第18話 暗月の見えざる手
─ラビリンス第二界層『冷たい谷』
金髪の冒険者は、睡眠という深海から意識を引き戻した。見知らぬ天井、聞き覚えのある騒ぎ、ふかふかのベッド。
「はっ…ここは…」
辺りを見回すと、そこは病室─というよりホテルの一室のようだった。腰ほどの高さのタンスを挟んで隣にはミコが大きく口をあけて寝ている。シャルルの目のUIからはHPの大部分が回復しているように見えたため、安堵した。
(状況を整理しよう)
シャルルはベッドから上半身だけを起こして考えた。が、その前に部屋の扉が開いた。
「ほう、もう目覚めたかの」
部屋に入ってきたのは『黒狐の師団』の師団長であるレーゼー・アンズだった。その手には、日本刀のようなものを持っている。
「ここは…?」
シャルルはその刀を見ながらも尋ねた。レーゼーは、シャルルとミコのベッドの間に何処からか革張りの椅子を出現させて座った。
「『魔窟酒場』─の宿屋じゃ」
レーゼーはそう答えると、シャルルは立て続けに質問した。界層主である幻魔氷皇ニュークスワルツはどうなったのか、悪魔城はどうなったのか、ルリはどこへ行ったのか、あの『武人』はなんだったのか─。
レーゼーは黙って聞いた。そしてシャルルから波のように押し寄せる質問が止まると、キセルタバコを取り出して吸った。
「ふう──さて。まず幻魔氷皇と悪魔城は、消滅した。わらわ達があの界層主を倒してしばらくすると崩壊が始まってのう。瀕死のおぬしらと仲間を無理やりここへ転移させたのじゃ」
彼女は口から白い煙を吐き出した。シャルルは、ここは一応治療してる場所なんだから不味いだろ、と言いたげな苦々しい顔をして見せた。
「外の司令部へ飛ばしても良かったのじゃが、悪魔城の崩落がどこまで付近へ影響するかを考えてここへ転移させたのじゃ。ここに
レーゼーがここまで話すと、隣で寝ていたミコも目覚めたようだ。
「おはひょうごはいます……ってここはどこですか!? 」
彼女も、同様に混乱していたため、シャルルの口から同じ説明をした。
ところで、とレーゼーは不思議そうな顔をした。
「おぬしらはその、それには気付いておらんのか?」
レーゼーはこちらの頭上を指さした。2人ともなんのことか分からないような顔をした。そして幾ばくか時間が経つと、気付いたようだ。
「「えっ!?」」
「レベル3になってる…」
ミコとシャルルはお互いに顔を見合わせた。そしてお互いの頭上に表示されているレベルが上がったこと以外にも、他にも新たな表示が増えていることに気付いた。それは一般的に言われる『二つ名』だった。
栗毛の冒険者ミコ・カウリバルスの頭上にはLV3という表記に加えて【烈風の月斬り】があった。
一方でシャルル・フルフドリスの頭上には、同じくLV3という表記に加えて、【
「おぬしらはネームド冒険者になったのじゃ。おめでとう」
お互いがお互いの二つ名をまじまじと見ているのをしばらく見守っていたレーゼーは口を開いた。
「レーゼーさん!この二つ名っていうのはどういうものなんですか?」
ミコは、相手がデアルンス国の冒険者の中では最強格である人物に対して臆することなく尋ねた。
「ふむ。おぬしらは新米じゃったか。そんな奴らがもうレベル3とは驚きじゃが─」
「二つ名はまあ、レベルと同じく『システム』から与えられたものじゃ。そうじゃのう…その冒険者を簡潔に表現するものじゃが、基本的にはそう簡単に与えられるものではないのじゃ」
レーゼーは半ば困惑しながら答えた。彼女はこの国の冒険者に与えられる『システム』についてそこまで詳しくはなかった。
「もしかして二つ名って、何か規則性がある?」
シャルルは自分とミコの二つ名を見比べて疑問に思った。2人とも二つ名に『月』という言葉が入っている。
「それなら分かるぞ。いくつかパターンがあるが、最も多いのは二つ名の一部がその界層にあるものから付けられるものじゃ。おぬしらの『月』も
