第14話 【宵に導かれし黒狐】との邂逅

 ─ラビリンス第二界層『冷たい谷』


 ラビリンス第二界層『冷たい谷』には二つの季節しかない。冬か、冬でないかのいずれかである。冷たい谷に慣れていない冒険者には分からないが、いつにも増して雪の降る季節が冬であり、あまり降らない季節は冬以外である。だが、ベテランの冒険者は冷たい谷に暖かい季節が存在する場所を知っている。それが冒険者達が口々に言う『ラビリンス2.5界層』であり、『魔窟酒場』である。


 その魔窟酒場に、新人の冒険者が2人訪れている。


「なんて熱気なんでしょう…!」

 中に入ったミコは驚きの声を上げた。

 魔窟酒場は思った以上に広かった。地上の冒険者ギルドよりも広い。露店のようにいくつかのブロックに区切られたカウンターが並び、一番奥には半円状の広いカウンターと店主と思われるオーガの女性が元気よく注文を受けていた。


 2人はとりあえず一番近くにある大衆向けに見える外見の飲み屋の暖簾をくぐった。

 …

 ……

 ………

「かんぱーい!」

 愛想の悪い店主からドリンクを受け取ると、シャルルとミコは冷たいカボチャ・エールで乾杯した。

 カボチャ・エールはこの店で数少ないアルコールの含まれていない飲み物だった。口当たりはカボチャが甘くクリーミーだが、終わりはすっきりとしてほのかにフルーティな香りが口の中に漂う。うん、なかなか美味い。シャルルは満足そうな顔をした。


「ところで、これからどうしますか?帰るに帰れませんし…」

 ミコは木のジョッキから半分ほどカボチャ・エールを飲んで口の周りに付いた泡を舌で絡めとった。

「うーーん、どうしたものか。まずは情報を集めよう。何でもいい、地上との連絡手段とかあの通路にいる魔物をどうにかしてくれそうなパーティを見つけるとか」

 2人はそのままジョッキを持って席を立った。ここでは最初の店で1ドリンクを先払いさえすればジョッキを持ってどこの店へと行っても構わないらしい。酒場全体としての決め事なのだろう。


 しかし、聞き込みの成果は芳しくなかった。シャルル達が話しかけると、冒険者達は酒臭い息を吐きながら以下のような言葉を返したのだ。

「話しかけんなよミルク臭いガキがヨォ」

「………」

「ここはおチビが来るようなところじゃねーよ」

「なんだァ?テメぇ……」


(ここにいるやつらはダメだ。きっともう冒険を諦めたのか、地上へ戻る気がないに違いない)

 シャルルは苦い顔をすると、2人は重い足取りで一番奥の半円のカウンターへと向かった。


 2人の冒険者はだるそうに席へ着いた。シャルルは既にぬるくなったカボチャ・エールを一気に飲み干して、この店の様子を伺った。ここで一番大きく広いカウンターだ。店員のスペースには通常1人しかいない所をマスターを含めた3人がおりそれぞれ自分の持ち場で応対、あるいはカクテルを作っている。今はあまり席に客はいない。左の方には14歳の自分と同じぐらいと思われる少女の冒険者がいた。隣に座っていたミコもそれに気付くと声を掛けた。なんとなく声色に自信がなく疲れが見える。


「あのー…」

「ん?ルリに何か用?どうかしたの?」

「はい、すいません、退散します…ってええぇっ!?」


 ミコは飛び跳ねた。ここまでまともな対応は初めてだった。オーガのマスターが視線を向けた。

「あの!ウチたち困ってて、地上へ帰れないんです!その、上への界層への道に悪魔城の魔物がいて…!だからその!どうにか帰る手だてはありませんか!?」

 ミコは熱を込めて捲し立てた。相手の少女は目をぱちぱちさせている。

「う、ん?地上へ帰れないの?」

 少女は混乱していた。シャルルもそこに混じり、まずは自己紹介をして経緯を話すことにした。

 ………

 ……

 …

「ええぇっ!アンタたちがミコとシャルルなの?!ルリたちのライバルの…」

「ライバル?」

「ああいや、関係ないの」

 3人は自己紹介をした。どうやら自分たちのことは知られていたらしい。この少女に勝手にライバル扱いされている程度には。

 相手の少女はルリ・リリリカという名前の亜人だった。歳は14で、シャルル達より数日先にデビューしたらしい。レベルも1だった。藍色の髪の上にはたぬきのような耳が生えており、しっぽも生えていた。


