第13話 冷たい谷の魔窟酒場

 ─ラビリンス第二界層『冷たい谷』


 14歳の冒険者、シャルル・フルフドリスとミコ・カウリバルスは雪道を警戒しながら歩いていた。


 彼女たちが向かう先には狼のような魔物4匹と一人の商人に見える人間がいた。商人は腰を抜かしてへたれこんでおり、魔物はそれを取り囲んでいた。


 地下世界に浮かぶ月光は凍った大地を照らし、2人の冒険者が魔物の集団へと近づく様を特等席から眺めている。


 シャルルはシャムシールを静かに抜き、月光の反射であの狼達にバレないよう低く構え、逆の手で口を覆っていた。

 理由はふたつあった。1つ目は、シャルルが日本からこの世界へ転生した、一度目の転生の時に成り行きでなってしまった帝国国防軍の軍人としての知恵からだった。気温の低い─まさに今のような状況だが─場所では息を吐くと白くなって空気中へ出る。それだけで敵に見つかるリスクとなるため、なるべく口を覆うようにするか、息をゆっくり吐き出せと教育されていた。2つ目も似たような理由だが、魔物が『熱源探知』出来る可能性を考慮したものだった。


 2人の隊列はシャルルが前、ミコが後ろだった。ミコの装備が貧相になったこともあるが、戦闘の口火を切るのはシャルルだからだ。

 金髪の冒険者は所定の位置まで到着すると、1度地下世界の空を見上げた。彼女の目からは、地上の十倍以上は大きく辺りをランタンなしで行動できるほど辺りを照らしている月と、先の見えない暗闇と雲のようなものが見えた。


「ミコ、いくよ」

 シャルルは短くそう言うと、魔法の詠唱を始めだした。地属性の魔法適性を持つ彼女は、岩や砂といった魔法だけでなく、重力を操作する魔法も唱えることが出来る。

「『大地の理よ、彼の者らを旗のもと縛り、平服させよ』グラヴィティ・フラッグ!」

 シャルルの身体を中心に地面に紫色の光を帯びた魔法陣が描かれる。彼女が狙いを定めると、その魔法が魔物と商人に向けて放たれ、そして冷たい大地へと跪かせた。


 その惨めな集団に向かって、ボロボロの剣を持った栗毛の冒険者が走ってゆく。同じようにシャルルもその集団へと距離を詰めていった。だが魔法を使用し続ける為に集中する必要があり、その足色は鈍かった。


「やああああっ!!!」

 ミコが喊声かんせいを上げて突撃していく。そして4匹の狼のうち2匹をあっという間に斬り殺した。シャルルもすぐ近くまで到達した。シャルルの目のUIにはあの狼の名前は【グルブ・ハウンド】と表示されている。


 ギルドの調査記録によると、グルブ・ハウンドとは第二界層でよく見られる灰色と白の色合いが特徴的な狼だ。額には角が生えている。牙に毒などはないが、追跡能力が高く仲間を呼ぶタイプの魔物である。


「!」

 シャルルは腕を震えさせながらミコを見ていたが、異変に気付いた。ミコが2匹目のグルブ・ハウンドを斬りその切れ味の悪い刃に血を吸わせると、金属が折れる音と共にその剣はふたつになって折れた。折れた一方が地面の雪の層へと吸われる。


「ミコ!使って!」

 シャルルはミコに声を掛けると、右手に持っているシャムシールを抜き身のまま投げて渡した。ミコは器用にキャッチした。

「ありがとうございますっ!」

 シャルルはミコに武器を渡す際に集中が途切れた。そのため唱えていた重力魔法が弱くなり、魔物がミコに向かって飛びかかった。

 しかし、栗毛の冒険者は鮮やかな身のこなしでシャムシールを煌めかせ縦に振り下ろした。

「『霧雨一文字!』」


 シャムシールに切り裂かれてグルブ・ハウンドから大量の血が噴き出した。さすがミコだ、良い武器にはいい冒険者が合う。内心舌を巻いていると、あともう一匹いたはずのグルブ・ハウンドの姿が見えない。


「う、う、」

「シャルルさん!後ろ!」

 ヘタレこんでいる商人が指をさして何かを言おうとしたが、それよりも先にミコが危機を報せた。

「ぐっ!」

 シャルルは振り向かずに真横へと身を投げた。今しがたシャルルが立っていた場所を何かが突進していったような気配を感じた。

 金髪の前髪についた雪と土を振り落とすと、シャルルはグルブ・ハウンドが通り過ぎた辺りに目を向けた。


 腰を抜かしている商人の前に、グルブ・ハウンドは身体をシャルルに向けて立ちはだかっていた。シャルルも体勢を立て直し、懐からナイフを取り出して相対し、そのまま切っ先を魔物に向けた。

