地上編

第7話 インテール防衛戦

 ─デアルンス国 インテール 昇降機

 ラビリンスから地上へと帰還した2人は、インテールの街の異様な雰囲気の中をわけも分からず進み、冒険者ギルドへと向かった。


 ギルドの前の広場には大勢の人だかりが詰めており、その混乱を鎮めようと緑色の制服を着たギルドの職員が数人メガホンを持って話していた。

「みなさん!落ち着いて聞いてください!!既に討伐隊を集めています!同時に!防衛戦の準備も整えつつあります!ですから─おや、フルフドリス様じゃないですか」

 シャルルに気づいた職員は、あの14番窓口の受付係だった。こちらに手招きしている。

「ちょっとこれ、お願いね」


 受付係は近くにいた別の職員にメガホンを押し付けると、2人をギルドの中へと連れて行った。

「あの…状況が飲み込めないんですけど…?」

 一行は早歩きでギルドの奥へと向かうなかで、ミコが不安げに尋ねた。

「……カウリバルス様にもお話があったんですが今は緊急事態です」

 受付係はこちらを振り返らず言ったためどんな表情だったのか分からなかった。


 窓口のカウンター前にあるデスクの一角に通された2人には、見覚えのある顔が待っていた。

「あなたは…!」

「あら、思ってたより随分早い再開かしら」


 ………

 ……

 …


 その場には、受付係とシャルルとミコ、そして『沈黙の旅団』のパーティ3人がいた。

 6人はデスクをいくつか集めひとつのまとまりとしていた。

「まずはローゼン様が報告された事件についてです。ラビリンス第二界層『冷たい谷』で【界層主】どころか【悪魔城】も復活リポップしています」

 受付係はまずラビリンスの界層の断面図のようなものをデスクに広げた。

「悪魔城?が復活すると何があるんですか?」

 ミコの質問に、受付係は答えだした。

 悪魔城とは冷たい谷にある界層主の居城であるという。それが復活することは稀であり、復活することで冷たい谷の魔物は凶暴化し、出現する量も増え、他の界層へと進出を開始する。


「10年前に復活した際には、冷たい谷の魔物が地上にまで現れたんです。街の皆さんはそれを心配しています。…ですが心配は要りません。あなたがた沈黙の旅団の皆様が報告されたことにより『黒狐の師団』が討伐隊として向かっています」


 話を聞いている間、シャルルは沈黙の旅団のメンバーをじろじろと見た。1人は大盾を持った騎士だった。その人物は鋼の甲冑を着込み顔すらも兜に覆われていた。もう1人は大きな丸メガネを掛け、緑色の髪をした気弱そうな魔女だった。


「そレならば問題はないだろう。なぜまダ愚民共は騒いでいる」

 甲冑を着込んだ騎士の声は、兜の中で反響していた。そのせいでその騎士の性別は分からなかった。


「ここからが本題です」

 14番窓口の受付係は真剣な顔をすると、更にデスクに新たな地図を広げた。その地図は城壁都市インテールを含めたこの辺り一帯の地図だった。


「インテールの西から、オークとゴブリンを中核とした魔物が襲来してきています。その数は─およそ5万」

 と、インテールより西側の辺りを指で示す。

「5万…」

 シャルルが声を漏らした。日本なら田舎の街の人口をかき集めても届かないこともあるだろうな、とシャルルはひとりでに思った。

 皆のリアクションは、様々だった。フン!と鼻を鳴らす騎士、言葉の出ない魔法使い、同じようなミコ、そして目を瞑って脚を組んでいるアナスタシア。


「魔物の襲撃自体は珍しくないかしら。...あたくしらが集められたということは、それに協力しろということで間違いないかしら?」

 アナスタシアは片目だけを開けて質問した。

「その通りです、ローゼン様。これはギルドからの『依頼』ではなく『任務』です」

「聞きましょうかしら」

【黒い沈黙】は出されたたんぽぽ茶を口に含み、苦そうな顔をしたがすぐに取り繕った。


「あなたがたに与える任務とは、この魔物集団を率いていると思われる『ゴブリンキング』の討伐です」

 受付係は座り直してから言った。

 ゴブリンキング、それはゴブリンの中でも進化した上位個体だ。そもそもゴブリンキングが現れる事自体が稀である。


「どうやって、そのゴブリンキングというものが率いていると…?」

 言葉の出なかったミコは復活したらしく、質問した。

「統制が取れすぎています。やつらは整列して進軍し、丘の上に司令部のような陣地を作っています」


 各自が状況を飲み込もうとしているのか、辺りに沈黙が流れた。

「この任務を受けるのがわたしたちである必要は?恐らくここに駐屯している正規軍の騎士達も他の冒険者も、まずは防衛戦を展開するはずです」

 と、シャルルはここまで言うと一度言葉を切った。ゴブリンキングの首を取れば、本来知能も低いゴブリンやオーク共は統制を失い状況は好転するだろう。シャルルは最近忘れていた己が帝国国防軍に勤める参謀だということを思い出した。


