第16話 幻魔氷皇ニュークスワルツ
─ラビリンス第二界層『冷たい谷』悪魔城 1F厨房
冒険者たちは、悪魔城の内側へと立った。辺りは血の海である。シャルルはうわぁ…という顔をした。師団長とは、やはりレベルが違う。旅団長であるアナスタシアも強かったが、師団長は次元が違う。
シャルルは正直なところ引いていた。これでは帝国からの命令である有力な冒険者の抹殺なんて出来ないな。
「全員、揃ったかの?わらわに着いてくるのじゃ。このまま一気に界層主を倒しに行くぞ」
レーゼーは全員が到着したのを確認すると、長い着物を翻しながら言った。
『黒狐の師団』の師団長には、界層主の場所がなんとなく分かっていた。師団長として高いレベルの冒険者である彼女が当然のように持ち合わせている魔力感知のスキルが、上の方から強大な反応があるのを報せていたのだ。
先頭は黒狐の師団のパーティが、そこにシャルルとミコとルリが続く。その後にレーゼーが作り出した人形兵がガチャガチャと音を立てて並んでいた。
城内は豪華な装飾が飾られ、全体的に寒色の明るさと共に冷たさを感じさせる照明配置がなされている。
一行は上の階を目指して探索を開始した。3人の冒険者は着いていくのに精一杯だった。黒狐の師団の一同は、シャルル達でもまだまだ相手出来ないような大きな銀色の騎士の魔物ですら文字通り瞬殺していくのだ。
だが彼女たちも戦闘に参加していなかった訳ではない。時おり脇や後ろから魔物が攻撃してくることもあったが、人形兵を盾にしつつシャルル達は攻撃に徹していたのだ。ルリは得意の魔法で仲間達を回復させている。その様子を、レーゼーは優しく見守っていた。彼女にはこの若い娘達が次の有力な師団や旅団級の冒険者になるという予想があったのだ。
城内は、基本的に静寂に包まれていた。城の外で展開されている攻城戦の騒ぎも聞こえて来ることはない。時おり聞こえてくるのは、石造りの城特有の隙間風が奏でる独特の高音と、見回りをしに歩いている大きな騎士の鎧の擦れる金属音が、彼方から聞こえてくる程度である。
「これ、生きてるやつですか?」
ミコは通路に立っている甲冑の置物を指さした。シャルルは意図せずして警戒の糸を緩めることとなって、いつもより笑いのツボが浅かった。
「くっ、くっ…あははは!あーおかしいははは…」
「な、なんで笑うんですか!?」
シャルルの普段でも見せないような大笑いに、ミコは赤面しながらも憤慨した。
「だ、だってさ、前にいるレーゼー達がスルーしてて、もし敵ならわたし達がこうやって話してる間に攻撃してくるじゃない?」
シャルルは、ほら、と言いながら甲冑のお腹の辺りを押した。甲冑は音を立ててガラガラと崩れた。フロア中に金属とカーペットがぶつかる音が木霊する。
「おぬしら、ふざけてないでさっさと着いてくるのじゃ」
前の方にいるレーゼーは、こちらを見ずに注意した。ミコとシャルルの2人は顔を見合わせてニッコリして、黙って従った。ルリは呆れた顔をして見守っていた。
冒険者たちは、徐々に階層を上へ上へと登っていく。道中は師団長レーゼーを中心に突破していく。だが、後続の人形兵は徐々に数を減らしていった。
そして彼らは悪魔城の4階まで辿り着いた。4階は一転して大広間となっており、その入口でレーゼーは立ち止まった。恐らく、界層主が近いのだろう。シャルルはレーゼーの顔を盗み見た。ここまで一貫して余裕のあった表情であった彼女だが、今はその様子は伺えない。
「おぬしら、よく聞くのじゃ。ここの上の階に界層主がおる。この大広間を抜ければ上へと繋がるじゃろう。おぬしら、わらわの言いたいことがわかるかの?」
口を開いたレーゼーは、話の後半はこちらの方を見て言った。他の2人はどうか分からなかったが、シャルルはすぐに理解し、答えを述べた。