レーゼーはまたしてもタバコを吸った。そしてひとしきりズーズーと音を立てて吸うと、「じゃが」と続けた。
「レベル1の新米でも来れるラビリンス上層で二つ名を獲得出来る冒険者はなかなかいない。中層や下層に比べても敵は弱いしのう。獲得出来るパターンは今回のおぬしらのように低いレベルで、しかも10年に一度しか現れない悪魔城で戦ったり、界層主と戦ったりすれば獲得出来るのじゃ。おぬしらの他には…そうじゃな。『武人』もそうじゃった」
レーゼーから『武人』という言葉が出て2人はギョっとした。界層主に使役されてシャルルとミコと戦った、あの『武人』。あの時は【冷たい谷の武人】だったが、もともとは『黒狐の師団』のメンバーである。彼は当時【月斬りの武人】という二つ名だった。
「その、武人についてなんだが…」
シャルルは言いづらそうにモジモジしながら言った。シャルルからは、レーゼーがどういう感情でいるのか表情からは読み取れなかった。
「おぬしらが意識を失っている間に、あやつと少し話すことが出来た。…突入した武人は幻魔氷皇に挑み、敗れ、そして死んだ。じゃが幻魔氷皇はただでは死なせず、魂に細工をし、身体に戻して使役したのじゃ。つまり、武人は悪魔城のからくりの一部になっておったということじゃ」
彼女は椅子から立ち上がると、2人に背を向けた。
「………やつは最期に、武人として誉れある死に方が出来て良かった、と言っておった。この刀もおぬしらにやる、と」
レーゼーは天井の方を見ながら、少し間を空けた。シャルルには小さく鼻をすすような音が聞こえた気がした。
そしておもむろにこちらに振り向くと、手に持っていた刀を2人のどちらかに渡そうとした。シャルルは自分の武器適性から考えてミコに渡すよう促した。
「お、おおおおっ!」
ミコはレーゼーから刀を受け取ると、早速鞘から半分ほど抜いて確認してみた。見事な日本刀、そしてその刃には冷気が帯びている。
「
レーゼーが静かに話している中、ミコは嬉しそうに刀を見つめていた。しかし、呪いというワードが出た途端、顔は青ざめていった。
「冗談じゃ。本当に呪いだとしても呪いをかけた本人は消えておる。そうじゃな…『祝福』と言った方が適切かもしれぬ」
レーゼーはミコの怖がっている様を笑いながら面白そうに言った。既にタバコは懐にしまい、煙くささも消えていた。
「ところでルリさんは?」
「ああ、酒場におるぞ。兄と会っていたようじゃ」
「そうなんですね!…あっ」
ミコは急に腹を鳴らした。どうやら、2人はしばらく寝ていたらしい。
「ちょっと酒場でご飯食べてきます!シャルルさんも行きましょう!」
ミコに誘われてシャルルもベッドから出ようとした。しかし、レーゼーに服の一部を掴まれているのを気づくと、ミコを先に行かせた。
………
……
…
「まだなにか?」
シャルルは尋ねた。正直、どんな要件かも分からず2人きりは気まずいものがある。
「単刀直入に聞こう。おぬし、転生者か?」
「っ…!」
レーゼーに静かに問われて、今度はシャルルの顔が青ざめた。俺が転生して帝国からの任務をこなしているとバレた場合、ただ普通に死ねても幸運な方だろう。シャルルはそう考えた。そして渋々ながら、事実を話すことにした。
「わたしは、異世界から転生した。だからこの世界の人が知らないことも知っている」
シャルルは、事実を話した。だがその事実には続きがあり、その続きだけは自分の命を考えれば話してはいけなかった。
レーゼーは、静かに話を聞き、そしてゆっくりとシャルルの顔を見て最後に目を合わせた。
「ふむ。嘘は言っていないようじゃ。なに、14歳の新米がここまで飛躍すると考えたら、おぬしの相棒のように余程の才を持っているか、あるいは転生者じゃからのう」
「わたしが転生者であることに驚かないのか?」