「………」

 一瞬の沈黙の後、グルブ・ハウンドは一気に飛びかかった。シャルルは落ち着いた表情でナイフの位置を更に上へ向けた。


「シャルルさん、危ないですよ!!」

 ミコの心配をよそに、シャルルは止まっている。シャルルの顔を喰らおうとするかのようにグルブ・ハウンドが口を大きく開ける。彼女はその口の奥に狙いをつけて、ナイフに付いている小さなトリガーを引き絞った。

「─『岩石砲フェルスカノーネ』」


 何かが外れる音が鳴ると同時に、弾けたように前方へと切っ先が射出された。ナイフの刃そのものがグルブ・ハウンドの口から体内を貫通し後ろにいた商人の顔の真横の地面へと突き刺さった。

 グルブ・ハウンドは頚椎をやられたのかそのまま死んだようだった。

 顔の真横に刺さったナイフが、まだぐわんぐわんと揺れている。一連の流れを見てしまった商人は失禁してしまったようだった。


「い、いまのは、い、一体いいい!!」

 細身の中年の商人は言葉を紡げずに口から泡を吹いている。


「これ?これは…そうだな『弾道ナイフ』だよ」

 シャルルはそう適当に言いながら、商人の顔の横に刺さったナイフの刃を抜いて下の部分にこびり付いた土のようなものを落としてまた柄に収めた。


 彼女が使用したのは、元々いた世界における『スペツナズ・ナイフ』である。

 この世界においては原理はより簡単で、ナイフの刀身と柄を分離させ、刀身の下の部分にシャルルのオリジナルの魔法である『岩石砲』が仕込まれた術符をしっかり巻いて元に戻す。終わりにセイフティとストッパーを兼ねるトリガーで固定させれば完成だ。


 シャルルはゲイル・ドゴールの事件後の夜から休みの日にかけて、術符を作っていた。切り札である重力拘束魔法を術符に込めたのだが、一人で魔法の練習をしている際に『岩石砲』の挙動が面白かったため術符としてナイフに仕込んだのだ。


『岩石砲』はシャルルが咄嗟に考えたどの魔法書にも載っていない─類似した別名のものはあるだろうが─魔法である。土や石などを集める、あるいは発生させてひとつの岩として再構築させて発射するものなのだが、術者の力の入れ具合でその大きさと威力は自在となることがわかった。もちろん構築物が大きければ大きいほど速く遠くへ飛ばすのは難しい。


 そこでシャルルは1cm以下の小さな"岩"を生成し弾丸のような速度で飛ばすスタイルの『岩石砲』を術符に込めたのだ。ナイフの刀身にしっかりと術符が巻かれることにより、"岩"が刀身にこびりついてそのままナイフごと射出されるというからくりだ。

 一応、万が一の誤射を警戒して『岩石砲』の読み方をフェルカスノーネと変えて差別化している。


「シャルルさん、それ凄いですねぇ…あっこれ、ありがとうございました」

 ミコが近づいてきてシャムシールを返した。シャルルはシャムシールを受け取るとミコの手に持っている折れた剣の持ち手側も受け取り、袋に入れた。そして首狩り猿の獲物である残り4本の武器のいずれかを新たに選ばせた。


「あんた、何者?」

 袋から武器を取り出し新たな装備をどれにするか悩むミコを横目に、シャルルは冷たい目で商人に尋ねた。

「私は、は、アルモンテと申します。ぎ、行商人をしています。助けて頂きありがとうございます冒険者様」


 男はようやく立ち上がると媚びへつらうように引きつった笑顔をして見せた。オレンジ色の服と膨らんだ帽子、横にはキャリーケースのような箱があるがタイヤはついていない。どうやらひとりでに空中に浮かんで輸送を容易にさせるものらしい。


「ラビリンス・キャンプはどこ?」

 シャルルは簡潔に質問した。

「き、キャンプですか?でしたらこの先にありますが…」

「案内して」

 シャルルは相手の事情など知らないといった調子で話した。


「ですが冒険者様、私これから地上へ帰るところで…ひいぃっ!」

 アルモンテと名乗った男はまたしても腰を抜かした。その目には先程顔の横にものすごい勢いで刺さったナイフが映っていた。シャルルはナイフを突きつけていた訳ではない。敢えて見せつけるようにして懐の鞘へとそれを収めたのだ。それは直接的な脅しではなかったが「何時でもここからお前を殺す刃を放てる」というメッセージにも捉えることが出来た。実の所フェルスカノーネの術符はあの一枚だけで、その想像は幸運にも叶わないのだが。


