第15話 【悪魔城】攻略戦

 ─ラビリンス第二界層『冷たい谷』悪魔城攻略司令部


 冒険者たちは、細いチューブの中に押し込められているような感覚に襲われた。自分達が今しがたいたはずの『魔窟酒場』から離れ、ぐるぐると混沌とした空間に一瞬いた。そしてバシッという音と共に、全員は違う場所へと転移した。

 転移魔法に慣れているレーゼーは優雅に歩き出したが、それ以外の3人はそれぞれが苦しんでいた。シャルルは頭痛のする頭を触り、ルリは苦しそうに腰を曲げている。ミコは四つん這いになって今にも吐きそうだった。


「初めて転移魔法した者は大抵すぐ吐くのじゃが、おぬしらは見どころがありそうじゃ」

 こちらを振り返ったレーゼーは面白そうに笑った。シャルルは全く面白くないという顔をした。同じようなことは一度経験したことがある。俺が日本で大学生をしていた時、サークルでバカみたいに酒を飲まされた翌日のようだ。


「司令部の中で待っておるぞ」

 レーゼーはそう言うと設営されたテントの中へと入っていった。

 シャルル達が二日酔いのような症状から解放されたのは数分後だった。ようやく現在地と周りの状況が伺えた。200mほど先に大きな城が見える。シャルルの目からはヨーロッパなどにある古城、という印象だった。そこからは絶えず金属のぶつかる音や声が聞こえている。恐らく攻城戦の最中なのだろう。そして目の前にはこの攻城戦の司令部とパーティメンバーの野営地であろうテントの群れがあった。

 ちょうど野営地から冒険者が十人ほどフードを被った人影を連れて悪魔城へ向かった。彼らもまた攻城戦に参加している『黒狐の師団』の部下なのだろう。


 3人は目の前の司令部のテントへと入った。司令部は慌ただしく、来客者の事など眼中にないようだった。何人かの部下が長いテーブルに座り水晶玉と向かい合っている。そして時おり何かをメモすると、それを部屋の中央にある大きな机へと置いた。

 シャルルは気になって覗き込んでみると、机には悪魔城と思われる地図が広げられ、チェスのコマのような物がところどころに置かれていた。たまにそのコマがぶるぶると震えると、位置が微妙に移動していた。恐らく黒狐の師団のメンバーの位置を定期的に示しているのだろう、とシャルルは推測した。


「アルマ隊が突入に成功して城内へ入った模様です」

「西壁攻略部隊から援軍要請です!」

「先日突入していた『武人』隊の行方が、分からなくなりました…」

「ロマック隊長からの進言です。城壁の攻略は諦めた方が良いのでは、と」


 度々報告を受けていたピンクの髪色をした女性はストレスで全身を震えさせていた。

「ああもう!うるさい!うるさい!うるさい!…ん?あなたたち、誰?レーゼーさんの新しい部下?」


 その女性はようやくこちらに気づいたようだった。シャルルが辺りを見回すと、部屋の隅っこの椅子でレーゼーがタバコを咥えている。そしてようやくこちらに向かってきた。


「サーシャ、こやつらは攻城戦を手伝ってくれるという冒険者どもじゃ」

 サーシャ、と呼ばれた女に一同はぺこりと会釈した。彼女は『黒狐の師団』の副師団長であるらしい。どうやら、攻城戦の雑務は彼女に押し付けられているようだった。


「ああ、やっと司令部に人手を送ってくれるんですか……って、子供でレベル1とか2じゃないですか!?」

「不満かの?」

「いや、まあ、ワイルドキャットの手も借りたいような状況ですからいいですけど…」


 師団長と副師団長の問答は終わった。

 サーシャと呼ばれた女は、はあ、とため息をつくと3人に役割を与え始めた。【遠目】スキルを持っているルリとミコは交代制で外へ出て定期的に攻城戦の戦況を伝える。シャルルは司令部の中で情報整理を担当することになった。


 逐一報告される戦況からシャルルは状況を整理した。黒狐の師団の攻め方は、2パターンが同時に行われている。ひとつ目は内部へ侵入させまいと矢や魔法を上から降り注ぐ城壁に対する攻略部隊、ふたつ目は城門から無理やり内部へ侵入する部隊だった。

 城門は既に破壊されており入ること自体は可能だが、城壁が生きているため城内に入るまでは矢の雨を受けることになる。そして城内も侵入者に対しての仕掛けが満載しているようで、突入に成功したとしてもその後に消息が分からなくなっている部隊が多い。