シャルルは少し驚いた。そして安堵した。どうやら、更にもう一度転生して冒険者を殺すように命令されていることまでは読めなかったらしい。
「わらわも長く生きておる。そういった類の人間は何人か見てきたわ」
亜人の冒険者は、そのしっぽを揺らめかせた。
「じゃが気をつけることじゃ。半年ほど前じゃろうか北方の『帝国』では『転生者狩り』という者が暴れておったらしい。ここ最近は静かにしておるが、もしかしたらデアルンスに来ているかもしれぬ」
レーゼーはそう言うと、部屋を出ていった。
シャルルはしばらくベッドから動くことは出来なかった。俺が帝国で上げた功績は、レーゼーが言った『転生者狩り』によるものなのだ。
俺は日本から帝国に異世界転生すると、一般常識レベルの知識で各方面あらゆる分野で無双し、一躍帝国の騎士団にまで入ってしまった。だがある時、第二第三の同じような転生者が現れていることに気付いた。同じ転生者である自分だからこそ分かる。見慣れない服装、文化の違いに困惑する様子、そして奇想天外な発想。
シャルルは、日本ではうだつの上がらないただの大学生だった。だが異世界ではここまで成り上がっている。もしこのまま異世界転生者が増え続けた場合、自分というものの存在価値が無くなってしまう。その醜い自己保身の為に、彼は先行者利益で転生者をあらゆるやり方で排除した。もちろん誰にもその者たちが転生者であるなどとは漏らしていない。そしてその転生者の功績を自分のものとして、さらに帝国で名を上げていったのだ。
つまり、その欲と血で汚れた殺しを厭わないきたない手を、帝国は評価したのだ。国防軍騎士団の力を使って転生者を排除したこともあるが、その場合は毎度「国家転覆を狙っている」「総統閣下に成り代わろうとしている」などと都合のいい理由をつけていた。だからだろうか、彼は今こうして14歳の少女に転生させられて冒険者を殺すように命じられているのだ。
そして影で暗躍する見えない姿をいつしか『転生者狩り』と呼ばれていたのだ。その『転生者狩り』のワードを久方ぶりに聞いたシャルルは、震えた。そう考えると、今の自分の二つ名である【暗月の見えざる手】の『見えざる手』もまるで『システム』に自分の与えられた任務を見透かされているような気がした。
(いや、さすがに考え過ぎだ)
シャルルは両手で自分の顔をパンとはたいた。
「腹、減ったな…」
彼女もベッドから降りた。ここ数日で、色々な事があった。思えば、第一界層の依頼を受けてラビリンスに潜っていて、試しに第二界層へ行こうとしたら通路に魔物がいて帰ることが出来なくなり、成り行きで界層主を倒すことに協力することになった。本当は、無事に地上へ帰ることが目的だったのだ。
シャルルは考えながら、自分の身なりを整えた。そしてミコやレーゼーが出ていった扉から、酒場の方へと向かった。酒場は、宴会のように賑やかだった。
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!TIPS!
次回更新予定日
1月中
Pt:2名
シャルル・フルフドリス LV3
二つ名:【暗月の見えざる手】←new!
HP:90 MP:130
【武器適性】
小型近接武器:A+
中型近接武器:C
大型近接武器:G
魔法武器:A+ 大型魔法武器:E
【魔法適性】
適性:[地属性]
習得済魔法:五種類
【スキル】
・体術
・暗殺術(体術ツリーの派生)
・近接戦闘
・鑑定
・採掘
・術符製作
・物品加工
・???
装備
・旅人の服
・ラビリンス用オーバーコート
・ラビリンス用防寒手袋
・国防軍の革ブーツ
・まんまるリュック
武器
・[曲剣]砂の国のシャムシール
・サバイバル用ナイフ『弾道ナイフ』
ドロップ品
・ツリーポックルの枝×4
・爆弾石×2
・万年筆
その他割愛
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