…(っかわいい…っかわいいよ…っはぁぁかわいいぃぃ…)絶対あなたに、あなたの大切なイリスさんを合わせてあげるから…っ!」
キスアは昔から小さい子が特別好きなわけではないのだが、かといって嫌いでもなく、むしろ普通に好きで、良く遊ぶ程度ではあった。
しかし目の前の少女があまりにも可憐で慎ましやかな存在であったからか、はたまた自分の錬成で、触媒で、疑似的に産んだ為なのか、その内には母性のようなものが生まれていた。
愛おしそうにクゥを抱きしめていると、少し苦しそうに「う、うぅ」と呻いている。しかしキスアは心から感じる愛おしさを止められないようですりすりと頬すりをしてメロメロだった。
かわいいのがいけない、そう…彼女はそのときはただかわいいだけの〈生き物〉と思っていた…。今も割とそう思っていそうだが。
そんなことをしていると、ふと昨日の約束を思い出し「あっそうだ…っ」とすりすりしていただらしない顔を放すと「クゥちゃん、今日はわたしの所にダズっていうおじさんが来るの…その人はわたしの知り合いだから、安心してね」そう言い微笑み頭を撫でた。
それからキスアはクゥの姿をみて、(全裸の女の子をこのままは色々マズいぃ…)社会的に死ぬかもしれない、そう思い「クゥちゃんちょぉーっと…待っててね」と一声かけて離れ、自分の服の中で彼女の綺麗な銀髪に合うよさげな服を手に取り、錬成魔法で彼女のサイズへと手直した。
「クゥちゃん、この服着てみて…?裸でいたら風を引いちゃうもんね」
「うん…」
丁寧に服を着せていきながら(はぁぁ💛かわいい…なnこれ、かわい…うちの子自慢しよ)キスアはそんなことを考えていた。
彼女に似合う服を着せてあげたいが、今は自分のお古を着せるしかなく(今日、依頼を終わらせたらクゥちゃんの服を買いに行こう)そう思うキスアだった。
――――――――――――――――――――
クゥに服を着せ終え、キスアはその後いくつか質問を投げかけた。
ここに来る前の事
「覚えてない…」
どこに住んでいたのか
「も、り…?」
イリスとはどんな人なのか
「キスアに顔が似てる、優しくて料理がおいしい…」
ここに来る直前のこと
「イリスが、クゥに『光のなかに入ってて、必ず迎えに来る』って言って…入ったらここだった…。キスアがイリスじゃないのわかんないけど…イリスみたいだから寂しくない…と思う…」
「そっか、寂しくないのは良かった…でも寂しくなったら言うんだよ?いつでもぎゅーってしてあげるからね!ほら、今でもいいんだよ?」
両手を広げ胸に飛び込んでくるのを待つキスア
「なんか、ちょっと…今はいい…」
何故かクゥは、むふーっ「いつでもさぁおいで!」と心の準備万端なキスアを見て遠慮した。心なしか顔はひきつっているように見え、キスアがその瞬間すごくシュンとしたところでアトリエの玄関扉を叩く音が聞こえた。
「んん?あっダズさんが来たのかもっ!クゥちゃんも挨拶する?」
「ん、クゥも行く……」
「じゃ、おいでっ」
手を繋いで寝室から出るとリビング兼、依頼者との面談や受け付けに使う、長方形のテーブルが一つと、そこに二つ並んでいる椅子があり向かい合うように同じ椅子が二つずつ。
計四つ椅子の置いてある部屋へ向かい、「ここに座っていいよ」とクゥには少し高いその椅子へと座らせた。
椅子に座らせるとテーブルから少し顔が出る程度で、そこからこちらを覗くクゥを見るとあまりにかわいかったものだから「クフッ!」と悶え、胸を押さえた。
「大丈夫…?」
「だ、大丈夫よ、ダイジョブだから…」
すぅ、ふうぅ…と深呼吸すると‥「今あけまーす」と一声かけて、ガチャと玄関の扉を開ける。
「おはようございますっ!ここが…キスアさんの工房ですか…?」
間合いを完全に間違えている少女は、挨拶をしながら勢いよくお辞儀を繰り出し髪をバサバサとキスアに当てていた…。
キスアはてっきりダズが来ると考えビジネススマイルで備えたがバサりと当てられたそのふんわりよいぃかほりの髪を受け、その余韻に浸りながらにっこり笑顔のまま固まった。
「いい匂いぃ…」
キスアはちょっと変質者の素質があったようだ。
「あのー…キスアさん…?ですよね…?えっあれ?ヤバッ…間違えちゃったかな…っ!」
元気があり溌剌といった様子の髪バサ娘は、目の前で固まっているこのピンク髪娘の反応がないことに不安になり慌てふためく。
「ハッ!キスアはわたしで合ってます!もしかしてトレイル…さん…?」
取り乱す少女の様子をみて思考を取り戻したキスアがそう尋ねると彼女は「あっ!そうっス!オレ…あ、いやあたしがトレイル・ラースです!」と名乗り、「良かった…合ってた…」と安堵した。
「昨日の剣を受け取りに来たんですよね?もう出来上がってるので中に入って待っていてください、取りに行ってきますので~」
「はいっお邪魔しま~…なに…?」
