第2章 冒険の地ラビリンス

ラビリンス編

第5話 ラビリンス・第一界層『狭間の森林』

 ─デアルンス国 インテール 大昇降機


 2人の冒険者は、ついに全てを呑み込む地下世界『ラビリンス』へと足を踏み入れようとしていた。

 ラビリンスが出現して時が経ち、万難を排して、ついにこの国は地下世界第一界層までの安全な移動手段を手に入れたのだ。それは魔法力によって半永久的に稼働する昇降機リフトで、インテールの街の中心部、街の中で最も背が高い塔の足元に鎮座している。


 緑色の服を着たギルド職員の手により、レバーが上から下へと降ろされた。その直後に、ガタガタと歯車がすぐ上で稼働する稼働音と振動が、シャルルとミコにも伝わってきた。

「うおっ」

「大丈夫ですか?」

 振動によってバランスを崩しそうになったシャルルはつい声を出してしまった。尾てい骨から背骨、頭の先まで揺れるような感覚だった。

 この昇降機に同乗しているのは、シャルル達を除いて4人だった。バンダナを巻いたエルフの兄弟らしき男2人、全身に白い防寒具を纏い、マフラーによって顔がぷっくりとしたように見える女2人。


「うん、大丈夫。ありがとう」

 シャルルは相方に礼を言うと、同乗者達を眺めた。全員、レベルは1のようだった。金髪の少女は、余計な印象を与えないよう彼らに話しかけることはしなかった。


 昇降機の入口の下側から徐々に光が差し込み、膝を揺らすような下からの衝撃を2人が感じた時、冒険者はラビリンス第一界層へと到着した。ここから下へは自力で行かなければならない。


「わぁぁぁ…!」

 ミコが感嘆の声を上げた。

 目に映るのは幾つもの木々、そして地下世界でありながら太陽のように眩い天からの光だった。そしてシャルルが最も目に付いたのは、小さな集落だった。

「ラビリンス・キャンプ1合目…『ブラックフォレスト』」

 脇で他の冒険者たちが次々と先に進んで行くなかで、シャルルとミコは集落手前の看板をまじまじと読んでいた。


「すごいですね!これ」

「ちょっとだけ見て回ろうか」

 2人はアーケードのように縦に長く構成されている『ブラックフォレスト』を見て回った。多くの商店や宿屋が存在し、冒険者にとっての補給地点や休息場所となっているのだろう。商店ではギルドからの依頼品である【ゼンマイキノコ】も販売されていた。


「なかなかの値段ですね…えへ、へ」

 ミコはゼンマイキノコの強気の価格設定に笑顔が強ばっていた。シャルルは辺りを見回した。どれも値段は地上よりも高いな。特に素材はギルドからの依頼となることもあってか、実績を積むためには赤字となっても構わない冒険者が買っていくんだろうな。でも─


「あそこの武器屋を見てみよう」

 2人は斜向かいの武器屋を覗いた。思った通りだ、とシャルルは唇を舐めた。

「武器防具に関しては値段以上にいいものだね。きっと、どの界層に行く冒険者も、二つ名がついてるような冒険者もここを通るからいい物を売ってるんだ」


 シャルルは傘立てのような箱にまとまって入れてあったレイピアを手に取って言った。彼女のスキル【鑑定】によってそれは分析され、彼女の目に映るUI上では、このレイピアの評価は『B-』だった。ちなみに、シャルルが普段使いしているサバイバルナイフの評価は『F』である。


「ほう、お嬢さんなかなかいい目をしてるじゃないか」

 店の奥から店主のおじさんが出てきた。

「ここにあるのは『師団』や『旅団』のやつらにも買ってもらってる品だからな」

 おじさんは両手を広げて言った。


「ところでお嬢さん達。初めて来たみたいだが、もしかして今日が初めてのラビリンスか?」

「そうなんです!14歳になったので!」

 詰問した店主に対してミコは持ち前の愛想を振りまいた。店主はニコリとした。

「そうかぁ。14歳…あれから…。初めてラビリンスに来た日にウチに来るとは何かの縁だ。どうだ、俺からの依頼を受けてみないか?」

「依頼?」


 店主は頷き、依頼内容を話し始めた。森の中に弟子の工房があるが、最近エネミー【ツリーポックル】が増えて作業に集中出来ないという。結界となる聖水の補充と敷地内のツリーポックルの掃討、そして依頼完了を証明する弟子からのサインが依頼の条件だった。