(思っていたよりも攻城戦の仕方はまともだな。だが、相手の物量が多すぎるのか)

 シャルルは口元に手を当てながら考えた。戦術的な話では『攻撃3倍の法則』というものがある。攻め手は守り手の3倍の軍勢が必要であるというものだ。シャルルの考えでは、魔物が悪魔城を正面から攻略するには例え『師団』だろうと戦力が足りないだろうと推測している。


(外の様子を見る限り投石器のような攻城兵器は見つからない。長いハシゴはあるようだが、いくらでもリソースのある悪魔城相手にマンパワーで城壁上を制圧しろというのは酷だろう)


 そう思ったシャルルはおもむろに地図の前から離れると、サーシャの元へ向かった。副師団長である彼女は先程まで1人で担っていた雑務から解放され椅子でゆったりと─シャルルの目から見れば溶けている─している。


「サーシャ、聞きたいことがある─悪魔城の城門はどうやって破壊したの?」

「ンがっ……え?なに?」

 サーシャと呼ばれたピンク髪の女は半分寝ていたようで口元のヨダレを拭きながら目覚めた。

「ああ…城門は城壁とは素材が違かったから『爆弾石』を使ったら壊れたよ。城壁も城門も『魔力耐性』どころか『魔法反射』があって苦労したよ…もういい?休ませてくれ……」


 サーシャはそう言うとまた眠ってしまった。

 シャルルの頭にようやくアイデアが浮かんだ。その顔は一度目の転生でなった帝国国防軍近衛騎士団の参謀中佐になっていた。


(爆薬があるならいけるな。弓と剣と魔法の世界に代用とはいえ爆薬があるのはずいぶんと気が楽だ。この世界にはまだ銃も弾丸も大砲も存在していないのだろうが…弾丸?どこかで聞いたような…)


 シャルルは思考の中で全く関係のない疑問の波が押し寄せてきたが、すぐさま切り替えた。まずは司令部にいる黒狐の師団の部下に爆弾石をありったけ集めるのと、現在野営地にいる冒険者たちを出撃させず待機させるように頼んだ。


「爆弾石では城壁は壊れなかったのじゃが、どうするつもりじゃ?」

 先程まで部屋の隅でタバコを吸っていた師団長レーゼーが立ち上がり尋ねてきた。この人は何もしていないがそれでいいのか、とシャルルは思った。

「城壁を壊すつもりはありません。もっと別な所を壊します。今やっているやり方よりも可能性はあると考えています」

 シャルルはしっかりと答えた。本人は自覚していないが、人を見透かすような冷たい目のままである。


「ほう、面白いの。30あれば十分かの?」

「なにを…?」

 シャルルが不思議そうに呟くと、レーゼーは左手の指を複雑に動かした。外からガシャガシャと音が聞こえてくる。ミコとルリが息を荒くして司令部へ入ってきた。

「な、なんか急に人形みたいなのが現れましたよ!?」

 ミコはゼーゼーとしながらシャルル達に伝えた。

「あなたは…『人形使い』なのか。だから…」

 シャルルは尋ねた。ようやく納得出来た。ひとつの冒険者のパーティであるのにどうやってここまで組織的に攻城戦を運用しているのか疑問だったのだ。


「人形使い…まあ、部分的に正解じゃな。それに部下は100人以上おるぞ。ちゃんと人間も使おる」

 レーゼーの冗談なのかどうか分かりづらい話に、シャルルたちは苦笑いをするしか無かった。

 黒狐の師団。人間が100人以上、そして師団長のレーゼーが使役する膨大な数の人形達でまさに軍隊のような規模感である。


 ………

 ……

 …


 翌日、準備は整った。出撃するのは黒狐の師団の精鋭である冒険者数名と副師団長のサーシャ、師団長のレーゼー。そしてシャルルとミコ、どういう訳かルリもついて来ることになった。3人の冒険者には30体の人形兵が与えられた。

