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「浮かない顔をしています。迷惑でしたか?」 スイカの表情は普段と変わらないが、声からは不安が読み取れた。「私が、無理やり誘ったから……」

「いや、迷惑なんかじゃない」 ダクイは慌てて誤解を解くことに努める。「その……、キイロのことだ。さっき、少し話をしてな」

 さっき、という言葉を使ったが、それはもう三時間近く前のことだ。それからこの昼休みになるまで、ダクイは一人でずっと中庭のベンチに座っていた。ずっと考えていた。それでも答えは出せなかった。だから今も、スイカが目の前にいるのに、意識しないとキイロのことを考えてしまう。

「そうですか。食事も進んでないので、気になって」 スイカの言う通り、ダクイの食事は進んでいない。しかしそれは猫舌なので、天丼が冷めるのを待っているだけだ。猫舌だなんて恥ずかしくて言えないが。「キイロ先輩、どうでしたか?」

「どう……、なんだろうな……」 スイカの問いかけにはっきりと答えられないくらいに、ダクイはキイロのことに何の結論も導けていないことを自覚する。「俺には、自暴自棄になってるように見える」

 自暴自棄。キイロをそう表現したのは、昨夜のハチリキだ。そもそも彼女をあのような状態にさせたのがハチリキなのだから、その本人が自暴自棄と言うなら、そうなることを狙っていたのだろう。

「自暴自棄、ですか」 スイカもその言葉を繰り返す。「でも、キイロ先輩が、どうして……」

「夢が……、叶わないって、言われたらしい」 どこまで話していいものか、迷いながらダクイは言葉を繋ぐ。「大人——、俺よりもずっと歳上の大人に、そう言われたらしいんだ。それで、キイロは、夢のために頑張っても意味がないって……。これ以上ないくらい頑張ってたのに、それでも叶わないんだって、それで諦めたみたいなんだ」

 ダクイが続きを話すのを待つようにしていたスイカだったが、話は終わったのだとわかると 「それだけですか?」 と小首を傾げた。

「えっ?」 ダクイはスイカの反応に驚いた。

「いえ、私が知ってるキイロ先輩——、私が憧れているキイロ先輩が、そんなことで夢を諦めるなんて思えなくて。だって、その歳上の大人の人が誰なのか知りませんけど、他人に叶わないって言われても、そんなの納得できないです。キイロ先輩が納得するわけないです」

 確かに、キイロの性格を思えば、何を言われても我が道を進むはずだ。ただ、ことハチリキに関しては事情が異なる。

「その、なんて言うか……、占い師的な人なんだ。未来がハッキリわかっていて、それでもう、未来でキイロの夢が叶ってないことが確定してて——、政治家になってるらしい」

「占い師……?」 スイカが怪訝そうに目を細める。そういった類のものを信じない主義なのかもしれない。「まあ、その占い師さんの言うことが当たってたとして、確かにキイロ先輩なら政治家になれそうな勢いがありますが、でも、それがどうして夢が叶ってないことになるんですか?」

「いや、だって、政治家だぞ」

「キイロ先輩の夢って、確かファッション関係でしたよね。政治家だと、その夢は、叶えられないんですか? 前に話しましたよね。宇宙に行くことが夢だからって、宇宙飛行士になる必要はないって。政治家が、オシャレをしてはいけないんですか? そんなことないですよね。制服を着ずに私服で登校しているみたいに、スーツを着ずに私服で政治活動をすればいいじゃないですか。周りがどんな目をしようと、どんなことを言おうと、どんな環境にいようと、やりたいことをやればいいじゃないですか。私が憧れるキイロ先輩は、そうであって欲しいです。例えどんな状況にあっても、常に夢のことを最優先に考えていて欲しいです」

