第2話 ミコ・カウリバルス
─デアルンス国 南部 とある森の中
人間が倒れている。人間より、少女と言った方がより正確か。
「おい、あんた大丈夫か!」
シャルルは走りながら声を掛ける。2度目の転生によって随分小さくなった身体をめいっぱい動かしながら、しかし戸籍上14歳にしては頭は冷静だった。
死んだフリをしている野盗か?茂みに伏兵がいる痕跡も気配もない。だがこいつが単独犯だったら、この身体の俺じゃ勝てないかもな。
うつ伏せで倒れている少女に慎重に近づきながら、そっと背中を跨いで立つ。これなら変な気を起こされても制圧は可能だろう。
「おい、大丈夫?」
「うーん…」
そっと仰向けにさせる。暗がりでよく分からないが、自分と変わらない─転生した14歳の自分と、だが─見た目の少女だった。
「立てる?」
「うぅ、ま、魔力を使いすぎました…」
肩を貸したが彼女は立てそうにない。仕方ない。今夜は野営して、インテールの街には明日向かうか。
シャルルは帝国の醜い陰謀に手を貸そうしているが、日本にいて大学生をしていた頃はそれなりに真っ当に生きてきた。この転生者は、21世紀日本の人間としての親切心は持っていた。
………
……
…
爆ぜる焚き火の音が時折ぱちぱちと鳴る。助けた少女の豊かな栗色の髪が、炎に照らされて絹のように美しく輝いている。
「色々ありがとう!ねえ、君はなんていう子なのですか?」
「えっブフッゴホンゴホン…おr…いや、わ、わたしは!シャルル・フルフドリスだ、よ…!」
急に顔の近くまで近寄ってきた少女に驚いたシャルルは、口に含んでいた水にむせてしまった。胸に手を当てて彼女から顔を逸らした。恥ずかしい所を見せてしまった故の赤面を晒してはいたが彼女が欲している情報は与えた。
「シャルル???ウチはミコ・カウリバルスです!出身はヤナームって村から来てて、こないだ14歳になったから村を出て、インテールに向かってたんです」
栗毛の彼女はそう答えて、シャルルから与えられたマグカップを持ち、その水っぽいスープを啜った。
シャルルはその隣で彼女をまじまじと見た。14歳か、これで。決して筋肉質という訳でもないのだが、かといって華奢でもない。身長は自分より少し高いものの、変に細長い訳でもない。自分の体格がいかに貧相なのか、それともミコ・カウリバルスという少女の体格が余程良いのか。
腰には片手剣と思わしき得物をぶら下げている。この体格なら、それなりの筋力もあるのだろう。
「あ…」
「どうしました?」
ミコを見て声を漏らしたシャルルに、彼女は間髪を容れず目を合わせてくる。
「君の頭の上にLV1って、見えるんだ」
見ようと思えば見える。これもこの国特有、UIの一種だろう。シャルルが日本にいた頃よくしていたゲームではありがちだが、いざ実際に自分の目で見ると困惑した。
「ああ、これですか?」
と言いながらミコは自分の頭の上に指をかざした。
「この国の人は14歳になると視えるようになりますよ」
「─シャルルさんもレベルが出てますよ。シャルルさんは出身は…」
シャルルは金髪のあどけない少女から、任務に勤める帝国国防軍中佐の顔になった。
「出身は─アノード村っていう小さな村で、孤児なんだ、だから」
「孤児…そうなんですね…ごめんなさい」
ミコはあっさりと信じた。恩人の言葉だから信じるのか、あるいは本当に信じたのか。実際の所、その両方だった。
ほんの少しの間だが、風も焚き火の音もない沈黙がさっと流れた。
「気にしないで、わたしももう慣れたから」
シャルルは悲しそうな顔だが笑顔を見せる、そんな表情を演出した。
デアルンス国特有のゲームのようなステータス開示の情報は、転生前に帝国の諜報機関から得ることは出来なかった─なにぶん博士が転生計画をいきなり進めたせいもあるのだが─ものの、デアルンスという国の体制については国防軍近衛騎士団の人間として当然知っている。
デアルンス国の王都とその周辺都市、ラビリンスのあるインテールも含むが、それら以外の生活区域は基本的に農村だ。都市部と農村の繋がりはあるものの、農村と農村の繋がりは薄い。農民が別の農村を知っているとしても両隣の村が限度で、あとはせいぜい行商人の風の噂で聞く程度だろう。
ゆえに出身の問題についてはクリアしており、さらに戸籍の問題は孤児ということにすれば追求されることは無い。この国では孤児であることも不自然ではない。それだけの事がこの国ではあったのだから。
沈黙の中で2人は焚き火を見つめていた。14歳の子供に持たせるにはやや大きなブランケットに包まれて、なかなか心地がいい。
「それで、シャルルさんも冒険者になるために…?」
「ああ」
それじゃあ、と言うとミコはインテールの街まで同行させて欲しいと頼んできた。俺としても断る理由もないので了承したところで今日は眠ることとした。
「じゃあ、シャルルさん、おやすみなさい…」
