第12話 ラビリンス第二界層『冷たい谷』
─ラビリンス第一界層『狭間の森林』
翌朝、シャルルとミコは第二界層『冷たい谷』を目指して出発した。『冷たい谷』へは森林の中をずっと南に向かって歩いた先にある。
「シャルルさん、アナスタシアさんとは何を話したんですか?」
道中、特に魔物が出る訳でもなかったため、暇になったミコが尋ねた。
「あっ!うん、大したことないよ。あの任務の時の分け前はあれでよかったのか、とかミコの技はどういうものなのかとか」
シャルルは嘘の中に少しだけ真実を交えた。正直なところ、ミコの両親にどんな秘密があろうとそこまで興味はないのだが、聞いてみるか?いや、以前内戦のことを聞いて地雷を踏んだことがある。本人へのアプローチは止めておこう。シャルルは、ひとりでに首を振って金髪を揺らせた。
一行は、1時間ほど掛けて南へと歩いた。どの冒険者もここを通っているからか、道は踏み固められて整備されており、 例え馬車が通ろうとも大きく揺れることはないだろう。
やがて2人は長い下り坂に差し掛かり、その終わりに人間1人分が通れそうな鉄の格子戸を発見した。あれが恐らく第一界層の終わりであり、第二界層へと繋がるのだろう。シャルルは遠目に見て予想した。
「つめたっ!」
2人は坂を下り、ミコが格子戸の取っ手に触れると、小さく悲鳴を上げた。格子戸自体が既に冷たいのだ。シャルルが格子戸に顔を近づけると、構造物の中で空気が流れる音を聞いた。扉の向こうはすぐ第二界層へ繋がっているわけではなく、連絡通路のようなものがあるらしい。
ミコが手袋を着けて格子戸を開けると、長い階段があった。2人はそのまま進むと広いスペースへと入った。中は壁と床は大きく四角形にカットされた白い石がタイルのように並べられ整備されており、6本の白く塗られた円柱がこの空間を支えている。
「シャルルさん!」
「うん…」
ミコが声を上げて指を指したのとは対照的に、シャルルは声を潜めた。
人が倒れているのだ。
行き倒れているのだろうか、2人は近付いた。
一応、壁のすぐ脇を通って第二界層へ繋がる道を確認してから近付いた。
だが彼女たちは迂闊だった。ここはラビリンスであり、既に第二界層に足を踏み入れかけているのだ。
「大丈夫ですか…?」
「ミコ、気をつけて」
シャルルは耳打ちした。ミコは人間相手には無警戒が過ぎる。
男はうつ伏せで倒れており、右腕だけは先を目指して伸ばしていた。冒険者か、騎士か、濃い紫のマントを身に着けていた。
「あのー…」
ミコがその男に近づいて覗き込んだ時、異変は起きた。男の右手の中指に嵌められている指輪の宝石が、怪しく光った。
男の身体がものすごい速さで膨張し、毛むくじゃらになった。そして身体の膨張に伴い同じように巨大化したナタのような剣を右手に持つと、雄叫びをあげた。
「グオォオオオオォッ!!」
石造りの空間で、声が乱反射する。くそっ、とシャルルは悪態をついた。彼女の目に映るUIでは、先程まで倒れていたそれは現在、【悪魔城の
「ミコ!」
ミコの後ろにいるシャルルがそう叫び終える前に、【悪魔城の獣戦士】は巨大なナタをミコに向かって振り下ろしていた。
バーーン!!と金属を金槌で思い切り叩いたような音と衝撃がシャルルに伝わってくる。
ミコは、その剣で持って攻撃を受け止め、なんとかいなしていた。
(いくらミコが俺より筋肉があるとはいえあの攻撃を止められるのかよ)
ミコは内心危機感よりも舌を巻いていた。
だが、ミコは体勢を崩していた。
「『ロック・シールド!』」
シャルルがシャムシールを抜き、彼らの間に壁を生成した。その壁に向かって、ナタが振り落とされる。壁はその刃を受け止めたが、ふたつに割れた。ミコはその間に後ろへと下がっていた。
だが、【悪魔城の獣戦士】は攻撃を止める気配はない。またしても雄叫びをあげると、身体から冷気のようものを吐き出している。そして地面にナタを何度も叩きつけながら、こちらに迫ってきていた。
「ミコ!逃げるよ!『岩石砲!』『
「わっかりました!」
ミコが逃げようとしている間、シャルルは魔法を唱えた。いくらか怯んだ様子はあるものの、その突撃は止まらない。シャルルも走り出した。
「『ロック・シールド!』」
シャルルは後ろを向かずシャムシールだけを魔物に向かって魔法を放った。
2人は第二界層へ向けて通路を走る。徐々に道幅と天井の高さが狭まってくる。
後ろからドンドンと地面に武器を叩きつける音が迫ってくる。
「シャルルさん!?」
やってしまった、シャルルは思った。足が絡まり、転んでしまったのだ。
先導していたミコが、振り返った。すると足を止め、剣を構えた。