「この大広間で強敵が出てくる、と?」
「その通りじゃ。気を抜くでないぞ」
一行は、大広間へと入った。大広間は特にテーブルなどがある訳ではなく、巨大なシャンデリアが吊るされており、大広間の奥には上の階へと繋がる2つの対になるように湾曲した階段があり、その階段の先にはちょっとしたバルコニーがあった。恐らく、あのバルコニーから王となる人物がここを見下ろすという設計であり、バルコニーの奥にはさらに通路が見えていて界層主のいるフロアへと繋がるのだろうと伺えた。
全員が大広間の中に入り、中央部まで来ると突如として全員を霧のような幻が包み込んだ。
「ミコ!ルリ!レーゼーさん!大丈夫か!」
シャルルは突然の出来事に焦りながら声を出した。
「ウチは大丈夫です」
「ルリも」
霧の中から2人が現れた。すっかり数を減らした人形兵たちもいる。シャルルは安堵した。が、未だ周囲は霧に包まれ、レーゼーたちの姿は見えない。
そこに、ガシャンガシャンとふたつの高い音が上から降りてきた。銀色の騎士である。一体は槍斧を持ったもの、もう一体は盾と直剣を持っていた。冒険者達も武器を構えた。
「わたしは槍斧の方をやる。ミコはもう片方を…!」
「分かりました!」
シャルルとミコは顔を見合わせた。そこに、ルリも小さな魔法のステッキを頭の上に構えた。
「『神聖なる光よ、力の根源として我らに高貴なる迅速をもたらし給え』─ピオリア・リリア!」
2人に薄く黄色い光が降り注ぐ。彼女は2人に敏捷のステータスを上げる補助魔法を掛けたのだ。
戦闘が、始まった。だが2人の冒険者はすぐには戦わない。まずはそれぞれ人形兵を戦わせ、隙が出来たのを見てから攻撃をし始めるのだ。
「『霧雨一文字!』」
早速ミコが背中から斬りかかっている。代用品として持っている質の悪い剣では、致命傷には至らなかったようで、騎士はすぐにミコの方に振り向いた。だが、そこに人形兵が背中に攻撃を加える。人形兵は攻撃方法は単純でパターンが少ないものの、純粋な力があったためそれは有効打になっていた。
(あれが倒されるのも時間の問題だろうな)
少しだけ隣で戦う様を見ていたシャルルも戦闘を始めた。同じように人形兵に正面の戦闘を任せ、彼女もシャムシールを抜いて流れるように切り刻み始めた。しかし、その成果はあまり芳しくなかった。
シャムシールは、刃先が流れるように湾曲している曲剣というカテゴリーに属する武器である。それは布や皮膚を切り裂くのには非常に効果的である反面、鎧などには効果が薄い。
シャルルは苦い顔をした。槍斧を持っている個体の騎士は力が強いようで同じく力の強い人形兵の攻撃でも怯まず槍斧を振り回している。
「『
シャルルはシャムシールを構えて魔法を唱えた。砂の刃が閃光と共に騎士に向かって飛んで行く。しかし─
「まずい!」
シャルルはやってしまったと思った。砂の刃は騎士に直撃すると不思議な音を立てて自分の方へと跳ね返ってきたのだ。
(まさか【魔法反射】の耐性が付いてるとは)
顔の横を砂の刃が飛び、頬を傷付けられてから彼女は思った。
だが彼女の魔法は無意味だった訳ではない。彼女の魔法で注意がこちらに向き、人形兵の攻撃がひとつ直撃したのだ。この攻撃は効いたようだった。魔法が効かない…ならばとシャルルは考えた。
「『岩石砲!』」
シャルルは今一度シャムシールを構えると、両手にギリギリ抱えられるようなサイズの岩を生成し、それを射出してぶつけた。腹に堪えるぶつかった際の低い音と、岩と金属とがぶつかる高音どちらもが響いた。今度はちゃんと魔法が効いたようだった。
『岩石砲』の魔法は、岩を射出する魔法である。岩を生成し、射出するまでは魔法の力を頼っているが、岩自体には魔法の要素はない。つまり発射されたそれは質量と運動エネルギーを伴ったただの物体なのだ。故に魔法力を反射する耐性の範疇外であったのだ。