…
……
………
[翌日]
「それっ!!シャルルさん!右です!」
「わかって…るッ!」
ミコは剣を一閃させると、そばのシャルルに声を掛けた。その声に応じてシャルルも、飛びかかってくるエネミー【モモンキー】の心臓の辺りに思い切りナイフを突き立てた。
「グエーッ」
串刺しにされ細い声を上げるモモンキーを勢いで振り捨て、ナイフを納める。
死体となった2体のモモンキーはすぐさま朽ちて灰のように崩れた。
シャルルは目を細めた。この娘、なかなかやる。剣の使い方自体は素人でめちゃくちゃだ。だが、恐らく誰かに体系的に教育されなかっただけで、幼い頃から魔物と戦ってきたのであろう経験知を感じさせる。
俺だって素人に毛が生えた程度だが、あの小うるさい女団長─近衛騎士団団長だが─に散々シゴかれたから理論は分かる。「お前も剣ぐらい使えなくてどうする!」と。
「シャルルさん?」
「えっ、ああ!ごめん!」
ミコも剣を納めた。
「見てください、ついに見えてきましたよ…!」
森を出た彼女達は、平野部の向こうに見えるあからさまな人工物に心を踊らせた。
「これは、ずいぶん…!」
シャルルもこの時は純粋な少女らしい声を上げた。
都市部には当たり前の魔物避けの高い城壁と、中央に見慣れない塔のようなものが見える。ここからインテールまで、およそ2kmといったところか。
一行は歩みを進めた。
道中現れるエネミーを2人は苦もなく倒して行く。シャルルはいつまで経ってもレベル1であること、そもそもミコの強さ的に自分とミコが同じレベルであることに疑問を感じていた。
「おっと…ってうわああああ!」
ミコが急に転んだと思ったら、足元から現れたエネミー【掴みスライム】に逆さ吊りにされていた。俺やミコよりも大きいな、こいつはもしかして格上の敵か。
「やめっ、って!…ぐ」
「ミコ、大丈夫か!」
ミコは吊るされるも、掴んでいるスライムの腕にあたる部分を切り、そのまま落下した。
「大丈夫です!それええええ!!!」
ミコはすぐさま立ち上がり、剣を頭よりうえに上げて斬りかかっていった。上段の構えだ。
「待つんだ!」
噴き出す汗を煌めかせながらズバッズバッと何度も斬るが、効いていない。きっと、とシャルルは思った。ミコのやつ、この掴みスライムと相対するのは初めてなんだろう。
シャルルは掴みスライムを観察した。海藻のような濃い緑色だが少しだけ透けている。人間の心臓にあたる部分に…あった!
「ミコ!ちょっと時間を稼いで!」
「えっ?あっシャルルさん!」
後ろから聞こえた声に、ミコは思わず振り返る。シャルルは既に走り出していた。
掴みスライムの後ろに回りこんだシャルルは、そのまま密着するまで近づき、右手を体内まで伸ばした。届かない。シャルルはうーん!!と声を上げながら右半身をスライムに埋め込むほどまで身を寄せた。頬にまで体液がつきそうで心底嫌だ。
スライムのどろどろとした体内を、突っ込んだ右手でまさぐる。…これだ。
「シャルルさん!何を…?」
剣を降ろし、はあはあと息を切らすミコをよそに、シャルルは掴んだそれを思い切り引き抜いた。
掴みスライムは力を失い、水溜まりのようになって朽ちた。
シャルルは身体中にジェル状の体液がついてる中、薄い黄色でゴルフボールのような球を握りしめいてた。
「シャルルさん!大丈夫ですか!?ありがとうございましす!」
「ああ…大丈夫。強化個体には核となるコアがあるんだ。なぜこんなところで出会うことに…」
戦闘が終わり、ミコが近づいてきた。
「シャルルさんすごいです!物知りなんですね!」
水溜まりとなったスライムを見ていたミコは、シャルルへと目をやった。
「えっ!いやこれは!勉強!そう、家を出る前に勉強してきたから…!」
「へぇー!」
明るい笑顔だ。
もしかして怪しまれたか、いやきっとミコ・カウリバルスという少女はこういう性格なんだろう。そう思いながらシャルルは、背中のリュックに掴みスライムのコアを収納した。
「いよいよ着きましたね!ラビリンスのある街、『インテール』!」
「ああ、そうだね…」
2人はついにその城門までたどり着いた。
続く
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!TIPS!
次回更新予定日
1月4日
Pt:1名
シャルル・フルフドリス LV1 二つ名:[未設定]
LV1 HP:??? MP:???
適性:??? 特技:??? 魔法:???
※見方が分からないため冒険者ギルドにて査定の必要有
装備
・旅人の服
・旅人の手袋
・国防軍の革ブーツ
・まんまるリュック
武器
・サバイバル用ナイフ
ドロップ品
・アルミラージの毛皮×3
・小スライムのジェル×4
・掴みスライムのコア
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