「俺のことはいいから!」
自分の不甲斐なさに心底申し訳ないと思いながら、自分が女であることも忘れて叫んだ。
「いいから走ってください!───『霧雨一文字!』さあ!行きますよ!」
ミコは剣を煌めかせて魔物の顔に向かって振り下ろした。どうやら左目を傷つけたようで、さすがに苦しんでいる。
ミコは立ち上がろうとするシャルルの背中を抱き、そのまま走らせた。
ようやく外の明るさが見えてきた。そして入ってきた時にもあった鉄格子を2人は開いて、そのまま勢いをつけて閉じた。あの魔物をこれで防げるかは分からないが、少しでも戸の閉まりが緩まないようにと気休めをしていたのだ。
「ふーーーーーーっ………」
2人は長いため息をついた。あの部屋からここまで走ってくる道中、息をしていた記憶がない。そして格子戸を振り返った。耳を澄ませると魔物の苦しむ声が僅かに聞こえてくる。とにかく、ここにはもう来ないようだ。
「…ミコ、その、さっきの事なんだけど」
シャルルは罰の悪そうな顔で口を開いた。シャルルの感情度合いは、自分が転生者であるのがバレるのを心配したことが3割と、ミコに迷惑をかけたことを申し訳なく思っていることが7割だった。
「あの!シャルルさん!」
ミコが目を瞑りながら声を上げた。
「は、はい」
「…もう二度と、自分を犠牲にするような真似はしないでください!!あなたは、ウチの恩人であり、たった一人の大事な人なんですよ…」
ミコの言葉は、終わりの方は涙が混じっていた。
なにかとんでもない告白をされたような気がしたが、シャルルはとにかく彼女に悲しい思いをさせたことを悔やみながら、ミコを抱き締めた。
「ごめん。もう二度としない。助けてくれてありがとう」
2人は長い間無言で抱き合っていた気がした。
「くしゅん!」
ミコがくしゃみをすると、2人は顔を見合わせて笑った。
シャルルとミコは、まだ武器屋で買った防寒具を着ていなかった。本当であればあの連絡通路の中でしておきたかったのだが、そんな余裕はなかった。2人が着替えようとし始めると、彼女たちの目にようやくラビリンス第二界層『冷たい谷』の景色が入ってきた。
第一界層のような昼間の日光のようなものは無い。しかし─
「なんて大きな月だ…」
しんしんと粉雪が降る中で、この界層を照らしていたのは大きな満月であった。彼女たちの目から右前方遠くには立派な城が見える。あれが【悪魔城】だろう。それ以外はどこかの普通の雪国、という印象であり、靴で地面を掘るとただの土や凍りそうになっている雑草などが顔を出した、
シャルルは咄嗟に時計を見た。まだ地上時間は昼にもなっていない。第一界層が昼なら、第二界層は夜か、と彼女は思った。
彼女たちが着替えている中、シャルルはミコを見て気づいた。ちょうど武器の位置を、コートを着ていても抜刀しやすい位置に移動させていた。
「ミコ、言いにくいんだけど、それ折れてない?」
シャルルが指さした先には、皮の鞘に収まった剣があった。しかし、鞘は真っ直ぐにはなっておらず、中に2つの金属の物体があるかのように塊は分離していた。
「えっ?──うわっ」
ミコは慌てて剣を抜いた。が、それはあまりに刀身が短く、折れていた。
「どうしましょう…」
ミコがまたしても暗い顔になった。シャルルは口元に手を当てて少し考えた。
「…これを使おう」
金髪の冒険者は背のリュックから袋を取り出し、5本の武器を取り出した。それは先日ギルドの依頼で【首狩り猿】を倒した時の戦利品であり、ギルドに依頼完了を証明するために売らずにとっておいたものである。だが、70匹以上の首狩り猿から集め、その70本以上の武器の中からシャルルが武器屋に売らなかったぐらい、それらは値打ちのいいものではなかった。シャルルの鑑定スキルではそれらの評価はせいぜい【E+】が限度だった。
ミコは5本のうち1番リーチあるものを選び、抜き身のまま手に取った。首狩り猿の"獲物"はその体躯の小ささから体に合うよう刃渡りが短いものが多かった。
彼女たちは行くあてもなく、とりあえず悪魔城を目指ししばらく歩いた。少なくともそこには人間がいるからだ。強大な魔物もいるのはご愛嬌である。地面には雪が積もり、粉雪は吹雪へと変わりつつあった。強い風に雪がぱらぱらと混じっている。
これは不味いな、とシャルルは思った。第二界層は第一界層に比べて不親切だ。以前は『ラビリンス・キャンプ』が入ってすぐの所にあったのに、なんにもなしか。いや、この雪のせいで誘導看板すら見えていないのか。
シャルルたちが歩いていると、不意に不思議な音を聞いた。
──ピィィィィーーー!!フィーーーー!
