第19話 シャバの空気は美味である
─ラビリンス第二界層『冷たい谷』魔窟酒場
『魔窟酒場』は、相変わらず賑わっている。しかし今日の賑わいはまるで宴会のようだった。
シャルルの目で見る限り酒場には『黒狐の師団』のメンバーと思われる冒険者達も多くいたのだ。
酒場の最奥にある大きな半円のカウンターにはいつものようにオーガの女店主と2人のバーテンダーがおり、席にはレーゼーと、彼女と共に悪魔城攻略に挑んだ精鋭達、そしてミコがいた。
「おう、『暗月』の!」
カウンターに座っていた男はシャルルを見つけると、こちらに来るよう手招きした。
「…あなたは確か、あの時の」
シャルルはその男を少し眺め、足元に大斧があることを確認してからミコの隣へ座った。
「ちょうどおぬしらの話をしておったところじゃ」
レーゼーはグラスに注がれたワインのような紅い酒をぐいっと煽った。
「もうレベル3になるなんてなあ!」
「いやいやケンさん、ウチたちの場合はたまたまですよ〜!」
「お前ならもうサーシャより役に立つかもな!」
酒で顔を真っ赤にさせた、ケンという名の大斧の男がガハハと笑いながらミコに話しかけた。それを聞いていたサーシャも、ケンと同じように顔が真っ赤になった。男がミコに馴れ馴れしくしている姿を見てシャルルもちょっとムッとした。
「はあああ〜〜!?もうあんただけ補助魔法かけてやらないんだから!」
サーシャはそのピンク髪を逆立てながらジョッキをカウンターにドンと音を立てて叩きつけた。
「ははは…」
シャルルもその姿を見て怒りは鎮まり苦笑いした。
その後、シャルルたちは自身の回復に使用した大量のカロリーを補うように大いに飲み、そして食べた。食事の最中、2人の新米冒険者はしばしば背中を叩かれ、周りにいた冒険者、彼女たちが初めて酒場を訪れた際には相手をしてくれなかったような冒険者でさえ酒臭い息を吐きながらレベルアップと二つ名が付いたことを賞賛した。特に二つ名について触れられる事が多かった。シャルルの目からは、彼女よりもレベルが高いのに二つ名のついていない冒険者も多く、黒狐の師団でも副師団長のサーシャだけがその例に該当した。
(二つ名が付いただけでこんなに対応が変わるのか)
シャルルは奢りと称されて押し付けられた強烈なアルコール臭を放つジョッキに困惑しながら思った。
(そういえば、スターリナ・ローゼンもここでは実力社会だと言っていたな)
彼女はしばらく前─と言ってもそこまで日が経っているわけではないのだが─に我が家のある土地の領主代理を務めている令嬢のことを想った。悪い気はしない、とシャルルの口元は緩み、それを隠すようにさらにジョッキを煽ったのだった。
「そういえば、おぬしらはパーティの人員は増やさんのか?」
ふと、レーゼーがシャルルとミコに向かって聞いた。2人は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。そういうことは今まで考えたこともなかったのだ。
「いやぁ、全然考えてませんでしたぁ」
「どうじゃ?わらわたちの傘下に入るもいうのは」
「ブフッ─いったい何を…!」
シャルルは、あまりに唐突な誘いに思わずむせてしまった。そして一考した。『師団』に入れということか。悪い話では無い。冒険は楽になるし、レーゼーの庇護下に入るというわけだ。しかし─俺が帝国からの任務を遂行するにあたってそれを受けるとはあまりにリスキーだ。『黒狐の師団』の規模は人間の冒険者であっても三桁はいる……冒険者殺しを見られる可能性が高くなるのは勘弁だ。
「悪いがレーゼーさん、わたしはもう少しミコを独占したいんだ」
シャルルはその冷たい目に鈍い光を宿しながら意地悪くニヤリとした。もちろん、冗談混じりであるということはシャルルもレーゼーも分かっている。しかし、肝心の本人は冗談として受け入れていなかったようだ。
「シャルルさん…!そんなにウチを大事に思ってくれてるなんて…!」
「あ、まずいかも…」
ミコはシャルルとは違い嬉しそうな顔で瞳をらんらんと輝かせていた。シャルルは顔を引き攣りながら背中に汗をかいた。冷や汗か、脂汗か。彼女にはどちらかは分からなかった。