反対に『砂漠の鷹』は、魔法力でもって砂を刃のように整形させ、切断させるほどの力を魔法力で持たせている。『砂漠の鷹』は最後まで魔法力が込められている刃であるため、跳ね返されたのである。
騎士は大きくよろめき、シャルルはその間に背中を斬りながら人形兵の脇へと戻ってきた。攻撃を受け続けたこの人形兵も、騎士も、限界が近いようだった。人形兵が攻撃を仕掛けようとした瞬間に、騎士は力を振り絞って斧槍を両手で持って勢いよく突き出して人形兵を貫いた。シャルルは突きが出た瞬間に横にスっと避け、そのまま距離を詰めた。そしてめいっぱい腕を伸ばしたことによって脇のあたりに生じた鎧と鎧の隙間の部分に、思い切りシャムシールを突き刺し、そのまま回転しながら斬り捨てた。
(これ、技として使えるかもしれない)
シャルルはその一瞬で感じた。
騎士は、ついに死んだようだった。あわよくば鎧も武器も持って帰ろうとシャルルは思っていたのだが、それも全て灰のように朽ちて消えてしまった。
「シャルルさん!」
「ミコ!」
シャルルが騎士を倒したのを見て、ミコが駆け寄ってきた。彼女は少し先に騎士を倒したようで戦闘を見守っていたのだろう。
「2人とも見事な戦いぶりね。さすがルリのライバルなの」
ルリはそう言いながらこちらに近づいてきた。そして2人に回復魔法を掛けた。彼女は2人が戦っている最中も2人が気づかないうちに回復魔法や補助魔法を掛けていた。
「ありがとうございます、ルリさん」
ミコは回復魔法の暖かな緑の光に気持ちよさそうに目を瞑りながら感謝の言葉を述べた。ミコは気づかなかっただけだろうがシャルルはまたしてもライバル扱いされていることに気づいた。しかし、この状況下でツッコミを入れるほど余裕はなかったため黙って回復を受け続けた。
「おや、おぬしらも無事じゃったか。ほれ見たことか。わらわは信じておったぞ」
大広間の中で声が響く。幻の霧は雲散霧消しており、『黒狐の師団』のメンバーが勢揃いしていたのだ。副師団長であるサーシャが、信じられない、とでも言いたげな顔をして口をパクパクさせていた。
「ほら、謝れよサーシャ」
大斧を持った筋骨隆々の戦士のような風貌の男がサーシャの背中をばんと叩いた。本人としては軽く叩いたつもりだったようだが、サーシャはその位置から60cmは前に飛んだ。
「ご、ごめんなさいでした…」
サーシャは背中を擦りながら謝った。3人は、どう反応していいか分からず苦笑いをするしか無かった。
………
……
…
一行は階段を登って界層主のいるフロアまで向かっている。シャルルたちは、幻の霧に囲まれ自分達と離れた黒狐の師団がどのような状況にあったのかを聞いた。どうやら彼らもまた精鋭と戦ったようで、界層主の左腕とも言える魔物だったという。しかしそれを呆気なく倒してしまうと、幻の霧を発生させている装置と魔物を破壊しにこのフロアを探索していたらしい。
そんな話をしていると、一行の前に5m以上はあるだろう大きな扉が現れた。シャルルやミコのような新米の冒険者でもピリピリとした空気を感じた。それは強大な魔物が放っている威圧感だ。
そんな威圧をものともせず、レーゼーはキセルタバコを吸って一服すると、カン!と音を立てて扉の横にある柱にキセルの先を叩いた。中からボロボロと灰になった吸殻が出て、大理石の床へと落ちた。吸殻を足の裏でぐしぐしと踏み、キセルをクルクルと回しながら懐へしまうと、彼女は扉に触れた。
「ゆくぞ」
………
……
…
彼女が少し押すと、扉は勝手に開き始めた。中は聖堂のようになっており、奥には神父が説教していそうな台や、ステンドグラスが見える。そして、奴もいた。