中へ入ると椅子に座るクゥが目に入り疑問の声を漏らした。彼女にはクゥがまるで美しい人形が椅子に座っていたように見え、瞬きすらせずトレイルをじっと見つめて微動だにしなかった。
だから、なぜこんなところに人形を…?そう思った。
キスアの人形?趣味かな…。そんなことを考えているうちに、すぐにキスアが戻ってきたので特に気にせずトレイルは視線をキスアに戻した。
「お待たせしました~これが依頼にあった剣です、手に取って確かめて見て下さい~」
キスアは柄の部分と刃の腹を手のひらで支え差し出し、トレイルはそれを受け取った。
「おぉお!確かにあたしのだ!あの爆発でボロボロになってたと思ったのにこんなきれいな状態で戻ってくるなんて!しかもこれエンチャントも、入ってます…?」
見習いでもさすが魔法剣士志望なだけに、トレイルは自分の剣の変化に気付いたようで、いろいろな持ち方をして確かめるように剣を見まわしそう結論づけると、キスアは嬉しそうに「さすがですね!そうですその通りですよ!」と自慢げに無い胸を張って答えた。
「わたしの錬金魔法は~…で、することによって強度と切断力の強化が…」
キスアがそのことについて饒舌に説明しはじめ、その間クゥはジィ~~~とトレイルを見つめていた。
トレイルは話の間クゥの視線が気になりながらも、まぁ人形だしなぁと一先ず納得しつつ話に相槌を打っていた。
話が終わるとトレイルは
「直してくれるだけでも良かったのにこんなにいろいろしてくれて…ほんとにありがとうございます!」
とお礼を言い、修理の代金をキスアに渡すと
「うーん、これだけだとなにかあっさりしすぎるのもあれですし…そうだ今日お時間ありませんか?なにか手伝えることがあればご一緒します!」
そんな提案を申し出た。
「ほんとですか!それじゃあ…この子の服を一緒に買いに行きたいので…着いてきてもらって、いいですか?」
思ってもみなかった言葉に驚きつつもトレイルの提案を受けてクゥの両肩に手を置きながら優しい笑顔になったキスアはそう言った。
「このこ…?まぁ、もちろんいいですよ!キスアさん…人形が好きなんですね」
キスアの言葉に少し引っ掛かりながらも、まぁ人形に愛着をもってるなら変なことではないと再び納得しながら問いを投げた。
「人形、好きですよ?」
突然の話題に一瞬「なぜ?」と思ったもののあまり気にせず答えを返したが、トレイルがチラチラとクゥのほうを見ていたのですかさず「あ、もしかして…この子のこと、人形と思ってます…?」と付け足した
「えっ!あの違うんですか…?あまりに動かないので…ずっと大きな人形を置いている物好きな方なのかと思っちゃってたんですけど…」
「あの、そんなに動いてなかったですか…?少なくとも呼吸はしているはず…なんですけど…クゥちゃん…?起きてる??」
隣に座るクゥの顔を見ようと覗き込むと、クゥはチラリと目でキスアを見た。その後「起きてる…」と答えると完全に人形と思っていたトレイルは「ひょほへっっ!!?」と素っ頓狂な声を上げたのだった。
「ほ、本当に生きた女の子だったんですねぇ…けど…妹さんにしては髪の毛の色がちがくないですか?」
「それは、少し長くなるんですけど…―――」
トレイルは落ち着くと、当然の疑問を口にし、キスアはいずれ誰かに説明する必要があるのは想定していたため、すぐに今までの経緯を話した。
「つまりその子は…キスアさんが錬成で産んだってことっスかぁ!?」
「う、産んだというか…錬成で体を作っ」
「キスアさん子持ちっスかぁ…大変スねぇ…」
「あの聞いて?」
「あっそうだこの子に合いそうな服を扱ってる店、ちょっと覚えがあるので案内しますね!いやぁこんなお人形さんみたいな子の服を選べるの楽しみスねぇ~っ♪」
キスアの説明が少し難しかったのか、10を聞いて2しか知ることができなかったトレイルは、なにやら微妙に勘違いをしたまま、クゥの着せ替えを頭の中でしているようで今から服屋へ行くのが楽しみな様子であった。
「あはは…トレイルさんおーい帰って来て~…?」
「ハッそうでした、二人ともすぐに出発できますか?」
「クゥちゃん、これから外に出るんだけど、ついてきてくれる?」
「……外?キスアがいくなら、いく」
「わかった、じゃあ手繋いでいこっクゥちゃんの服を一緒に買い行くの」
キスアはクゥに手を差し出し優しく微笑む。
「よくわかんないけど、わかった」
クゥが差し出された手を小さな手でつかむとキスアはにこっと笑った。
「それじゃあトレイルさん、案内お願いしますねっ」
「まかせてっくださいっっ期待に応えて見せます!!」
こうして三人はクゥの服を買うために街へ行くことになった。
クゥにとってはキスアと出会ってから初めての外、どんなところなのか……そして、クゥはそのときどんな気持ちであったのだろうか。
――――――――――――――――――――――
「おぼえてない」
と語っている。
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