 理屈屋のスイカらしい意見だった。同時に、中庭のベンチでいくら考えても、ダクイには思いつけなかった発想だった。

「そうか……。そうだよな。ありがとう」 ダクイの口から感謝がこぼれていた。「スイカに話して良かったよ」

「好きになってくれますか?」 スイカの突然のド直球な発言に、ダクイは苦笑いを返す。それを受けたスイカは、ダメですか、と言いながらわざとらしく項垂れた。そしてすぐに顔を上げる。「でも諦めません。まだまだこれからです。憧れてばかりじゃなくて、私も夢を叶えないといけませんから」

「そ、そうか……」 スイカの言う夢が自分にダイレクトに関わっていることを知っているダクイとしては、反応に困るところだ。「それにしても、ずいぶんキイロに憧れてるんだな」

「もちろんです」 と力強く頷くスイカ。「私にとって、キイロ先輩は、本物ですから」

「本物?」

「ええ」 頷いたスイカは、遠くを見るように目線を斜めに向けた。「昨日、キイロ先輩に言われた通り、私は自分を特別な存在に見せたくて、周りとは違うことをしていました。でも、周りと違うことをしているのは、キイロ先輩も同じです。みんなが着ている制服を着ずに、みんなが受けている授業を受けずに、私よりもずっと特別扱いされています。そんなキイロ先輩に憧れていました。でも、憧れていながら、私はキイロ先輩と同じようなことはできなかった。毎日ちゃんと制服を着て来るし、タブレット端末を使ってはいるけど授業はちゃんと受けるし。何が違うのか、今ならわかります。私は、周りと違うことをするのが目的でした。でも、キイロ先輩にとって、それは目的ではなく手段だったのです。夢を叶えるための手段が、結果的にそうなっただけ。私は、安全な範囲で変わったことをしてただけで、でもキイロ先輩は、夢のためなら危険なことも平気でやります」

「だから本物、か」

「偽物の私が、本物のキイロ先輩に憧れるのは、当然なんです」

「それで、キイロに、お前にとって本物のキイロに、簡単に夢を諦めてほしくないわけか」

「諦めてなんかないと思います」 スイカは真っ直ぐにダクイを向いた。「ダクイさんには諦めたと言ってるだけで、キイロ先輩が本当に諦めたなんて思えません。きっと、何か理由があってのことだと思います。私にあえて厳しいことを言ったみたいに、ダクイさんにも、わざと諦めたようなことを言ってるんじゃないでしょうか」

「ああ……、なるほど。そういう考え方もあるのか……」

「私の希望ですけど」

 もしもスイカの言う通り、キイロが意図的に夢を諦めたような言動をしているとすれば、そこにはどんな目的があるのだろうか。そんなことをするメリットがあるとは思えないのだが。いや、メリットで動くようなタイプではない。保健室でのモモナとの会話を思い出す。自分より他人のことを考えて、嫌われるようなことでも平気で行う。それでいて、自分に厳しい。自分を許さない。

「もしも、それでも……」 ダクイは、スイカへの興味から、酷な仮定を押し付ける。「キイロが本当に夢を諦めていたなら、スイカは、あいつを許さないか? 軽蔑するか?」

「軽蔑……、まではしないと思いますが、そうですね……」 スイカは片手を顎に添えて、目線を斜め下に向けた。「あのキイロ先輩が諦めたのなら、それ相応の理由があるんだとは思いますが、ええ、そうですね、理由次第ですかね」

「どんな理由なら、納得できる?」

「他の夢ができた」 スイカは即答した。「もしも他の夢ができて、そのために今までの夢を諦めたのなら、納得です。二兎を追う者は一兎をも得ず。私が憧れているのは、キイロ先輩の夢ではなく、夢に真っ直ぐなキイロ先輩ですから」

 これもまたダクイにはなかった発想だ。夢を諦めることにネガティブな印象しかなかったが、スイカの言う通りだ。キイロは夢を諦めた。それは必ずしも、夢を失ったとは限らないのだ。

 だが、もしもそうなら、どうしてキイロはあんなに辛そうなのか。

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