一行は界層主の姿を見つけると、ゆっくりと聖堂の中へと入っていく。界層主はおよそ2mから3mほどの大きさで、こちらに背を向けていた。そして先頭を行くレーゼーがある程度の距離まで近づくと、界層主はこちらを振り返った。ようやくシャルルの目のUIにも魔物名前が表示された。
「これが第二界層の界層主…」
【幻魔氷皇ニュークスワルツ】
シャルルは声を漏らした。UIにはこれまで見たことない危険を表す警告と、魔物の名前が赤色で示されている。
第二界層の界層主である幻魔氷皇ニュークスワルツは、見た目はどこかの大司教のような風貌であった。しかしローブはボロボロになり、王冠を付けた顔は長い黒髪と土気色で見えづらく、どのような顔をしているのか伺うことは出来なかった。
幻魔氷皇は、両手に特大剣をそれぞれ持っていた。そして黄色く光る瞳でレーゼーの方をジロリと見ると、右手の特大剣には冷気が宿り、左手の剣には闇が宿った。
「シャルルよ。こやつはわらわたちが相手をする。おぬしらは邪魔が入らぬよう辺りを守っておくれ」
レーゼーは、こちらを振り返って言った。その言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、幻魔氷皇は左手の闇の特大剣を床へと突き刺した。
するとシャルルたちの右に、人型の敵が現れた。全体から闇のオーラが漂っており、幻魔氷皇に使役されているのは明らかだった。
「分かったよ」
シャルルたちは剣を抜きながら答えた。
するとレーゼーたちは返事をする代わりに一気に前方へと走り出した。いよいよ幻魔氷皇と戦闘を始めるのだ。
「ミコ、ルリ、わたし達もやるよ…ってこいつは…!」
シャルルはUIで敵を見た。水色の装束に日本刀を構えるその敵の名前に、見覚えのある単語があったのだ。
「【冷たい谷の武人】…『武人』…」
シャルルは『武人』という言葉に見覚えがあった。それは黒狐の師団の一員であり、悪魔城に突入してから行方が分からなくなっていた『武人』で、当時の正式な二つ名は【月斬りの武人】だったと司令部の資料で確認した。
「ミコ、ルリ、気をつけて。こいつは相当"やる"」
シャルルはシャムシールを構えながら注意した。二つ名付きの冒険者であるということは、これまでの経験上並の冒険者ではないはずだ。クソ、面倒な相手だ。シャルルは心の中で悪態をついた。
【冷たい谷の武人】は、暗いオーラの中で目だけを紫色に光らせた。そして刀を持つ右腕を顔の前に出し、刀の先を地面に向け、左手で柄の下側を握って、シャルル達に刃先を向けるようにゆっくりと腕を返した。その動作が終わると、まるで剣道のようなシンプルな構えになった。しかし、その一連の動作によって構えに全く隙を感じさせることはなかった。
冷たい谷の武人は、口を開いた。
「いざ、参る」
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!TIPS!
次回更新予定日
1月中
Pt:2名
シャルル・フルフドリス LV2 二つ名:[未設定]
HP:80 MP:80
【武器適性】
小型近接武器:A+
中型近接武器:C
大型近接武器:G
魔法武器:A+ 大型魔法武器:E
【魔法適性】
適性:[地属性]
習得済魔法:五種類
【スキル】
・体術
・暗殺術(体術ツリーの派生)
・近接戦闘
・鑑定
・採掘
・術符製作
・物品加工
装備
・旅人の服
・ラビリンス用オーバーコート
・ラビリンス用防寒手袋
・国防軍の革ブーツ
・まんまるリュック
武器
・[曲剣]砂の国のシャムシール
・サバイバル用ナイフ『弾道ナイフ』
ドロップ品
・ツリーポックルの枝×4
・爆弾石×2
・万年筆
その他割愛
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