「まあ、断られるじゃろうと思っておった。じゃが、これはどうかの?『同盟』を結ぶというのは」
「ど、ど、同盟!?」
レーゼーの言葉に最初に反応したのはサーシャだった。彼女も副師団長としての考えなどもあったのだろう。それを見ていたシャルルは、いま目を白黒させている彼女が『黒狐の師団』としての対外的な役割を担っていたのだろうと推察した。
(攻城戦の全てを任されていたあの感じじゃ普段もそうなんだろう)
「どうします?シャルルさん」
「…わかった。前向きに検討する。それで、どういう契約なんだ?」
「それはじゃn」
「同盟っっ!?!?!?!?姐さんとこが同盟!?!?!?」
話がまとまりそうなところで、オーガの女店主が大声を出した。この女性の特徴として反応が鈍くラグがあるしい。そしてその大声は酒場中に轟き、『黒狐の師団』が新米─とはいえ二つ名を手に入れている新進気鋭だが─のパーティと同盟を組もうとしていることが知れ渡った。
「黒狐と同盟?あいつらが?」
「師団って同盟組むのか?いらないだろ」
「バカ、師団と師団が組むことはあるぞ」
「でもあいつらは師団どころか旅団でもないじゃん」
「つまり黒狐の師団長はあいつらを余程見込んでるってことだよ」
「透明?」
「同盟だアホ、風に当たってこい」
酒場は、師団が同盟をするという珍事についての話題一色になった。
「あっごめんなさい姐さん」
「構わんぞヴェアル」
店主はようやくレーゼーに謝った。そして、先程言いかけていた同盟の内容について説明をしだした。
その内容を簡潔にまとめると、シャルル達にとって都合の良い軍事同盟ということだった。一応形式上ピンチの際に相互に助け合うことになっているが、シャルル達が入れない下層、そしてそのさらに下の深層に潜ることが出来るレーゼー達を助けに行くのは物理的に不可能である。そのため、実質的にはシャルル達を助けるというものだった。恐らく、シャルル達がレーゼーを助ける場面があるとしたら、今回の悪魔城攻略と言ったような界層主を倒しに師団が向かうパターンが主だろう。
「わかった。引き受けよう。でもどうやって危機を知らせるんだ?」
シャルルが詰問した。するとレーゼーは懐から何やら同じ道具をふたつ取り出した。
それはシャルルの第一印象では、非常に薄いメトロノーム、だった。それには恐らくこのラビリンスの断面図と思われる10以上ある層が描かれ、その前側にメトロノームのように長い棒が突き刺さっている。その棒にはふたつのビーズ程の大きさの球が刺さっており、ひとつは第二界層を示すと思われる上の方にあった。
「これは?」
「これはアークノームというアイテムじゃ。元々はラビリンスから出てきた遺物じゃが、少々改造してのう。わらわたちとおぬしらの位置がわかるものじゃ。危機が迫ったら、この針を揺らすと良い。こちらのアークノームも呼応して動き出すのじゃ」
そう言うとレーゼーは一方のアークノームの針に触った。するとそれは一定のリズムを刻みながら揺れて音を立て、やがてもう一方のアークノームの針も揺れ始めた。少しの間彼らはそれを眺めると、レーゼーは手で止めてまた話し出した。
「ではシャルルよ、このふたつに魔力を込めるのじゃ──力をみなぎらせてぐっといくのじゃぐっと─そうじゃ。これで完了じゃ」
シャルルは普段魔法を使う役割であるのにこういったパターンでは不器用だった。レーゼーからのアドバイスを受けながらようやくそれが完了すると、アークノームの針についたもうひとつのビーズがするすると下に落ち、もう一方と同じく第二界層のあたりに着地した。
「わかった、感謝する。…が、本当は代価があるんじゃないのか?」
シャルルはアークノームのうちの一方を受け取って服の一部に括りつけた。まるで御守りのようである。
「ほう、やはりおぬし、油断ならないのう。もしわらわとおぬしらが同じ界層にいた時、転移して顔を見に行きたいのじゃ。酒にも付き合って欲しい」
レーゼーは口角を最大限上げて狂気混じりの笑みを浮かべた。
(結局アルハラしたいだけかよ!)
