第4話:ノボルの決意
ポツンと遠くの方にあるその焼き肉店は、風景の一部をくり抜かれたかのように、畑の中を異様に建てられてあった。店の入り口の立て看板の方を見上げると、『お腹マックス牛カルビ店』と書かれてあった。
「あそこが俺たちの目的地か?」
「そうだぞ。ノボルもよく歩けるな。くたびれただろ。あの店の中の席に座りさえすればたっぷり寛げるぞ」
「そうだね。たくさん歩いたから疲れた。それにしてもあんな店、よく見つけたね」
「ネットで調べて知ったんだ」
その焼き肉店は、周囲の鉄柵の内に、生きたままの牛を飼っていた。どうやら少しばかり前に生きていた牛を調理して出したのが専門の店みたいだった。生きた牛を客が連れ出せば食材費用の分だけを割引ができるキャンペーンが実施されていた。おそらく両親がこの記事をネット上に検索して発見したものかもしれない。そこから知り合いの牧場に訪れやってきて、一匹の常陸牛を買い取ったものだと想像が働く。
「父さん、母さん、この店に俺を連れてきたかったのか?」
「そうだ。『お腹マックス牛カルビ店』の専門店では、客に自前の牛を引き連れ出して調理してもらうことができる」
「んじゃあ、これから牛子はどうなるの?」
「そんなの食うに決まってるだろ。そろそろ、お前の牛子ともお別れだな」
「いやだ、愛しの牛子の肉を食べるなんて、俺にはできない!」というノボルは立ち止まると頑なに動いたりしない。それに合わせて牛子も進む足を止め出した。
「それでも、ここまでやってきたのは一緒に牛子を食べるためだろう。後には引き返せない。あの店の店員に、牛子を引き渡そう」
「いやだ、いやだ。牛子は俺の誕生日プレゼントなんだ。俺が牛子の運命を決める権利がある。そうだろう、牛子?」
ン~モォ~ン~モォ~ン。
「やれやれ、ノボルは困った奴だ。お前は小さいころから頑固だな。母さんもこいつを説得してやってくれ」
「ノボル、その牛は、私たちがお金を払って食べるために譲り受けたものなの。だから、『お腹マックス牛カルビ店』のコックに牛子はここで調理してもらって、ありがたくそれを私たちが食べてあげることでしか、牛子としては報われないのよ」
「だからって、敢えて慣れ親しんだ牛子を食べる必要なんてないじゃないか。飼おうよ。あるいは譲り受けた農家に牛子を引き戻し生かしておきたい。何なら俺がその農家の元を働きに出て行き、牛子を共に同じ時間を過ごしたっていい。とにかくなんとかして牛子の元を離れたくない。頼むよ、父さん、母さん!」
「はっきり言って、牛子を自宅に飼うことはできない。それにこちらから牛子を買い取ったのに、今更この常陸牛を知り合いの農場に返品したりはできない。だから牛子を調理してもらって食べてあげるのが、本当の牛子を思いやる一番の行為になるだろう。それ以外に、牛子の行き場所はなくなったんだ」
「いやだ、牛子が可哀そうで仕方がないんだ!」
「牛子だって、お前に食べてもらえば本望だろう。お前が牛子を愛する気持ちに、この子はちゃんと気付いてくれたはずさ。ここは牛子の幸せのためを思ってありがたく食べたりしてくれないか、ノボル?」
「…………」
ン~ン~モォ~モ~ゥモォ~。
牛子のその一声は励ましなのか、それともお別れの合図なのか、ノボルに違いは分からない。
「俺の愛しの牛子……本当にそんな運命をお前が望んでも俺たちは出逢えるものか?」
ン~モォ~モ~ゥン~モォ~ン。
両親は、ノボルの決断を静かに待っていてくれた。
しかし、ノボルが勇気を振り絞り、先に進もうとするも、この決意とは裏腹にノボルの足はその場に動き出そうとはしてくれない。
「ハッ、俺の頑固さだけがガキの頃のまま成長していないんだな」というノボルは自嘲する。
右足、左足と、徐々だが、ノボルがその足取りを進ませようと確実に決心を固め、『お腹マックス牛カルビ店』を目指し近づき出す。
両親が互いの顔を見合って頷くと、ノボルの背中に両手をそっと押し出してくれる。
ノボルが持つ手の手綱を引くと、その首を縄につながれた状態のまま牛子は素直に彼の背後から着いてきてくれた。
「ノボル、お前の決心は無駄にしない。俺は、当然のことをしてるだけだ」
「ノボルの決意は強くなってきたわね」
「みんな、俺のために背中を押してくれてありがとう」
ノボルは家族へ感謝の気持ちで胸が一杯となる。
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