「『認識阻害』を」

 サーシャはそう言って人形兵以外の全員に魔法を振りかけた。緑色の小さな光が頭から降りかかるが、すぐさま消えた。

 それからシャルルは松明を持ってその場所まで案内し始めた。地面に穴が掘ってある。そのトンネルは長く続き、悪魔城の真下まで掘られていた。

 一行がトンネルを進んでいくと、シャルルの足元に紐のようなものが触れた。これが目印だった。


「これに火をつけて爆弾石を起爆させる。爆風が来るから備えておいて。爆発したら全員で走って悪魔城へ乗り込むんだ」

 シャルルはそう言うと松明の火をその導火線へと向けた。

 するすると火が先へと進んでいく。そして─


 ─ドゴォオオオオン!─


 と、腹に堪える爆発音と共に坑道に風が流れ込んだ。一行の先に、光が差し込んでいる。作戦は成功したようだ。


 外で城壁を攻略しようとしている冒険者からも、その音と様子は伺えた。爆発音と共に悪魔城の一角から異常燃焼を表す黒い煙が立ち昇っているのだ。


 シャルルが行った作戦は、坑道爆破あるいは坑道戦術と呼ばれるものだった。トンネルを掘って要塞の真下まで行き、爆薬を使って内側から破壊するというものだ。シャルルが元々いた世界ではこの戦術の歴史は古く、歴史的に爆薬が登場していない時代であっても坑道を掘ってアプローチするやり方は存在している。また、日本において最も有名な例は日露戦争における乃木希典将軍が行った旅順要塞攻略戦であるだろう。

 本来坑道戦術というものは地面を掘るのに時間が掛かる。特にここ『冷たい谷』であれば凍った大地にスコップを当てると逆に跳ね返ってしまう。そのような状況で僅か一日で準備を終えたのはレーゼーから与えられた30体の疲れ知らずで力の強い人形兵によるところが大きかった。


(これをこの世界のやつらは知っているのか、あるいは本来冒険者が攻略戦なんて普段やらないから知らないだけか、とにかく異世界人らしくやっと知識を活かすことが出来た)

 シャルルは走りながら口元を歪めた。彼女の先を、黒狐の師団が走っている。そして次々に悪魔城へと乗り込んでいった。


 ─ラビリンス第二界層『冷たい谷』 悪魔城 1F 厨房


 14歳の小娘の作戦は見事に成功した。もし今回の突入が失敗しようとも、同じようなトンネルを掘るかまたここを使う方が城壁で矢を受けるより犠牲は減るじゃろう。黒髪の亜人、冷泉杏は思った。普段はレーゼーなどと呼ばれている彼女には化け狐の血が流れている。

 彼女が先陣を切って爆発で生じた穴から悪魔城へ入ると、そこは厨房のようだった。突如起きた爆発に、魔物達はまだ驚いている。そこから気配なく敵が現れ、さらに混乱した。サーシャがあらかじめ掛けていた認識阻害の魔法は、魔物達が持っている魔力感知の能力を防ぐものだった。


 レーゼーは辺りを見回した。魔物達の多くはリザードマンであり、その集団の中にふたまわりほど大きい者がいた。それはリザードマンの上位個体であるドラゴニュートだった。


(第二界層でドラゴニュートまでおるのか。面倒じゃの。どおりで部下の隊が音信不通になるわけじゃ)


 レーゼーは部下たちを憂いた。そしてすぐ狂気を含んだ笑顔を見せ、右手をめいっぱい広げて何かを引っ張るように少し腕を移動させながら握り締めた。

「『─鋼糸こうし』」

 厨房が、血の海になった。レーゼーの目に映る魔物は全て一瞬にしてバラバラになり、ドラゴニュートですら死体となったのだ。

「いくらドラゴニュートでも、相手が悪かったのう?」

 レーゼーは一人呟いた。そしてすぐ後に仲間達も坑道から悪魔城へと入った。

「なんだこれは…」

 金髪の冒険者、シャルル・フルフドリスは声を失った。今共にいるのは並の冒険者ではない。デアルンス国最強の12個の冒険者パーティ、そのうちのひとつ『黒狐の師団』の師団長その人がいるのだ。


 続く


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 !TIPS!


 次回更新予定日

 1月中


 Pt:2名

 シャルル・フルフドリス LV2 二つ名:[未設定]

 HP:85 MP:90


【武器適性】

 小型近接武器:A+

 中型近接武器:C

 大型近接武器:G

 魔法武器:A+ 大型魔法武器:E


【魔法適性】

 適性:[地属性]

 習得済魔法:五種類


【スキル】

 ・体術

 ・暗殺術(体術ツリーの派生)

 ・近接戦闘

 ・鑑定

 ・採掘

 ・術符製作

 ・物品加工


 装備

 ・旅人の服

 ・ラビリンス用オーバーコート

 ・ラビリンス用防寒手袋

 ・国防軍の革ブーツ

 ・まんまるリュック

 武器

 ・[曲剣]砂の国のシャムシール

 ・サバイバル用ナイフ『弾道ナイフ』

 ドロップ品

 ・ツリーポックルの枝×4

 ・爆弾石×2

 ・万年筆

 その他割愛

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