「それになぜ『師団』にやらせないのです?彼らに任せれば良いでしょう」

 冒険者デビューしたばかりのレベル1の彼女は、至極当然の事を述べた。

 それは、申し訳ないのですが、と受付係は少し頭を下げながら話しだした。

「使える師団が少ない上に、使える師団と旅団は既に防衛陣に組み込まれています。なにぶん、今回の襲撃がゴブリンキングに率いられているという特殊な状況は、ついさっき分かったことなのです」


 彼女が言うには、インテール内で防衛戦に組み込まれた師団は『紺碧』のみで、ギルドが把握している他の師団の動向は、先程話題に出た第二界層の界層主と悪魔城討伐隊の『黒狐』と、他の国へ行っている『紫電』と『真紅』しか分からず、『魔救』を始めとした他は恐らくラビリンスの深層へと潜ったままだという。

『紺碧』は防衛戦から反攻に転じる際の中心としての起用を考えられており、彼らを差し向けることは出来ないのだという。


「よろしくてかしら。あたくし達の力をぬくぬくと防衛だけしている師団に見せつけるかしら!」

 アナスタシアは立ち上がった。

 シャルルはじーっとそれを見ていた。そういえばこの女、師団への野望があったな。

「わたしたち2人も任務を与えられているのは何故ですか?まだレベル1の新米ですけど」


「それは...あなたがた2人は確かにレベル1ですが、先日のツリーナイト討伐の件からレベル2への昇格は目前であるとともに、あなたがたの総合評価がレベル2に相当する【C】と【D+】だからですよ!」


 受付係のこの言葉を聞いて、周りのこちらを見る目が変わった。そうか、あの戦いだけでそんなに強く...。

「あっ、そういえば、【ゼンマイキノコ】の納品がまだでしたね!」

 ミコは急に自分のリュックをまさぐりだし、ゼンマイキノコが入ったカゴを受付係へ渡した。その時だった。

 ──LEVEL UP──

 シャルルの目のUIに、でかでかとその文字は表示され、2人の頭の上の表示は、LV2となっていた。全身に力がみなぎる気がする。2人とも、HPとMPがいくらか上昇したようだった。


 辺りに微妙な空気が流れた。今納品し、今レベルアップするのは、傍から見れば滑稽だろう。

「まあ...こんな状況ですが、とにかくおめでとうございます!」

「おめでとうかしら」


 こんな大変な状況で、俺たちはレベルアップを果たしたのだった。2つの依頼を受け、ボスエネミーを倒し、新たな武器を得た。これでレベル2に上がるのか。『システム』はずいぶんと気分屋なのか?シャルルはそうひとりで思った。


 受付係の言葉は、嘘ではなかった。

 だが、彼女から話していないギルド上層部の狙いもあった。もしゴブリンキング討伐隊が失敗したとしても、それは悪い話ではなかったからだ。


 ...

 ……

 .........


 夕方、ギルドのすぐ近くの南門から街の外へと出た沈黙の旅団とミコとシャルルのパーティは、西へと歩きインテール西壁の前に展開する防衛隊を観察した。

「横陣を組んでるかしら。前衛は正規軍の王国騎士団に、『紺碧』のやつらも勢揃い。それにあたくしも知ってる旅団の連中と、それ以下の有象無象どもかしら」

 アナスタシアは丘の上で、何か道具を覗いていた。それはこの世界ではと呼ばれているアイテムらしく、ラビリンスから稀に発掘される遺物だという。


 シャルルの目からは、それは元いた世界での双眼鏡にしか見えなかった。シャルルも、第一界層で日本の文房具メーカーのロゴの入った万年筆を拾っていたため、恐らくラビリンスを介して異世界同士で微妙に繋がっているのだと推測した。