「ルリさんとは同期なんですね!」

 シャルルは両手を合わせて嬉しそうな顔をしてみせた。

「ルリの方が先輩だから!馴れ馴れしくしないの!」

 ルリはぷいっとそっぽを向いた。しっぽはブンブンと揺れている。そしてシャルルはここまで来た経緯を話した。するとルリもだんだん状況が飲み込めたのか顔が青ざめていった。


「それは…困った…でも残念だけど地上との連絡水晶はここに来てから機能しないの」

「地上との交信は不可能…」

 シャルルは大きくため息をついた。可能性がまた消えた。

 同じようにため息をつきながらルリは頭を抱えた。彼女の周りには仲間と思われる人物はおらず、彼女1人しかいない。シャルルは不思議に思った。

「ルリ、あなたパーティメンバーは?そもそもなんでこんなとこにいるの?」

「それは、その…バカ兄貴は上での」

 ルリはもごもごと言い淀んだ。彼女達は第一界層で依頼をこなしたあと第二界層を覗いてみたくなったらしい。ラビリンスキャンプまで行ってすぐ帰るつもりが、ルリの兄が相当の酒への嗅覚があるようでここを見つけてしまったのだという。これが一日ほど前だという。

(あのぶっ倒れてた冒険者はルリの兄だったのか)

 シャルルは一人で納得した。


「ええっ!!!!地上へ帰れないの!!??」

 突然オーガの女店主が大声を出した。近くのテーブルで酒を飲んでいたいくつかの冒険者達が静まり返り、こちらに注目した。そしてシャルルたちの話がたちまち広まっていく。どうやら地上へ帰れず悪魔城の魔物が通路を塞いでいるらしい、と。

 その様子を見ていたシャルルは、でかい声を出してどうにかなるなら最初からそうすれば良かったと内心なげやりに後悔した。同時に、店主はこちらの会話に聞き耳を立てていたようだが、反応するのがいささか遅いのではないかと呆れた。



「面白い話じゃ、わらわにも混ぜておくれ。助けてやろうぞ」

 シャルル達の席から見て右側の方でバシッと音を立てて人が空間から捻れるように現れ、いつの間にか席に着いていた。女は短い黒い髪に着物のようなものを何枚も重ねて着崩している。首にはモコモコのファーをつけており、頭には動物のような耳が、尻には大きなしっぽが数本揺らめいていた。

(転移魔法…!何者だこいつ)

 シャルルは目を見開きながら思った。

 転移魔法。それは非常に高度な魔法で、シャルルは帝国にいた頃何度か目にしたことがある。使えるのは非常に能力の高い魔法使いや魔導師であり、2つの地点にポータルを置くことで自由に行き来することができるものだ。


「お、来たねレーゼーさん。もういいの?」

 困惑する14歳の少女達を横に、レーゼーと呼ばれた亜人は袖の内側からキセルタバコを取り出して吸い始めた。オーガの店主が注文も聞かず酒の入った木のジョッキを出している。

「良くはない。だから気晴らしに来てるんじゃ。攻城戦というものは厄介よのう」


 そうかこいつは、とシャルルは確信した。

「あのーあなたは…?」

「『黒狐の師団』師団長」

 シャルルはミコの問いを遮って先に答えた。彼女の目のUIに、それは全て書いてあるのだ。二つ名は【宵に導かれし黒狐】、レベル6……。

「そうじゃ、わらわが『黒狐の師団』のパーティリーダー、レイゼイ・アンズじゃ」

 3人のリアクションはそれぞれだった。

 ルリは飲みかけの飲み物が気道に入ったらしく咳き込み、ミコはええっ!と大声を上げて驚いている。シャルルは静かに分析していた。冷泉 杏…この世界での極東の島国の人間か、あるいは日本からの転生者か。この口調と見た目から推測するに恐らく前者だろう。