「それで店主さん、報酬は?」

 シャルルは冷たい印象を感じさせる目で店主を見つめた。

「ウチの在庫処分予定の武器のうち好きなものをやろう」

 シャルルは口元に指をあてて少しだけ逡巡した。依頼自体は単純だ。問題はリターンだが、この戦闘用とは言えないナイフを使い続けるのは良くないし受けた方が得だな。問題は…在庫処分ということは売れ残った上に型落ちということだ。うむ…。


「わかりました」


 …

 ……

 ………


 店主のおじさんからされた依頼である工房を地図上にマークした2人は、まず最初にギルドからの依頼であるゼンマイキノコを採りにラビリンスの森の中へと入っていった。ギルドからは依頼に際して第一界層の地図を貰っており、ゼンマイキノコの群生地も教えてもらっていた。


「これですね…!」

 第一界層『狭間の森林』。遥か天井の魔鉱石によって太陽のように眩い光を浴び、本来存在しないような自然が生い茂っている界層だ。

 昇降機の近くの森は全体的に背は高くはないが、一度森へ入ってしまえばその光は届かなくなる。

 音すらも吸い込まれそうな暗く深い森の中を、根っこに躓きそうになりながらも、先導していたミコはそれを見つけたようだった。

 そのキノコは胴の部分がネジが巻かれたようにねじられ、笠の部分は裏返ってゼンマイの取っ手のようになっていた。店で見たものよりも少し大きい。

「よーし、取りまくりますよぉ!」

 ミコは腕まくりをした。


 2人が群生地から出る頃には、そのカゴにノルマ以上のゼンマイキノコが入っていた。ミコ曰く、持ち帰って加工したりブラックフォレストで売れるかもしれないです!と言っている。

「やれやれ…」

 シャルルはため息をついたが、その顔は柔らかかった。


「ん?…なんですか、これ?」

 ミコは不意に木の根元の辺りにしゃがみ、何かを手に取った。

「それって…─」


 ...

 .....

 .......


 2人は武器屋の店主からの依頼を済ませるため、森林の一角にある工房へと到着していた。

「ミコ、ちょっと下がって!」

「分かりました!」

 シャルルはギルドから買った本を流し読みし、使えそうな魔法をぶっつけ本番で使おうとしていた。

「『地塊よ、万物の形へ変化し─彼の者を守る盾となれ!』ロック・シールド!」

 地面が隆起し、整形された壁が出現した。シャルルはふう、と息を吐いた。金髪の少女の目に映るメニューでは、MPのバーはわずかに減ったようだった。


 彼女たちは、戦闘中だった。

 森に囲まれた家屋の近くで、彼女たちの足元には塵のようになった【ツリーポックル】の死骸がいくつか散らばっていた。

 だが現在相対しているのはツリーポックルでは無い。

 それはラビリンス第一界層『狭間の森林』の【界層主】に次ぐ強さと言われるボスエネミー、【狭間騎士ツリーナイト】だった。

 彼女たちは、ラビリンス一日目にしてボスエネミーと出くわしてしまったのである。


「ここに隠れるんだ!」

 シャルルはミコに合図すると、先程魔法で作った壁の裏に隠れた。ちょうどツリーナイトが首から大きく息を吸い込み始めたタイミングだった。

「いったいなんなんですか!ボスエネミーってなんなんですかぁ!」

 ミコが壁の裏で投げやりにキレている中で、ツリーナイトは全身からブレスを吐いた。壁はブレスを防いだが、ブレスが掛かった地面の様子を見るに、植物のツタか何かを生やすものらしい。


 シャルルは壁の裏からツリーナイトを観察した。太った大きい身体に黄色い重装の鎧、大木を削り出したような棍棒。頭は存在していないが首を跳ねられたような切り口はある。そこから根っこか触手かが蠢いている。


 ツリーナイトは目標を見失ったからか、辺りをウロウロとし始めた。だがこのままどこかへ行ってくれる気配はない。

 2人は少しだけ話し、攻撃へ転じた。

「じゃあ、頼んだ!─『地塊よ、隕鉄の如き質量をもって─彼の者を討ち滅ぼす槍となれ』岩石砲!」

 ツリーナイトはこちらに気づき、棍棒を引きずりながら近づいてきていた。

 シャルルは盾から身を出すと、ツリーナイトに向かって両手を突き出し、何かを掴むような仕草をして見せた。すると手の辺りに徐々に土や石が集まり、大きな岩となって再構築された。またぶっつけで、しかもその場で考えた魔法は、シャルルの思い通りにはなったものの、『槍』とは到底言えない形状だった。