シャルルは心の中でツッコミながら、結局それを了承した。
………
……
…
翌日、と言っても『冷たい谷』では月夜のままだが、シャルルたちと『黒狐の師団』は出発した。黒狐の師団は地上へ帰る用事のあるメンバーだけが帰るようで、レーゼー以外には数人しか冒険者はいなかった。
相変わらずの寒さである。シャルルとミコは白装束のオーバーコートに身を包みながら歩き、時折魔物と戦った。ミコは左右の腰にそれぞれ剣を収めていた。一方は『武人』からの戦利品である冷気を帯びた刀『桐霜』と、もう一方は武人と戦う際に甲冑から引き抜いた細身の直剣だった。どちらもシャルルのスキル『鑑定』では桐霜はA+、直剣の方はB+と非常に頼りがいのある業物だった。
「なあ、レーゼーさん。なんで通路まで転移魔法を使わないんだ?」
戦闘が終わり、周りの冒険者に戦わせてキセルタバコを吸い続けていたレーゼーにシャルルは詰問した。
「あの通路、『修験の道』の辺りは古い冒険者によって強力な結界が施されておる。界層を跨いで魔物が出入りするのを防ぐためじゃが、同様に転移魔法も使えないのじゃ」
そう話していると、例の格子戸に到着した。
格子戸は閉じられており、中から物音はしなかった。しかしレーゼーは何かの気配を察知したようで、先に通路へと入った。
入口から通路にかけては、血がべっとりと壁に付いていた。恐らく、どこかの冒険者が誤って入ってしまったのだろう、とシャルルは推測した。
一行は、広間へと到着した。中には毛むくじゃらの大きな魔物が何かを食べている。広間には骨と装飾品だけの何かが散乱しており、ここへ来た冒険者を殺して食べていたらしい。シャルルは、見覚えのある帽子を見つけた。オレンジの膨らんだ帽子、あれは─。
「アルモンテ、愚かなヤツめ」
シャルルは静かに呟いた。ミコとシャルルが『冷たい谷』へ入ってから初めて会った商人である。彼は利己的で小物でしかしプライドだけは高かった。恐らく、彼女たちと別れてから本当にこの通路が通れないのか確認しに来たのだろう。
そして魔物はこちらに気づいた。名前も表示され、変わらず【冷たい谷の獣戦士】である。
レーゼーは少し驚いた顔をした。
「こやつは、そうか。ここに逃れておったか」
「じゃが、もう楽にしてやろうぞ。『鋼糸─
冷たい谷の獣戦士は、鉄の網に覆われた。そして身動きが取れないでいる。
亜人の冒険者は、右手をぐっと握りしめた。網はそれに応じて狭まり、そして細切れに刻んだのだった。戦闘は、それで終了した。
「やつは悪魔城における野戦軍の指揮官だった魔物じゃ。わらわたちは攻城戦に入る前に城の外にいる悪魔城の魔物を一掃したのじゃが、その時に逃げておったようじゃの」
レーゼーは飛び散った血を着物につかないよう慎重に歩きながら話した。シャルルとミコはお互いに顔を見合わせた。どうやら彼女たちは、想像以上の精鋭と戦って生き延びたらしい。
一行は、第一界層へと戻ってきた。しばらく歩き、馴染み深い『ラビリンス・キャンプ』へと入った。そこでは見覚えのある人物がふたり、口論をしていた。
「ギルドはさっさと救出部隊を作りやがれ!」
「そう言われましても!まだここでの募集は始まったばかりなんです!」
ひとりは、ラビリンス・キャンプで武器屋を営んでいる男だった。もうひとりは、シャルルたちを担当している14番窓口のエルフの受付だった。どうやら、わざわざ第一界層まで降りて冒険者を募っていたらしい。ふたりの後ろに見える粗末に設営されたテントは緑色で、冒険者ギルドを示すようなデザインがなされている。