「ミコ、どう?」

 同じように防衛隊を見ていたミコに、シャルルは話しかけた。ミコはレベルアップに合わせて『遠目』というスキルが発現したのだ。

「うーん、後ろに弓を持った人や魔法使いのような人達が沢山見えます」

 彼女達が話していると、防衛隊とは逆側から地鳴りのような音が聞こえた。勢いのまま走ってきている、魔物の襲撃だ。


「あなた達、そろそろ行くかしら」

 アナスタシアは、全員に合図した。彼らの予定ルートは以下の通りである。南門を出発した一行は、西の丘に陣取っているゴブリンキングを目指し、気付かれないように迂回しながら本陣の側面に向かうものだ。

 この辺りは平原と丘が多く、特に西側はやや丘が多かった。彼らは丘に身を隠しつつ、時折防衛隊の様子を観察した。


 武器のぶつかる音や、魔法による衝撃音が聞こえてくる。戦闘が始まったのだろう。

 遠目からでも、シャルルの目から戦闘の様子が伺えた。ずいぶんと派手にやっている。魔物達が吹き飛ぶ様子が見えた。


 シャルル達のすぐ近くからまた魔物が、今度は列を成して、そしてその量が一段と増えてインテールの街へと向かっていた。

(さっきのは第一次攻撃を兼ねた捨て駒の威力偵察ってことか)


 シャルルはそう思いながら唇を舐めた。転生する前、大学生をしていた彼はゲームに明け暮れていた。そこで得た経験と勘から、1度目の転生先である『帝国』では騎士団団長に気に入られて、特別ではあるが参謀の地位になれた。もちろんゲームの知識だけでなく歴史の教訓なども活かしているし、もっとをやって成り上がったのもあるが。


「『師団』は予備兵力に回した方がいい…あれじゃ戦線はいずれほつれが出来るし、反攻するにも消耗がキツいだろう」

 シャルルは独り言をぼそっと言った。

「どういうことですか?」

 ミコの疑問の声には、すぐには答えなかった。

「…今までの魔物の襲撃は、バラバラで統制なんて取れてなかったんだと思う。だから予備兵力という概念なんていらなかったんだ。でも今回は違う。きっとこの横陣の弱い所を見つけたら、そこを中心に狙ってくる」


「そこを狙われたら師団の奴らが移動して対処すればよいのではないかしら?」

 アナスタシアは不思議そうに質問した。さすがにレベル5と言えど部隊運用の知識は無いのか。

「敵からしたら、目の前で戦っている相手が移動し始めたら格好のチャンスなんだよ、アナスタシア。そこは攻撃に対して必然的に脆くなる」

『紺碧』のパーティに物凄い一騎当千がいるならば、その1人だけが戦線を移動すれば良いのかもしれないが、かと言ってその分そこの戦線は弱くなるし、何よりパーティがバラバラになることで連携が取れなくなるのは大きな戦力低下だろう。とシャルルは思っていた。


「つマり『紺碧の師団』は最初から後方に下げてオいて、必要な時にあてガうということか」

 大盾の騎士が、シャルルの言いたいことを当ててみせた。シャルルは少しニヤッとした。この騎士はわかるやつか。


「2人とも、そんなこと言う前に、あたくし達はあたくし達の任務をこなすべきかしら!」

 アナスタシアはシャルルと騎士の頭を軽くはたくと、一行は行軍を再開した。


 そして夜になり、月が登った頃、一行は目的地の丘へ到着した。本陣は布と木の簡易な構成をされていて、灯りとして焚き火がいくつか燃やされていた。


「そろそろ行くかしら」


 ゴブリンキング討伐隊は、その本陣に迫っていた。


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 !TIPS!

 万年筆はデアルンス国では一年ふでと呼ばれているらしい。そりゃインクを補充して吸わせなきゃそんなもんだろう、とシャルルは呆れた。


 次回更新予定日

 1月中


 Pt:2名

 シャルル・フルフドリス LV2 二つ名:[未設定]

 HP:85 MP:90


【武器適性】

 小型近接武器:A+

 中型近接武器:C

 大型近接武器:G

 魔法武器:A+ 大型魔法武器:E


【魔法適性】

 適性:[地属性]

 習得済魔法:三種類


【スキル】

 ・体術

 ・近接戦闘

 ・鑑定

 ・採掘

 ・術符製作←new!

 ・物品加工←new!


 装備

 ・旅人の服

 ・旅人の手袋

 ・国防軍の革ブーツ

 ・まんまるリュック

 武器

 ・[曲剣]砂の国のシャムシール

 ・サバイバル用ナイフ

 ドロップ品

 ・ツリーポックルの枝×4

 ・ゼンマイキノコ×6

 ・万年筆

 その他割愛

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