 シャルルは冷たい目をしながら、それに、と続けた。

「上の層への通路に悪魔城の魔物がいる。わたし達も帰れないんだよ」

 シャルルの一言に、アルモンテはまたしても驚愕したようだった。戻ることは出来ない。その事実を受け止めたのか、渋々案内を受け入れた。


「これにします!」

 後ろの方でミコの声がした。どうやら今に至るまでまだ武器をどれにするか迷っていたらしい。

「ははは…」

 シャルルは苦笑いした。


 ………

 ……

 …


「こちらです」

 アルモンテに案内され、一行はキャンプがあるという位置に到着した。移動中に吹雪はなくなり行軍はスムーズだった。


「ここが…?」

 シャルルたちは呆然とした。そこはボロボロに朽ちた教会だったのだ。案内された場所は断崖で、数百mから1kmほど向こうにまた凍った大地が見える。悪魔城は向こう側にあるようだ。吊り橋の残骸が見えることから『黒狐の師団』はこれを使ったのだろうとシャルルは推測した。彼女が谷底を覗くと暗い中で"何か羽の生えたもの"が数体飛び回っており、底は見えなかった。アルモンテ曰く、冒険者はこの谷底へ降りて第三界層へと向かうのだという。


 一行は教会へと入った。中に入るまでの短い間で、シャルルは敷地の周りの雪にボトルのようなものが何本か突き刺さっているのを目撃した。


 教会内はシャルルが思っていたよりも随分明るく、広かった。朽ちた教会とはいえすきま風が入らないよう随所に補強がなされ、天井には布を張って巨大なテントのようになっている。だが活気は一切感じられず怠惰でどんよりした空気が漂っていた。


「こいつはまるで野戦病院だ」

 シャルルは難しい顔をした。教会内には何人かの商人がを敷いて物を売り、他には何人かの冒険者が、怪我をしているのか倒れていた。癒者ヒーラーが少ないのか。シャルルは推測した。


「ここ、本当にラビリンス・キャンプですか?」

 ミコも不安そうな顔をした。視線を辺りに見回しここが安寧の場所であるのかを確かめている。

「おい、もっと人がいる場所はないのか?」

 シャルルはアルモンテに質問した。その小さな身体は男を冷たい目で見上げている。

「そ、そう申されましても、あの…」

 シャルルには一種の確信があった。ここにはもっと人がいる。

 アルモンテはあわあわした。シャルルの目からは、それが本当に知らないのではなく、この小娘達に教えるほどの義理はないという利己的な感情がわずかに伺えた。


 金髪の冒険者はおもむろにコートの懐へと手を伸ばした。

「ひいぃ!…うっ…これは…」

 シャルルが何かを取り出そうという様を見てアルモンテは怯えた。しかし彼女は武器を取り出さず、銀貨を一枚親指で弾いてアルモンテの顔へとぶつけた。彼女なりの情報料のつもりだった。


「次は銀貨じゃなくて銀色の刃かもしれない。さっさとそこを教えろ」

「は、はいぃ!」


 アルモンテは2人を教会のとある一室へと案内した。そこは客人が泊まる部屋のようで、蜘蛛の巣がびっしりと作られている程度には使われている形跡はなかった。アルモンテはその部屋に並べられた本棚のうち一番端の本棚の上から2段目にある黄色い背表紙の本と、3段目にある辞書のように厚い本を同時に奥へと押し込んだ。


 するとその本棚は幻のように消え、地下への階段が伸びていた。一行はその階段を下って行った。下に行くにつれて徐々に地上の寒さは無くなり温かさへと変わっていく。更に人々の話声も聞こえてきた。


「到着しました。ここが『冷たい谷』で最も人がいる『魔窟酒場』です─では私はこれでェ!」

 到着するやいなや、アルモンテは2人から逃げるようにして来た道を戻って行った。


 外側にはネオンのように光り輝く魔鉱石が煌めき、入口と思われる木のドアがある。恐らくその中が『魔窟酒場』なのだろう。アルコール臭が漂ってくる。

「ドアに何か書いてありますよ…」

 ミコは目を凝らした。そこには汚い字で「ラビリンス2.5界層へようこそ!」と書かれていた。


 続く


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 !TIPS!


 次回更新予定日

 1月中


 Pt:2名

 シャルル・フルフドリス LV2 二つ名:[未設定]

 HP:85 MP:70


【武器適性】

 小型近接武器:A+

 中型近接武器:C

 大型近接武器:G

 魔法武器:A+ 大型魔法武器:E


【魔法適性】

 適性:[地属性]

 習得済魔法:五種類


【スキル】

 ・体術

 ・暗殺術(体術ツリーの派生)

 ・近接戦闘

 ・鑑定

 ・採掘

 ・術符製作

 ・物品加工


 装備

 ・旅人の服

 ・ラビリンス用オーバーコート

 ・ラビリンス用防寒手袋

 ・国防軍の革ブーツ

 ・まんまるリュック

 武器

 ・[曲剣]砂の国のシャムシール

 ・サバイバル用ナイフ『弾道ナイフ』

 ドロップ品

 ・ツリーポックルの枝×4

 ・ゼンマイキノコ×6

 ・万年筆

 ・掴みスライムのコア

 その他割愛

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