「それで、今お忙しいはずの師団長がわたし達を助けてくれると?」

 シャルルは2人をチラチラ見ながら呆れた顔で質問した。その質問を受けて、レーゼーはすぐには答えずキセルを咥えてドーナツ状の煙を先から出した。臭いはともかく、パイプの中を長い間掃除をしていないようで時おりズーズーと鼻をすするような音がした。


「もちろん代価は頂く。わらわたちの悪魔城攻城戦に参加してくれれば、そやつをわらわ自ら倒しにいこうではないか」

 レーゼーは面白そうに話した。反面、シャルルは冷たい目のままだった。

「へー…なるほど、タダでは帰してくれないと?」

 シャルルは冷や汗をかきながら少し口を歪ませた。彼女は作り笑いをしようとしたが、ひくひくと口角が震えているだけだった。


「ふむ、不満かの?そうじゃな、悪魔城で出たレアアイテムを好きに持って行って良い事にする。どうじゃ?それにレベル1とレベル2が悪魔城へ行って結果を残してみよ、きっとレベルがあがると思うのじゃが、悪い話ではなかろう?」

 レーゼーはそう言うと手に持っているキセルをペン回しのようにクルクルし始めた。中に入っている灰が辺りに撒き散らされ、店員達はパニックになっている。


「シャルルさん、どうします?」

 ようやく落ち着いたミコが聞いてきた。

「うーん、ミコは?」

「ウチは行ってもいいかなって。どうせしばらく待たないといけないならウチらが手伝いに行った方が気も済みます」

「わかった」

 シャルルは一息ついて、レーゼーの提案を承諾した。


「おぬしも来るじゃろう?」

「へっルリもですか?あの…」

 レーゼーはルリにも尋ねた。そして結果的にルリも着いてくることになった。

「じゃあおぬしら、わらわに掴まるのじゃ。悪魔城まで転移させる」

 レーゼーはカウンターに支払い代金を置くと、皆に促した。


「レーゼーさん、その転移魔法で地上へは帰れないのか?」

 ふと思ったシャルルが尋ねた。レーゼーは不思議そうな顔をした。

「おぬし、知らないのか。ラビリンスでは層を跨ぐ転移魔法は使えんのじゃ。同じ界層で転移することは出来ても上や下には行けん」

 ………

 ……

 …

 全員がレーゼーの服の一部を掴むと、レーゼーは口を開いた。

「今からみっつ数える。その手を離すでないぞ。……3、2、1」

 バシッという音と共に、4人の冒険者は空間へと捻れるように消えて行った。



 続く




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 !TIPS!


 次回更新予定日

 1月中


 Pt:2名

 シャルル・フルフドリス LV2 二つ名:[未設定]

 HP:85 MP:70


【武器適性】

 小型近接武器:A+

 中型近接武器:C

 大型近接武器:G

 魔法武器:A+ 大型魔法武器:E


【魔法適性】

 適性:[地属性]

 習得済魔法:五種類


【スキル】

 ・体術

 ・暗殺術(体術ツリーの派生)

 ・近接戦闘

 ・鑑定

 ・採掘

 ・術符製作

 ・物品加工


 装備

 ・旅人の服

 ・ラビリンス用オーバーコート

 ・ラビリンス用防寒手袋

 ・国防軍の革ブーツ

 ・まんまるリュック

 武器

 ・[曲剣]砂の国のシャムシール

 ・サバイバル用ナイフ『弾道ナイフ』

 ドロップ品

 ・ツリーポックルの枝×4

 ・ゼンマイキノコ×6

 ・万年筆

 ・掴みスライムのコア

 その他割愛

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