第2話

 彼と出会った数年前も今のような白雪が降りしきっていた気がする。

 悲しくも葉を散らした山中の木々ですら厳しい冬を耐え忍ぶように力強く立っていたというのに。その間を歩くせこけた彼からは、春を待たずして死んでしまいそうな儚さを感じた。


 その弱々しさは見るに堪えず、私は人前に出ないという決まり事を破って今にも倒れそうだった彼に近づいた。付近にあるという家にまで連れて行き、凍てつくような身体を介抱した。

 そこまで年を召しているようには見えないのに、肌は酷くやつれてしまっていて、無造作に伸びた髪は透き通るように白かった。

 口を利けるようになってから、これはどういうことかと訊ねてみた。


 いわく彼は生まれつきの髪の白さから忌み子とされ、赤ん坊のまま街中に捨てられていたという。

 曰く育ての親からも街の者からも気味悪がられ、成人を迎える前に人里離れたこの庵に引っ越したという。

 曰くただでさえ弱かった身体が慣れない環境での暮らしによって悪化し、そこに私が通りすがったのだという。


 ひとまず元気を取り戻した彼だったが、私はすぐには別れを告げなかった。命を繋いでなお、そこに生への意思を感じなかったからだ。

 欲望が消え失せ、気力がしぼんでしまった双眸そうぼう。その存在感まるで冬が過ぎれば溶けてなくなってしまう深雪みゆきのように思われて。

 とても寂しかった。人に恐れられ、人を憎み、人と距離を置いて生きてきた私は、自分の中で渦巻いたその感情に酷く混乱した。

 彼を憐れんだのか、彼の中に自分に通ずる何かを見たのか。気付けば私は彼を抱きしめ、自分の正体を含めた一切の自分ごとを叫ぶように吐露していた。

 そのあいだ彼は黙って私の話を聞いていた。私にはどう足掻いても流せなかった涙で、覇気のない瞳を濡らしながら。



 外の景色によってもたらされた追憶は、甘く心をくすぐるようでどこか気恥ずかしさを感じさせるものだった。

 ゆえにどんな顔をして、どんな声色で彼の前に帰ればいいのか分からず、私は首を伸ばしたり縮めたりしながら暫く玄関に立ち尽くしていたのだが。


「……ただいま」


 いつの日か同じように玄関に立っていた彼を、私自身たしなめたことを思い出して。それなら私がいつまでもこうしているのは恰好がつかないと、意を決して玄関から上がる。


 数歩歩いて居間を覗く間、なぜか私はこの時に限っていつも家に漂っていた熱を感じなかった。見れば狭い部屋の中心に備え付けられた囲炉裏にも火がともっていない。

 なぜだろう。不審に思って傍に近寄る。そもそも家にいるはずの彼はどこに。不安が点々と浮かび、それが線で繋がれていく中で、私はついに見てしまった。


「え……」


 床に横たわって動かない、白髪の彼の姿を。

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