 彼女が手を前へ押し出すように動かすと、もはや5mもない所まで来ていたツリーナイトに対してその岩は射出された。


 ─ドゴォッ─


 腹の底に響くような音が辺りに木霊した。

 およそ1トンはあるだろう岩に、魔法によって射出された運動エネルギーが加わったことによって、それは強力な攻撃となった。

 ぶつかった岩は粉々に砕けた。

 だが、それでもツリーナイトは一度片膝をついたもののまだ立ち上がる。

「ミコ!」

「分かりました!」

 どこからともなくミコの声が響く。

 そしてツリーナイトの死角から現れた栗毛の剣士は、背を低くして疾走した。

 剣士はツリーナイトの重装鎧のわずかに隙間のある、脇の下辺りを狙って全体重を掛けて下から上へと突き上げた。

 ダメージに気づいたらしいツリーナイトは、振り向きざま棍棒を力任せに振ろうとしたが、力が入らずミコの剣でも受け止められた。彼女はその隙に乗じてさらに、

「『霧雨一文字!』」

 と叫び剣を縦に一振りした。一瞬弱い風が吹き、次の瞬間ツリーナイトの右腕が完全に切断された。


【狭間騎士ツリーナイト】は、ついに膝立ちのまま動かなくなった。

「やりました!シャルルさん!!」

 ひと仕事を終え、ミコがこちらに寄ってくる。だがその後ろで、ツリーナイトから怪しい呼吸音が聞こえた。

「ミコ、こっち!」

 シャルルはミコを強引に壁の裏へと引っ張った。

 朽ちているのかいないのか分からないツリーナイトは、全身から先程のブレスを出し続けていた。こちらを狙うほどの元気はないらしく、膝立ちした身体から地面へ向かって全方位に吐き出し続けている。これではこの工房は廃業だ。シャルルには一つだけ策があった。ギャンブルだったが、ミコならやれると信じていた。

「………これならば」


「──ということでいきたいんだ。タイミングが重要だから、頼んだよ相棒」

「もちろんです、相棒!」

 2人は壁の上へと登り、ミコだけが壁からぶら下がるようにしていた。

「『地塊よ、万物の形へ変化し─彼の者を守る盾となれ!』ロック・シールド!今だ!」


 魔法によって壁から新たに壁が出現した。それは純粋な壁ではなく、射出するカタパルトとして、地面に平行に伸びていた。

 ミコは彼女を押し出している壁の生成が終わるタイミングで、曲げた脚を伸ばしさらに勢いをつけた。そのまま物凄いスピードでツリーナイトへ射出されたミコは、眼前に迫るエネミーに対して剣を真横に一閃させた。

「『霧雨── 一文字!!』」


 ツリーナイトは胴体が真っ二つになり、ついにそのブレスも止んだ。

「やった、やりましたよ...シャルルさん...」

 ミコはそういうと、剣を手から落としシャルルの腕の中に倒れ込んだ。シャルルの目のUIからは、ミコはHPが4割程削れ、MPはすっからかんになっていた。


「なんだ、一昨日逃げたツリーナイトがまた出たと聞いたら、もう喋らない状態なのかしら」

 ミコを抱えたシャルルが振り向いた。そして頭の上を見て驚愕した。レベル5…。いったい、この女は…。


 声の主は、『沈黙の旅団』の旅団長パーティリーダーであり、二つ名に【黒い沈黙】を持っていた。

 彼女の名は、アナスタシア・ローゼン。


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 !TIPS!

 次回更新予定日

 1月中


 Pt:2名

 シャルル・フルフドリス LV1 二つ名:[未設定]

 HP:80 MP:61


【武器適性】

 小型近接武器:A+

 中型近接武器:C

 大型近接武器:G

 魔法武器:A 大型魔法武器:E


【魔法適性】

 適性:[地属性]

 習得済魔法:三種類


【スキル】

 ・体術

 ・近接戦闘

 ・鑑定

 ・採掘


 装備

 ・旅人の服

 ・旅人の手袋

 ・国防軍の革ブーツ

 ・まんまるリュック

 武器

 ・サバイバル用ナイフ

 ドロップ品

 ・ツリーポックルの枝×4

 ・ゼンマイキノコ×21

 ・ツリーナイトの鎧

 その他割愛

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