「なんだろう?」
前の方から聞こえてくるこの音に、シャルルは首を傾げた。一方でミコは目の色を変えた。
「『救難フエ』です!」
「救難フエ?」
「お母さんが昔教えてくれました!冒険者が助けを求める際に吹くもので、それは冒険者しか吹けず音色は冒険者にしか聞こえないとか!」
ミコが刃こぼれしている剣を構えながら説明した。
前方から聞こえる音色の近くには、いくつかの気配がする。その気配に少しずつ近づいていくミコに、シャルルは止めようか迷った。さっきと同じようなパターンだ。しかも向こうからこっちを求めている。罠かもしれない。近づくの危険だ。どうしよう。
「待って!」
「どうしたんですかシャルルさん!助けに行かないと!」
「罠かもしれない!」
シャルルがそう言うと、ミコは剣をだらんと降ろした。
「そうでした…でも、もしあれが本当に助けを求めているなら…」
ミコは目線を落とした。ようやくミコに追いついたシャルルが、ミコの肩をポンと叩いた。
「助けないとは言ってないよ。まず状況を見るんだ。それからだよ」
シャルルはそう言うと、ミコに【遠目】のスキルを使わせて状況を確認させた。
男がひとり、荷物を脇に落として腰を抜かしている。その周りを狼のような魔物が数匹取り囲み、グルグルとしている。いつ攻撃してもおかしくはない。
「シャルルさん!やっぱり…!」
ミコがそう言って走り出そうとするのをシャルルはコートの襟を掴んで防いだ。
「『魔物使い』かもしれない…」
シャルルはそう呟いた。もしこれが偽装であるならば、あの魔物達は使役されているものだろう。この世界に『魔物使い』という役職があるかどうかは知らないが、少なくともゲイル・ドゴールという冒険者はゴブリンキングを操っていた。
「ミコ、行くなら奇襲しよう」
………
……
…
─ラビリンス第一界層『狭間の森林』ラビリンス・キャンプ1合目
「ちょちょ、大丈夫なのかよ!?」
同時刻、ラビリンス・キャンプ1合目の武器屋の店主は喚いた。
彼だけでは無い。その騒ぎに、ラビリンス・キャンプは混乱していた。ある武器屋の職人の弟子が鉱石集めをしていたところ、第一界層と第二界層を繋ぐ道、通称『修験の道』から異様な声が聞こえ、中を覗くと毛むくじゃらの大型の化け物がおり、命からがら逃げてきたという。
「あの格子戸は強力な結界を作っているから余程の事がない限りこっちには入って来れないだろうが…心配なのはシャルルとミコの嬢ちゃんたちだ。あいつら、つい数時間前出発したばかりだ。はち合わず次の界層まで行けてればいいが」
武器屋の店主は、その命からがら逃げてきたという弟子に温かい飲み物を与えながら独り言を言った。
「ギルドには報告したのか?」
「はい。行ってきてもらいましたよ。…分かってますよ。反応はあまり良くなかったそうです」
弟子が店主に向かって話をしたが、店主に途中で「それでどうだったんだ?」という怖い顔をされたためそのまま続けた。
「なぜだ?」
「先日の魔物襲撃事件で地上の冒険者たちはあまり使い物にならないそうです。『紺碧』もそうですし、旅団レベルでも…」
「そうか…」
「『沈黙』の嬢ちゃんは?」
店主はそうだ、と思いついたような顔をして尋ねた。『黒い沈黙』ことアナスタシア・ローゼン。彼女は彼女が所属するたった3人のパーティ1つだけでラビリンス第四界層『嘆きの大瀑布』の【界層主】を倒したほどの実力者で次の『師団長』候補筆頭だ。あの子ならあるいは…と店主は思っていた。だが、その質問にも弟子は首を振った。
「動向が追えない…らしいです。まあどの冒険者も基本的にラビリンスに依頼をこなしに潜っていなければ動向は追えませんが、少なくともギルドがすぐ連絡出来る位置にいないのだけは確かです」
店主はうーんと唸った。俺らにはどうすることも出来ないということか。
「ギルドの人曰く、最悪第二界層にいる『黒狐の師団』が地上へ戻ってくる時に倒せば大丈夫と言っていたそうですよ」
そんなんいつ攻城戦が終わるかも分からないのに気休めにもならんだろうが、と店主はその言葉を心の中で噛み潰した。
「とにかく、無事で居てくれよ…」
続く
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!TIPS!
次回更新予定日
1月中
Pt:2名
シャルル・フルフドリス LV2 二つ名:[未設定]
HP:80 MP:70
【武器適性】
小型近接武器:A+
中型近接武器:C
大型近接武器:G
魔法武器:A+ 大型魔法武器:E
【魔法適性】
適性:[地属性]
習得済魔法:五種類
【スキル】
・体術
・暗殺術(体術ツリーの派生)
・近接戦闘
・鑑定
・採掘
・術符製作
・物品加工
装備
・旅人の服
・ラビリンス用オーバーコート
・ラビリンス用防寒手袋
・国防軍の革ブーツ
・まんまるリュック
武器
・[曲剣]砂の国のシャムシール
・サバイバル用ナイフ
ドロップ品
・ツリーポックルの枝×4
・ゼンマイキノコ×6
・万年筆
・掴みスライムのコア
その他割愛
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