「あのー…ウチら、帰ってきましたよ…」
口論をしている横で、ミコは話しかけた。ふたりの時が一瞬止まったようだった。
「嬢ちゃんたち、生きていたのか!あの悪魔城の化け物とは会ったのか?」
「ああ。あの日、遭遇したよ。命からがらだった」
久々の再開に、武器屋の店主は嬉しそうだった。一方で、エルフの受付係はレーゼーに話しかけていた。
「ということは、悪魔城も無事に?」
「そうじゃ。こやつらの助けも借りてのう」
レーゼーはこちらを見ながら話した。受付係は困惑の色を隠せなかった。
「全く、あなたたちはなんでそう、毎回色んなことに関わるんですかね…総合評価を付けるこちらの身にもなってくださいよ」
「なんででしょう、あは、あはは…」
ミコは頭をかきながら苦笑いした。
一行はラビリンス・キャンプで遅めの昼を食べた。久しぶりの明るい世界は、ミコとシャルルには眩しすぎた。
そして、地上へと戻る大昇降機へと乗り込んだ。彼らの他に、第一界層にいる理由の無くなった受付係もいる。
「フルフドリス様、インテールではもうすぐ伝統の祭り、『火花祭り』があるんですよ。しばらく地上で過ごしてみては?」
「へえ、面白そうだね」
受付係は、上へと昇る昇降機の中でシャルルに向かって話した。お祭りか、たまにはそういうイベントに参加するのも悪くはないかもしれない。彼女は少し口元を緩めた。
地上へ着くと、もう夕方だった。受付係は「仕事があるから」と言って先にギルドへと帰り、他の黒狐の師団のメンバーも次々にどこかへと行き、その場にはレーゼーとシャルルとミコだけが残った。
「いろいろありがとうレーゼーさん」
シャルルは礼を言った。しかし、レーゼーはどこか遠くを見つめている。と言うよりも何かを感じ取っているようだった。
「シャルルよ。何か感じぬか?」
「え?いや…」
不意にレーゼーはこちらを見ると、真剣そうな顔をしていた。
「祭りに乗じてネズミが入り込んでおる。それにヤツの気配も。くれぐれも気をつけるのじゃ。何かあったらアークノームを揺らすのじゃ」
レーゼーはそう言うと、転移魔法でどこかへと転移した。ふたりは、レーゼーの言葉に困惑しつつも、とりあえずギルドへ行って依頼完了と買い物でもしようということになった。
冒険者の街、インテール。そこにはレーゼーの言う通り既にネズミが入り込んでいた。
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!TIPS!
次回が第1部の締めになります。次回以降更新の頻度は下がります
次回更新予定日
1月中
Pt:2名
シャルル・フルフドリス LV3
二つ名:【暗月の見えざる手】←new!
HP:90 MP:130
【武器適性】
小型近接武器:A+
中型近接武器:C
大型近接武器:G
魔法武器:A+ 大型魔法武器:E
【魔法適性】
適性:[地属性]
習得済魔法:五種類
【スキル】
・体術
・暗殺術(体術ツリーの派生)
・近接戦闘
・鑑定
・採掘
・術符製作
・物品加工
・???
装備
・旅人の服
・ラビリンス用オーバーコート
・ラビリンス用防寒手袋
・国防軍の革ブーツ
・まんまるリュック
武器
・[曲剣]砂の国のシャムシール
・サバイバル用ナイフ『弾道ナイフ』
ドロップ品
・ツリーポックルの枝×4
・爆弾石×2
・万年筆
その他割愛
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